第4話
二次創作……規制されてしまいましたね
どうなるか分かりませんが、とりあえずオリジナルは進めていきます
龍王堂学園の歴史は古いようで新しく、僕が中等部の頃に設立された。
当学園を語るにおいて、そもそも、何故龍王堂学園が設立することとなったのか、その理由に触れる必要があるだろう。
龍王堂学園の入学者は全国各地から集められた選りすぐりの者達だ。設立当初は、学業成績が非常に優秀な者のみを入学させる、という奇抜な条件は、世間から批判を浴びるのに十分なものだった。全国から優秀な者を引き抜く学園のやり方に異論を唱える者がいる……というのは、実は無かった。むしろ逆で、設立を奨励されるほどだったという。
それは何故か。
設立よりも数年前。神崎を名乗る集団が、全国大会を総なめにしたからだ。
そう。神崎の名を頂く者が、あらゆる競技において、頂点を掌握したのだ。
個人戦では全戦無敗。剣道柔道サッカー水泳テニス、他には囲碁将棋など文化系の種目においても負け知らず。書道や工芸などでもその名を轟かせた。団体戦では、チーム内で逸脱した動きで先陣を切り、たった一人で一回戦敗退レベルの弱小校を、全国三本指に食い込むまで押し上げるという、異常な能力を見せ付けた。
驚くべきことに、神崎家はそれまで公式戦に一度も出場しておらず、ある年を境に突然姿を現したのだった。小学校から大学まで、社会人リーグなどを除く公式戦にて、神崎家の者は全国の猛者を蹴散らし、栄光を勝ち取ったという。当然、流星の如く現れた一族の出現にマスコミはこぞって取り上げた。しかしそれもすぐに収束する。高度情報化社会と言われる昨今では、国家機密のような厳重な警備を敷かれる重要秘密でもない限り、僅かな情報が世間に流れる。そういった事態に発展することもなく、それどころか神崎の名はすぐさま各メディアから消失した。まるで触れてはいけないモノに触れてしまったかのように。残されたのは神崎の名と、圧倒的な攻防を映す試合映像のみだった。
そうして、後に『大会荒らし』と呼ばれる神崎家の名は、全国に知れ渡ることとなる。
故に、無敗の神、神崎家に対抗するべく創設されたのが、龍王堂学園。
未だ頂点に君臨し続ける神に、各地から選ばれた王が挑む。無敗の神帝と無冠の帝王の衝突は、毎年お茶の間に放送されている。普通、お茶の間に流れる高校の試合なんていうのは野球くらいのものだけれど、今となってはその野球も龍王堂と神崎の熾烈な試合中心になっていた。未だに一位を奪取できない龍王堂だけど、その実力は確かなもので、全国区からの精鋭の力は、神崎家に匹敵するレベルなのは疑いようの無い、本物だった。
それでも、神には敵わない。
政宗や斎、紅蓮ですらも。神崎家の出現と同時、頂点から引きずり下ろされた。政宗は空手、斎は剣道、紅蓮は水泳の特待生だ。龍王堂では部活所属義務があるので、現在ではほとんど意欲を失った紅蓮や政宗も、たまに顔を出している。ある程度の成績を残していればお咎めは無し。僕のように野放しになっているのが例外なのだ。
僕が。神崎秋人が、未だ龍王堂に滞在していられるのは、この学園に入学できたのは、敵対する神崎の者を手中に収めることで、敵方の戦法を取り入れる、あるいは戦力の増強でも図った学園側の思惑ゆえ、なのかもしれない。
僕は、決して特別じゃない。
同じ名前だけれど、僕は特別なんかじゃない。
僕はもう、神にも王にも、なれはしない。
ただの人なのだから。
京子との試合から数日が経過した金曜日。週末なので教室の雰囲気はどこか浮ついていて、それは恐らく、もうすぐプール開き兼海開きがあるからだ。近年温暖化が進んで春の暖かい日であれば海水浴は可能だけれど、最近寒い日が続いた影響か、プール開きが微妙に延長していた。海岸付近に住んでいると時折海難事故が発生する。ついこの間も崖から転落した人がいたとかいう話があったから、何か密接な関係があるのかもしれない。
龍王堂学園は週休二日体制であり、休日でも学校に入れる。校舎は封鎖されているけれど、施設の大部分は開放されているから、休みの日でも運動したり、室内でゆったりできる。勿論部活と関係ある事をしなければならないわけなんだけど、まぁ、恋愛禁止令以外そこまで厳しく無いので、各自、悠々自適に施設を活用している。
とは言え、部活無所属と化した僕が施設を使うととやかく言われそうなので、休日はほぼ暇人である政宗や紅蓮と一緒に家で遊んでいる。稀に学校に来て運動している。一人で使用しさえしなければ問題無いだろう。お陰で運動不足問題とは無縁だ。
ただ今週からは大会に向けて練習に励む部活が増えて、またプールも水泳部が本格的に練習し始めるから、ほとんど遊び場が無くなってしまう。ドッジボールコートは毎日使用可能だけれど、そんな毎日ボールと戯れていたら飽きるに決まっている。
いずれにせよ、僕の家は古く狭いので遊び場として提供するのは難しい。この狭い場所で四人の人間が集うのは、なかなか困難な話だ。人口密度が必然的に高くなる。
しかしまぁ、蓼食う虫も好き好きというべきか。この環境を好ましく思う人もいる。
放課後。僕がアパートの階段を登ろうと足を乗せた時、気付いた。
「……何してるの、鳥海」
珍しいことに鳥海が自分の部屋から外に出ていた。この狭いアパートは奇跡的にトイレと簡易キッチンが各部屋に設置されているので、部屋から出る機会は買出しか銭湯くらいしかない。洗濯はコインランドリー任せで、洗濯機など存在しなかった。
が、いつの間にか、アパート横に真新しい洗濯機が鎮座していて、
「なんだ、オマエか。生憎今忙しいんだ。用事があるなら、後にして欲しいぞ」
洗濯機に全身を突っ込んだ状態の鳥海が言った。
……洗濯機に収納された女の子を、僕は初めて見た。
「えっと、さ。鳥海、君は一体何をしているの?」
「見て解るだろう?」
見ても解らないよ。つーか、理解したくもないです。すごい戸惑いました。モグラ叩きでいきなり全部の穴からモグラが出現した時のような困惑具合だった。
しかもこの洗濯機、三層ドラム式。なんでこんなのがここに鎮座しているんだろう。
「パパとママが転入祝いに買ってくれたんだ」
娘の転入祝いに洗濯機をプレゼントする親。……それはアリなんだろうか。
「ちなみに今やっているのは『さらし首』ごっこだぞ」
恐らく僕は世界で初めて、洗濯機でさらし首ごっこをしている人と会話している。
「面白い?」
「超絶つまらないぞ」
「じゃあ止めたら?」
「それもそうだ」
すぐに抜け出た。成る程、ただの気分だったらしい。突っ込もうか考えたけど僕の人生目標において『変人に対して穏便に接する』という事項は存在しないのである。
転入してから数日が経過した。あれから鳥海は学校に一度も来ていない。京子との試合が終わったその日に、僕は鳥海の元を尋ねたのだけれど、ノックしても返事が無かった。翌日、再び訪れて鳥海は姿を現したはいいが、彼女、パジャマ姿で目をこすりながら出てきたものだから大変だった。主に僕のテンションが。鳥海は終始不機嫌だったのは徹夜でネトゲーをやっていたからだそうだ。起きたのだからついでに一緒に学校へ行かないかと誘ったら、今までの態度は何だったという速度で玄関を閉められた。
それから毎日、学園へ行く前に鳥海の元を訪れているけど、結果は芳しくない。
なんでか、と問われれば、それは簡単で、担任の先生が『お前は確か鳥海の隣室だったな? じゃあアイツをどうにか引っ張り出してくれ』と非常に無責任なことを言われたからである。案の定そういう展開になると踏んでいた僕の予想大当たり。最悪だ。
ただ外出は嫌いと言うものの、日光が極力当たらない位置を通るのであれば、こうして時折自室から外に出ることもあるようだ。家族の姿を見ていないけど、食事とかはちゃんと済ませているのか、買出しに出かける様子は無い。そういえば銭湯に行ってるのかな。
洗濯は既に済ませた後らしく、鳥海は何も持たないまま階段を登り始めた。
「学校に行く気はないの?」
「外は紫外線で一杯だからな。浴びると死ぬんだぞ」
紫外線は殺人光線じゃない。
ちなみに鳥海は日陰から絶対に出ようとしない。吸血鬼みたいな奴だ。
「いい加減学校に行こうよ。先生やクラスの皆一応心配してるんだから」
「それだとわたしのプライベートな時間が減るじゃないか。そんなの嫌だぞ」
「家帰ってからゲームすればいいじゃないか」
「馬鹿だなオマエ。言ってて自分の低脳加減に嫌気が差さないか? わたしの来訪を今か今かと待ち侘びる同志達の期待を裏切るなど、わたしには絶対に出来ないぞ」
「良いことを言ったみたいな顔してるけどよくよく考えると格好悪いね」
「それにわたしは外に出るのが嫌なんだ。あそこに通うとなると運動しないといけないのだろう? だったら尚更嫌だぞ。ちゃんちゃらおかしいぞ」
これだった。鳥海はずっと、頑なに運動を拒んでいた。外へ出る気はあるものの、日光を浴びるのは嫌だとぬかしたり、運動をするのは嫌だと言ったりして、朝僕が学校へ行く時間は、絶対に部屋の扉を開けようとしない。顔を出せば、僕が学園に行こうと誘うんだと解ってるからだ。だから学園から帰ると、安心したかのように現れる。
意外に思うかもしれないが、鳥海は話しやすい子だった。表情の変化が少ない分、言葉に感情が籠もっていて、たまに辛辣な言葉が投げられるけど、嫌な奴じゃなかった。
但し夜間限定。朝は取りつく島も無い。
人と隔たりを形成するタイプの引き篭もりなのか、と以前は勝手に思っていた。
ところがどっこい、鳥海は頻繁に僕の部屋を訪ねている。理由は別段珍しくないもので『ネット回線が繋がらないからどうにかしてくれ』だとか、『お湯が出ないのだがどうすればいい?』とか、そんなものだ。ちょっと意外だった。なんとなく、近寄り難い雰囲気があるからね、鳥海は。初めて会った時も威圧感があったし。
そういうのは親にやってもらいなよ、と言おうとしたら、どうやら仕事の帰りが遅いのか、九時頃になっても帰ってくる様子は無い。親御さんも大変だろうね。
僕の部屋はネットの回線引いてあるから(紅蓮がやってくれた)、じゃあそっちに引いてもいいよと言ったのがきっかけなのだろう。あと彼女が所持していない漫画を持っていたからだろうか、鳥海はよく僕の部屋に来るようになっていた。いまだにこの子の性格が把握し切れてないけど、害は無さそうなので放置してる。スルー主義バンザイ。
「でもまぁ、学校に通うのなら、自分の時間が減るのは仕方ないよ」
「なんだオマエ、どっちかを守る為にどっちかを捨てろと言うのか? 無理だろ、何アホなこと言ってるんだ。アホさ加減ビックバンだな。オマエの急所だってバットとボールのどっちか捨てろと言われて片方捨てるか? つまりそういうことだぞ」
「そんな選択肢あるかぁあああああ!」
なんで学校の話から急所の話にシフトするんだ。どんな脳内構造?
そんな会話をしつつ、階段を軋ませながら鳥海は登る。
「しかし立地条件は素晴らしいが、随分ぼろっちいアパートだな。ここは」
「野宿よりかはマシだと思うよ」
言ってからかなりボロクソ言ってしまったと気づいたが、事実なので撤回しなかった。
入居者が少ない現状、この物件はいつか取り潰されてしまうかもしれない。僕が入学するよりも前の頃は、この辺一帯は学園が統治していたせいで他の不動産が介入できずにいたけれど、今では学生の事を考慮してか、少ないものの娯楽施設が散在している。近頃は様々な店舗を見かけるようになった。スポーツ用品店や雑貨店などは学園内にもあるが、生活用品などは外で買い集める必要がある。
元々かなりの田舎だったこの町は、龍王堂が出来てからというもの、様子が一変した。暮らしやすい町になりつつある反面、先月まであったはずの建物が取り潰されて、商店の建設予定地になっているなんて話はザラなので、潮風が吹き寄せて、林の奏でる梢が心地良いこの環境が消えてしまうかもしれないと考えると、少々寂寥感を覚える。
最近大きな企業が町の隅に何かを建てるという噂があったけど、大丈夫かな。
部屋の鍵を開けると、当たり前のように鳥海が入ってきた。もう可愛い女の子が部屋に来ても全く感動を覚えないのは僕の周囲の女性が性格破綻者だったり引き篭もりだったりするせいじゃなかろうか。そうに違いない。今度京子を呼んでみよう。
余談だが京子とは現在お友達として付き合っており、よく休み時間、僕のクラスへ来るようになった。その度に周囲から嫉妬ビームが来るけど気にしなければどってことない。
私室へ入って着替えを済ませている間に、鳥海は居間のテーブルで漫画を読んでいた。周囲には単行本が山積みされていてファイアーウォールと化している。地震が来たらまず圧死するだろう。恐らく死んでも悔いはあるまい。
「あんまり僕の家に入り浸らないようにしてね」
「ぬ。解った。ところで続きを読みたいからまた後で来てもいいか?」
日本語が通じてないみたいだ。
「解ったよ」解り合うのが無理だと。「勉強しないといけないから、極力静かにね」
「ぬ? オマエは勉強が趣味なのか?」
「趣味じゃないよ……。まぁ、あの学校に通ってれば自然と点数上がるよ」
もっとも、入学して数ヶ月しか経ってないんだけどね。それでも自分の学力が右肩上がりなのだと自覚できるくらい、あの学校は勉強にも力を入れている。勉強に最適な環境というのは、まさにあそこを指していると断言できる。成績が上位だから、退学勧告をくらわずに済んでるのかも、という推測を立てている。真偽のほどは定かではない。
鳥海は少しだけ驚いた、いや、微妙に感心した顔で、おお、と感嘆の声を上げた。
「すごいじゃないか。人は見かけによらないと言うが、オマエは見た目そのままだな」
「それは褒めてるのか僕の容姿を風刺してるのかどっちなの?」
「いや、気にしなくていい。なんでもクソもないぞ」
平気で下品な単語を口にする少女がここにもいた。
「勉強はスポーツと違って、覚えるべき点を頭に入れればいいだけだから」
「どうやるんだ?」と教科書を頭に押し付ける鳥海。
「いや、物理的じゃないから。できたとしてもグロいから」
そうか、と無表情に頷く。巣でやってるのか狙ってるのか、いまいち分かりづらい。
「鳥海は勉強し……ないか。学校行ってないわけだし」
「わたしは今まで一度もベンキョーしたことがないぞ」
胸を張って言われました。そりゃもう、自信満々、威風堂々とした様子で。
「成績はとても悪いぞ。マンモス悪いぞ」
「その言い方は意味不明だ。……よくそんなんで転入なんて出来たね」
「どうも以前、運動していたことが関係しているらしいぞ。わたしはよく知らないが」
ああ、そういうことか。
鳥海は昔、ソフトボール部のエースだった。弱小だった部を一人で支えるほど、全国に勇名が轟くほど、彼女は彗星の如く現れたのだ。その噂を知らなぬ龍王堂ではない。それだけ優れた能力を持つ少女が編入を希望したなら、無下に突っぱねることもないだろう。
ただ、もうソフトボールを辞めて一年近く経つ。
それはもう、現役引退を意味する。
そんな少女を、何故学園が受け入れたのか、真意は不明だ。まぁ、そんなことに疑問を抱いたら、僕が今でもあの学校に通えている理由も不確かなので、考えるのはよそう。
どうせ解ることじゃないんだ。
直接聞くのは、さすがに憚られる。スポーツ少女が引き篭もりに成り下がった。原因はきっと、僕のどんな想像より下だろう。青空の下で走り回っていた子が、室内から一歩も出ようとしない、日の当たる場所を嫌う正反対の子に変貌してしまった。
きっと、まともな理由じゃない。
「しかし勉強なんぞしなくてもいいと友達は言っていたぞ。だから無問題だ」
「友達……?」
いたんだ。いや、かなり失礼だけど、いるとは思わなかった。
「今頃戦いの場に赴いて懸命に敵を倒し続けているだろうな」
「ただのネトゲ仲間じゃないか!」
「何を言ってるんだ貴様は。ネトゲとは遠く離れた場所に在住する見知らぬ人とコミュニケーションをとる為の一種のツールだろう? 交友関係を広げる手段としては、別段悪いことではないはずだ」
いや、まぁ確かに、ネットゲームを通じて遠くの人と一緒に遊ぶってのは、ネトゲーの趣旨として間違ってないと思う。気が合えば、オフ会だとか飲み会だとか、実際出遭って友達になる人だって、いるだろう。面と向かい合って話せない人でも、パソコンを使っての文字会話ならスムーズにできるというのは、珍しい話じゃない。チャットなんてのは、まさにそれだ。近頃はマナーが悪い人が増えて、荒廃しているらしいけれど。
逆に僕みたいに、それなりに友達もいて、普段の生活に不満や物足りなさを覚えてないような人にとっては、ネトゲーやチャットでの交友関係の構築は、無縁な話なのかもしれない。別にネトゲーが悪いって言いたいわけじゃない。紅蓮も一時期やってたらしいし。鳥海はそうやって、友達を増やしていたのか……。でも本当なのかな?
「ぬ。信じてないな? よし、ならオマエにわたしの友達を特別に見せてやるぞ」
立ち上がった鳥海は、電話機でも掴むのかと思いきや、自分の家へ戻っていった。何をするのかよく解らない僕が待っていると、一分もしないうちに戻ってきた。
「見ろ。わたしの友達だ」
笑みを浮かべた鳥海が持ってきたのは、三匹のウサギのぬいぐるみだった。
人間ですらねぇ、と無粋なツッコミをするのが隣人の務めなのか、判断に困る。
「紹介するぞ。右からウサ吉、ウサ美、そしてバルバロッサだ」
「最後だけおかしいよ!」
しかしまぁ、鳥海にも女の子らしいところがあったのだと、ちょっと驚いた。実は人形とかぬぐるみってのは、小まめに手入れしてないと埃がすぐ溜まって汚れが目立つ。特に後者は穢れが顕著に目立つものだ。鳥海のウサ吉以下三匹の、真っ白いフサフサした毛には、これといって汚れが無い。勿論、机の上や本棚に飾っているだけ、ではないようで、愛しそうに顎を人形の頭に乗せる鳥海は、手入れを怠っていないらしい、ふわふわとした毛を撫でている。ああやっていつも抱くから、掃除を絶やさないようだ。
「よし。堪能した」
と言ってその辺に投げ捨てた。この人ダメなんじゃなかろうか。
「……一応友達なんだからそんな手荒に扱ったらダメじゃないか」
「なんだオマエ。友達とのコミュニケーションに口出しするか。まったく近頃の若者は」
プンスカ怒りながら溜め息をつく鳥海。君も若人の一人だろうが。
最後の台詞が古代エジプト時代から語り継がれていると思うと感慨深いものがあるね。
もう相手をするのも疲れてきた。こういう自分ペースな人との付き合いで注意しないといけないのは『一緒にいると退屈しないが精神が削られる』という点だ。常日頃から変人との対話に四苦八苦している僕だからこそ、未だに鳥海の相手をできているのであって、常人であればとっくに交流を断っているだろう。
或いは彼女に同情を抱いているからかもしれないが、それに関して今どうこう考えたところで不毛だというのは解りきっているから、それは置いておこう。
しかしまぁ、なんというか。
「よく親御さんが何も言わないもんだねぇ……」
すると鳥海は邪気の無い顔できっぱり言ってのけた。
「一人暮らしだからな。色々やりたい放題させてもらっているぞ」
最早手のうちようが無い。それが最終的に僕が下した判断だった。
両親がいれば、度々押しかける娘さんの判断を親御さんに委ねる事が出来たろう。でも肝心の両親が永久不在ではどうしようもなかった。
色々と利点を抱えているのに、自分でスポイルしてしまっていては目も当てられない。
もう鳥海に関して、僕が出来ることはないだろう。
勝手な憶測だけど、鳥海が転入するからあのアパートに一人暮らしすることになったのではなかろうか。あの引き篭もり症候群はつい最近のものじゃない。最早板についてきていた。今まで引き篭もっていた子供がようやく外へ出る意志を持った、それを喜んだ親が一人暮らしという、僕らの年代にとって夢のような生活をしても良しと判じた。そういうことじゃないかな。
先生には申し訳ないけど、僕には手の余る人だった。後で謝罪を述べておこう。確実に理不尽な説教が襲い掛かってきそうだ。憂鬱である。
という愚痴を学園にて友人達にしてみたところ、
「おいおい何故ベストを尽くさないんだお前は。もっと好感度UPを積極的に狙わねぇとダメだ。そう、例えば雨の日、雨で濡れた彼女のシャツがスケルトンな時、正直に指摘してやって『もう、どこ見てんのよ!』なら好感度小UP、照れながら『あ、ありがとう……』なら好感度大というかイケる。『見せてんのよ……?』ならイケルというか痴女だ。どれに転んでも万事オッケー! この方法でオレは何度も神と崇められてきた……」
「馬鹿みたいな愚直さだね、この誇大妄想変態ゴッドは」
「オレ今真面目なアドバイスしたのに罵倒連射された……!」
「貴様が破廉恥な妄想をするからだ」と斎がコメントする。「しかし秋人、別段そこまで鳥海に尽くす必要は無いんじゃないか? 世話をした分、お前が馬鹿を見るだけだ」
「そうなんだけどね……言うこと聞かないと先生が僕を殺すって言うんだもの」
生徒を脅す教師など世界中探してもそういまい。
ともあれ、鳥海に関しては、時間と意志の変化が己の態度を改善させてくれると思う。引き篭もりが許されるのは子供のうちだけだ。それにご両親が健在なら、鳥海をどうこうするのは彼らの責任だろう。僕の出る幕じゃ無い。
そうと決まれば心が軽い。先生には、『ごめんちゃい♪』と一言謝罪を述べたら即座に窓から逃げればいいだけの話だ。ここは一つ、外でパーッと遊んで気分を一新したい。
そういった点を踏まえて、紅蓮や政宗、今週は暇の斎に相談してみた。
「まだ早いけどフライングして海に飛び込んでもいいよね」
「止めておけ」斎に怒られた。「しかし遊ぶのはいいが、どこで遊ぶと言うんだ」
「いつも通り、オレん家か斎んとこでいんじゃねぇーの?」
妥当な案を出す政宗。それだとワンパターンな気がしなくも無い。
「ははは、困っている様子だね? こんなこともあろうかと、今週の体育館が使えるよう申請しておいたぞ。今週はたまたま、偶然、運が良いことに、空いていたのだよ」
紅蓮が妙に頼もしい台詞を吐いた。その奇跡の連鎖にどれだけこの女が関与しているのか、その答えは今あの女が瞬時に仕舞いこんでいた携帯だ。アレには目を逸らしたくなる情報が満載と噂である。別名『災厄電話』。
「何をどうしたら体育館が使えるようになったのか一から十まで教えて欲しいんだけど」
「はは、別段気に留めるような事でもないだろう? なんでもクソもないさ」
女子がクソとか言うなよ、と思ったけど、こいつは女に含まれないから、いいか。
「しかし秋人。京子との試合の疲労の色が濃く窺えるが、大丈夫なのかね? 休暇をとるべきではないか? それとも癒しが必要か? その場合は私に言いたまえ。必要に応じ、衣装をチェンジしよう。例えばブルマとか、裸エプロンとか」
「すいませんどうでもいいからフルスロットルで痴態晒さないで下さい」
「絆創膏と縞パンだけの方が宜しいか?」
「君のフェチズムとブッ飛んだ頭に乾杯」
むしろ完敗だ。こういう意味も意図も解らない発言をバルカン砲のように連発するから同姓の友人がいないんじゃないかと心配になってくる。
「それと秋人。一応、念の為忠告しておくが」唐突に斎が開口した。「彩場の件で、他のクラスの男が少々いきり立っている。嫌がらせくらいは覚悟した方がいいかもしれない」
「え? な、なんでそんな陰湿根暗行為を僕が受けないといけないんだよ!」
「形式上とは言え、彩場をフってしまったのだからな。彼女は異性から人気が高い。男から恨み抱かれるのは、至極当然だろう。同姓からも好かれ易い性分だからな」
斎の言い分は確かに最もなんだけど、なんか釈然としない。人の噂も四十五日と言うものの、嫌がらせって結構長引くんだよね。靴箱に画鋲とか、地味に効くんだよなぁ……。
「まぁアレだ。もし連中が暴力に訴えるようだったら力貸すぞ。困った時のオレ頼みだ」
「この学園に戦闘シーンは一切必要ないしあったら即座に学外退去です」
「そうか。でもいんじゃねぇの? 馬鹿は死ななきゃ治らねぇよ」
「しかしその理論だと政宗、貴様は一生そのままだぞ」
「あ、駄目だよ斎……無自覚なのが馬鹿のテンプレなんだから、喋ったら駄目だって」
「おいテメェら。オレと一緒に外の世界へ行くか? あ?」
苦笑しながら首を振る。でも政宗の申し出は、正直有り難かった。
この男がどこまで役に立つのか判然としないのでイマイチ信用ならないが。
しかし和やかな時間はそう長くは続くものじゃないと心のどこかで知っているにもかかわらず、僕は決して理解していなかった。