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十五話 友人 八重波 七瀬④


 日に焼けて黄ばんだ、元は白かったであろう天井。

 ぼんやりと眺めている内にだんだんと記憶が戻ってくる。

 そうだ、俺は七瀬に首を………

 首に手を当てる。切られた箇所からはガーゼらしきものが張られている感触がする。

 …それ以前に、手が動く。

 持ち上げた腕の手首辺りで結わえられたままの紐が揺れている。但し、ベッドに繋がれていたはずの片方は切り落とされている。

 斜めに切られた切り口を摘んで見てみる。ほつれ一つ無い綺麗な切れ口。多分、あのナイフの仕事だ。

 というか、俺はどれくらい寝ていたんだろう?

 窓から差し込んでくる日差しの角度からしても、そんなに長時間じゃ無い筈だ。

 ゆっくりと体を起こす。ばりばりに固まった血が剥がれ、赤い欠片がシーツに散らばる。肩口は血で濡れてじっとりと重い。

 ………折角新品のシャツだったんだが、帰りにどこかで調達していこう。

 貧血を起こしている様子は無い。一つ伸びてからベッドを降りる。

 ───所で、七瀬は何処にいったんだろう?

 上履き代わりのスリッパに足を突っ込み、ビニールカーテンを開ける。


 ───そこに、七瀬は居た。

 椅子に腰掛けて。


 ……………いや、あった。


 まずは、深呼吸だ。

 鼻から深く吸って、口からゆっくりと吐き出す。コレをニ、三回。

「………OK、三択だ。一番、俺はまだ夢を見ている。二番、性質の悪いジョーク。三番リアル、さて、答えは?」

 オーソドックスに行ってみよう。自分の頬をつねる。当然の如く痛い。もう少し強烈なのを試してみよう。スリッパを脱ぎ横っ面を張り倒してみる。結果、もの凄く痛い。何だか莫迦になった気がする。

 一番は不正解。

 では、二番だ。七瀬に近寄る。うっすらと開いた瞼に指を当て、むりやり開く。瞳孔は開きっぱなし。首筋にそっと指を当てる。頚動脈反応無し。口元に耳を近づける。呼吸音無し。

 ………心音は、見る必要も無い。

 二番も消えた。

「ということは………三番?」

 頭の中で正解のファンファーレが鳴り響く。

 妙に陽気な曲が空回りして逆に虚しい。

「えーと…………」

 言葉が続かない。

 混乱とは程遠い。

 ただ、何をしたらいいのか分からず、とりあえず七瀬に向かい合って座る。


 七瀬は、死んでいた。


 俺に散々突きつけたあの凶悪なフォルムのナイフは自分の胸に突き立っている。

 血塗れのブレザーが妙にいやらしい。欲情しそうだ。

「………というか、何で死んでる?」

 当たり前だが、答えは無い。

 こういう時は、疑問点を列挙してみよう。

 その一、七瀬は自殺なのか、他殺なのか?

 そのニ、他殺だと仮定した場合、七瀬を殺したのは誰か?

 その三、他殺だと仮定した場合、何故七瀬だけが殺害されたのか?

 細かい事を言い出せば他にもある。しかし、俺が気になるのは以上の三点だ。

 一つ一つ考えてみよう。まずは七瀬が自殺なのか他殺なのか。

 椅子から立ち上がり七瀬に近寄り、まずは観察。表情に変化は無い。眠っているようなと言えば何処と無く聞こえが良いが、要は無表情。口から血を吐いた後がある。

 出血量はかなり多い。服は血塗れ、椅子も血塗れ、床に今だぽたぽたと少しずつ滴っている。死後膠着も無し。触るとまだ暖かさが残っている。つまり、七瀬が死んでからあまり時間が経っていない。

 ………椅子に座らせっぱなしというのも俺の美意識に反する。

 胸からナイフを引き抜く。僅かに血が溢れるが、それ程でもない。

 七瀬の体を抱き上げる。じっとりと濡れた感触が伝わり、服が赤く染まっていくが既に血まみれだ、

別に気にする程の事でもない。

 じゅく

 ………ん?

 じゅくじゅく・・・ぬるん

 背中に回した手の平に妙な感触が伝わってくる。

 液体をたっぷり吸い込んだ布地と、柔らかい、生肉の・・・

 七瀬の体をうつ伏せに寝かせる。

「………成程、他殺だな。」

 背中にあったのは鋭利な刺し傷が数箇所。位置的に見て肺及び心臓、その周辺部。

 多分此方が致命傷だったんだろう。胸から引き抜いたナイフと合わせてみると傷口が合わない。もっと細身の何かで刺したような傷跡だ。

 ………この傷跡何処かで見たような気が………

 そんな事を考えながら七瀬を裸に剥く。

 傷口には脱脂綿を詰め込み血が出なくなったのを確認してテーピング。

 体と顔を湿らしたタオルで拭い、血をふき取り、髪を整えベッドに寝せる。

 一昨日もやった事なのでいくらか手際が良くなっているのが自覚できる。

 さて、疑問点二に移ろう。

 七瀬の胸に刺さっていたナイフを弄りながら、想像を進める。

 ズバリ、誰が七瀬を殺したか?

 まず、疑うべきは俺だろうが、それはありえない。そもそも俺は七瀬に体を拘束されていた。物理的にこの行為自体が不可能という事になる。但し、俺が目覚めた際俺の拘束は外されていた。俺の拘束を解いたのが七瀬なのか、それとも七瀬を殺した誰かなのかと言うところは微妙な所だ。しかし、結局のところ俺の拘束を外した人物が七瀬であろうとなかろうと、気を失っていた俺が七瀬を殺したなんて確立はほぼゼロに近いと言い切って問題ないだろう。

 夢遊病や二重人格の気は自覚症状としては全く無い。

 となると誰だ?

 だって、もう俺と七瀬以外誰も……………いた。

 そう、もう一人いた。

 あの得体の知れないのが。

 ただ、アイツが、あのクインが七瀬を殺したとは考えにくい。

 なんと言うか、あのクインは俺と同じ匂いを感じる。

 口先で人をたぶらかして操り、滑稽な様を遠くからほくそ笑んで楽しむ、高尚といえば高尚な、下種と言ってしまえばそれまでの。そんな匂いがする。

 直接的に手を汚す事はなく、あくまでからかって楽しむ。自分も含めてこの世界にある全てがどうでもよい玩具と変らない。そんな風に考えている。

 そんなタイプのヤツは滅多に自分の手を汚そうとしない。もし汚すことがあるとすれば、心底思う事があったか、自分に一切疑いや係わり合いが及ばないように仕組んでからかのどちらか。現に俺がそうだ。

 だから、完全とは言わないまでもとりあえずクイン犯人説は保留。

 ………となると、本当に誰なんだ?

 人間が二人いた、一人が殺された、犯人は?

 当然残りの一人でしかない。それが論理的思考の帰結と言うモノだ。だが、俺は七瀬に限っては殺していない。誓ってそう答えられる。

 ………何に誓ってかと聞かれれば困るが・・・まあ、七瀬のナイフにでも誓っておこう。

 ───疑問三に行ってみよう。何故、七瀬だけが殺されたのか?

 そもそも七瀬はどういう状況で殺されたのだろう?

 折角血止めしたテーピングだが、もう一度剥がして傷口を良く見てみる。

 胸に一箇所、背中に三箇所。

 胸の一箇所は凶器も分かっている。七瀬のナイフだ。傷口に刃がぴったりと合う。

 問題は背中の方の傷跡。胸の傷に比べて遥かに細い。ナイフと言うよりは極太のキリでも突き刺したような傷跡。指を突っ込んでみるとほぼ垂直に刺されている事がわかる。

 つまり、七瀬が後ろを向いている時に刺されたと考えて、間違いはないと思う。けれど、本当にそうだろうか?

 後ろから刺された事は間違いないだろう。しかし、背後から刺したのだとしたら傷口に変化がなさ過ぎる。どれも深く真っ直ぐ垂直にな傷跡。僅かなずれも無い。

 これは背後から刺されたといよりも、うつ伏せに寝ているところを刺されたんじゃないだろうか?


 …こんな想像は意味が無い。どんな格好で刺されたにせよ、七瀬は死んでしまった。

 傷口に脱脂綿を詰め直し、テーピングで塞ぎ、ベッドに寝かせる。

 それでだ、何故七瀬だけが殺されたのだろう?

 こういう場合のセオリーだと間違いなく俺に殺人の罪を被せる為。

 だが、その行動には全く意味が無い。

 罪を被せる。その行動の意味は自分の行いを他人がやったものだと欺き、安全な立場を手に入れる。或いは身代わり的な意味として行うのだろう。けれど、それには絶対的に必要な前提条件が一つ。

 《人がいる》という事。

 安全な立場も何も、二人しかいない世界で一人殺せば、その地点で世界は何処までも安全になる。同じように身代わりも何も身代わりを立てる意味すらなくなる。

 だから、七瀬が殺された理由は怨恨なんていう生臭い動機か、遊びなんていうふざけ半分な動機なのだろう。兎に角七瀬は何か殺される理由があり、俺には無かった。そういうことだとしか考えられないし、考えようもない。

 で、話は最初に戻る。

 誰が七瀬を殺した?

 煩悶はんもんとした思いを抱きながら保健室のドアを開ける。

 一度振り向く。


 七瀬は静かに横たわっている。


 孤高だった七瀬。

 それでも、最後に人を求めた七瀬。

「………結果的に約束を守る嵌めになったな。」

 当然返事は無い。

「お前は俺が望むんなら一緒に死んでくれても良いって言ってくれたっけ。」

 部屋は静まり、微かに血と消毒薬の匂いが鼻に付く。

「だから、俺もこう聞くよ───お前が望むなら、一緒に死んでやるけど、どうする?」

 暫し、じっと待つ。

「………無言は否定の証だな、それじゃあ、俺は行くよ。」

 孤高だった彼女に相応しく、ここで一人眠らせてあげよう。

 ドアを後ろでに閉め、ふと自分の手の中にある七瀬の遺品となったナイフを見る。

 ───もし、七瀬が返事をしたらどうするつもりだった?

 刃に映った俺がそう問いかけてくる。

「勿論、一緒に死んでやったよ。」

「大ウソツキ。」

 その声に振り向けば、クインが薄ら笑いを浮かべ立っていた。


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