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序章


※当小説では「才能」という言葉を多用致します。また、スポーツのルールに一部誤りが見受けられるかもしれませんが、どうか寛大なお心でお許し下さい。



 転入生が来ると聞いたとき、僕は誰よりも早く落胆の念を抱いた。


 その日は春も終わりが近付いた、夏の足音が聞こえる五月下旬の昼下がり。昼食を取り終えて栄養を求める胃の要求を満たし、暖かい日差しが差し込む窓際座席に座り込んでいた。特にやることもないから、クラスメートの政宗や斎と一緒にトランプでポーカーでもと洒落込み、珍しく運を発揮してストレートを叩き出した政宗をフラッシュで潰した後、突然廊下から慌しく入ってきたクラスメートが、何事か大声で叫んでいるのが見えた。


 特に気にはならなかった。

 転入生、というキーワードを耳にするまでは。


 明日転入する予定の転入生が、どうやら学園へ下見に来ているらしい。

 性別は、男子が活気付いてるところから、女子であるのは間違いない。それで、結局は予想通り、新たな学園の同志は、女子だという噂が瞬く間にクラスの一部を歓喜させた。


 僕は興味半分、どうでも良い気持ち半分に聞いていて、懇親のストレートを撃ち落された政宗は悔しげに床に倒れこんで嘆いていた。いちいちリアクションがオーバーだった。そしてこの男は、転入生の存在を耳にしても、全くちっとも、微塵たりとも興味を抱かないらしく、さっさと立ち直ってカードを配り始める。

 反面、隣に座っている斎はというと、騒ぎ立てるクラスの男連中を一瞥した後、そこで興味の対象を自分の手札に変えたようで、五枚のうち三枚を潔く捨てた。思い切りの良い性格だ。そうやってなんでもかんでも取捨選択主義に当てはめるから……あーあ、眉顰めてるよ。こりゃブタっぽいね。スリーカードも見込めない。


 二枚捨てて手札を補充して、ああこりゃまた勝ちかなーと僕は呑気に考えていた。

 政宗が手持ちをどうするか頭を悩ませていると、後ろから覗き込んだ紅蓮がこそこそと耳打ちし、パッと顔を明るくした政宗が、潔く手札を三枚捨てて、同数ドローした。


 そして数秒後、参った顔の政宗が完成していた。そして背後で笑う紅蓮。

 あの女、友達を騙したな……。まぁ、僕や斎にとっては、有り難いんだけど。

 政宗の手札を見る。フルハウスだった。騙しやがったなこの野郎……。


 こういうのが、ポーカーフェイスって言うんだっけ。実はアレ、無表情で札の引き具合を相手に気取らせない為の術じゃなくて、心中の感情とは直結しない感情による表情を浮かべる事で、つまりは引きが悪くても余裕面だとか、良い手札でも眉をひそめたりとか、そんなんだ。いずれにせよ、相手に自分の思惑を見透かされないのが肝要だ。


 と、そんな時、予鈴が鳴り響いた。舌打ちした政宗がカードを回収する。

 回収された僕の手札には、同じ数字のカードが四つ揃っていた。


 転校生ね。転校生か。

 どうせスポーツ特待生か何かだろうね。






 学校を選ぶ時、まず何を基準にして考えるだろうか?


 偏差値とか、進学率とか。あとは大会成績とか校舎の設備とか、色々あると思う。

 中学卒業まで残り一年となった中学生が、学校選びに頭を悩ませる時、必ずと言っていいくらい名が挙がるのが、名門と謳われる、龍王堂学園だ。

 実際見れば一目瞭然だろうけど、他との相違点を総括して言えば、……全てが違う。


 景観が違う。学園の敷地面積が違う。海から大分近くにある点や、潮風が時折校舎にまで届くから女子生徒からは髪が傷むと不評な点、あとその海風が吹き付けると打ち上げた際に野球のボールが押し流されるからと小規模ながらもドームが建設されている点とか、他にも特別な部活専用施設が乱立している地帯がある点とかまだあるけれど、逐一紹介するとレポート用紙十枚どころの騒ぎじゃないので、とりわけ大きな違いに着目したい。


 他と大きく異なるのは、通う生徒が全員、推薦入学した生徒……特待生であること。


 サッカーが得意な人。勉強が得意な人。絵画が得意な人。囲碁将棋が得意な人。書道が得意な人など、種類は様々だけど、誰も彼もが、中学時代に優秀な成績を残した人だ。

 右を見れば特待生、左を見れば特待生。石を投げて当たった生徒は、必ず特待生。

 それが大きな違い。玉石混淆なんて事は、無い。

 それぞれが何らかの分野で大きな功績を残した者。それらばかりを集結させた学園。


 要は、優等生の溜まり場だ。


 中学時代、他の追従を許さないほどの成績を修めた者は、当然のようにこの学校へ進学を希望する。というより、進路選択に頭を悩ませている時期に、ふと気がつくと通達が来る。進学率も高く、施設は国立大学並なので、逡巡する暇も無く、進路が決まるだろう。

 お誘いの手紙が来たのは、僕が中学三年の春だった。


 いやもう、いきなりすぎて、当時はどうするべきか解らなかった。

 でもまぁ、勢いで来てしまったわけなんだけどね。


 正直、入学当初は、息が詰まる思いだった。優等生ばかりの学校は、居心地が悪い。

 なんていうか、勉強やスポーツに一生懸命な人ばっかりだったから。

 だからここだと、僕のような部活を辞めた(・・・・・・)存在は、異端だ。

 そんな特殊環境に慣れてしまった辺り、人の環境適応力というのは馬鹿にならない。

 子供の頃から、当地の環境に慣れるのは、人一倍早かったけれど。


 僕の元へお誘いのお手紙が来たのは、中学時代にやっていた将棋の戦績もあるかもしれないけれど、それは建前で、本音は家柄のせい、かもしれない。

 だから部活を辞めた今でも、僕はここにいられるんだろう。そう思う。

 秋人。それが僕の今の名前であり、神崎、というのが、僕の苗字。

 名前は昔から変わらず、苗字はある時を境に変わった。今では定着しているこの名は、もう随分前に、本来持つ意味を失っている。神の御先の意味を、存在意義を失ってしまった時から、僕は本当の意味で、『神崎』ではなくなってしまったのだった。

 役目を失った者に居場所は無く、ただ手元を離れた風船みたいに流される。


 閑話休題。


 ところで僕の通う学園は、少々特別な環境にあるものの、校風は割かし自由で、基本的には生徒の自主性を重んじるとかなんとか言っているけれど、要は『よく学びよく運動しろよ』って事だと思う。だから無駄に施設が整っている。ドッジボール専用コートなんて生まれて初めて見たよ僕。


 学校の謳い文句が『文武両道』な時点で、教員の作為に気付くよね、普通。


 学園での生活のし方は流々で、昼休みでも部活に励む人もいるし、適度な運動と適当な休暇のバランスを重視するという建前を盾に、高校生にもなってがむしゃらに運動するのは面倒くさい、と至極いい加減な理由で、本来自分とは全く係わり合いの無いスポーツをやったり、図書館で本を読むなり、或いは学園のところどころに散在する樹林地帯の木の下で昼寝するなり、探せば色々な事ができる。無駄に広い敷地面積と無駄な資金を投入して作り上げた施設は、時間つぶしにはもってこいだ。

 勉強の息抜きに、少しは運動しようか、という気分にさせられる配置だ。


 さっきも語った通り、学園は海からそう遠くない場所に建てられている。一、二キロくらいは離れているけれど、海風は容赦なく吹き寄せる。だからと言うべきか、サッカー部やアメフト部などのグラウンドの使用権利を掌握する部活以外は、どこも屋内でやっている。野球部は小さいけどそれなりに立派なドームで。テニス部は夜間用ライト設備が整った屋内クレーコートで。水泳部は飛び込み台もある地下の空間で。剣道部や柔道部、少林寺拳法部に空手部といった武闘派な部活は、専用武道館で汗を流している。当然、四つとも別の建物だ。

 勿論、文科系の部活も、専用の建物こそないけれど、例えば化学部なら一体いつどれだけ使うのか、ストロンチウムだのゲルマニウムだの希少金属も一通り揃っているし、実験器具も一流のものばかり。値段は知りたくない。美術部も専用の建物は割り当てられてないけれど、部室は教室を四つ正方形状に融合させたくらい広くて、少なくとも部活を行う環境に苦情が出ないだけの場所と設備が用意されている。一度美術部の絵を見たが、あまりのすごさに言葉が出なかった。圧倒的な美というものに遭遇すると、感嘆の息すら出ずに息を呑んでしまう、って誰かが言ってたような気がする。


 ただまぁ、学業優秀な人材ばかりを集結させたから、生徒数はちょっと少ない。すれ違う機会があれば、余程影の薄い人で無い限り、次に顔を合わせた時『あ、あの時の人』という展開になり、もしそれが異性だったなら、ふとしたきっかけから関係が深まって、なんだかんだで付き合う事になる……わけがない。そんな桃色展開は実在しない。


 実際、そんな上手くいくわけないって。


 せいぜい付近の公立校の男女が仲睦まじく歩いているのを恨めしげに見るのが関の山。

 そういった不満を解消するべく、部活に励むという学園の思惑にハマる人もいるっちゃあいる。まぁ、なんだろうね。それでも本人が納得しているなら、それでいいと僕は思うよ。学園内におけるアベック遭遇率が低いのと、学業成績向上や大会成績秀逸なことは、深い関連性がある、とは一概には言い切れない、かもしれない。

 ちょっとした学則が出来てからは、恋人関係を持つ生徒は少なくなったように見える。

 元々女子はそこまで多くないのだしね。


 で、まぁそんなわけで。


 部活を辞めた今、僕は特に何かに縛られる事もなく、ただのんびりと学園生活を楽しむ余裕が生まれているのだった。フリーダムである。

 よく学び、よくダレる。

 名門進学校でこんな怠惰な生活が送れるのは、ある意味、人生で最も幸せな時間なのかもしれない。考えてみて欲しい。どう考えても教職員の思惑としか思えない校内喫茶店でコーヒーをタダ飲みして、テラスで午後の日差しを浴びて背伸びをした後は、芝生が生え揃った丘の辺りで寝転んで、雲の数を数える……なんて、至上の幸福以外の何物でもないだろう。毎日がそんな生活だったら、この学園に来て良かったと思わなくもない。


 ていうか、今まさにそんな状態。


「良い天気だなぁ……」と大あくびする僕。


 端から見れば、真面目に学生生活を送る人達から見れば、今の僕はお気楽少年にしか、見えないはずだ。実際、僕もそう思っているわけだし。

 人間の生き方なんて、千差万別、十人十色。将来のことなんて、誰にも解らない。


 誰かにどう思われようと、極端な話、今同じクラスで様々なことを培う知人友人と、数年後に顔を合わす事はほとんど無いだろう。政宗や斎、紅蓮のような腐れ縁と化した友人は例外として、他に幾人か休み時間共に行動する友人はいるけれど、一体何人と数年の時を経た後、連絡を取り合えることだろうか。


 僕らは進学校に通う、特待生だ。部活を辞めたとはいえ、進学を諦めたわけじゃない。自力で勉強して、推薦はまぁ無理だとしても、大学へ駒を進めたいと今から考えている。政宗達はどうかは知らないけれど、大部分の生徒は、部活関係で推薦を狙う者ばかりだろう。その為に、推薦でこの学校へ来た人も、いるわけなんだし。

 彼らは僕のことを逐一把握していないだろう。覚えていたとしても、名前を記憶するには至らないはずだ。高校を通過点と考える人にとって、すれ違う人間をいちいち把握する必要なんて、ないのだから。

 それに、気が重いよりも、気が楽な方が、ずっといい。

 誰かに重しを預けられるのは、御免だからね。






 と、何かの前振りのようなことをグダグダと考えてきた、翌日の昼休み。


 件の転校生は、転校初日から遅刻しているらしい。まだ、到着していないそうだ。

 やるなぁ、転校生。君、僕以上の逸材だよ。将来が楽しみだ。


 それはさておき、政宗達に野球をやらないかと誘われて、二つ返事で承諾すると、昼食をとってすぐにグラウンドへ出た。昼のこの時間はときたま風が吹くので、あまり外で球技をする人はいない。それを逆手にとったわけだなんだけど、当然の如く、僕らのプレー中に妨げが入ることを意味している。

 そんなわけで、三回裏ノーアウト満塁。

 政宗がフルスイングしてヒットしたボールが、メガキャノンよろしくフェンスを飛び越えてしまい、レフトを守備していた僕が全速力で取りに行くことと相成った。


 いや、ここは政宗がパシられるべき場面であって、僕が責任追及されるのはお門違いも甚だしいんじゃなかろうか。僕の頭上を遥かに越えるボールにどう対処しろと。

 しかし現実はハード。結局斎が「文句言う暇があったら、取りに行って早々に帰還するべきじゃないのか?」と正論すぎてむしろ腹が立ってくるアドバイスに従い、一人むなしくボールを取りに行こうとした。ボールは渡り廊下の近くに落っこちたらしく、丁度その時、そこを通りかかった生徒が、足元を転がるボールに目を留めた。渡り廊下は、今の時間は日陰になっていて、素顔がよく見えない。


「ごめーん、ボールとってくれるー?」


 声をかけてから、その人がこっちを凝視していることに気が付いた。

 そして、日陰から一歩も出ようとしないことにも、遅ればせながらも理解した。


 病弱そうな白い肌。手にしているのは、貴族令嬢が持つような豪奢な日傘。黒い艶のある短髪。それらの特徴から推察するに、文化系の特待生らしい。清楚な少女、というのが第一印象で、遠目に見ても一発で解る、目立つ容姿だ。でも、僕の記憶には、あんな少女は存在しない。生徒数が少ないから、擦れ違う機会なんて幾らでもあるだろうし、一度見たら決して忘却しない自信はある。それくらい目立つ子だ。


 彼女が転校生なのだろうか。だとしたら、あまり迷惑をかけるのはマズいかも。


 僕が自分で取りに行こうとする前に、彼女は数瞬迷った素振りを見せたものの、日陰から体を出した。それからボールを拾い上げる前に、頭上の輝かしい太陽を鬱陶しげに睨んだ後、傘をポイ捨てして、歩み寄った際に速度を落とさず、流麗なフォームをとった。

 どうやら投げ返してくれるしい。

 しかし流れるような行程だ。そう、まるで……、

 捕球した選手が、そのままバックホームを行うかのように――




 白い光線が、すぐ横手を突っ切った。




 一瞬の出来事に、僕を含め、周囲の者は誰一人反応できなかった。

 真横を突き抜けたボールは瞬く間にダイヤモンドを横切り、キャッチャーグローブを慌てて構えた斎がキャッチした。バスン、という見事な音が、僕の耳に届く。外野までどれほどの距離があるのか、この時の僕には、些細なことだった。

 某有名野球選手ばりの、レーザービーム。

 僕も、政宗も、斎も、紅蓮も、他の人達も。誰もがボールの送り主に、目を向ける。


 風が吹き、小さな紙片のような物体が、静寂とした世界を優雅に舞う。

 派手さは無く控えめともとれる、紙片の色は桜色。花言葉は、『あなたの微笑み』。

 桜は春の来訪と新たな出来事の訪れを表す花だ。海辺から近いこの学園にも、何故か桜の花が並木を作っている。海風が届く学園の周りに、季節の花が咲き揃う。まるで舞い散る桜の木の下で佇むように、足の動きだけでなく、視線も、呼吸も、意識さえも、一瞬で奪われた。深層心理から湧き上がる何か。それは圧倒的な『芸術』に直面した時に感じるそれと似ている。


 そう。かつて僕を王者にした、戦いの一種との出会いに近い感覚。

 全てを奪う主は、一言で表現するならば、


 夢想の姫君だ。


 衆人環視全ての目線を奪う美貌、そして、佇まい。あらゆる点で次元が異なるその人はまさに高嶺の花。桜が散っていくその姿に憂う横顔が、実に悲しげに見えて、


 ……瞬きをすると、眼前の情景は消え失せ、全ては現実へと戻っていた。


 その少女は、ボールを投擲した体勢を維持していた。

 華奢で細い手足からは活発なイメージは皆無を通り越して絶無。繊細な手指は争い事とは無縁に見える。細い腕や肩も運動する者特有の硬さが無い。運動に必要な筋肉がついているとは思えない体躯だ。

 可憐の一言で表現するのは憚られる。不可侵の美貌を持つ少女は、瞬きを一度し、その後ようやく気が付いたかのように、目を動かした。呆然と口を開けたまま立ち尽くす僕の前へやって来て、人差し指を立てた。


「ボール遊びはいいが、あまり人様に迷惑をかけてはいけないのだぞ。注意しろよ」


 やや威圧感を与える物言いに、無言で頭を上下に振る僕。

 少女は満足の息を吐いて、踵を返し、急いで日陰へと戻った。床に転がっている日傘を拾い上げると、背筋を伸ばして、見ていて溜め息をつきたくなるほど整った姿勢で、校舎の中へと消えていった。


 一足遅れて、海風が頬を撫でていく。

 潮の香りが漂う風が過ぎ去った後、僕は彼女の名前を思い出す。


 それが転校生、鳥海照との出会いであり、全ての始まりだった。





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