二十五話
明けましておめでとう御座います。
「─────ゃん!!」
「────ちゃん!!」
何処からか聞こえる遠い呼び声。
「───えちゃん!いい加減起きてよ、朝ごはん食べる時間無くなっちゃうよ?」
ゆっくりと、ゆっくりと私の意識が浮上してきて、身体と重なった。
「………ぉはよう」
うっすらと目を開けると縁が呆れた様な顔で私を見下ろしている。
「おはよう、お姉ちゃんが低血圧なのは知ってるけどさ、少しは毎朝毎朝大声張り上げて起こす羽目になっている妹の事も斟酌して貰えないかしら?」
「………ゴメン、善処します………」
私のくぐもった返答に縁が苦笑を浮かべる。
「もう朝ごはん出来てるから早く着替えて下に来てね。」
そう言い残し部屋から出て行くかと思ったら、開けっ放しのドアからひょこっと頭を出す。
「二度寝しちゃ駄目よ?」
とんとんと階段をリズミカルに下りていく音が聞こえる。
ぼんやりした頭のまま、兎に角ベッドから起き上がる。
このまま横になっていたらもう一度寝てしまうのは間違いない。そんな事をすればまた縁からみっちりとお説教を貰ってしまう。
一卵性の双子だというのにこの違いは何なのだろう?
埒も明かない事を考えながら洗面所に向かい、取り合えず冷水で一度顔を洗う。
コレで漸く目が覚めてきた。
洗顔を済ませて歯を磨いて髪を整えて、部屋に戻る。
鏡を見ながらパジャマを脱いで制服に着替えながら、ふと手を止めて、首筋を撫でる。
大きな痣。
首筋から肩口に掛けて何かに噛付かれたような後にも見えるアザ。
偶々見てしまえば見てしまった人が一様に痛ましいような顔を浮かべるのに、何故だろう?私はこの痣が妙に愛おしい。何か大事な思い出があったような、そんな気さえする。産まれたときからあるアザなのだから、そんな思い出なんてある筈はないのだけど。
気を取り直して制服に着替えて少し曲がっているリボンタイを整えて襟も直す。
窓から明るい日差しが差し込んでくる。今日は梅雨の中休みらしい。雨もそれなりに好きだけど、湿気っぽいのはどうにも好きになれない。
ダイニングに入ると縁はもう朝ごはんを食べ終えてお茶を飲んでいる。
「先に食べなくても、少し待っててくれればいいのに。」
「お姉ちゃん、私も朝ぐらいもう少しゆっくりしたい所だけど、一応洋弓部部長としてはあんまり遅く行けないの。」
「部長だったら少し遅れてっても堂々と胸を張って行くぐらいの度胸があってもいいんじゃないの?」
「駄目よ、上に立つものがしっかりと模範を示してこそ下も従うし、何より自分を甘やかすのは趣味じゃ無いもの。」
………妹ながら非常にご立派なお言葉。国会に巣食う方々に聞かせてあげたい。
「それじゃあ私は先に行くから、食器は食洗機に入れてタイマーセットしておいてね。」
それだけ言い残すと縁は自分の分の食器を食洗機に入れて出かけていく。
程よく狐色に焦げた厚切りのトーストを齧りながら、私はその姿を見送った。
朝ごはんを食べ終えて、私も出かける。
夏服に切り替わって約二週間。日差しこそ暑いと言っても差し支えは無いけれど、なんとなく湿り気を含んだ風は時折肌寒く感じる。
「きーちゃん!!」
何時もの場所で何時ものように笑顔で呼びかけられる。
「おはよ、ミナちゃん。」
私も何時もみたいに笑顔で返す。
「ねえきーちゃん聞いた?」
朝の挨拶もそこそこにミナちゃんが嬉々とした表情で話しかけてくる。
「何を?」
「生徒会長の國嵜先輩、英語の相葉先生と付き合っているって話。」
「噂程度には聞いた事あるけど、けどその話って結構前から流れていなかったっけ?」
國嵜先輩、國嵜師朗。現在生徒会長であり、その性格は実直勤勉石部金吉とそんな人。そして英語教師相葉エルンスト。教師にも関わらず知性よりフェロモンの方を多く放出している。職業間違えた感たっぷりな金髪碧眼の女教師。
そんな二人が結構深い仲だという噂はそれなりにセンセーショナルで一時期学園内を結構派手に飛び回った。
また両者とも否定しなかった事もあり、噂の勢いは留まる所を知らずかと思えば、肝心の張本人達が否定もしなければ肯定もしないと始終曖昧な態度を取った為、イマイチ盛り上がりきれず最近では殆ど誰も言う事のなかったような噂だ。
「ミナちゃんにしては珍しいね、そんな賞味期限の切れたような噂を今頃持出すなんて?」
「それがねきーちゃん違うの!」
ノンノンと何やらフレンチな仕草で首を振ってみせる。
「昨日仕入れた話なんだけど、相葉先生来月から長期休暇に入るって。」
「………何で?」
「ああッもう鈍いなぁきーちゃん、だからさ相葉先生、来月で六ヶ月何だって。」
……………それってもしかして
「産休って事?」
「そうなのッ!」
ミナちゃんたら満面の笑顔だ。
何がそんなに楽しいのか、私には少し分からない。
「昨日ね國嵜先輩と相葉先生二人揃って学園長に報告に行ったんだって。凄いね!」
うん、それは確かに凄い。
國嵜先輩見た目はクールの権化なんて感じなのに内面は熱い人なのかも知れない。
けど、色々言われるだろうなぁ……
「所でミナちゃん?」
「うん?」
「どうしてミナちゃん昨日國嵜先輩と相葉先生が報告に行ったなんて話を知ってるの?」
「ふっふっふ、こうね不思議な電波がビリビリと来たものだから、相葉先生を張っていたらビンゴッ!というわけで。」
誇らしげにミナちゃんが言う。
でもねミナちゃん。
多分それ誇れない。
全く。ミナちゃんがこんなおかしな子になっちゃったのは多分───先輩の影響が……
………───先輩って誰だったっけ?
「……どうしたのきーちゃん難しい顔して?」
「うん、ちょっと今記憶に齟齬が………」
ミナちゃんが不思議そうな顔で私を見ている。
「………ねえミナちゃん?」
「どうしたの?」
「私達って何時も二人だけで学校行ってたっけ?」
「………どうしたのきーちゃん、何時も学校に行く時は私達二人きり───あれ?」
ミナちゃんも何か妙に感じるのか眉を顰める。
「………おかしいね、なんかおかしいよ?」
ミナちゃんの視線と私の視線が自然とある一点を見てしまう。
二人で通っていた筈なのに、もう一人分ぐらい不自然に開いた私とミナちゃんの間の空間に。
「ねぇ、どうして真ん中が空いてるんだろ?」
「というか、何時も真ん中に誰かいなかったっけ?」
私とミナちゃんは二人で首を捻る。
「………何かさ、物凄く大切な事を忘れてる気がしない?」
「………うん、凄く大事な事を忘れてる気がする………」
二人で立ち止まり、考え続け、その日私達は遅刻した。




