表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/30

二十二話 決着⑤


「では、お待たせしました。メイン中のメイン、肉料理にしようか?」

 俺の疑問を置き去りにしたまま、クインが新たな写真を出す。

 写っているのは───

「………また、随分懐かしい姿だな。」

 片手に刃が折れた包丁を下げ、着ている制服は血塗れ。表情は虚ろで目は遠く、ばったり出くわせば結構なトラウマを叩き込まれそうな姿。

 俺が出逢ったあの日の真柩が写っていた。

「お前こんな写真どうやって用意したんだ?」

「だから言ったでしょう、ボクはね、正確にはボク達は全ての世界と時間に平行存在しているって。」

 相変わらずの戯言。

「さてと、そもそも絆ちゃんはどうしてあんな身体になったんだっけ?」

「事故だろ、小さい頃公園の遊具から落ちて強く頭をぶつけてからああなったって俺は聞いてる。」

「正解、じゃあどうして落ちたのか知ってる?」

「………いや、そこまでは───」

 滑り台

 小さな背中

 驚いた顔

「………知ってる、というか、多分俺が───」

「そういう事だね。」

 押した。

「と言う事は、真柩があんな身体になったのも、それを苦にして人殺しをしたのも、皆俺の所為って事か?」

「疑問符付ける必要も無いでしょ、間違いなくキミの所為なんだから。」

「ここから先はキミが知らない事だから少し補足しておこうか、キミの手で遊具から落ちた絆ちゃんは偶々公園に来た人に発見されてすぐさま病院へ搬送。幸い目立った外傷も無く脳波も正常だったので一安心したのも束の間、検査入院をしている最中に絆ちゃんの身体の異変が発覚。ま、そこからは坂道を下るかのごとく。両親はお互いに擦り付け合いをして早々と離婚。絆ちゃんは一応母方で引き取られた物の、当の母親からすれば持て余し気味。で、家族からの愛情も満足に与えられず、人とは違う身体に散々悩んで、幾夜も眠れぬ夜を過ごし、枕を涙で濡らし、最終的にはこの始末。」

 結構重い内容を軽く言い放ちながら、新たな写真を一枚。

 写っているのはやっぱり真柩。

 裸で泣きながら剃刀を手にしている。

 腕、首筋、肋、胸………体中血塗れの傷だらけ。

「コレが決定打だったんだよね、この結果絆ちゃんのお母さんは娘と分かり合おうとする気を、まぁ元々あんまり無かったんだけどそれでも少しは残っていたそんな気も完全に霧消しちゃったし、絆ちゃんも完全に悟っちゃった。自分は全く違う別物なんだって。達観といえば聞こえが良すぎるね、そう、少し麻痺したというか、壊れちゃった。」

 クインの紅い目が俺の目を覗き込んで来る。

「───キミ、今少し絆ちゃんの事不憫だなって思ったね?」

 クインの口角が持ち上がりニヤリと笑う。

「当然理解しているだろうけど、キミにそんな事を思う資格は無いよ………ただ、資格があろうとなかろうとそう言う気持ちになるのはヒトならある意味当然何だけど、キミは駄目だよ。もうヒトじゃあないんだから。」

 妙なことを断言された。

「じゃあ俺は何なんだよ?」

「もう直ぐ分かるよ。」

 意味深に笑いながらそんな答え。

「それじゃあ、もう一人」

 クインが真柩の写真を裏返す。其処には───

「七瀬ね………」

 頬杖を突き物憂げに窓際の自分の席から外を眺めている八重波七瀬の姿。

「そう、口では孤高とうそぶきながら、実は誰よりも人との繋がりを求めていた七瀬ちゃん、全く可愛いねぇ。」

 ニヤニヤとクインが嗤っている。

 まぁ七瀬が可愛いという意見には賛成だが。

「さて、そもそも七瀬ちゃんが自分の事を蝶番だと気が付いたのはどうしてだろう?」

 嗤いを秘めたままの視線が此方に向く。

「そんな事は流石に知らないな、七瀬の事だから直感とかなんじゃないのか?」

 何も答えず、クインは嗤っている。

 ───そもそも、七瀬は結婚というシステムに願望を持ち過ぎていたのだろう。現行の結婚というシステムは効率の良い共同体作成システムであって、そこに愛と呼ばれるモノが在ろうが無かろうが、まあ在るに越した事は無いだろうが、無くたって全く困らない。

 特に七瀬のように強大すぎる資産を持つ事になる人間には《愛》何て感情の揺らぎが介在していると返って不幸な結果に成りうる。

 要は素直に血縁関係だけは結んでおき、後から内縁の夫でも何でも得れば良かったのだ。

 ───尤も少々潔癖の性質がある七瀬がこんな意見を受け入れるとは思えないし、こんな意見を受け入れないようにが調整したし、そもそも七瀬の結婚がそういうモノであり、道具だとそれとなく吹き込んだのも俺だったりするのだが、些細な問題だろう。

「決断したのは自分だしな。」

「他の道を全て塞いでおいてから追い込むのってある意味洗脳だよねー」

 くすくすと互いに笑いあう。


「さてと、長かったコースも残りはあと僅か。」

 テーブルには何時の間にか秤が置かれている。

 中心を境に純白と漆黒に塗り分けられそれぞれの皿の上に透き通った紡錘形のモノが乗っている。

 純白な皿の上には黒い紡錘形が、漆黒の皿の上には白い紡錘形が。

「デザート、《世界》の事から終わらせよう。」

 すっとクインの手が秤の上に伸びる。

「簡単に世界の説明をしようか。」

 均等に釣り合っていた秤がゆらゆらと揺れだす。

「世界は何時だって選択肢の上を進んでいるんだ。例えば、ここに林檎が一つある。」

 クインがもう片方の手を差し出す。手のひらの上には熟しきっていない青林檎が一つ。

「もうこの時点で世界は選択肢の洗礼を受けている。キミが林檎を取るか、それとも取らないかでね………さぁ、どうする?」

 クインが問いかけてくる。

 俺は林檎を───取った。

「今キミは林檎を取った。その結果キミが林檎を取るという世界は存続を許されて、キミが林檎を取らなかった世界は消えた。もっともそれはキミの視点からでの話で勿論キミが林檎を取らなかった世界もそこを分岐点として存在している。そんな風に世界は全ての個体の全ての事象を選択肢として無限に増えて何処までも、何時までも続いていく。そしてボク達の役割はその無数に枝分かれした世界全てに存在して、世界を限りなく何処までも存続させていく事。但し手段を選ばない所為せいかろくな呼称はないけどね。」

 クインの話を聞きながら林檎を見る。

 青く冷たい。齧ろうかとも思ったが、取りあえず止めておく。

「ボク達がどうして世界を存続させていこうとするのかは実際の所何でか分からない。そう、本能なんて例えるのが一番相応しいかな。けどボク達は限りなく万能で全能に近い存在だけど必ずしも完璧じゃない。ボク達は世界が存続するように色々とちょっかいは出すけど決定権はあくまでその世界の個々に委ねる事になるんだ。」

「───つまり、お前の話を要約すると、世界はその世界に存在する全ての総意の現在形を常に示しているんだな?」

「必ずしも総意とは言えないね、やっぱり強い思いが世界を選んで行く。」

「という事はだ、この世界はつまり───」

「そう───」

 ゆらゆらとゆっくり揺れていた秤が唐突に傾く。

 白い紡錘形を秤の黒が侵食し瞬く間に真っ黒く染まるとそのまま皿の上から転げ落ち、クロスの上に黒い軌跡を描き床に落ちていく。

「強い想いが、総意と呼んで差し支えない程の想いが滅びを望んだんだよ。」

 クインが笑う。

 どこか寂しそうに。

「ボク達はね静かなのが嫌なんだ、騒々しく清濁の区別も無く、混沌としているのが好きなんだ。だから、とても、残念だよ。」

 秤がテーブルに沈み込むように消える。真っ白なクロスを汚した黒い軌跡ももう無い。

「手駒は幾らでもあったんだ、どれも一つ落とすだけで世界に大混乱を招いて退屈させる暇なんて一瞬も作らせないようなのがね、でも、この世界は駄目だった。幾らボクがそうやってちょっかい出しても、この世界に満ちた想いはそれを認めてくれなかった。皆が諦めて、情熱を捨てて、命を軽くして………結果はコレ。完全にボクの負けだよ。」

 クインが立ち上がり窓を開ける。

 その向こうには青い海と青空が一部だけ。後は何だかよく分からない。白い靄のようにも見えるし、真っ暗な暗闇のようにも見える。あの消失した街に似ていて、それよりももっと空虚な感じがする。そんな何だかワケが分からない空間にぽっかりと青空と青い海が一部だけ切り取られたまま忘れ去られたように在る。

「でもね、この世界でも最後の最後に一つだけボクの落とした種が発芽したんだ。もう少し世界が続いていれば十分にこの世界を大混乱に陥れてくれる素質が十分あったのに………」

 クインが振り向く。

 泣いているような、笑っているような、そんな顔。

「最後だよ、キミの事も終わらせよう。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ