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第2話


 

 転校生は、引き篭もりでした。


 なんて言葉で完結できるほど僕の頭は出来が宜しくない。


 天災児の紅蓮より性質が悪い。馬鹿政宗より手に負えない。ロリコン斎より駄目だ。


 秘密など、誰しも抱えているものだ。藪をつつけば何かが飛び出すように、それは必然でもある。秘密事をしないオープンな性格の政宗だって、それなりに付き合いのある僕ですら知らない何かを抱えている。斎も、紅蓮もそうだ。肉親、友人、恋人にすら打ち明けられない何かが、胸中に秘められている。それは決して、悪いことじゃない。


 けど、引き篭もりってアンタ、そらねーよ。と声を大にして言いたい。


 転入生にはさして興味無かったけど、こんなとんでもないステータス抱えた存在なら話は別だ。鳥海という存在が、僕の中を最大瞬間風速で練り歩いている。わぁ全然ちっともロマンの欠片を感じない。誰かの存在を意識するというのは恋の始まりだというけれど、こんなきっかけは嫌だ。時々紅蓮が脳裏に浮かぶがそれはもっと嫌だ。

 大衆に埋没する平々凡々な人生を望む僕が彼女の心情を察するのは、ハードルが高い。


 しかし、普通であることを自負する僕が、百歩譲って個性的であるとしても、彼女の個性というものは、比較すれば数値で表すと数字割れを起こすレベルじゃないだろうか。あれだけインパクトのある人間と出遭ったら、生涯記憶の片隅に居座り続けるよ。

 鳥海はまさに、現実の常識と己の中のそれは必ずしも一致しないよね、という非常識な人間によく見られる典型的なアレだ。自分の行いに全く疑念を抱かない、己が良ければ問題無し、みたいな人。この手のタイプで最も厄介なのは、無自覚な非常識より、自覚している非常識が、問題だ。その点では、鳥海はどちらかというと無自覚系のオーラを漂わせているものの、実質どちらもはた迷惑な点では変わりない。


 なんか、彼女と交流すると、ロクな目に合わないという予感が今からする。多分、思い過ごしじゃあ、ないんだろうね。


 よし、忘れよう。鳥海のことは、ただの知人として認識すればいい。ただのクラスメートの事情に顔を突っ込む必要は無い。交友関係なんて持った日には、学園からどうにかしろというお達しが来そうで恐い。そんなの勘弁だ。

 まぁ、どうしてあんな風になってしまったのか、気にならなくもないけれど。

 人は誰だって、知られたくない秘密があるんだ。そっとしておいてあげよう。


 ……でも。


 もし彼女が、周囲からの迫害によって、引き篭もりへと変貌させられたなら、

 なんとかしてあげたいと思ってしまうのは、偽善なのだろうか。


 鳥海からすれば、迷惑極まりない感情だ。同情というのは、受け取り方次第で慰めにもなるし、トドメを刺す刃にもなる。誰かに話して気を楽にしたいと願う時もあるだろう。誰かに八つ当たりして鬱憤を晴らした時もあるだろう。そういう時、返す言葉一つで、人は救われもするし、時には絶望する。


 言葉は、魔法のようなものだ。


 人の気持ちは、解らない。解らないのに知った素振りをするから、気に障る。


 人の心は理解し難い。推し量るしか、術はない。誰だって一度は思うはずだ。相手の心を知りたいと思うこと。相手のことを深く理解したいと思うこと。興味を抱いた相手には踏み込みたいと願うし、同時にこれ以上踏み込むべきじゃないと線を引く。

 親しき仲にも礼儀あり、なんてことわざがある。


 要するに、あんまり他人の問題に首をつっこむな、と釘を刺す言葉だ。


 それに。僕が今、こうして色々考察しているのは、きっと、ただの同情だ。

 可哀想だとか、なんとかしてあげたいと思うのは、きっと僕が、失敗した人間だから。同じ部活を辞めた人間として、共有点を持てたと、ちょっとでも考えたからだ。

 性質が悪い。僕は、鳥海を同類として、見下しているんじゃないのか?


 ……もうよそう。考えるのは。鳥海は現状、自分の環境を気に入っているみたいだし、僕が口出しする問題じゃあない。僕は神崎秋人で、彼女が鳥海照であるように、それぞれの生き方ってものがある。例え『引き篭もり』であることが、本人が望んだ結果だとは、ちょっと思えないけれど、何を言ったところで、あの性格だ。きっと耳を傾けてはくれないだろう。下手に開口すれば、これから隣室に暮らす者との関係が気まずくなるだけだ。

 鳥海とは、友達くらいの関係であれたら、くらいには、考えてもいいだろう。必要以上に深入りしなければ、いいだけだ。


 目を逸らした、と言えるかもしれない。でも、これでいいんだ。


 ポーカーでの降りは負けを意味するけれど、将棋で後退することは、負けじゃない。

 どっちでも、逃げという意味が、当てはまってしまうんだけれど。


 逃げてもいいさ。嫌なことから逃げたってもいいと思う。嫌なことばっかり溢れたこの世界で、逃げを選択しなかった人なんて、いないはずだ。辛いことも、悲しいことも、逃げてしまえば、楽になれる。一時的でもいい。楽になりたいから。

 ずっと逃げ続けて良いとは、僕も思ってないけどさ。


 しかし。


 この世界は、僕が予想するよりも遥かに残酷で、見通せない未来には、予想外な事態が待ち受けていることを、平和ボケした僕は失念していたのだった。

 どんなに逃げたところで。将棋の盤上は、有限なのだから。

 そんなことを思ったのは、翌日の昼休み。

 鳥海が転校してきてから、まだ一日しか経ってない日のことだった。









「神崎くん! つ、付き合ってください!」


 クラスメートの女の子に、告白された。


 体育館裏。人気の無い場所。人目を憚る者にはうってつけの場所。


 唐突すぎる展開かと思われるかもしれない。僕もそう思う。


 目の前にいる、さほど親しい間柄ではない、小柄な女の子に呼び出された僕。


 ……ここで転入生に告白されたら漫画的展開だなぁとか思う余裕はあったのかもしれない。いや、多分ないだろうね。何分、僕は異性に真正面から告白されるのは生まれて初めてだ(紅蓮は異性ではなく真性だ)。冷静に返事をするのは、ちょっと無理な話だ。


 少女は名前を彩場京子と言い、昼休み、クラスメート経由で僕を呼び出した人物だ。


 どうやら僕に用事があったらしく、その用件が、今の発言である。


 展開の唐突さと、人生初の事態に、僕の頭はオーバーフローしている。


 落ち着いて冷静に考えてみよう。顔を赤くしてじっとこちらの動向を窺う少女を見る。非常に童顔であり、初見であれば中学生どころか小学生にも見間違えそうな顔。身体は細く、しかし身長やらウエストやらヒップやらに栄養を注ぎ込まなかった反動が胸部に局所集中事件を巻き起こしているようで、上目遣いで身体を傾ける彼女の胸元が大変ギリギリなことになっている。生唾を飲みそうになった。いかん、これだとヘンタイじゃないか。けれど視線が顔か胸かどっちかにしか向かない。なんということだろう。見紛うこと無きタイヘンなヘンタイの誕生だ。もしこれ以上に実り豊かな果実をその目で拝んだ事があるという者がいるなら手を上げなさい。怒らないから。ちょっと殴るだけだから。写メ一報で許してやらないわけでもない。

 いや、でもちょっと待って欲しい。考えて見ると良い。全身は細身なのに巨乳というのはそれ即ちロリ巨乳という人類史上五本指に入る稀有な存在であり、童顔であっても年齢は精神年齢と同じなので、十八歳以上であれば攻略可能とも言えるのではないだろうか。つまり合法ロリ巨乳。大人のエロスと子供のロリを同時に兼ね揃えたその最終兵器の名称はエロいロリつまりエロリ。いやいや、しかし外見がアレでは所詮客観的に考えると年の差カップルと揶揄されること請け合いであり、いやいやいや、本人と法が許諾しているならどう言われ様と知ったことではなく、いやいやいやいや、でも僕の守備範囲は……


「あ、あの! どうかしたのですか? さっきから京子の方を見て固まっていますが」

「はっ!」一瞬で我に返った。


 意識を取り戻してから真っ先に視線を逸らした。

 さっきからガン見していたらしい。ヘンタイ扱いされても弁解不可能だ。


 おほん、と咳払いを済ませ、彩場さんへと向き直る。彩場さんはもじもじと身を萎縮させるように、落ち着きの無い様子で、僕を見ている。しかも上目遣いである。照れているのが丸分かりである。やべぇ超可愛い。抱き締めたい衝動に駆られる。挑発行為か。


「ええと、一応確認しますけれど、神崎秋人さん……、ですよね?」

「う、うん? いかにもタコにも、僕が神崎秋人だよ」

「噂通り頭が沸いた……いえ、なんでもないです」


 発言内容が非常に気になったけど、話が進まないので置いておく事にしようか。


「えっと、ごめん。正直事態が把握しきれてないので、先ほどの発言の真意を……」

「はぇ。え、ええとですね、あーっと、あのののの」


 見ていて噴出しそうなくらい慌てた後、ビシッと姿勢を正して、


「京子、秋人さんの事が好きなのです! だから、つ、付き合って、欲しいでしゅ!」


 思いっきり噛んでいた。

 返事を貰う前から涙目であった。


 ……ここで、『ごめん、僕好きな人がいるから』などとほざいたら、刺殺されても文句は言えないだろう。言うつもりは、ないけどね。好きな人、いないし。


 しかし、告白されるとは、昨日の僕じゃ予想も出来ない展開だよ。呼び出された時点でまさかとは思っていたけれど、生まれてこのかた、将棋以外取り得の無い僕に好意を寄せてくれる人が現れるとは夢にも思わなかった。あ、紅蓮は例外ね。アレは人じゃない。


「そもそも、僕と君……ええと、彩場さんだっけ?」

「きょっ、きょきょキョッ、き京子でもいいですよ!」


 変な鳴き声みたいな名前だ。


「僕、京子と会話した記憶が正直ないんだけど、その……」


 なんで好きになったの? と、ちょっとぶしつけな質問をした。街中ですれ違ったくらいで告白されるほど、僕は容姿端麗なわけじゃない。ごく普通の、見た感じ、どこにでもいるような、普通の高校生だ。中身はどうだかは保障できない。


「は、はい。解りました。お話します。あれはそう、一週間前のことでした……」


 あ、長くなりそう。


「廊下ですれ違った秋人君に一目惚れしてしまったのです」


 思いのほか短かった!

 京子を見てみる。十人中七人は振り向きかねない、幼く可愛らしい容姿。起伏があり、スポーツを嗜む者特有の、無駄を省いた繊細な手足。成程。まさに逸材だ。

 こんな可愛い子が僕に告白するわけがない、と自虐が入ってしまうくらいの、少女。


 これはもう受諾するしかあるまい……!


 躊躇することすらおこがましい。ドッキリの可能性? そんなの知らないね。可愛い子が告白してきた。例え万が一、それが嘘偽りだとしても、いやこの状況からしてそれは無いと思うけど、告白を承諾しないやつがいるだろうか? いや、いないね。

 最早迷いは無い。彩場京子の倍率ドン! 更に倍! もう即決だ!

 口を開いた僕は、簡潔に、返答の言葉を放った。




 ―――約束だ。




「ごめん」


 気が付けば、

 今まで浮かれきっていた心が、湖面のように静まり返っていた。

 可愛い女の子から告白された。これ以上、嬉しいことは無い。


「やりたいことがあるんだ。どうしても届きたい、叶えたい目標が、僕にはある」


 でも。だからこそ、付き合えない。

 中途半端なままの僕じゃ、駄目なんだ。自分の悲願を達成しなければ、僕は自分を受け入れられない。そんな自分が、誰かと付き合うなんて、許せない。

 自分の目的を、叶えるまで。僕は、自分に甘えを許可できない。


 頼るのはいい。でも、依存するはダメなんだ。

 そういう約束を、僕はあの時した。


 恋人を作って楽になっては、僕は一生、落ちぶれたままになってしまう。


「……それは、京子と付き合うよりも、大事なことなんですか?」


 その問いは、辛い。ここで頷けたらどんなに楽で、幸せなことか。

 けれど。こればっかりは、曲げられない。

 もう二度と、挫けるわけには、いかないのだから。


 ごめん、ともう一度言うと、京子は俯いてしまった。泣かせてしまったのだろうか。女の子の涙には、勝てない。何度土下座すれば許されるだろう、と考えていると、


「……秋人くんが、何か目的があって付き合えないということは、解りました」


 そこで一回区切る。


「でも!」カッ、と京子は顔を上げた。「京子は素直に諦めるほど潔くはないのです! 秋人くんは京子にとって、は、初恋の人なんです! 簡単に諦めきれません!」


 だから、


「学園条例に則り、試合で勝負してください。勝ったら京子の、恋人です!」






 龍王堂学園には、変な決まりがある。


 それは、僕らの年齢なら誰もがする、恋愛に関することだ。


 交際は基本自由なものだ。でも色恋沙汰に熱中して、勉学が疎かになっては困る。だから教師達は生徒間の恋愛に口出しをするようになった。学業を疎かにしてはならないと、厳重注意をした。けどまあ、大抵の生徒は成績優秀なわけで、元々、成績優秀な生徒が多く、一学年の半分は、学業での特待生だ。運動部関係の人は、努力すれば目を瞑ってくれるくらいの成績を保持すれば良いので、以前は特に問題なかった。

 が、しかし。恋愛なんて見つからなければどうということは無い。学園の敷地を跨げば監視の目はほとんど無くなる。学園に入ると同時、色々制限はあるものの、環境が秀逸で将来的にも安泰コースに乗り始めた余裕からか、堕落する連中が続出した。


 学力低下にキレる教師陣。恋愛の自由を訴えむしろ開き直る生徒達。

 そして遂に、学園側が一つの校則を追加した。


 恋愛禁止令。


 異性との恋愛関係を封殺する、史上稀に見る珍奇な校則だ。


 が、さすがにこれは厳しいとの批判を受けたので、『学業成績が一定値以上の者は暫定的に許可する』と変更された。つまり、運動と勉学、両方の成績が優秀な者は、例外的に除外されるわけだ。当然、頭脳派の僕にとって運動は鬼門に等しく、運動成績は平均値より少し下だ。昼休みよく運動しているから少しは体力あるけれど、大差ない。

 もし、成績優秀者と成績が恋愛可能な値に達していない場合、特殊な措置がとられる。

 成績が低い者と高い者が交際するには、成績不十分と見なされた者が、付き合う相手と勝負して、勝たなければならない。勿論、手を抜いたと解ればその場で不成立だ。教師陣の目は誤魔化せない。

 そうして、自分より成績が上の者より優れていると、証明しなければならない。


 つまり、京子が僕と付き合うには、彼女が『負け』なければならず、僕が彼女の申し出を拒否するには、僕が『負け』なければならない。種目は第三者がランダムに選ぶので、交際を希望する者にとっては、厳しい条件なわけだ。


 文武両道であれ。勉強もスポーツも極めろって事だ。無理難題だよね、ホント。


 それはさておき、ランダムかつ無作為なくじの結果、勝負種目が確定。


 神崎秋人と、彩場京子。


 元文化系特待生と、現役特待生による、……卓球勝負が行われる運びとなった。





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