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一話 世界の終わりと現状


 半年程前の事だった。

 忘れようとしても忘れられない………ワケでもないが未だ忘れる事なく覚えているあの日、一月二十三日。世界中に鈴の音が鳴り響いた。

 本当に鈴の音かどうかは知らないが少なくとも俺の耳にはそう聞こえたし、他の連中も鈴の音と言っていた。

 どこまでも高く澄んだ静謐せいひつな音。遥か天空からのようでもあり、深く地の底から聞こええてきたようでもあり、頭の中に直接響いたようでもあり、何にせよその音は世界中に響き渡り、その時から世界は─────終わった。


 その鈴の音が鳴り響いたとき、世界人口の約半分が消えた。

 死んだのではなく、消えた。姿形はいわずもがなその痕跡まで跡形も無く、最初から居なかったんじゃないかと思わせられるほどのレベルで消え去った。

 後に残るのは記憶のみ。


 それから約半年。どう考えても世界は、俺が認識していた世界はどうしようもなく歪んで何か別のモノに変わっていこうとしている。

 数日で動物はいなくなった。

 猫や犬、カラスに雀なんて身近なものから動物園にいるような少々珍しいような動物まで。大凡人間以外の全ての生物が見当たらなくなった。微生物なんかは顕微鏡を使ってまで調べる気が起こらないので知らない。

 とにかく最初の数日で空に鳥や虫が飛ぶことも無ければ、水中から魚の影も消え去った。

 次は街だった。何の脈絡も無く街が消えていく。消えた箇所はぽっかりと、スクラップブックに貼り付けようと切り取られた新聞記事のように、わけのわからない白い空間が口を開けている。確か一番初めに消えた街はフランスのモンマルトだと思った。これも加速度的に進み今ではこの辺も結構消えてきている。一度興味本位に白い空間へ入ろうとしたが何故か入れなかった。不可視の壁があるわけでもなく確かに足を踏み入れている筈なのに入れない。そんな空間なのだ。


 最初こそ世界中の国家が騒ぎ立て便乗でもするかのように新興宗教が乱立して評論家だ文芸家だ某大学教授だ某教祖だ元FBI捜査官だ心理分析官だ社会学研究者だ、そんな十把ひとからげな連中が騒いだが今はそれももう無い。皆消えてしまった。実に良い事だ。


 鈴の音が鳴ってから一ヶ月で通信網はほぼ全滅。全てのメディアもほぼ沈黙。テレビは常時砂嵐。唯一映るのは背後に日の丸がかけられた実用一点主義のスタジオからのお堅い情報のみ。ラジオも似たようなもの。インターネットも無力だ。それでも最初の頃は芸能人が有志という形で募り半ば自棄なバラエティもやっていたがそれも消えた。本番中に出演者数人が消えてしまい、それを目の当たりにしたからだ。生放送だから間違いない。一番頑張ったのはインターネットだったが、プロバイダ会社の人が消えたり発電所が消えたりでこれも駄目。二月の中頃には停止していた。

 三月には国家も沈黙。勿論みんな消えたからだ。日本に至っては国会議事堂で会議の最中に土地ごと消えてしまったらしい。これで残り少なかった議員もみんな消えた。永田町はきっと空白だらけだろう。それはさておきこの結果日本はほぼ沈黙。それでも暴動なんかが起きなかったのはモラルが高いとかじゃなく単に人が居なかったからに過ぎない。

 そんなこんなで約半年。気がつけばこの周辺区に残ったのは俺も含めて九人。細かく一軒一軒家捜しでもすればもう数人ぐらい見つかるかもしれないが、俺が認識しているのは俺も含めた九人のみ。そしてそのうち一人も消えて、二人は消え待ち。

 そんな状況だ。

「じゃあ、また明日。」

 防人がそう締めくくるのを待っていたかのように、黒限がぼんやりとした顔で立ち上がり、少々ふらつきながらかつ足早と器用に教室から出て行く。それを見計らったかのようにクラス内の連中も散会していく。

 国家が沈黙した頃から学校も休止という状態に陥ったものの、せめて消えなかった連中は毎朝顔だけでも逢わさないかという提案の元始まったこの学校ゴッコも終わりが近そうだ。当初は百人以上いたのに今じゃもう一桁。このペースだと今週持つかもたないか、そんな所だろう。

「先輩これからどうします?」

「そうだな、帰っても読書に勤しむだけだ。もう暫くはここに居るよ。」

「じゃあお昼一緒にどうですか?」

「良いとも、喜んで。」

「良かった、それじゃあお昼屋上で待っていてくださいね。」

 相変わらずほわほわした笑みを浮かべてぶんぶん手を振りながら教室から真柩が出て行く。友達だった神和の事も全く気にしていないようだ。

 真柩との付き合いは長いので一応弁護しておけば真柩は決して冷たい娘じゃない。

かといって暖かいワケでもないが………何にせよ世界がおかしくなって直ぐは情緒不安定で見ているこちらの胃が開通しそうな取り乱しようだった。毎朝学校に来る度にだんだん人が減って、その度にちょっと過剰な反応を見せていた。

 ただ、もう慣れてしまったのだと思う。

 強くなったというのではなく、強くなってしまった。或いは強くならざるを得なかった。それはこんな悪趣味なジョークのような世界を過ごす為に仕方が無かったことかもしれない。けれど、俺はそれを少し悲しいと感じる。

 とぷんという液体の音につられて顔をそちらに向けてみれば盥から梧の頭が形成されようとしている。珍しく全うに整った顔は少し泣いている様に見えたが、気のせいだと自分に言い聞かせる。

 もしもまだ梧に自我があるとしたら─────

 生憎俺は人に同情して自分までナーバスになれる程人間が出来てはいない。

 立ち上がり梧の入った盥を指で弾く。

 梧に波紋が広がり、折角形成された頭が液状化してしまう。そんな俺たちの様子を國嵜が残り少なくなった身体で、それでも俺には強い自我が在るんだと訴えかけてくるような瞳でじっと見ていた。

 実際の所どうかは知らないが。


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