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プロローグ

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 何時もの様に通学路を歩く。

じりじりと暑い陽射しが俺の影を地面にでも焼け付けようとでもするかのように照り付けてくるが気にせず。背中が滲み出てくる汗に段々と湿っぽくなるが、それも気にせず何時ものように通学路を学校に向かって一歩一歩進んで行く。

 色々と考え事をしながら歩く。考えた方が良いような事は沢山あるにも関わらず、頭の中でちっとも纏まってくれない。

 坂道を登る度に考え事は肯定的な方向に流れて、坂道を下ると否定的な方向に流れる。最初は一つだけだった筈の疑問が何時の間にか枝分かれして気がつけば考えていた筈の疑問から他の疑問に移行している。

 頭の中がどうにも曖昧で、ついでに俺の存在も曖昧で、目を閉じると俺の存在か、はたまた世界の存在がその間消えているような気がしてならない。

 そんな纏まらない頭を捻っているうちに学校に着く。

 止む事無く聞こえてくる蝉時雨は校舎内に入った事で多少和らいだものの、然して変化は無い。何というか下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるなんて諺を体現しているような生き様だと思う。


 しかし妙な事だ。もう蝉なんて俺の知る限りじゃ存在……していない。


 だとしたらこうも喧しく騒ぎ立てるモノは一体何なのだろう?

 ──────止めだ。考えて分からない事を考えるなんて暫く前から放棄している。


 教室に入る。座っている連中の顔にここ暫く変化は無い。

 教卓の上に乱雑に積まれた野菜の中からトマトを一つ取る。まだ半分青くて硬い。一口齧るとざりっと前歯が薄い皮と一緒に果肉を削り酸っぱい様な苦いような味が青臭い匂いと一緒に口の中に広がる。教卓の上の野菜は宍倉シシクラが二ヶ月ほど前に置いた。もうずっと納屋に置きっぱなしだったのに腐ることも無ければ冷たいままだと呆れ半分に言った宍倉は次の日にはもう居なかった。

 正直な所、不味い。ざりざりとした硬い歯触りだけは気持ちがいいトマトを齧りながら席に着くまでの間クラス内をぐるりと見回す。

 居るのは昨日と同じ顔。

 國嵜クニサキ師朗シロウアオギリ深紅ミク八重波ヤエナミ七瀬ナナセ防人サキモリ譲羽ユズリハ黒限クロキリ音弥オトヤ真柩マヒツギキズナ、それに────

 そこまで見た所で俺の首が止まる。

 おや、神和カミナの姿が無い。

「真柩?」

 ぼんやりと窓の向こうか、はたまた窓自体を眺めていた真柩が此方に顔を向けふにゃりと笑う。

「おはよう御座います先輩。」

「はい、おはよう。」

 律儀に頭を下げる真柩に軽く俺も朝の挨拶。

 後輩の真柩がここに居る理由は簡単。一年は真柩と神和を残してとっくにみんな全員キレイサッパリ跡形も無く後腐れも無く消えた。そんな訳でこの二人の後輩は俺の居る教室に来ている訳だ。

 それは兎も角本題。

「神和どうしたん?毎朝一緒だっただろ?」

 指に垂れてきたトマトの果汁を舐めとりながら聞いてみる。

「いやぁ、困ったことにですねぇ………」

 真柩が難しい顔をする。が、この娘の場合もってうまれたコケティッシュさが幸いしてか災いしてかどんなに真剣な表情を浮かべて見せても、怒り顔だろうが泣き顔だろうが何処か可愛らしく見えてしまう。

 今だって本人は結構苦虫を噛み潰したような顔をしているつもりだろうけれどもやはり可愛く見える。結構得だと思う。

「ミナちゃんなんですけどね────」

 神和カミナ海那緒ミナオ、神和の本名。真柩はミナちゃんと呼ぶ。

「今朝迎えに行きましたら楢巣ならす区は二丁目一帯ごと消えていました。」

「───そっか、これで残りは俺も入れて八人かぁ。」

「ですねー、儚いもんです。」

 少々言葉を失った俺に対して何だか真柩は少し悟ったような顔をしている。

 まあ気持ちは分からないでもない。

「しかもちゃんと形と自我が保てているのは俺も入れて六人だもんな。」

 真柩の隣に腰を下ろしながらもう一度クラス内を見回す。

 國嵜はもう半分以上無い。

 一週間ほど前から砂糖菓子のように、はたまた砂で作った山かのように体の末端から風化が始まって、残っているのは頭から胸の下辺りまで。トルソーのような姿になったまま机の上に乗っている。話しかけても二日ほど前から微かに視線が動く程度で殆ど反応が無い。呼吸は一応しているし心音もあれば脈もあり、体温もあるし瞳孔に反応もあるので生きている事は間違いないが下手をすれば今日中にでも風に散ってしまうかもしれない。

 そんな状態にも関わらず全くの変化がない理知的な面差しがらしいといえばらしい。信条を聞いたら「明鏡止水」座右の銘を聞いたら「無」と返す男だけの事はある。

 因みに俺の信条は「適当」座右の銘は「面白い事が全て」・・・・・・少し見習うべきかも知れない。

 もう一人、梧の方を見てみる。

 席に人の姿は無く、机の上に青いプラスチック製の盥が一つ。中はピンク色の液体で満たされている。それが梧だ。彼女の液状化現象は一昨日の午後、偶々全員この教室に居た時に始まり俺達の見ている前で数分もしない内に盥一杯の液体になってしまった。全員で机の上や床から掬える分だけ用具室から持ってきた盥に移し、理科室から持ってきたスポイトやピペットで出来るだけ梧を盥に入れ、どうしようもない部分だけはモップでふき取ってしまった。だから盥の中には正確に言うのなら梧の殆どが入っている。少しゴミや埃が混じってしまったのはご愛嬌だ。時折盥の表面が、梧が波立ち身体の一部がどこと無く不定形に形成されて浮かび上がる事がある。今もそうだ。ゆっくりと右腕が液体の表面から迫り出してきている。肌こそ健康なピンク色で艶々としてはいるが、手の中央には歪んだ格好の唇が現れてへらへらと笑っている。指は七本あり二本ある薬指の先にはむき出しの眼球が一つずつ。手首辺りからは髪の毛が生えてその中に鼻が見え隠れする。

 そんな彼女に俺は思わず「ミギーかい!」等と心の中で突っ込む。

 幸い液状化したさいに脳まで融けてしまったらしくどうやら自我は無いらしい。きっと梧にとってそれは幸せだろう。自他共に認める類稀な美形で美容に関しては人一倍神経を使っていた梧の性格からすれば今の状態が彼女に耐え切れるとは思えない。結果論から言ってしまえば溶けてしまった際に自我があろうが無かろうがどちらにせよ崩壊してしまうのなら変わりは無いが気分の問題だ。何にせよ俺は彼女が彼岸に行ってしまって良かったと思っている。

 梧の右腕がとぷんと少し粘性のある音を残して盥の中に消える。

 最初國嵜や梧を誰か引き取ろうかという話もあったが、全員自分の事で精一杯というか正直こんな状態になった國嵜や梧と一緒に過ごすのははっきり言って苦痛だと言う事で國嵜は机に乗せたきり、梧は盥に入れたきり。あとはそのまま。多分二人とも風化しきるか蒸発しきるか、何にせよもう放っておかれる。

 ぶっちゃけ風化した國嵜や気化した梧が呼吸と一緒に身体の中に入ってくると思うとあまり良い気分はしないが一応知り合いだ。そのぐらいは大目に見よう。

「儚いねぇ」

 真柩の言葉を繰り返してみる。

「そですね。」

 真柩が短く返したところで週番の防人が立ち上がり黒板前に立つと十二の視線がそちらに向く。

 黒板に大きく書かれた「残り9人」の9を乱雑に消し、8に書き換える。

「───お早う。」

 どこか諦念したような顔で防人が口を開いた。


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