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銃声

   銃声


   

 フロギンスおねえさんは、ボイシアナ号の乗組員を全員、といっても五人だけれど壁際に立たせた。そろって手を上げた。電磁靴をはいていないティプレイ主任は、浮かび上がりそうになっていた。

 それから、フロギンスは銃口を動かしながら猫男に命令した。

「船室の客を解放しなさい」

「ぶにゃん!」

「モンゴメリ君。言われたとおりにしろ」

 不満の鳴き声を上げた猫男を、船長が鋭い口調で抑えた。

 猫男は挑発するように女に言った。

「銃弾は二発しかないことを覚えておけ。にゃん」

 フロギンスおねーさんを威嚇する。でも、怯む様子もない。

「さっさとやりなさい」

「ふしゃーー! 船長とシャーレイ君がいっしょに飛びかかれば、吾輩に撃つ弾は残らないぞ」


「でも、どうせ口先だけ。言われたとおりにしなさい。ドラ猫ちゃん」

 渋りながら保安主任は、コンソールの盤面を操作して船室のロックをはずしたようだ。

 用が済むと猫男は追い払われて、メイジ操縦士のとなりで手を上げた。

 しばらくすると、セールスマンがブリッジのインターホンから呼びかけてきた。

「アプリコット。ロックの番号は?」

「8747」 

 監禁されていたセールスマンがブリッジに入ってきた。いったんあたりの様子を見てから、ホイヤン船長に目を向けた。

「拳銃をよこせ。左手で」

 ホイヤン船長がゆっくりと動いて、古い回転式拳銃はセールスマンに向かってゆっくりと宙を進んでいった。

「アーモンド。今度は気をつけろよ」

 フロギンスが相棒のセールスマンに声をかけた。

「ぷっ」

 ティプレイ、ドライブ主任が鼻で笑った。

「あらーーー。アプリコットとアーモンド。コードネームなのにセンスないわね。夏ミカンとヒヨコマメのほうがお似合いよ」

「ティプレイ、黙ってろ」

 船長が注意した。

「にゃん。手が疲れてきた。下げてもよろしいか? 猫の虐待で動物保護団体に訴えてやる。吾輩の仲間を呼んでくるぞ」

「ドーナツ食わせてくれ。それと精神安定剤もだ。こんなのやってられるか」

 ボイシアナ号の魔界の生き物たちは、どんなときでも文句を言うのは忘れない。

 私も負けないように、ついでに

「ちょっと、お化粧を落としたいんだけど」

 セールスマンでアーモンドの男に、銃を向けられた。船長がなだめた。

「シャーレイ君。私の銃の一発目は練習用の空砲だ。薬莢だけだ。安心したまえ」

「それじゃ、二発目は?」

「撃たれてみれば分かる」 

 そんな……

 でも、邪悪な船長なら……この辺で二人組みをだますための仕込みをしているかも知れない。思い切って聞いてみた。 

「三発目は?」

「……ネズミ撃ち用の拳銃散弾だ。顔に食らわなければケガはしない」

 フロギンス、コードネーム=アプリコットはスーツの内ポケットから黒い直方体を取り出した。アーモンド=セールスマンに渡した。


「やれ」

 にやりと笑ったセールスマンは、黒い直方体をコンソールの操縦士席のわきにある、投入口にいれた。ボイシアナ号のプログラムを書き換える気だ。

 でも、管理者権限がないと、それはできない。

 当然のように、途中で止まった。

「さて、船長。書き換え用の合言葉を教えてもらおう」

「やなこった」


 フロギンスは腕をのばして、私に銃口をむけた。

 セラミック拳銃の黒い穴がこっちを見ている。ということは、私の眉間を狙っている。他のことを考えてみたけれど、やっぱり頭が目標だろうな…… 

「不発になーれ!」

 ティプレイ主任が人差し指を躍らせながら、セラミック銃に呪いの魔法をかけた。

「にゃん。撃ったら喉笛に噛みつくぞ。吾輩を一発で仕留められると思うなよ。九代たたってやる」

 猫男も加勢してくれた。でも、フロギンスの指にゆっくりと力が込められていった。

 小型銃の引き金は重いはず。でも、あと少し。

 なんか人生って、良いことがないんだな。急に終わるみたいだし。でも、できるなら、こんな王子様の格好で死にたくなかった。親は嘆くだろうな。

そのとき、追い詰められた船長がつぶやいた。

「……躾けられたもふもふ犬……」

 

 フロギンスは笑って、セールスマンは黒い直方体を奥に押しこんだ。船長の声紋に応答してプログラムが書き換えられていく。

「……やめてくれよ……」

 メイジ操縦士兼機関士が悲しそうにつぶやいた。

 セールスマンは立ちあがって、コンソールの裏から、白いボタン見たいなものを取った。

「にゃーーん? 疎密波盗聴器……」

 猫男の鳴き声をフロギンスが嘲るように笑った。すぐわかった。二人組みのうちセールスマンは捨て駒で、一回目に入ってきたときに盗聴器を置いていったのだ。ブリッジの会話は、フロギンス=アプリコットに筒抜けだった。その小さな機械にみとれているあいだに

「やめろって言ってるだろ!」

 メイジ機関士が一歩踏み出して、フロギンスに寄っていった。

「止まれっ!」

 フロギンスは叫んだ。

 メイジ機関士にとって船は恋人だ。大事なプログラムをこわされているのに止まるわけがない。


 あとの事態は一気に進んだ。 

 銃声。

 短い銃身から、長い火の矢が飛び出した。

「にゃん!」

 とびだした猫男が操縦士の前で手をふるった。

 きん、きん!

 手で払いのけられた銃弾がブリッジの中で跳ねる音がした。船長はセールスマンに向かっていく。ティプレイ主任は飛びあがった。

「あぅ!」

 メイジ操縦士のうめき声が聞こえた。

 私は跳ねる弾を避けるために反射的に頭を低くした。

 かちり。

 セールスマンの手の中で、船長の銃がむなしい音を立てた。

 役人おねえさんの手をつかんだまま、腹に突っ込んでいった猫男はフロギンス女と一塊になって、壁に飛んでいく。

 ブリッジの天井を蹴って反転したティプレイ主任が上から手を伸ばして、セールスマンの銃を押さえた。床を蹴ったホイヤン船長がセールスマンを殴って、反動でうしろに飛んでいった。

 猫男が叫ぶ。 

「やったにゃん。撃鉄を押さえた。やっつけろ」

 私は猫男に駆けよって、フロギンスの背中を蹴った。もみ合っているフロギンスのスカートがめくれて、ストッキングを吊っている下着が見えた。

 何回蹴っ飛ばしても、効き目がない。二人とも宙に浮いていて、手ごたえのないボールを蹴っているようだ。めんどくさくなって、頭に蹴りを入れたらおとなしくなった。


 メイジ操縦士は太ももを押さえていた。手の間から、赤いものが見える。血だ。

 駆け寄っていく。操縦士の電磁靴磁石を最強にして、ブリッジのすみに押してやった。靴が壁に吸い付いた。

 ふりかえると、ティプレイ主任が浮かんでいた。右手で拳銃を押さえて、もう片一方の手で上からセールスマンに目潰しをかました。

「ぐ!」 

 左手で突いたけれど、よけられた。男の力で拳銃にかかっていたティプレイ主任の手は払いのけられた。男は引き金を引く。何も起こらない。

 船長の拳銃は、いまどきめずらしいシングルアクションだ。男はあわてて、撃鉄をおこした。

 かちり。

 宙に浮かんで手がかりがなくなって動けないでいるドライブ主任に狙いをつける。

「まて。撃つな。二発目は実弾だ」

 壁を蹴った反動で、男に襲いかかろうとしていたホイヤン船長は叫んだ。そのまま、セールスマンの横を浮かんだまま通り過ぎていく。


 セールスマンの背後から

「にゃん。銃を捨てろ。吾輩は射撃の名手だ」

 男のうしろで立ち上がった猫男は、フロギンスから取り上げた小さな銃を構えていた。

「吾輩が保安主任でなかったら、おまえの頭をふっ飛ばしていたところだ。逮捕する。銃を捨てろ」

「そうかね、俺は保安主任じゃない」 

 ふりかえりながら、セールスマンは猫男に銃を向けようとした。猫男はためらわずに撃った。

 銃声と火薬の炎が噴出した。

 きん!

 ごす。

 弾は外れた。猫男の撃った弾丸は壁に当たって跳弾になるとコンソールに食い込んだ。

 男は狙いを崩さない。

 というか、猫男のすばやさに反応できないで、引き金をしぼれなかったようだ。

「うにゃん……」

「へたくそ!」

 猫男の鳴き声と船長のののしり声がいっしょになった。猫男は小型拳銃を男に向かってなげた。あっさりとかわされた。

 優位に立った男が冷たい声で

「おい、小僧」

 セールスマンは私に命令した。

「こいつをどうにかしろ」

 銃口で宙に浮いていたティプレイ主任を示した。私は立ちあがってティプレイ主任のふくらはぎをつかんで下ろした。

 漂っていた船長はブリッジの反対側の壁に付いた。電磁靴を効かせると壁をつたってこっちへ歩いてくる。猫男も床を歩いて来た。

「アプリコット。起きろ」

 私たちを銃で威嚇しながら、セールスマンは女の相棒に向かっていき、起そうとしていた。

 船長は操縦士のもとに行った。

「メイジ。だいじょうぶか?」

「ああ、かすり傷。気にするな……」 

 立ちあがって頭を押さえたおねえさんから、私は思い切りにらまれた。


 ブリッジの片隅に乗組員の五人。ドアのところに乗っ取りの二人組み。にらみ合いになったが、二人はうなずきを交わすと通路に出て、ドアが閉じられた。

 ドア越しに鈍い銃声がした。

「やった。次と次は空砲だ」

 ホイヤン船長が言った。

「にゃん」

 ドアに駆け寄った猫男が開けようとするが、ドアは動かない。開閉回路に銃弾を打ち込まれたようだ。

「猫男、手動でいけ。メイジ、待ってろ。すぐ治療してやる。ティプレイ! 学校でやった救急医療だ」

 猫男は壁の窪みを開いて、手動開閉装置のハンドルを回しはじめた。

 私はブリッジの床の蓋をあけて備え付けてあった救急箱から、救命キットを取り出した。ティプレイ主任に渡す。

 メイジ操縦士が、意外と落ちついた声で

「奴ら、どこへ行くつもりかな?」

 ふしぎそうにつぶやいた。

 プログラムのチェックをしていた船長がすぐに反応した。

「猫男! ドアを閉めろ」

「にゃにゃん?」

「あいつらの狙いは、避難ポッドだ」

「にゃん!」

 猫男は、ハンドルを逆に回す。私にもわかった。

 ブリッジのドアが完全に閉じられた。

 環境主任の猫男は、コンソールの保安主任の位置にすわった。

「にゃん! パパベル君。計算機!」

 少しだけ上を向いた船長は、頭の中で数を数えているようだった。猫男に命令した。

「よし、やつら、避難ポッドの場所に着いたはずだ。倉庫のドアを両側ともロックしろ。閉じ込めてやる」

「にゃん」

 メイジ操縦士の作業服を切り開いて手当てをしていたティプレイ主任が

「ホイヤン。一種救命パックが必要です」

「もう少し、待っててくれ。奴らを窒息させる。猫男!」

 猫男は、メイジ機関士から倉庫の容量と炭酸ガス消火器の時間当たり噴出量を聞き出した。

 私がさし出した計算機で、炭酸ガス濃度を算出した。

 モンゴメリ環境主任は、操作盤に手を走らせる。

「ぼうや~良い子だ~眠っちゃえ~二酸化炭素でゆっくりと~」

 猫男は鼻歌混じりで、ボイシアナ号の倉庫を満たしている空気組成を変えていった。消火設備として、炭酸ガスは大量に船にある。

 ティプレイ主任が、負傷した機関士を励ましていた。

「メイジ。もう少しです。がんばって」

「ああ……」

「にゃん! 待っててくれ。いま空気を入れ替える」

 二酸化炭素は意外と毒性が強いはず。二人組みを昏倒させて、しばらく無力化したあと、元気にさせなければならない。環境主任の猫男が頼りだ。私はバルブ切り替えのやり方を良く見ておいた。

 倉庫の空気を計算上の標準組成にもどしていく。

船長が張り切っていた。


「よし。二、三分後に目覚めるはずだ。ごみどもを拾いに行ってくる」

「にゃん。吾輩の警棒術をみせてやる」

 私はドア開閉の手動装置を回して開けた。船長と猫男が倉庫に向かった。

 私も通路にでた。医療室まで走って、一種救命パックを取り出して脇に抱えた。ついでに食堂によってココアを入れる。

 ブリッジにもどった。

 すぐティプレイ主任は、うけとったパックの材料を使って応急手当をしていく。

「うぉ!」

 消毒液がしみたようだ。筋肉質のメイジ操縦士が呻いた。落ちついたところで、ココアを渡した。苦笑いされた。

 銃弾は貫通していた。残っていたら、摘出が必要になって厄介だっただろう。ティプレイ主任は、傷口に外傷用の人口皮膚を張って、小さな医療アイロンを当てた。薄い人工膜は収縮して傷口を塞いでいく。

 それから、細い指で、ティプレイ主任は使い捨ての皮下注射器の目盛りをあわせた。 

「鎮痛剤と抗生物質です」

「魔女医者様、おねがいします。ぜひ鎮痛剤を多めに! できればジアセチルモルフィンとジフェニルアミノコンドラミンのカクテルで」

 操縦士の贅沢な望みは、却下された。ティプレイ主任は操縦士のくびすじにガン型の皮下注射器を当てると薬を打ちこんだ。

 ふーーー。

 操縦士は、深いため息をついた。鎮痛剤が効いてきたようだ。いまは看護士になっているティプレイ嬢が、脈をみている。

 顔を上げると、私を見てうなづいた。とりあえず、ショック症状はないし、だいじょうぶ、という意味だろう。


 ぐぐーん。

 あれ?

 船に加速度がかかった。ティプレイ主任と目が合った。あわてて、コンソールに調べる。エンジンが、かってに動いていた。推定速度8.58キロメートル。加速している。

 船長がブリッジに駆け込んできた。手には取りもどした自分の拳銃を握っていた。

「なんだ、今のは?」

 私はコンソールの数字を指でさした。 

「メイジ君。取り込み中を悪いが、ちょっと見てくれ」

 操縦席に座っていたホイヤン船長が操縦士を呼んだ。私は、筋肉質の体を宙に持ち上げてから、襟首をつかんでコンソールの上に引いていった。

「ああ、これね……」

 鎮痛剤が効きはじめたのか、奇妙な巻き舌で操縦士は上から話した。

「通常航法装置が……やられてる」

 手を伸ばしてコンソールをいじる。

「量子暗号通信機もだめ。書き換えは避難ポッドのところでひっかかったみたいだな。ハードの不適合ってやつだ」

 少しのあいだ考えていたが、私に大型ディスプレイをつけるように言った。ボイシアナ号の前には、青い惑星があった。

しばらく、画面を見ていると、操縦士は黒い直方体がボイシアナ号に何を引き起こしたのか、理解したようだ。直感で軌道計算ができる男は、宇宙に五人はいる、と聞いたことがある。メイジ操縦士は、その一人のようだ。

「このままだとリゲル33第三惑星に突っ込みます」 

 とろんとした目で、みんなを見た。うすく笑って、つけくわえた。

「流れ星になれますよ」

 私はたずねた。

「修正用のバックアップは?」

「倉庫の中、でもね……プログラム書き換えの合言葉も変わっているはず」

「シャーレイ君。急げ!」

 ホイヤン船長の命令で、私は倉庫に走った。

 途中で、警棒を腰にさした猫男と会った。めずらしく気難しい顔をしていた。

「にゃん。やつらは始末した」

「えっ? やっちゃったの? 気密ロックから放り出したとか?」

 猫男は人差し指を立てると、もったいぶって横にふった。

「そうしたいところだけど、吾輩は保安主任だからな、犯罪者の人権も尊重しなければならない。縛って船室に放り込んでおいた。窓を開けっ放しでね」

 そうだ。猫は捕まえた獲物はいたぶるに決まっている。

 窓を開けて、深宇宙の空虚さに対面させるとは、なかなか素敵なことをやる。

 猫男に長く楽しめるおもちゃができたようだ。

 私は教えてあげた。

「僕たち流れ星になるってさ」

「にゃん?」

「ブリッジに行って」

 猫男に言い残して、倉庫の備品室に付いた。操縦士から教えてもらった暗証ナンバーを打ち込む。扉を開いて、ずらりと棚に並んだ重要部品の中からバックアップ装置がパックされたスーツケースを引きずり出した。さすがはメイジ機関士。きちんと整理されていて分かりやすい。

 走ってもどった。

 船長は自分の拳銃をホルスターに納めて、カバーをかけていた。

 メイジ機関士は、私が渡したスーツケースを気だるそうに開けた。二十個近くあるバックアップの中から一つ選んで、コンソールに押し込む。

 拒否された。

「ふーむ。コアを書き換えてみるか……船長、合言葉を」

「……首輪をつけてワンと鳴く……」

 だめ。

 船長の声紋はあっているはずだ。おそらく合言葉が違う。

「こっちは……」

 もう一つの直方体が試された。

 だめ。読み込まない。

「カーネルの再構築だ。こいつで動かないなら……クリーンインストールしかないが、それをやると三日はかかる。あきらめてくれ」

 メイジ機関士はつぶやいて、三個目の赤い直方体を押しこんだ。

 こき、きき……

 読取装置がかすかな音を立てた。

 みんなの期待が集まる。

 甘い吐息がささやかれて、スピーカーから陽気な船長の声が流れた。

「あぅぅん。青いリンゴは初恋の味~」

 ディスプレイに犬耳と赤い首輪をつけたホイヤン船長の静止画が写しだされた。首輪につながった鎖は画面の外に伸びている。ぴったりした黒い革の下着姿で犬みたいにお座りして、片手を上げて、にっこり笑っていた。やっぱり、胸は鉄板だった。右手のうしろには、赤青白のリボンをかけた緑のモミの木があった。

 何かのパーティでの記念写真みたい。

 一瞬、映ってから、船長がディスプレイを切り替えた。でも、私は目に焼き付けておいた。落ちついたら、思い切りからかってやろう。いい材料だ。

 メイジ機関士が冷静に尋ねる。

「船長、これの意味は?」

 ホイヤン船長をみんなで見た。船長もみんなを見渡す。目の下が赤くなっていた。

「う、うしろを、ふ、ふ、ふり返るな、っていうことさ」

「にゃん! どういうこと?」

「すんだことは後悔するな。もうだめだ。そういう意味だ」

「ホイヤン! まだ持ってたの、捨てればよかったのに」

 ティプレイ主任が驚いていた。

 船長はメイジ機関士に強く叫んだ。

「絶対にこれは使わないって言ったじゃないか!」

「ふつうならね。でもふつうじゃない。あきらめて……でも秘密画像の隠し場所としては……なかなか」

 言葉は途切れた。

 メイジ機関士の目がうつろになっていた。痛み止めの注射が本格的に効きはじめたようだ。ティプレイ主任が機関士の手首を指先で握った。脈を見ていた。顔を上げて、横にふった。

「死んじゃう?」

 私の質問にティプレイ主任は首を横にふった。

「眠っただけ。でも、しばらくは起きない。鎮痛剤をいっぱいって言うから、サービスしてあげたの」

「シャーレイ君。メイジ君を医療室に運んでくれ」

 私は機関士の襟をつかんで、通路を引っ張っていった。ティプレイ主任といっしょに医療室のドアをあけて、筋肉質の体を毛布で包んであげた。体が冷えないように、毛布の上から緩く拘束スリングを巻いていく。

 でも、船長って、意外と乗りやすいタイプなのか……

 メイジ操縦士の顔に酸素マスクをつけて、呼吸をらくにしてやる。そのまま、安置してきた。気持ちよさそうに、ベッドの上で薬の夢を見ている。


 このまま、リゲル33の大気圏に突っ込んで、ボイシアナ号の外郭が摩擦熱でとろけても、目を覚まさないで眠り続けそうだ。

 それが良いのかもしれない。

 いや、きっとそうだ。




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