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第1話

○登場人物紹介

神埼秋人かんざき あきひと

元将棋部員。割と運動も得意な普通の高校生。


鳥海照とりうみ てる

転入生。深窓の美少女然とした振る舞いだが……


南條政宗なんじょう まさむね

秋人の友人。空手部。直球一本槍系男児。


妹尾斎せのお いつき

秋人の友人。剣道部。冷静頭脳派系男児。


榛原紅蓮はいばら こうれん

秋人の友人。水泳部。変態謀略家系女児。



 鳥海照。転入生。龍王堂学園高校一年E組。

 中学生の部、ソフトボール大会優勝チームのエースピッチャー。背番号は1。

 その直後、突如姿を消してしまった。期待の新星であり、幻の存在。


 それが、僕の友達、榛原紅蓮が集めてきた情報だった。


「やっぱり、スポ選だったんだね」

「やっぱり?」と紅蓮は首を傾げる。

「いや、なんでもないよ。それより、調べられたのはこれだけ? 他はある?」

「幾らなんでも数時間で詳細を掴むのは不可能だ。明日までには色々調べておく」


 携帯電話を折り畳み、紅蓮は溜め息をついた。

 たった数時間でそれだけのことを調べ上げたのは、十分驚異的だと思うよ。


「そういや、その転校生のヤツ、どこ行ったんだ? 来てたんだろ? なら午後の授業から出席するはずだったんじゃねぇの?」


 背の高いクラスメート、南條政宗はそう言って、顎でとある座席を示す。窓際最後列、ベストポジションに、空白の席がある。座るべき者、席の主が居ない、無人の空間が形成されている。それは先日まで、存在しなかった場所でもある。

 まだ帰りのホームルームが行われていないというのに、そこは空白のまま。


 そう、転校生、鳥海照は、昼休みに姿を現したきり、忽然と姿を消してしまった。

 午後の授業が一時中断されるかと思いきや、彼女は体調不良を訴え、既に帰宅していたと連絡が入ったとのこと。汗を流して教室へ戻ってきた教師が、そう言っていた。


 正直、体調不良というのが、ただの建前としか思えない。確かにどこか病弱な深窓の令嬢のような雰囲気をしてはいたものの、彼女はスポーツ経験者だ。自分の体調管理くらいはお手の物だし、昼休みに至近距離で顔を見た時には、そう顔色が悪そうには、到底見えなかった。突然悪化した、というなら、話は別だけれど。

 なので、転校生の来訪を心より待ち望んでいた野郎どもは目に見えて落胆して、授業中は終始ローテンションだった。異常にテンションが高いクラスが無言になることは天変地異の前触れとされ、担任の教師が『お前ら黙るな、もっとわめけ』と理不尽な要求をしたくらい、雰囲気が暗かったが、僕にとっては過ごし易い空間だったので気にしない。


 しかし、だ。あの鳥海照。彼女は、本当に、病気だったのだろうか?


「風邪だと言ってはいたが、ボクにはどうにも信じ難い。やる気がないのか?」


 と、これは猜疑心でいっぱい、妹尾斎の台詞。それに賛同を示す、僕と政宗。

 転入初日に早退とは良い度胸だ。政宗の顔はそう物語っている。


「だが仮病と判断するのは早計だろう」と紅蓮は反論を唱える。「何か事情があるのかもしれん。もっとも理由など病か忌引きのどちらかしかないだろうがね」

「あ? なんだよ紅蓮、オメェ随分肩を持つじゃねぇかよ?」

「深く詮索するのは無粋だぞ、政宗。それに彼女は同性だしね。配慮してるつもりさ」


 紅蓮は苦笑して脚を組み、スカートの裾を直した。


 榛原紅蓮。僕の親友であり、悪友。そして数少ない、異性の友人。


 紅蓮なんて大層な名前であり、口調がいかにも芝居がかっていて、態度も言動も男らしいのだが、れっきとした女性である。平均値程度の僕と同じくらいの背丈を誇り、水泳部に所属していたせいか、体躯は見事としか言いようが無いほど整っていて、脂肪が局部、つまり上半身の一点に集中している。女子の間では別名理不尽スタイルなどと呼ばれているが、それはまた別の話。

 前述の通り、彼女は水泳部にて栄誉ある全国中学選抜水泳競技大会、女子二百メートルにて入賞を果たし、その後幾多の功績を残したという。

 今じゃめっきり、泳ぐ機会が減ったらしいけれど、あまり深入りしないでおく。


 容姿に関して全く問題無し。しかし性格に難あり、という困った存在だ。

 ただ、頼れる人間なのは、間違いない。僕と違って、紅蓮は才能豊かな逸材なのだ。


「ん? どうしたね秋人。私の顔に見惚れてしまったのかね? ふふ、しょうがないな」


 妙なしなを作る紅蓮から目を逸らし、隣で沈黙していた斎に、尋ねる。


「鳥海、明日は来るのかな?」

「ボクに聞かれても返答に困るが……、転入早々に引き篭もりなど有り得ないだろう」


 それにスポ選なのだし、と斎は肩を竦めて言う。彼もまたその目で拝んでいるんだ。あの常人離れした肩を。誰よりも球威を味わったのは、ボールを受け止めた斎なのだ。

 本人からは性格上口が裂けても言わないけど、手が痺れていたのは、間違いない。


「秋人も気になるのか? あの転入生が」


 なんとはなしに訪ねた風の斎に問いに、僕は返答に困った。

 そりゃあ、気になると言えば、気になる。あれだけ人目を惹く容姿をしているなら、男として興味を持たざるを得ない。転入生が来る、って聞いた時にはそんな期待をしていなかったけれど、ああして対面してみると、考えを改めざるを得ない。

 転入生自体には興味は無い。でも個人的には、鳥海に少しだけ、興味がある。


 ……我ながら、すごく言い訳臭かった。


「ふ、秋人が何事かを考える姿は美しいものだ」

「お前は頭沸いたあいつのボケ顔のどこに美しさを覚えるのかオレは聞きてぇんだが」

「ふむ……貴様には美を嗜む聡明な思慮も己の脳内で夢想を掻き立てる雄大な想像力も何もかも足りん。無駄を極限まで省き最低限の肉を保持する貴様の痩躯の肢体は確かに美の片鱗が見られるが、それにしては言動がいちいち底辺だし髪も無造作だし頭は悪そうだしなんかもう死ねばいいっていうかなんだかね……」 

「オレを哀れみの目で見るんじゃねぇよ!」


 あの女は容姿は良くても性格がアレというか、例外なので考えない事にしよう。


 と、丁度先生が扉を開けて入ってきた。ガラッ、といらんほど豪快に開けて、後ろ足で爽快に閉めて、ズカズカ足音を立てて教卓に立つ。なんでこんな効果音を出したがるのだろう、この教師。騒音公害指定されないものだろうか。


「よーし、ホームルームを始めるぞ。全員座れー」


 先生がホームルームを真面目にやるようなので、仕方なく僕らも座席につく。

 珍しく普通にホームルームの時間が流れてゆく中で、僕がボーッとしながら、先生の話を聞いていた時、ふと思った。

 もし病弱なのだとしたら、鳥海は部活をやらないのだろうか?

 今の僕と、同じように。









 放課後。

 学校を出た僕は、そのまま自宅であるアパートへと一直線に走っていた。普段は政宗達と一緒に商店街の方へ出向いたり誰かの家に集結したりするんだけど、政宗は自失の片づけを厳命されたらしく、斎は部活に赴いて、紅蓮はいつも通り不敵な笑みを残して行方不明になった。だから僕一人だけ非番なわけだ。


 寮があればと思うけれど、無駄に広い敷地は施設が乱立していて建てる場所がないらしい。昔はあったそうで、今は大抵の生徒はアパートに住んだり、学園が管理するマンションに住居を変えたりしている。政宗は実家が近く、斎や紅蓮はマンション住まいだ。


 学園を出て、アパートまで歩いておおよそ十分。

 落葉荘、というアパートが、僕の家だ。


 まるで大震災以前からそこに存在しましたと言わんばかりの雰囲気が漂う素敵な家屋である。恐らく空襲も爆撃もあった時代を生き抜いた猛者だろう。台風が一ヶ月に三回くらい来訪したら屋根が魔法の絨毯よろしく吹き飛びそうなくらい老朽化が進んでいる。階段を上がって廊下の突き当たりにあるのが僕の部屋なのだけど、そこまで辿り着く前に横を見ると、廊下の手すりがやけに真新しいのが解る。数週間前まで赤錆付きの手すりが存在したものの、政宗が体当たりをかましたら容易く砕けて政宗共々落下した。その際に新調したからそこだけ新しい手すりが設置されている。周りがアレだから、浮いて見える。

 ストレートな物言いをさせてもらうと、全体的にボロい。

 霊的なものも事故を恐れて近づけない、そんな安物件は如何でしょうか?


 ……まぁ、そんな物好きな入居者なんていないよね、普通。


 実際、落葉荘にいる住居者は僕以外一人か二人しかいない。しかも顔を合わせたことがなく、いつも不在だ。大家さんは人の良さそうな御老体だけれど、その人もその人で、この町で生活し始めてから、片手で数えるくらいしかエンカウントしていない。一体どこで何をしているのか、不明だ。それ以上に他の住民の有無も解らない。

 ともあれ、こんなボロ……古い家でも、僕にとっては二つとない大事な我が家なので、ギシギシと軋む階段をゆっくり登っていく。慌てて駆け上がると斎のように、段差部分が砕けて滑り落ちる、などという危険性がある。慎重に登らないといけない。


 階段を登り終えた時、ふと、視界に見慣れないものが入った。薄茶色の箱のような物体で、狭い廊下の壁際に並べて置いてある。二人並べば通せんぼできるような廊下だから、それらは通行人の邪魔にならないよう、廊下の隅を起点として並列されている。

 簡潔に述べると、それはダンボールだった。

 しかも、僕の部屋の前にも置いてあった。

 更に追記すると、そのダンボールを置いているのは、見覚えのある人物だった。


 鳥海照。無断で早退した件の転入生が、重たいダンボールを引きずるようにして、動かしている。華奢な彼女では持ち運びが困難なので、端っこの方を掴んで引っ張っている。彼女が帰宅したという連絡を受けてから暫く経つけれど、彼女は制服のままで、まだ衣替えをしていないセーラー服の袖をまくって、ダンボールを操作していた。


 何やってるんだろう。というより、何でここにいるんだろう。

 何故ここにいるか。何故ダンボールを動かしているのか。疑問に思って、階段を登り終えたところで呆然と眺めていると、やっと気が付いた鳥海は顔をこちらに向けた。出遭った時と同じで、特別何か感情を浮かべた風に見えない、端麗な顔立ち。


 鳥海は少しの間考えるような空白の時間を生み出し、ややあってから、再び作業を再開した。まるで何事も無かったかのような素振りだ。無視かよ。

 このままだと僕は部屋に入れない。あのダンボールをどうにかして撤去してもらわないと。取り敢えず、声をかけてみることにした。


「おーい、鳥海さん」


 と呼びかけようとした僕は、言う前に固まった。


 鳥海はいつの間にか、僕の間合いに踏み込んでいた。いや、言い直すと、僕の至近距離にまで接近していた。瞬く間に、たった一瞬で、僕の目の前に鳥海の顔が出現していた。何を考えているのか解らない、無の表情を浮かべる鳥海の瞳に、驚愕して固まる僕の顔が映っている。とても澄んだ、綺麗な漆黒。穢れの無い、無垢な色だった。

 てか、なんで急接近したんでしょう……?

 そんな疑問を込めた問いを口から放とうとして、その前に、鳥海が開口した。


「誰だオマエ、なんでここにいるんだ?」


 きりり、という効果音がしそうな真摯な目線を僕に向ける。

 どうでもいいけど、吐息が顔にかかっています。いや、どうでもよくないね。


「い、一番奥、僕、そこ、住んでる、家。そこ」


 在日異国人みたいな言葉しか出なかった。だって鳥海の顔、近いんだもの……。

 訝しげに僕を見つめる鳥海は、その時、僕の顔に何か思い当たることがあったらしく、少し目を見開いた。


「オマエは……ああ、確かあの時の」


 鳥海はさして興味が無さそうに、身を引いた。短めの髪がふわりと舞い、黒い髪が夕陽にきらりと輝いた。茜色に染まる顔が、素直に綺麗だと思えた。思えてしまうほど、この子には強烈な何かがある。これは生まれ持った容姿とか才能じゃなくて、


 生まれ持った、その人を取り巻く独特の雰囲気だ。


 この子がやると、何でも絵になる。僕は漠然とそんな妄想じみたことを考えた。


「おい、オマエ。名は何というのだ?」


 妙に馴れ馴れしいというか、不躾な問いだ。


「か……神崎、秋人」

「秋人。紅の葉乱れ舞う晩秋の季節を憂う其は雅人と呼ぶ、か……。良い名だな」


 言ってる意味が解らない。


 この子の言動は、かなり意味不明だ。彼女の思考には及び難いというか、思考回路が常人とちょっと違うアレな人なのかもしれない。幸い、そういう人種は僕の周囲に腐るほど存在するので、対処法は熟知している。初対面の人間であろうと慣れ親しんだ人間であろうと、基本的にはスルー主義でいけばいい。でないと毎日が火の車どころの話じゃない。


 よし。なら出来るだけ、接触をとらないよう気をつけよう。

 が。鳥海は大きく頷くと、髪を揺らして振り返る。


「では早速で悪いのだが、アキト。幾つか頼みがあるんだ」

「な、何?」と若干警戒入った僕の返答。

「これを処分したいのだが、どうすればいいんだ?」


 鳥海が指差したのは、ダンボール箱の上に乗っかってある、こげ茶色のグローブと、使い古したスバイク、そして、ユニフォームと思わしき衣服だった。


 そういえば、鳥海はソフトボール部のエースだったんだよね。紅蓮から教えてもらったのだった。汚れたスパイクや土のついたグローブを見れば解る。外見とは裏腹に、運動が得意な少女だというのは、これで証明された。人は見かけによらないって言うしね。

 納得し、捨て方くらいは教えようと思って、廃棄処分する品を見てみる。と、


「ん?」僕は手を止めた。「これ、新品っぽくない? 捨てちゃうの?」


 手にしたユニフォームは、新品同様の輝きを放っていた。何度も洗濯したとは思えない純白のそれは、手触りといい質感といい、開封したものを一度も着ずに放置した感じがする。一度も袖を通したことがないのだろう。誰だって、購入すれば値札カードやテープを剥がして捨てる。この服の胸元には、それがついていた。


 しかし鳥海は横目で眺めると、


「ああ。捨てて構わないぞ。もう着る事もないだろうから」

「は? どうして? 君はスポ選だろ?」


 当たり前の話だが、途中で転入するスポ選生徒が運動拒否をすれば、転入なんて即取りやめだ。僕のような例外を除けば、程度の差はあっても、部活に精を出している。そうでなければ、この学園に居られなくなるから。

 文武両道。己の得意とする道を精進せよ、だ。


 なのに、鳥海は拒絶するように首を振った。


「もう運動なんてしないと決めたんだ。それに……」


 それに? と聞き返すと、鳥海は言った。




「わたしは運動もそうだし、外に出るのも、大嫌いなんだ」




 ……、…………。……………………は???


 今、世界から物音が消えた、ような気がする。


 この子の発言は、それくらい衝撃を伴った。


 過去の出来事を想起してみる。鳥海は最初に出会った時、近くに転がるボールを取ってくれと頼んだ際、すぐに動こうとしなかった。あれは太陽の光を浴びるのが嫌だからか。あの日傘も、体が病弱だからではなく、ただの日よけか。渋々ボールを返すべく日なたに出て、恨めしげに太陽を睨んでいたのを、僕はゆっくり、思い出した。


 よろめいた僕は、ダンボールの一つに足をぶつけた。思ったよりも、硬い。


「おい、気をつけろよ。命よりも大事なパソコンが入っているんだぞ」


 やめて。そんな確証付けるような台詞を言わないで。


 ニートの必需品=パソコン。その予想は、間違ってないだろう。

 鳥海照は、日光を浴びるのを、外に出るのを嫌う。


 つまりは、引き篭もりだ。


 もはや予想の領域を出た僕の考えは、確定の域に達している。


 ……なんてことだ。こんなの前代未聞、空前絶後の事態だ。僕の将棋部退部もそれなりに学園側を騒然とさせたけど、それとは比較にならない異例の展開だ。何故なら、彼女は転入するより前から、部活への情熱を失っている。学園側が彼女の転入を認めたのは、編入試験の他に、ソフトボール大会での優勝記録を閲覧した上での決定だろう。

 学園の不手際だとは思わない。だって、書類に『引き篭もり』なんてワードが記されるわけ、ないんだから。そんなの知りようが無い。


 斎の発言を思い出す。転入早々じゃなくて、転入前から、引き篭もりでしたよ。

 ていうか、「照」なんて太陽の子みたいな名前親から授かったくせに、なんで引き篭もりと化してんだよ! 親に申し訳無いと思わないのか! ……なんて言い出すと、オメェがそれ言うか、と僕の両親が抗議しかねないので、控えておくことにした。


 いや、でもまさか。

 スポ選の子が、引き篭もりだって? まさかそんなはずは……。


「いや、そんな訳ないよね、うん、それはない。絶対、有り得ないって、思いたいね」

「ぬ? オマエはあれか、脳が沸いているのか? ただの愚図なのか? どっちだ?」


 初対面の子にヒドいこと言われた。


「ナウい言い方をすると、……お主の発言は意味不でおじゃる」


 全然ナウくないというかむしろダサかった。


 いや、そんなことはどうでもいい。


「じゃ、じゃあ君、何のためにこの学園に転入したんだよ!」

「わたしは別に学校に通う気は無かったのだぞ。でも親が行けとうるさくてな。条件付きで通うことになって、この学園に転入するのが決まったんだ」


 それに、と鳥海は付け加える。


「この学校はとても面白いな。何故なら喧嘩事は武力でどうにかできるのだから」


 んなわけあるか。軍事学校でもそんなことしないよ。


 ……正確には、特待生間に設けられた、学校特有のシステムの事を指しているんだろうけれど、転入初日の鳥海は、どうも誤認しているっぽかった。

 てか、間違いなくしている。武力解決オーケーな学校なんて世界中探したってない。


「戦闘力がたった五程度の愚民が束になろうと、戦闘力五十三万には敵わないだろう」

「それは勝負として成立しないね」それは置いといて。「……じゃあ、鳥海。君はその、えっと……部活は? どうするの? スポ選なら強制入部ななずなんだけど……」


 最早返答の決まりきった愚問に、彼女は答える。


「無論、やらんぞ。ネトゲーをやる方が百倍面白い」


 そう言って、命よりも大事だと言うパソコンを入れたダンボールを抱え、鳥海は隣室の扉を開いた。二の句が継げない僕は、もう、呆然とするしかない。鳥海が隣部屋に引っ越すという驚きも、可愛い女の子と知り合えたという喜びも、驚異の事実の前には、些細なことでしかない。鳥海が作業する間、混乱する頭は完璧に処理落ちしていた。


「おお。そうだ。肝心なことを忘れていた」


 最後のダンボールを片付けた鳥海は、手を叩いてから、差し出してきた。


「今日から落葉荘に引っ越すことになった、鳥海照だ。趣味はネトゲー三昧で、好きな物は室内遊戯。嫌いな物は……運動と日光だ」


 鳥海はスッと手を前に出し、初めて見る、微笑を浮かべた。


「せいぜい宜しく頼むぞ。アキト」




 こうして、

 引き篭もり女王・鳥海照は、僕の隣人となったのだった。





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