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十一話 クイン①


 相変わらず唐突な出現だ。

「あのね、もう少し驚いて貰えるとボクとしては嬉しいんだけど?」

「うわぁ、いつの間に、驚いた、仰天だ、アンビリーバブル。」

「………真顔で感嘆詞の一つも無く言われると薄ら寒いだけだね。」

「安心しろ、言ってる俺も結構寒い。」

 苦笑を浮べながらクインが俺の隣に座る。

「ボクは思うんだけどね?」

「何を?」

「溜め込んでばかりだと何時か爆発するよ?」

 じっと金色の瞳が俺を見据える。

「愉しい時は笑って、哀しいときは泣いて、腹が立ったら怒って、全部抱え込んでいると碌なことにならないと思うけどね。」

「………もしかして、俺がそうだと?」

「他に誰がいるの?」

「下手な冗談だな、俺は誰よりも明け透けで自分に正直に生きてるよ。クロウリーさんも言ってるだろ、汝の為したい事を成せって。」

「嘘。キミは何があったって皮肉に笑っているだけ、怒る事もなければ笑うことも無い哀しむ事もなければ何かに本気になる事も無い。只笑い顔をしているだけ。」

「そうか?きっと目の錯覚だ。まともな世界だったら良い目医者紹介する所だけどな。」

「………あくまでしらばっくれる?良いけど。でも、今回は多分キミが思っている以上にダメージがあったみたいだね。」

「───何の事だ?」

「キミって凄いよ。よくそこまで自意識を制御していると思う。でも、流石に少し箍が緩んだみたいだね。」

 クインの手が俺の顔に伸びてくる。

「ほら、泣いている。」

 冷たい手が俺の頬に触れ、すぐに離れる。その指先には小さな雫が乗っていた。

「俺が……泣いている?」

 どうりで、さっきから視界が滲むと思った。

「潮が目に沁みたんだよ。」

「────良いけどね、キミも色々あったみたいだし。」

「……そうだな、今日はちょっと色々ありすぎた。」

「いやいや、今日の事だけじゃないよ。キミの過去はちょっと色々ありすぎでしょう?」

 ……………何?

「………一応聞くが、どの位知ってる?」

「そだね、キミが伝記とか自著伝とか書きたくなったら代筆を勤めてあげても良いぐらい。噛み砕いて言うと、キミの過去についてなら殆ど知っている。」

「冗談としても面白くないな。」

「本当だよ。」

 クインが俺に耳打ちする。

 その内容は、間違いなく俺の昔の一部。

「オイ、本当に知ってるのか?」

「だからそう言ってるでしょ、疑り深いのは悪徳だよ。」

「………知っているのか。」

「………脅したりしないんだね。」

「はぁ?」

「キミの過去ってさ、力いっぱい善意の方向に解釈しようとしてもどうしようもないレベルじゃない。だからキミの過去を知っているなんて言えばよくて脅迫、悪ければ犯されて殺されるなんて鬼畜まっしぐらなのを想像してたんだけど。」

「………お前その言葉は日本紳士の会、会員の俺に対する挑戦か?」

 勿論、嘘。

「聞くからに胡散臭い会を作らないでよ、第一キミが紳士ならボクは天使か女神だね。」

 どーゆー基準だ。

「フフフ、冗談はこのぐらいにしておいて。」

 どこからどこまでが冗談だ?

「ボクはキミに一つ聞きたい事があって態々出てきたんだけど、どう、答えてくれる?」

「どうぞ、美人には優しいんだ。」

「不美人には?」

「………まぁそれなりに。」

「正直だね。」

「それが身上さ。」

 少し胸を張る。濡れた服が張り付いて気持ち良いやら悪いやら。

「それは嘘。」

 断言された。

 いや、事実その通りだが、どうして分かる?

「じゃあ質問、どうして絆チャンを生き返らせなかったの?」

「───何の事かな?」

「誤魔化さなくても良いよ、さっき迷ったでしょう?キミが考えた通り。海那緒チャンを引き裂いて、その血を浸した布で絆チャンを包み込めば彼女は生き返ったのに、どうしてしなかったの?」

「……答える前に一つ聞いて良いか?」

「どーぞ。」

「お前が、黒限をそそのかしたのか?」

そそのかしたとは人聞きが悪いね、ボクはちょっと後ろから背中を押してあげただけ、おっと、怒らないでよ。ボクが教えたのは生き返らせ方だけで、後は黒限クンが自分の意思で絆チャンを選んでやった事なんだから。」

「つまり、クイン、お前には責任が無いと?」

「どう聞いてもそうでしょ?キミは刃物で誰かが傷付けられた時、傷付けた誰かじゃなくて、刃物を発明した人を恨むの?」

 正論だ。

 しかし、正論に限って納得することが難しいのも世の常だ。

「さあ、ボクはキミの質問に答えたんだから、今度はキミが答える番だよ。」

 クインが俺の前に回りこみ、じっと目を合わせてくる。

「どうして、絆チャンを生き返らせなかったの?」

 一番聞かれたくなかった質問。

「それは───」

「それは?」

「………例え生き返らせても、殺された記憶が残っていたら───」

「嘘だね。」

「本当だ。」

「キミは自覚していないかも知れないけどね。」

 クインがニヤリと笑う。

「キミは嘘をつくと眼球が右上に動くんだよ。」

 慌てて目頭を押さえる。

「嘘だよ。」

 くすくすとクインが笑っている。

 というか、つい最近こんな会話を交わしたような気がする。

「さあ、嘘はもう良いから、本当の訳を教えてよ。」

 クインが笑うのを止め、俺の目を覗き込んでくる。

「どうしたの、そんなに人には言えないような理由があるの?」

 そうだ、その通りだ。

「じゃあ、しょうがないね。」

 クインがついっと立ち上がる。

「代わりにボクが言ってあげる。」

「………出来れば止めてくれないか?」

「それは駄目だよ、魚心あれば水心あり。それとも、力ずくで止めてみる?」

 挑戦的な笑みをクインが浮べる。

「悪いが、美人には手を上げない主義なんだ。」

「不美人には?」

「肉体言語で語る。」

「本当にキミって打てば響くような答えで嬉しいよ。」

「その嬉しさに免じて止めてくれないか?」

「それは駄目、ボクはね、自分の言葉で誰かが心を痛める姿を見るのが好きなんだ。特に好意を持っている相手だと堪らないよ。」

「下衆な趣味だな。」

 何も答えず嬉しそうにクインが笑う。

 静かな波音、湿った風と水の匂い。銀色の月光。

 綺麗だった。

「キミは、怖いんでしょ?」

「キミは絆チャンを生き返らせたら、どうしても一つ質問をする。本当は聞きたくないのに、キミは質問する。そう、海那緒チャンを殺したのは絆チャンかって。そして、もしも海那緒チャンを殺したのが絆チャンだったら、キミは絆チャンを殺さないといけない。」

 そうだ、その通りだ。

 不条理だと思うが、そうしなければいけない。

「それが嫌で、怖くて、キミは絆チャンを生き返らせなかった。そういう事でしょ?」

「………大正解だよ。」

「完全な逃避行動だね。」

「ほっとけ。」

「そんな約束破っても誰も怒らないと思うけど。」

「───怒るとか怒らないとか、そんなレベルの話なら良かったんだけどな。」

 無言

 お互いに何も話さず、ただ潮騒だけが聞こえる。

 空の色が濃紺から赤紫に変り始める。

 水平線から一筋白い日光が俺の目を射す。

「夜明けだよ。」

「ああ………朝日が憂鬱だな………」

「普通は逆だよね。朝が来て憂鬱なんて何処か病んでる証拠だよ。」

「嫌じゃないか、朝が来ると嫌でもまた新しい一日が始まることが自覚させられて、それに病んでいないヤツなんて俺は見た事も訊いた事もない。」

「自分も含めて全てが病んでいるなんて認識を持つ辺りが病んでいるってコトだよ。」

「どうでも・・・いいさ。」

 呆れたように俺を見ていたクインがぽつりと口を開く。

「───────────────────」

「お前………それ。」

「言ったでしょ、ボクはねキミの事を知っているんだよ。」

 してやったりな笑みを浮べたままクインが揺らぐように消えていく。

 日も上がり明るくなった海辺を俺は重い体を引きずり、帰途についた。


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