九話 後輩 神和 海那緒②
遠くの方に炎が見える。赤とオレンジに黒煙が混ざっている。
昔から思う事がある。敵討ちとか復讐者に対する台詞で「そんな事をして○○が喜ぶと思うのか!」とか「今のお前の姿を見たら○○は悲しむぞ」とかよくあるが、コレは根本的に間違っていると思う。
復讐とか敵討ちというのは名目だ。別に故人を思っての事じゃない。ただ出し抜かれたのが悔しくて、自分の憂さを晴らしたくて殺す。その方が分かりやすい。
だから俺も自分の為に黒限を痛めつけた。別に殺してはいない。
死んだとしてもアレは事故死だ。
おかげでやっと気分もすっきりした。
これで神和の後始末も心置きなく出来るというものだ。
火事にならなきゃ良いがと思ったが、考えてみれば火事になったところで何も困る事は無いと考え直す。いっそ全て燃えてしまった方が後腐れなくて良いかもしれない。
ソドムとゴモラの様に。尤も天罰なんてしょうもない理由で焼かれるのは勘弁蒙りたいが。
三度真柩の家に入る。リビングのフローリングの床の上に神和はある。
物凄い異物感だ。
何だか見ていて色々辛い。
せめて顔だけでも拭いてあげよう。血塗れの精液塗れなんて三流のAVかスプラッタだけで十分だ。俺の過ごす現実にはあって欲しくない。
ちょうどさっき黒限に投げたタオルがそこに落ちている。
プランターを持ち上げテーブルに乗せる。案外重い。試しに首が植えられている布地を指で押すと血が染み出してくる。人の頭が確か5キロ位。それプラス血がたっぷり染み込んだ布。重いわけだ。
神和の顔に付いた血と精液はもう固まりバリバリだ。軽く擦っても落ちそうにない。
仕方がないので転がっていた水のペットボトルを拾い上げタオルを濡らし良く絞る。
コレなら落ちるだろう。
………ところで不思議な事が一つある。
神和の顔を拭いながら妙な考えが頭を過ぎる。
脳裏に浮かぶのは今朝見た神和の死体。あの死体には腐敗の兆候がハッキリと現れていた。なのに、どうして神和の顔はこんなに綺麗なんだろう?
外はあれだけ暑いのにどうしてこんなに綺麗な顔なのだろう?
漂ってくるのは布に染み込んだ血の微かな腐臭と精液の臭い。
それに、どうして神和の首はこのプランターから倒れないんだろう?
今朝の死体をもう一度思い出す。
頭は丁度首の中ほどから切断されていた。だから固定するには顎の辺りまで埋めないと倒れたり転がったりしてしまうはずなのに、どうしてこんなにしっかりと固定出来ているんだろう?考えられるとしたら首に何か杭の様な物でも打ち込んで立たせているのかもしれないが、何の為に?
そんな事を考えながらも手は動き、血と精液をしっかりと拭い落とし髪を整える。
「さて、どうするかな………」
本当にどうしよう?
一番良いのは神和の体と一緒に埋めて上げる事だろうか?
しかし、死んでから三十時間オーバー。それも気温三十度近い真夏日。
個人的に神和の家にはもうあまり行きたくない。
体を持ち上げた瞬間、指が刺さったり、皮膚がべろんなんて糸を引いて取れたりしたらとか、考えただけでも凹んでくる。
となるとせめて首だけでも何とかしてあげよう。
火葬は少々難しい。確か結構高温が必要な筈だが手に入るのはガソリンか灯油位。どうかんがえても厳しい。第一骨になるまで焼き続けなければいけないなんてこの暑いのにそんな面倒な事は御免だ。そもそも焼け焦げていく神和何て見たくないし増してや、焼いている最中に程よい焼き加減になっていい匂いがしてきて空腹を覚えたら流石に駄目っぽい気がするので、火葬は却下だ。
現に神和は美味しかった。
土葬はどうだろう?
………折角綺麗にしたのに土の中に埋めてしまうというのは少なからず抵抗を覚える。そもそも何処に埋めたらいいんだ?
墓場?
家の庭?
神社の境内?
寺?
はたまた教会?
どこも正しいような気がするが、間違っているような気がする。
「やっぱ、海かな。」
それが一番いいかもしれない。真柩も海の何処かにいる。
…寂しいことはないだろう。今更この世界で寂しいも何も無いが…
決まれば行動は早い。今日中に済ませてしまおう。
プランターから神和の首を持ち上げようとすると、何かひっかるような感触がある。怪訝に思いながら首の周りにある血塗れの布を退かすと現れたのは───
神和の首。ただし、傷が、無い。
薄皮が張っているとかそんなレベルじゃなく、切った後も形跡も何も無い。柔らかい肉の塊になっている。よく見ると肉の先からは四つ小さな肉腫の様なものが、丁度手足のように。よく見れば肉腫の先は小さく五つに別れ、その先には小さな爪らしき物まで……
黒限の言葉が蘇る。
「海那緒…海那緒…これで生き返るんだね……生き返ったら何処に行こうか?今なら何処にでもいけるよ、誰も止めたりしない、僕と海那緒の二人だけで何処までも行けるよ……」
…と言う事は。
神和が目を開ける。
虚ろだった視線が俺の姿を捉える。
神和の双眸はゆっくりと焦点を結び、そして───笑った。
諦めたように、もう何もかも諦念したような投げ捨てた自暴自棄な笑み。
その笑みに俺も急速に醒めて行く。
「お早う神和。」
神和がゆっくりと瞬きする。
「…一つだけ聴くけどさ。」
神和がぼんやりと俺を見ている。
「この世界で生きていく?」
小さく、神和の唇が動く。
「────嫌です……寂しいです……死にたい……」
笑いながら神和の目から涙が溢れ出る。
「泣くなよ、泣き顔が綺麗な子は確かに美人だが、それでも笑顔のほうが何倍も良い。」
涙を拭ってやり神和の体を持ち上げる。
「じゃあな、神和。」
赤ん坊のような柔らかい神和の体を抱え、首に両手を添え。
「……基本的に、俺は個人が決めた事にとやかく言うのは好きじゃないんだ……それでも、残念だよ───」
捩り折った。
手に独特な感触が伝わってくる。
「───サヨナラだけが人生………か……」
奇妙な形に曲がった首を直して、神和の目を閉ざし、真新しい真っ白なシーツに包み真柩家から出る。小さな体に安らかな顔。まるで眠っている赤ん坊のようだ。
車はもう無い。日も落ちた事だし海まで歩いて行こう。




