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十三話 同級生 御巫 瑞葵①


 ヒトには自己防衛機能があるらしい。

 詳しくは知らないが、何でも自分の記憶は改竄する、都合の悪いモノは見えているにも関わらず脳が見る事を拒否する、要は自分で自分を騙してしまう。

「何を難しい顔してん?」

「うん?俺そんなに難しい顔してた?」

「そうやな、たこ焼き作りたいけどお好み焼き用の小麦粉しかなかったような顔しとった。」

 どんな例えだそれは。

 しかし、どうして関西弁の娘はショートカットが多いのだろう?

 似合っているから文句を言う積もりは毛頭無いが、不思議だ。コレで八重歯が出ていようものなら完璧だ。

「だから、何難しい顔してるん?」

「───俺まだそんな顔してた?」

「そやな、諦めてお好み焼き用小麦粉でたこ焼き作ったはええがとんかつ用ソースしか無くてどないしたもんやろって顔しとった。」

 ………だからどんな例えだそれは。

「ま、そんな事どうでもええわ、それより見てみぃ、今日も書き込みがあったんや、まだ消えていないのは結構いるみたいやな。」

 御巫瑞葵。

 関西人じゃない。

 幼少の頃そちらに住んでいた所為で思考と嗜好と言語が少々関西風に構成されてしまっている。だから関西弁らしき言語も良く聞いていると、かなり怪しい。

 場所はCP室。

 世界がこうなってから御巫はここに大体篭っている。

 一つだけ電源が入ったデスクトップパソコンの画面にはそれなりに凝った御巫のHP、「とら日和」のBBSが浮かんでいる。

 しかし、関西人てどうしてみんなあの縦縞球団が好きなんだろう?

 聞いた話だと体内に血液の他に黄色と黒の縦縞色をした液体が流れているそうだが、本当だとしたら、関西人はきっと別次元の存在なんだろう。

「本当だな、結構書き込みが多い。これならまだ希望はあるかもしれないな。」

「そうやろ、何しろウチには将来きちんと大阪に帰化するゆう夢があるんやからな、それが叶うまでは消えても消え切れん。」

 なんと言うか、実に、実に微妙な夢を持っている。

 只、御巫の夢が叶う事はもう無い。

 大阪は消えた。

 当然、其の事は御巫も知っている筈だ。けれど認めていない。

 御巫瑞葵は誰よりも強く、そして早く自己防衛機能が働いてしまった。それもかなり危ういバランスで。

「しかしお前も暇人やな、休みの日ぐらい家にいたらええのに、こんな所来るなんて、もしかしてウチに惚れてるん?」

 休日のワケが無い。

 ただ、人数が減りだした頃から御巫はそういう風に改竄してしまった。

「ああ、大好きだぞ御巫。押し倒したい位だ。」

「またそう言う事を、お前の冗談は笑えんわ、見てみぃ、可愛い後輩が睨んでるで。」

 御巫がすっと後ろを指差す。

 それに合わせて俺も振り向く。

 当然、真柩はいない。

 けれど、御巫には真柩が見えているらしい。

 多分、御巫の目には俺を恨みがまし気な目でねめつけてくる真柩の姿が映っているんだろう。

「ええと、真柩そう怒るな、ほんの冗談だ………っていうか俺別にお前に謝る必要性は無いんじゃ………って泣くな、俺が悪かった。」

 真柩の基本ルーチンは完全に把握している。だから演じるのはそんなに難しくは無い。

「あーあ泣かしてもうた。絆ちゃんも悪い人にほれたなぁ。」

 けらけらと虚空に向かって話しかけ、御巫が笑う。

 もう御巫は現状が把握出来ていない。

 それでも、御巫はいい奴だ。

 屈託無くて、優しくて、分け隔ての無い。

 だから俺はここを訪れる。

「ほら、みんな結構頑張ってるみたいやで。」

覗き込んだBBSには確かにいくつモノ書き込みがある。

 けれど、このPCはネットに繋がっていない。学校内だけだ。

 だから当然書き込みをしたのも、もしかしたら世界のどこかに残っている誰かじゃない。

 御巫本人が書き込みをして、その事実を忘れて、世界にまだ人が残っていると自分を騙して、平静を保っている。

「そうだな、みんな頑張っているみたいだな。」

「うん、ウチもこれ見ると頑張ろうって気が起きてくるわ。」

 BBSに書き込まれた文章はどれもおかしい。

 例えば「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」とだけ書き込まれていたり。

「私は光が怖いので闇も怖くて空から何も来ませんが光が光が光が光が青く赤くて────」とそんな少し壊れた文章が延々と綴られていたり。つまりは時々素に戻った御巫が自分で書き込んでいる。

 だから御巫の目にはもう文章の内容も映っていない。

 きっとどれも希望に満ち溢れた文面なんだろう。読みながら何度も頷き微笑みを浮べている。

「よしっ、ほな返事を書くかなッ!」

 明るく一つ言って返事の内容を呟きながらブラインドタッチでキーボードを叩く。

「今日もウチの周りには友人がいてワイワイやってます。なんだか世の中妙な感じやけど色々皆さんの書かれた書き込みを読んでるとまだまだ世界は大丈夫いう気がしてきてウチも元気が出てきます。少し落ち着いたら是非オフ会なんかも開きたいなとかも考えています。その際はまた告知します。では頑張っていきましょう。」

「伊h時bhじゃ伊@てゃび@jtぴお阿保pj対jb血亜hbtな:jん「亜bんtpヒアbtbjpt「んbpjんb派円bt「パンb派tんびtpなうじゃbとmんぽあj「bひはjぼpj「m「おあpjぼm「あおtjとふbはjんmmなんb「-tじゃhんばいんぼんばにぱ「あ「pl、bまおねrんにば@59あ5いん0¥」

 言っている言葉と文面は欠片も合っていない。

 それでも御巫は満足そうに見直すと「問題なし」と呟いて書き込む。

 どうしようもなく、哀しい。

 そして、書き込みを終えた瞬間、御巫の顔から表情が消える。

 そして、今の自分の書き込みに対し、猛然と返事を書き込み出す。

 勿論、文面は意味不明だ。

 手は倦む事無くキーボードを叩き続け、画面には意味不明な羅列が続き一定以上羅列が続くと書き込みを完了させて、再び書き込む。そんな作業をニ三回繰り返すと、ふと御巫の顔に表情が戻ってくる。

そして───

「うわ、もう返事が来てるわ、いやぁ人気者はつらいねぇ」

などとニコニコと笑いながらその返事を読み出す。

 ………御巫はずっとこんな調子だ。

「あれ、いつきたん?」

「今来たとこだよ。」

「そう?けど珍しいなぁ、アンタと國嵜が一緒に来るなんて。絶対に気ぃ合わなさそうな感じやのに。」

 俺の存在も改竄され、今来た事になっている。國嵜というおまけつきで。

「いや、この前俺たちお互いを認め合ったんだよ。な、國嵜?」

 どこにもいない國嵜と肩を組む。

「男同士の友情やねぇ、ええ事やわぁ。」

 ニコニコと御巫が笑う。

 どうしようもない虚脱感が俺の中に芽生える。

「それより見てみぃ、今日もこんなに書き込みが────

 御巫が、消えた。

 そもそも、御巫はここにいたのだろうか?

 御巫が座っていた筈の椅子は冷たい。

 PCの電源は落ちている。

 残り香も何も無い。

 そもそも、御巫の顔が思い出せない。

 声も、姿も、何も思い出せない。

 PCの電源を入れる。御巫のHPは存在していた。

 日記も、BBSも只管文字の羅列が続いている。

 でも、最後の最後、一言だけ意味の通じる言葉が残っている。

 偶然打ったのか、無意識の内に打ったのか。

 最後の一言は。

「サヨナラ」だった。

 御巫の座っていた椅子に腰掛け、キーボードを叩く。

「このHPを見ている人達へ。突然ですが、暫くの間閉鎖する事になりました。でもきっと管理人は帰ってくるでしょう、その時を楽しみにお待ち下さい。

管理人代理」

 PCの電源を落とす。

「サヨナラ、御巫瑞葵。」

 もうこの部屋に来る事も無いだろう。ドアを開け部屋を出る。

 後ろ手に扉を閉める時、確かにキーボードを叩く音が聞こえた気がしたが、振り向かなかった。



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