十二話 防人 譲羽①
今日も良い天気だ。
しかし、どうして人は晴れていると良い天気だと言うのだろう?
世の中晴れの日より雨や曇りの方が好きな人だっていると思う。
───そういえば、アイツは晴れの日はいつも機嫌が悪かった。朝会えば必ず「今日は最悪な天気だね」と心底憎たらしそうに言っていた。
そのかわり雨が降ると最高に機嫌良さそうに「フフフ、今日は最高だよ。」と手放しで小躍りしながら喜んでいた。
だから、良い天気なんて人によって違うのだろう。
それにも関わらず雨の日に「良い天気だ」などと言うと変人扱いされるのだからどうにもこの世は暮らしづらい。
………ふと思う、「アイツ」って誰だ?
突如そんな思いが浮かぶ。「アイツ」の事なんて俺が誰より知っている筈なのに………どうしてそんな事を思ったんだろう?
頭を振って妙な考えを振り払う。
しかし、本当に雨が降らないな。
廊下を歩きながらそんな事を考え窓の外を見る。
空は何処までも青い。
静かで、どうしようもなく静かで、ただ青いだけだ。
何故か背筋が寒くなってくる。
真柩と神和がいなくなって二日過ぎた。
二日ぶりに学校に来てみたが、誰の姿も無くただ黒板に「図書室で待つ」と宛名も無く書き残された書置きが虚しく残っていた。
書いたのは多分、防人譲羽。
少々右上がりな筆跡はほぼ間違いないだろう。
追加情報を言うならば、頭は良い。成績抜群だ。ただしあまり生き方は賢いように見えない。真面目なのだ。どうにも要領が悪く何事も全力を尽くさなければ気が済まない。そんなタイプだ。
別にそれは悪い事じゃない。その性格のお陰で傍目から見ていても人望はあった筈だ。
………まあ一部からは融通が利かないお莫迦さん扱いされていたのも間違いないが。人が十人いれば十通りの見方がある。些細な問題だ。
軽快に階段をあがる。中途半端に段数が多いのでペース配分を誤ると途中で嫌になってくるので要注意だ。
階段を軽快に、廊下を滑るように歩き、俺は図書室の前に立っていた。
片側に開館、もう片側に閉館と書かれた古びた木の札はいつも閉館を示している。
戸を開け、司書室の右手側にある閲覧スペースに防人はいた。
紫色のビニールが張られた長椅子にだらしなく寝そべっている。長い髪が椅子から零れ落ち床に広がっているが、気にする様子もない。そもそも気が付いているのかどうか。寝ているのかどうかは知らないが、目を閉じたまま防人はピクリとも動こうとしない。
しかし、防人って少なくともこんな格好で寝るようなキャラじゃないと思ったが。どちらかと言えば こんなだらしない格好で寝るのは俺の方だった筈だ。
防人が薄っすらと目を明ける。
きょろきょろと眼球だけが動き、俺の姿を捉えると。
「………よりによって、オマエか。」
あんまりな言葉を吐いてくれた。
「何だ、その俺じゃあご不満ですってような言い草は?」
「不満だ。大不満だ。」
くそ、言い切るよコイツ。
「私はついていない。自分でも気が付いている、生き方が下手なんだ。要領が悪く貧乏籤ばかり引いてしまう………でも、それでも良いと思っていたんだ。」
ゆっくりと寝転がったソファーの背もたれの向こう側に落としていた腕を上げる。
その腕は───
「───黒限に来てほしかったよ。」
不恰好な姿になった腕で髪を掻き揚げる。
指先はこげ茶に節くれ、緑色の新芽が出ている。腕の方にも侵食は進み、半分木になっている。よく見てみれば床に広がった髪の先からは芽が出ているし、足の先も靴下を破って木の芽が何本も突き出してきている。
「それは、ご愁傷様。」
「煩い。」
貸し出しカウンターに腰掛ける。
昔からここが俺の図書館での定位置だ。
「一応聞くけど、どうして黒限に来てほしかったんだ?」
「………私に、似ているから。不器用で要領が悪くて、私そっくり。」
「ふん、要は類相憐れむってとこか。つまらないね。」
「黙れッ」
キッと俺を睨みつけてくる。
隠しようがないほどに怒りと侮蔑が含まれた視線。悪くはない。
「何にせよ、お気の毒様。もう黒限が来る事はないよ。」
「………どういう、意味だ?」
「そういう意味さ。」
「………黒限も消えたのか?」
「限りなくそれに近いね。」
「何があったかオマエ知ってるな?」
「知っているかもしれない、知らないかもしれない。」
「教えろ!黒限に何があった!」
「死んだよ。事故死さ。ブレーキの壊れた車で暴走して、オシマイ。こんな世界になってまであんな死に方しか出来ないんだ。世の中どうしようもないヤツってのは本当にいるもんだと思わないか?」
防人が呆けたような顔を浮べる。
やがて涙が一筋零れた。
「………防人、もしかして黒限の事───」
「黙れッ………オマエが殺したのか?」
「………あのな、どうしてそういう結論に達するんだ?今、事故死って言ったばかりだろ?」
「どうして事故死と知っている?そもそも黒限の乗っていた車のブレーキが壊れていた事をどうしてオマエが知っている?!答えろッ」
「………あーそうか、そうだよな、黒限が本当に事故死なら俺がそんな事知ってる筈がないもんな、何だよ防人。不器用だなんていう割には結構切れるじゃないの。」
「ふざけるなッ!答えろッオマエが黒限を殺したのか?!」
「だからさ、防人、何度も言っているだろう?黒限は事故死だって。尤もブレーキを壊した車に黒限を無理やり押し込んでエンジンかけて発進させたのは俺だけどな。」
「オマエ………なんて事を───」
「最後まで聞きなって、ちゃんと黒限の手足は自由に動いたさ。ただし手はハンドルから、足はアクセルから放れないように細工したがな。ついでに言えばブレーキも壊しておいたし、トランクにはガソリンと灯油をしこたま積んでおいた。良い断末魔だったよ。思い出すと頬が緩んでくる。」
笑みを浮べる。出来るだけ酷薄な笑みを。
そう難しいことじゃない。俺にとって笑みは浮かぶものじゃない、作るモノだ。
「………どうして、どうして黒限を殺した………」
「だから事故死だって────」
「煩いッ!!」
ぎっと怒りとか憤怒とか、そんな赤黒い感情が篭りに篭った視線で俺を睨みつけてくる。偶には悪くない。
「そうだな、例えば防人。オマエが大事にしているモノを壊したヤツがいて、そいつに対して何をやっても特に問題が起こらないとすれば、どうする?」
防人が黙り込む。
何かを考えているのか、それとも考えているふりをしているのか定かじゃないが、視線を床に落とし、黙考のポーズをとる。
というかあの様子だともう殆ど身体が動かないんだろう。
手足の末端だけかと思っていたが、よく見ると服のあちこちを破って枝が突き出ている。
「………黒限はオマエの大事な物を壊したのか?」
「ああ、それはもう手中の珠の如く大事だったモノをな。」
「………黒限は何を壊したんだ?」
くくくっ
何故か笑いが出た。
防人に近づき、そっと耳打ちする。
「真柩だよ。黒限のヤツ真柩を完膚なきまでに壊したんだ。」
「嘘だッ」
「生憎本当さ、どうしようもなく馬鹿馬鹿しい理由で黒限は真柩を壊したよ。」
「理由って?」
「知らない方が良いさ、百年の恋も一瞬で冷める。」
「───それじゃあ、お前は真柩の敵討ちを?」
「いやいや、それは違う。」
そうは言ってみたものの、ふと考えてみる。
本当に俺に真柩の敵討ちなんて気持ちが一片もなかったのだろうか?
「………いや、言い直そう、敵討ちって部分もあったかもしれない。けどな、大部分は悔しかったんだよ。」
「………何にだ?」
「黒限。真柩の身体を傷つけ汚し、その上俺の大事な玩具を奪った事に対して。後自分自身に。」
防人が俺を得体の知れないモノを見るような目で見てくる。
安心しろ、俺もお前の得体が知れない、
「黒限に先を越された事が、悔しかったんだ。真柩は俺が壊したかった。」
すとんと防人から何かが抜け落ちる。
まるで二度と手に入らない物を突然失ってしまったような顔を浮べる。
それも一瞬の事、すぐに顔には嫌悪感と怒りが入り混じり浮かび上がってくる。
「ハッキリ言ってやる、私はお前が大嫌いだッ」
「おや、残念。」
「それだッ、その全てを茶化すような態度が気にいらない。物事に本気になる事も無く、いつも嘲笑を浮べて万物を冷笑するその面が最高に気に食わないッ。」
また嫌われたものだ。
「それに、お前は一体何なんだ?」
「今更妙な事を、防人さんのクラスメイトの一人───」
「そうじゃないッ!私は、お前が怖い。まったく理解出来ない。同じ空間にいるのもイヤだ、同じ種族である事すら吐き気がしてくるッ!」
ここまで拒絶されたのは始めてかもしれない。
「しょうがないな、俺も万人に好かれようなんて思ってもいない。」
「最初からイヤだったんだ。お前も、あの真柩も、神和もアイツも、皆人の皮を被って偽装しているようにしか見えなかった。」
防人に近づき、小指を握る。振り解かれるよりも早く完全に生木の感触のそれを折る。叫ぼうとする 防人の口を塞ぎ、折り取った小指、というか木片をぷらぷらと防人の目の前で揺らす。
「防人、基本的に俺は怒る事が好きじゃないんだ。現にどんな悪口雑言を叩かれたって別に気にならないしな、けどな、俺の遊び相手を侮辱するなら、壊すよ?」
じっと防人の目を覗き込む。嫌悪感も怒りも浮かんでいない。
浮かんでいるのはどう見ても、怯え。
「………その目だ、私はお前のその目が、嫌なんだ………」
防人の瞳に写った俺の目。
何時もと同じようにしか見えない。
「本当に、お前は何なんだ………何でそんな目をしているんだ……」
「生憎この目は産まれつきなんだ、文句は俺の親に言ってくれ。二人とも、もういないけどな。」
折角軽いジョークを飛ばしたのにクスリとも笑わない。
幾ら人をからかうのが好きでも、こうもフィーリングが合わないとどうしようもない。
「出てけ………もうお前の全てが嫌だ。」
「勝手なヤツだな、黒板に図書館で待つって書いてあるから態々来たのに、そんな俺を追い出すのか?」
「煩いッ黙れッ、もう、これ以上お前の姿も見たくない、声も聞きたくない、匂いが嫌だ、視線が嫌だ、気配が嫌だ、存在も嫌だ、お前の全てを私は否定するッ!」
「分かった、今出て行く。けどその前に一つだけ。」
もう一度防人に耳打ちする。
黒限が何をしたのかを。
見る見る防人の表情が変る。
「嘘だッ嘘だッ嘘だッ嘘だああアアアアアアァァァァァァァァアアァァァァッッッッ!!!」
成る程。
クインの趣味も理解できる。
自分の言葉で誰かが酷く傷つく姿というのは確かに見ていて面白い。
下衆な趣味とか言ってごめん
防人はまだ嘘だ嘘だとぶつぶつ繰り返している。
………少し壊れたかもしれない………どうでも良い事か。
そう思いながら図書室を後にした。
扉を閉める瞬間、背後から物凄い呪詛の声を聞いたが、防人よ、黒限が何をしたのか知りたがったのは君だよ?
暫くしてから図書室を訪れるともう防人の姿は無く、幹に苦悶とか絶望とか狂気とかそんなネガティブ感たっぷりな感情を足して倍増したような表情を刻んだ木が一本、長椅子と融合する様に生えていた。




