白馬の王子様
白馬の王子様
静止ステーションとドッキングしたあとも猫男は船長室で押収物を詳しく調べた。武器や通信機は出てこない。
その横でホイヤン船長は法令の調査に掛かりっきりになっていた。
リゲル三十六の係官は、ボイシアナ号が艦隊チャーター船であることを盾にして、乗っ取り犯人の引取りを拒んできた。
「我々は司法機関で軍の管轄下の艦隊とは指示系統が違います。お断りします」
高強度量子暗号回線の向こうで係官は繰り返した。押し問答したあげく
「ほんと、だめ男って融通がきかないよな」
無線を切った船長にののしられていた。
「私と猫男で交渉をつづける。シャーレイ君。荷揚げを頼む。必要なら、ティプレイも使ってくれ」
メイジ操縦士は宇宙服を着こんで船外ラックの固体ロケットブースターのチェックに行っていた。セールスマンというのも怪しい。でも、伝票に指示がある以上、ブースターを捨てていくわけにもいかない。
検査していたメイジ機関士からの無線がささやいた。
「今のところ異常なし。二本目の調査に移る」
とりあえず筋肉質は手一杯のようだ。
ここで荷揚げ作業を、気まぐれなティプレイ主任に手伝ってもらっても……
「ひとりで……やります」
「がんばってくれ。試験のときの推薦状はまかせろ」
ホイヤン船長は片目をつぶって励ましてくれた。
書類の束を鞄に詰め込んで、私はステーションの荷役受付に行った。
「良く来てくれたね」
作業員も係員もみんな笑っていた。ひさしぶりの郵便船らしい。郵袋と雑貨の入ったコンテナを下ろして、書類と照合していく。
私の立会いの元、はりきってパワーアシスト装置をつけた作業員が次々と手紙のコンテナと荷物をボイシアナ号の船腹から運び出していった。作業は順調だ。
「あの、郵便船のクルーの方ですか?」
立ち会っていた私は後ろから声をかけられた。
何かまずいことでも起こったのがと思って振り向くと、濃い茶色の髪の女性が立っていた。首から銀色に縁取りされた記者の身分証明書を下げていた。
軽くうなづき返すと
「リゲル三十六ネットワークです。インタビューよろしいですか?」
えっ?
私は、とっておきの笑顔をアナウンサーに見せてあげた。仕事は第一印象が大切だから。
事情を聞くと、小学生向けの『働く人シリーズ』のビデオ撮りも兼ねているらしい。私は胸をはって、制服の郵便マークが良く見えるようにしてあげた。
「郵便船のお仕事は大変ですか?」
ありきたりな質問だった。
私は腰に手を当てて郵便主任であることを強調してから、郵便を運ぶチームワークの大切さを答えてやった。宇宙船のクルーと地上スタッフが協力して速やかに届ける必要がある。それが葉書一枚であっても。
「深宇宙は危険が一杯と聞いていますが?」
ありきたりな質問だった。
私は転移航法や空間欠陥のことを話してから、保安主任と船内クルーのチームワークの大切さを答えてやった。
猫男のことは黙っていた。小さな子供たちの夢を壊してはいけない。
「軌道上から見たリゲル三十六の印象は?」
ありきたりな質問だ。
私は惑星開発と環境倫理学と生命の本質について話してから、宇宙探査における未踏領域でのチームワークの大切さをマイクに向かって答えてやった。
「……ありがとうございました……」
茶色の髪と瞳の取材者は、こわばったような顔で答えた。
おもしろそうだから乗っ取り犯のことをしゃべりそうになったけれど、さすがにそれは控えておいた。口に出したら、ホイヤン船長に撃ち殺されるかも知れない。
でも、うっかり口が滑りそうになる。
私は最後にマイクをつかんで、カメラに向かって、平和の指サインを送りながら、笑顔で付け加えてやった。
「郵便をご利用のときは『お手紙がんばれ組合』のボイシアナ号をよろしく。低料金、迅速、どんな辺鄙な田舎にでもお届けします。通信販売も扱っていますので、お得な料金で満足一杯です。こんど、旅客サービスもはじめました。料金はご相談に乗りますのでお気軽にどうぞ!」
事実、リゲル三十六は寂れていた。
環境倫理学の指針にしたがって、惑星固有の生態系を乱さないように極地帯に居住地が建設されて、人口制限がかけられていた。ペルセウス腕の開発が決まれば、ここも中継点として発展するかも知れないが、今のままでは辺境のあばら家という感じだ。
それでもステーションで働いている人たちは楽しそうだ。
荷揚げの作業と新しい郵袋コンテナの積み込みが終わった。帰ろうとすると引き止められた。みんな情報に飢えているようだ。
事務所の休憩室で
「どうぞ、お召し上がりください。ご主人様」
紺色の服の上から白い前掛けをつけて、頭飾りをのせた古風なコスチュームをまとった係員が深くおじぎをすると、膝まづいてからジュースカップを渡された。
サービスまで古臭いけれど、悪い気はしない。できれば、ホイヤン船長が同じことをやってくれれば、最高だな、と思った。でもそれは、猫にお預けを教えるような難しさだろう。
地表で栽培されたオレンジをわざわざステーションまで持ち上げてから絞ったフレッシュジュースをご馳走になって、手提げ袋に入ったチョコレートをお土産にもらった。
古くからの習慣で、郵便配達人へのプレゼントはチョコレートと決まっている。私はお礼を言って別れをつげた。
船にもどると、船長室で猫男とホイヤン船長が相談していた。犯人の移送は拒否されていた。
「にゃん。奴を連れて行くはめになった」
「シャーレイ君。ブリッジのドアの暗証番号を変えた。8747だ。覚えておいてくれ」
「にゃん。みんなで0を押していたんで、すり減っていて分かってしまったようだ」
まえの暗証番号は0000だ。あまりほめられた話ではないが、緊急事態のとき迷わないように、そう決められていた。
「それは?」
私は船長の机の上にあった紙を見た。折り目が強く付いていた。
「奴の手帳の隅からボイシアナ号の平面図が出てきた」
「でも、吾輩の見る限り改造前の艦隊所属艦のときのだ。救命ポッドを撤去する前の構造だね。ちょっと昔の資料をあたれば、どこでも手に入る。にゃん」
私はステーションでもらったお土産の袋を持ち上げて机のうえに置いた。
「やるじゃないか」
チョコレート好きの船長は袋を開けながら笑った。
「にゃにゃん。吾輩は甘いものは苦手だ。私の分は君にあげるから……」
「お断りします。夜は一人で寝ます」
明朝。
疲れていたせいか、私は寝坊した。
船長からのインターホンで起された。
食堂でコーンフレークをかきこんでブリッジにむかった。ティプレイ主任以外は配置についていた。
「シャーレイ君。試験のときはくれぐれも寝坊しないように」
船長が苦笑混じりに言う。また、恥をかいてしまった。
出発。
犯人を乗せたまま、ボイシアナ号はドッキングポートを離れて加速を開始した。艀船が用意されていないため、自力噴射によるゆっくりとした加速だった。
ブリッジにティプレイ主任はいない。またご機嫌麗しくなく船室に閉じこもっているようだ。
「船体速度、秒速8.5キロ」
ブリッジのディスプレイには黒を背景にして、海の青と森の緑と雲の白を浮かべて三日月の形になっているリゲル三十六の様子が映されていた。命があふれる惑星はきれいだ。
大陸の赤みを帯びた大地は開発をまっている。
青白いリゲル三十六の主星も頼もしい。
ボイシアナ号は、反対側の真っ暗な深宇宙を目指している。生命の源への別れがおしくなった。
私が感傷にひたっていると、メイジ操縦士が話しかけてきた。
「さて、ドライブ主任がいないが、どうする?」
「にゃーん♪」
スキャナー席で、船長は邪悪な笑みを浮かべた。
「シャーレイ君。白馬の王子様になれ。そうしたら、私の顔をマジックで塗りつぶしたことは、ぜんぶ水に流してやる。それで手を打て。チームワークが大切なんだろ」
「パパベル君。吾輩もチームワークは大事なことだと思うよ」
猫男もほくそえんでいた。
え……?
どっかで聞いた言葉だ。船長がつづけた。
「シャーレイ君。インタビューの最後のところ良かったよ。なかなかやるね」
え……?
「ぷっくく」
メイジ操縦士が口を押さえて笑った。
ホイヤン船長が得意げにコンソールを操作すると、ブリッジ正面の大型ディスプレイに私が映った。背景はリゲルステーションでボイシアナ号の銀色の船体が輝いていた。腹には識別マークの黄色い『違い輪』が描かれている。
私はインタビューを受けて、一生懸命チームワークを語っていた。なるほど、自分の声は外からはこんな風に聞こえるのか……。
私が寝坊しているあいだに配信があったようだ。
配信元はリゲル三十六ネットワークだった。全部録画されていた。あのインタビュワーを絞め殺してやりたくなった。
「シャーレイ君。ベテルギウス中継点で、責任をとってくれると言ったよな? なっ? なっ? なっ?」
ホイヤン船長の邪悪な目がしつこく光った。
私はあきらめた。
船室にもどってから、ホイヤン船長が通信販売で取り寄せた王子様セットを身に着けた。白タイツを穿いて、ビデオに出てくるファンタジーッぽい白いかぼちゃパンツを穿いて、ファンタジーの登場人物のような金色の縁取りとふりふりひだひだの襟飾りと袖飾りの付いた上着を着て、ボール紙に窒化硼素を蒸着したようなピカピカの安っぽいファンタジーのような王冠を頭に載せた。
軌道への打ち上げコストが高かった時代の名残で、通信販売の品物は軽くできている。そのせいで、いかにも薄っぺらでインチキっぽい。
着がえが終わったところでブリッジに呼び出された。行ってみると船長が化粧道具を持って待っていた。ホイヤン船長はいつも素顔で過ごしていたので、意外だった。
椅子にすわらされて、唇にルージュを塗られて目に化粧をされた。付けまつげまで準備されていた。長いのをつけられた。なんか、瞼が重い。
渡された鏡を見た。
「なんか、王子様っていうより、間抜けみたいですね」
私は率直に感想を言った。でも、唇はつややかに光っている。目力が増えたようだ。
なんか癖になりそう……
「ぷっくく」
「にゃーーん! 似合っているよ。吾輩は笑ったりしないから……にゃっぷ!」
筋肉質と猫音も復讐のおいしさを味わっているようだ。二人とも頬がゆるんでいる。
ボイシアナ号は秒速8.5キロで等速直線運動を続けていた。
ホイヤン船長が化粧道具を片付ける。
「さあ、終わった。魔法使いを口説いて連れて来い。急いでリゲル33に行く。なんだったら押し倒しても良い。ティプレイの親はパロディアの銀行家だからな。玉の輿だ。どうだ?」
「それよりも、僕は……」
私は嫌味を言ってやった。
「船長のお婿さんになりたいです」
「ふふーん。チークもつけたいようだな? ん? もう少し化粧を濃くするか。んっんっん」
船長は小さなブラシを取り出した。
それは遠慮しておいた。
ブリッジを出て通路を歩いていく。食堂によってティプレイ主任の保管庫から、キビのお粥セットを取り出して、熱いお湯を注いだ。朝食だ。
船室に向かっていくと、役人お姉さんに会った。朝からきちんと黒のスーツを着ていた。私を見て驚いた顔をしていた。それから不安げな表情になった。
「あの、それは?」
適当にあしらってやる。ドライブ主任が引きこもっているなんて、細かい事情を説明しても分かってもらえないだろう。
「ご心配なく。ちょっとした機関関係のトラブルです。修理のための特殊防護服を装備しました」
「……まあ、それは……大変ですね」
社交辞令みたいに冷たい言い方だった。
役人お姉さんと立ち話をしていたら、ティプレイ主任が船室から出てきた。砂漠色のキュロットパンツをはいていた。私はすぐ理解した。
魔法使いは古典ビデオに影響されて名無しのエレインになっていた。僕はハンターになるべきだった。
「あら、シャーレイ様。そのかっこうは?」
こっちの苦労も知らないで、何事もなかったようにささやいた。それから、役人お姉さんを見た。
「どちら様でしょう?」
「リゲル三十一統計局のフロギンスです。あなたは?」
紺色のスーツを着たフロギンスさんがびしりと決めた大人の魅力なら、ティプレイ主任には、魔法使いの破れかぶれな凄みがある。
「ドライブ主任です」
「そう、郵便屋さん? 素敵なお洋服ね」
二人のやりとりを見ていて、私はわくわくしてきた。
女の対決ってすげーや。ちらりと走らせる視線と氷のきらめき口調で、相手を切り刻んでいくぜ。
ティプレイ魔法使いは、おされ気味みたいだった。
「すぐに空間転移航法にうつります。船室にいたほうがよろしいのでは?」
「ありがとう。そうします」
役人お姉さんは、ふわりと肩までの黒い髪を翻すと、うしろの船室にもどっていった。
電磁靴に慣れていないので、歩き方が残念だ。踵の高い靴でもはいていたら……
となりで対決を見ていた私の感じでは6対4でお姉さんが勝ったようだ。
冷たいドライブ主任の声がした。
「シャーレイ! 行くわよ」
私のことを呼び捨てにしている。相当怒っているようだ。ブリッジに行く。主任がいくら暗証番号を押してもドアが開かない。
「なによ! これ!」
「魔女医者様。暗証番号が変わりまして、ござりまする」
「ちょっと。ホイヤン聞こえる?」
ティプレイ主任が船内インターホンに叫んだ。いろいろと通話機ごしの会話があった。船長が8747と言う声がかすかに聞こえた。魔法使いが黄金の指を躍らせていく。ドアが開いた。
ドライブ主任は急いで席に着くと、コンソールのスティックを操りだした。
「あの女。なによ。ちょっと私が素顔だったからって馬鹿にして」
「みんな席に着け。――ティプレイ。いいぞ。やれ」
ホイヤン船長が命令した。
魔法使いはディスプレイに描かれた四つの円を一致させた。横から見ていたが、操作は良く分からない。
空間転移ドライブの原理は四次元の立体にメスを入れて、三次元の球を取り出す、と言われているが、やっぱり私にはできそうもない。これだけは空間把握の才能って奴がものをいう。私だってリンゴは半分に切れるけど、四次元の立体なんて頭の中に浮かべて切れはしない。
体が引きつるような感じがした。復元するときにもう一度。ボイシアナ号は34光年を飛んだ。
リゲル33からのビーコンが届いた。
「おお、我が故郷、リゲル33。どなたでも寄っていけ。きれいな水とうまい飯が待っている。時がうつればここも繁華街になるでしょう。あなたも今のうちに投資してみては?早いもの勝ちでっせ。絶対儲かりますとはいえませんけど、内緒の話として、期待してもらって良いですよ。戦争なんて起こりませんから。噂ですよ。う・わ・さ」
私はステーションにボイシアナ号の識別信号を送った。
メイジ操縦士が
「ご、ごさ、じゃなくて……距離三十八万キロ。ドライブ主任様。いい腕です」
「……すばらしいよ。にゃん。さすがはティプレイ主任だ」
メイジ操縦士と猫男はいっしょに拍手して、ドライブ主任を讃えた。
「俺のおごりでドーナッツだ」
「じゃあ、メイジ主任に甘えて飲み物も持ってきましょう。代金は操縦士のツケにしておきます」
私は立ちあがってドアにむかった。
ロックを空ける前にドアがかってに開いた。
「?」
フロギンス役人お姉さんが立っていた。自分で開けたようだ。
「困ります。ここは立ち入り禁止で……どうやって、開けたのですか?」
役人お姉さんの手には白い塊が握られていた。よく見ると上下二段になった小型の拳銃だ。ステーションの検査装置にかからないようにセラミック製みたいだ。
かちり。
撃鉄を起す音がして、きつい声でおどされた。
「中へ入りなさい」
「せ、船長ちょうぅぅ」
頭のてっぺんから声がでてしまった。
ホイヤン船長が、あわてて拳銃を取り出している気配がした。
「動いちゃ、だめ」
フロギンスお姉さんは、静かに言った。船長も左腰の拳銃ホルスターから手を離して静かに答えた。
「シャーレイ君。言われたとおりにしろ。こいつは本気だ」
両手を肩まであげた。
フロギンスの声が私に命令した。
「間抜けな王子様。すみに行ってなさい」