二十三話 決着⑤
───彼女はその話を聞いていた。
その二人の男女の会話を。
男の方は前から知っていた。名前は───どうしたんだろう、思い出せない。彼女は苛立たしく思う。きっとあの時毀れてしまったんだろう。あやふやでちっとも纏まらない頭に彼女は苛立つ。それでも、彼の事は知っているずっと同じクラスだった。
女の方も知っている。
世界がこんな風になる前に教えられている。
───誰に?
思い出せない。
思い出せない。
オモイダセナイ。
それでも彼女は一つだけ理解している。
この女は自分の敵だと。
彼女は再び二人の会話に耳を澄ます。
「改めて、キミに聞くけど、キミの名前は?」
「そんなの………」
───あれ?
「答えられない?次行こうか、キミの生年月日は?」
「………五月───」
いや、ソレは七瀬についた嘘で本当は十二月───いや、あれ?
「それも分からない?、次々行こう、キミの住んでいる所の住所は?キミの両親の名前は?キミの歳は?キミの性別は?どう、一つでも分かる事があればボクに教えてよ。」
クインは笑顔のまま俺を、見ている。
そして俺は───何も分からない。
そんな筈は無い。だって俺は毎朝起きてあの長い坂道を登って………まて、そもそもあんな坂道どこに在るんだ?
「もう今更言うまでも無いと思うけど、キミはそういう存在だったんだよ。ボクの用意したこの世界を最大級の混乱に導く為の最後の一手、それがキミだったんだよ………本来ならね。」
頭は呆然としていたが、その言葉は聞き逃さなかった。
「本来なら?」
「そう、本来ならキミはボクのパートナーとしてこの世界を弄る手伝いをして貰う筈だった。けど、アクシデントがあってね。キミをこの世界に発現させている最中に、この世界の崩壊がはじまっちゃったんだよ。」
呆れたような顔でクインが話を続ける。
「結果どうなったかと言えばキミは未完成な状態で世界に発現してしまった、そして虚ろだったキミは自分の存在を認識する為に僕の用意した記憶フォーマットに残っていた人達の強い想いを身に取り込んで骨子としてその身体を作った、それがキミの正体さ。」
ゆっくりと自分の両手を見る。
形がぶれて一瞬透き通る。
「キミは理想で希望何だよ。出合った人達の無意識の願望を組み上げて恰も今まで存在していたように記憶まで伴ってそこに居る。」
クインの手から全員の写真がテーブルに並べられる。
「相葉・エルンストは求めた、愛する人との間に生まれた子供が真っ当でないと悟った時、それを神罰だと理由付ける為の存在を、美形で一目見た瞬間魅入られてしまった存在を。」
クインが相葉・エルンストの写真を裏返す。
「八重波七瀬は求めた、自分の事を分かってくれる人を、資産家の娘だなんて見方をせず、一人の個人として、友達のように、恋人のように自分と過ごしてくれる存在を願った。」
クインが七瀬の写真を裏返す。
「真柩絆は願った。全ての原因を、自分以上に壊れた存在を、自分を厭わず対等に相手をしてくれる存在を、両親からも友達からも、痛みすらからも拒絶された自分を偽り無く大事だと言い切ってくれる存在を求めた。」
クインが真柩の写真を裏返す。
「國嵜師郎は望んだ、自分の対極たる存在を。楽天的で楽観的で重みの欠片も無い、それでも不思議と気の合うライバルのような存在を、その気になれば何の蟠りも無く話せるような相手を。」
クインが國嵜の写真を裏返す。
「神和海那緒は欲した、自分を救ってくれる存在を、父の消えたワケを、母が死んだ理由を消えた兄の消息をその全てを説明して、忌まわしい思い出全てを何とかできる能力を持ち、尚且つ自分の支えになってくれる存在を欲した。」
クインが神和の写真を裏返す。
「黒限音弥は無意識に望んだ。自分の間違いを正してくれる存在を、自分の行いが間違っている事には気付いていた、それを正し、自分に罰を与えてくれる存在を彼は気付かないうちに願ってしまった。」
クインが黒限の写真を裏返す。
「御巫瑞葵は欲した、ただ、友達を。仮想空間上ではなくリアルの世界での友達を。自分の言う事に否定的な感情を見せず、何を言っても好意的に頷いてくれる操り人形のような友人を、心の奥底で何時か裏切られるかもしれないという想いを抱きながら、欲した。」
クインが御巫の写真を裏返す。
「防人譲羽は望んでしまった、自分に死を告げる存在を、壊れた世界で壊れる事も出来ず、他の人間のように諦める事もいっそ開き直る事もできずうじうじと想いも伝えられない自分に嫌気が差し、自分を終わらせてくれる存在を願ってしまった。」
クインが防人の写真を裏返す。
テーブルの上の写真が全て裏返る。
「長かったけど、コレでキミの事もオシマイ。納得できた?」
「………それじゃあ、俺は、誰も殺していないし、嘘もついていない?」
「そういう事。キミは望んだ相手の辻褄を合わせるように時間すら改竄して存在した。だからキミは誰も殺していない、誰も騙していない、相手が求めるように在っただけ。キミがどう思うと何を言おうと、キミの存在はそういう事何だよ。」
そういう事なのだ。
俺は、おれ自身の意思で皆と遊んでいたと思っていた。
が、どうやら完全に的外れだったらしい。
……世界を嘲う事を誓った俺には相応しいかもしれない。
なのに、この残念な気持ちは何なのだろう?
裏切られたのとは違う、騙されたワケでもない。皆自分が欲しかった物を求めて、結果俺と言う存在が生まれて・・・・・・俺は全員の希望を満たして・・・・・・
───ちょっと待て、それじゃあアレは誰だ?
「なぁ?」
「なーに?」
「確認するが、俺の生まれたのは何時だって?」
「さっきも言った通り、世界が諦めて崩壊が始まった真っ最中だよ。」
「俺のその、なんだ製造?創造?って時間がかかる作業なのか?」
「キミは特別製だからね、とはいえ大本は出来ていたんだ。後は魂を入れてボク用に調整しようとしている所で………惜しいなぁあと一時間ぐらい余裕があればなぁ……」
「一応聞くが、完成以前の俺が誰かお前意外と接触する可能性は?」
「あるわけ無いね、いくら時間が掛かるとは言っても六時間程度だから、第一付きっ切りでキミを造っていたんだ、誰もボク以外誰もキミに触れる事なんてできないよ。」
そうクインは言い切る。
それなら、あの言葉は誰が俺に言ったんだ?
「キミはこの世の全てを嘲笑っているように見える。」
それもこの世界にいた誰かの強い想いなのか?
もしそうなら、その言葉は本当は誰に向かって放たれた言葉だったんだ?
頭痛も何も起こらない。
クインから色々聞かされて、記憶は混乱して、頭の中は魔女の釜か錬金術師のフラスコのようにぐらぐらと沸き立っているのに妙にクリアだ。
手付かずのまま冷め切ってしまった紅茶を口に運ぶ。
茶葉がレディ・グレイだと分かるのも誰かの想いの所為なのだろうか、それともクインがそういう風に俺を作ったのだろうか?
もう、そんな事はどうでも言い。
俺は一つだけ思った事を口に出す。
誰かの想いじゃなく、俺の想いだと信じながら。
「クイン?」
「何だい?」
「俺の希望は誰が満たしてくれるんだ?」
クインが意表をつかれたような顔をする。
「そうだね………ボクが万全な状態なら良いんだけど、生憎ボクの力は世界が成り立ってないと存分に発揮できない。増してやこうして崩壊しかかった世界じゃ実の所そこらの一般大衆とさして変わらない。それでも一応聞いてみようか、キミの希望はなんなんだい?」
俺の希望。
そんなもの在るんだろうか?
全員の顔が俺の中でフラッシュバックする。
………どうやら俺は結構馬鹿馬鹿しい事が望みらしい。
世界を嘲笑うなんて言っていた俺の望みとも思えない。
「何かおかしそうだね。」
クインに言われて気がつく。
何時の間にか笑っていたようだ。
「なぁ?」
「何だい?」
「俺の希望を聞いても笑わないか?」
「笑わないって約束しないと言えない様な事なの?」
「ああ、自分が恥ずかしい。」
ふっとクインが微笑んだ。
「いいよ、言ってごらんよ、笑ったりしないから。」
クインが裏返しにした写真を全部集める。
自分でもおかしくて噴出しそうだ。
写真を表に返し、扇上に広げる。




