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役人おねーさんとセールスマン

役人おねーさんとセールスマン



 翌日、私はボイシアナ号の乗客用船室の掃除にとりかかった。荷物の積み下ろしは終わっていたのだが、人が乗る、というのでその準備が忙しい。

 こんな船を選ぶ乗客ってのも物好きな人たちだ。それとも、選んでいられないほど切羽詰っているか、ホイヤン船長にだまされて安い運賃に釣られたのか、どちらかだろう。

 ひととおり済ましてから、ブリッジにもどって作業終了の報告をした。

 ついでに文句を言ってやる。

「ホイヤン船長、なんか私一人だけが働いているような気がするんですが」

 船長席の肘掛をつかんだ魔女に、まじめな顔で返された。

「君の質問の答えは、正しい、だ。まわりを見てごらん。頼れる奴がいないのだ。シャーレイ君、わかっているだろう? 君には期待しているよ」

 つややかな唇で、にっこりと笑う。とても魅力的な笑顔だ。たいていの男だったら、ぜったいだまされるぜ。

 これってなんか、うまく乗せられているような気がした。

 船長の言葉には猫なで声の響きがまざってきた。

「君は雑用係だからな、船の中の仕事はなんでもこなせないと。あと、君、ちゃんと試験勉強やってる?」

「まだ、二年も先の話でしょう。だいじょうぶです」

「本当か? どの技能資格を希望する?」

「……環境主任にしようかと」

「ふん」

 ホイヤン船長は鼻でわらった。

「環境倫理学は見た目より難しいぞ。惑星気象学とか生命倫理とか進化理論とか、あと、開発と良心との兼ね合いがね……宇宙を開発するべきかどうか……」

 船長は、いったん切ってから

「それより、寝坊して試験に遅れないようにな。いまでも、ときどき寝ぼけているだろ」

 痛いところを突かれてしまった。艦隊士官の試験を受けるとき、ホテルのモーニングコールを忘れていて、遅刻してしまった。面接のとき、ホイヤン船長に誘導されてしゃべってしまったら、思い切り笑われた。秘密にしていたのに。

 くやしい思い出だ。

 じつをいうとハイスクールを追い出されたのも、二週間つづけて遅刻して、教頭先生に目をつけられたからだ。こっちの方は、まだ秘密にしている。

 

 メイジ操縦士もモンゴメリ猫男も、船を降りて遊びにいってしまっていた。ティプレイ主任はいったん帰ってきて、

「コンビニエンス・ストアに行ったら、ビデオのアダプターは売っていませんでしたけど」

と苦情を言ってきた。データベースを調べて裏通りの電気店を教えてあげたら、また出て行った。

 ホイヤン船長はディスプレスを見ながら、三つの個体ロケットブースターの積み込み作業の指示をしていた。ステーションの作業員を使って、細長い筒を船外ラックに固定していく。

 ええ、本当にブースターを装備? と思っていたら、残念ながらボイシアナ号の加減速用ではない。お客さんとして乗ってくるセールスマンのサンプルだった。

 作業が片付いたころ、メイジ操縦士はブリッジにもどってきた。わきに小さなケースを抱えていた。

 私と船長のまえでケースを開いた。

 中身は薬品詰め合わせだ。

 得意げに見せてくれたパッケージを見て私は驚いた。

「これ、まずいですよ」

 ケースのなかには、瓶の中に入ったドーパミン賦活剤、コリン阻害剤、青班核刺激剤、緑の葉っぱとモルフィンを含んだ黒い塊に視覚処理強化剤と違法薬物が一通りそろっていた。

 秩序と安寧の宇宙、リゲル星域なのに、こんなものが手に入るなんて……と思っていたら


「ふふん。こういうものはな、表向きでは禁止されてる、こういうところのほうが手に入りやすいんだ。それに、俺は医者からの許可を受けている。船室で個人的に使う限りは違法にならない。残念だが、わけてあげられないね」

「使いすぎは良くないですよ」

 形どおりに言ってはみたけれど、聞き分けるわけがない。メイジ・メイワザ操縦士は薬物のコレクターなのだ。でも、それで深宇宙に立ち向かえる気力が湧くなら、悪くはない。

 どうせ、深宇宙ではみんな頭がおかしくなるのだ。意志で立ち向かうか、薬をつかうのか、大脳の神経回路からすれば、たいした違いはない。


「にゃーん」

 モンゴメリ猫男は大きな荷物を抱えてもどってきた。 

「見てくれたまえ。人肌機能つきの抱き枕だ。カフェの女の子が私のためにプレゼントしてくれた」

 包装紙を破って、見せびらかす。個体ロケットブースターに似た形だ。表面には、小間使いの服装をした猫耳少女が描いてあった。

「今どきこんなものが手に入るなんて、吾輩も驚いた。さすがは田舎だな。これなら刺されることはないからな。安心できる。おお、我が愛しき枕よ。我を安眠に誘い、清らかなる夢の世界にみちびきて希望への目覚めを与えよ、それは、我が慈しみの……」

「いくつめだ?」

 ディスプレイを見つめながら、ホイヤン船長がわきから口を出した。

「二十三個めです。シャーレイ君、こんなものに頼らなければならないなんて、まったく、情けないことだと思わないかね?」 

「お断りします。夜は一人で過ごしてください」

 船長の問いかけなのに、猫男は私のほうに話題をふってきた。冷たく答えてやると、寂しげに鳴いた。

「んにゃーーーん」

 猫男も『灰色マルハナバチ』の核融合炉の暴走事故で心を病んでいる。でも、いっしょに夜をすごすのはごめんだ。

 ティプレイ主任も帰ってきた。ブリッジに全員が集まったところで、ホイヤン船長が予定航路の説明をはじめた。

 ブリーフィングだ。


 ディスプレイに星図を映し出した船長が説明した。

「まず、リゲル三十六へ行く。それからリゲル三十三だ」

 魔法使いは、手にしていたアダプターの小さな箱を見ていた。

 メイジ操縦士がとなりで薬物のパッケージを見せびらかした。ティプレイ・エスカ魔法使いは目を見張ってつぶやいた。

「逆コースですね。……これ、視覚処理強化剤……」

 視覚処理強化剤はビデオが止まって見えるとも言われている。

 薬物に気をとられている二人を見て、ホイヤン船長は渋い顔をしてつづけた。

「そう、リゲル三十三では、油田地帯の領有権をめぐって地上戦の噂がある。我々は、どちらへも介入しない。中立を保つ。…………こらっ!、二人ともまじめに聞け」

「にゃん」

 メイジ主任が顔を上げた。

「俺も、それが良いと思います。ただ、リゲル三十六には艀船がないから、燃料を満タンまで積み込まないと」

 男たち二人も賛成した。

 船長はつづけた。

「それと、お客様が二人乗ってくる。リゲル三十三が目的地だ。シャーレイ君が客室乗務をこなすけれど、みんな失礼のないように。と言っても無理だろうから、できるだけ顔をあわせるな」

「にゃん?」

「こんな、ぼろ船に?」

「どのようなお客様なのですか?」

 猫男と操縦士は驚いたけれど、ティプレイ主任が興味津々というぐあいで聞いた。

船長は得意げに言う。少しだけ鼻が高くなったようだ。

「我が愛しきボイシアナ号も旅客輸送をはじめることにした。今回はテストケースだ」

 ああ、やっぱり。私の予感はあたっていた。

「一人は、固体ロケットブースターのセールスマン。もう一人はリゲル三十一の統計局の役人だ。猫男。あまりなれなれしくするな」

 モンゴメリ主任は、にっこり微笑んでうなづいた。

「にゃーーん。タラのフライをサービスしないと、白身魚の切れ端を作りすぎてあまりまくってます」


 翌日。

 二人の客は荷物をもってやってきた。

 ブースターのセールスマンはおとなしそうな男で黒縁のめがねをかけていた。統計局の役人は、長い黒髪に目鼻立ちのはっきりした若い女性だった。控えめにお化粧して美人と言えなくもない。

 私と船長でお迎えして、船室に案内した。お客さんは二人とも無重力と電磁靴になれていない。アヒル歩きになっていた。

「航路のつごうでリゲル三十六に寄ってから、三十三に向かいます。良い宇宙の旅を。……一生の思い出に」

 船長が揉み手をしながら狭い通路を案内していく。

「何かありましたら、こいつ……客室係りのシャーレイ君に言いつけてください」

「めったに使われない船室ですので、きれいなままです。ぜひ、くつろいでお使いください」

 私も調子を合わせて本当のことをしゃべった。そうしたら、船長に肘で背中をつつかれた。

 船室に旅行鞄を押し込んで、統計局の美人役人さんに窓を開けてみせる。暗い星空が見えた。乗客として最低限のマナーを伝える。

「通路での遊泳は禁止です。でも部屋の中でしたらご自由に。ただし、なにかあっても保険が効きませんので怪我のないように。あとブリッジは立ち入り禁止です」

 大きな客船なら、遊泳場があって飛びまわれるのだけど、ボイシアナには、そんな贅沢設備はない。

 同じようにブースターのセールスマンを向かいの船室に案内した。きれいな役人お姉さんは微笑んでくれたのに、この体格の良いおじさんは無愛想だ。でも、チップをくれようとしたので断ったのだけれど、良い印象を受けた。根は親切な人かも知れない。


 ボイシアナ号は、もとは艦隊所属の十四人乗り艦だった。良い意味で堅実で悪い意味でそっけない。

 もうすぐ出航だ。旅客を案内したあと、ブリッジにいった。

 メイジ操縦士は燃料系を見ていた。タンクへの液体酸素と液体水素の充填を確認していた。 

 猫男は船長を見ると訴えた。

「にゃん。食料の積み込みを拒否されました」

「なんだと?」

 船長はコンソールに手をついて、猫男に顔をよせた。彼は手をあげて止めた。

「吾輩に文句を言われても……銀行口座の残高が足りないとのことです」

 船長は怒った。すぐディスプレイをつけて担当者を呼び出した。

「こちらはボイシアナ号。艦隊チャーター船だ。すぐ要求した物資を運び込め」

「あー、こちら補給所。金なしには売れないよ」

「艦隊チャーター船だ。物資を優先的に配分してもらう権利がある。航行規則の一般条項二一条を知らないのか?」

 相手の補給係りがあざ笑った。

「規則二一条は燃料と空気と水についてだ。食い物は関係ない」

「……」

 さすがは秩序と安寧の宇宙、リゲル三一だ。規則を厳格に適用してきた。

 船長はディスプレイを切って、環境主任の猫男と相談した。

「にゃん……買い込んでおいた冷蔵庫の食料は四日分ありますが、その後はフードジェネレーターで合成しないと、食事が足りなくなります。炭素用プロパンと微量元素も足りるかどうか? 特に亜鉛とマグネシウムが……栄養なしのすかすかのグリル料理くらいなら……」

「わかった。そのあとはドーナッツでも食べよう。タラは食べないからな」

 メイジ操縦士は肩をすくめると、黙って計器を見つめていた。

 そうか。光子魚雷と増設アダプターの代金が引き落とされたのだ。


 燃料の積み込み完了。

 キャプテンシートに座っていたホイヤン船長が乗客にアナウンスした。

「みなさま、これより愛しきボイシアナ号は出航します。乗客の方々は船室でシートベルトをお付けください」

 メイジ操縦士がステーションに連絡した。

「引き舟準備良し。ポート分離」 

 ボイシアナ号は艀に引かれて、加速を始めた。燃料を満載して船外ラックにも荷物を積んで質量が増えた船は、二隻のバージに曳航されてゆっくりと加速した。

 深い漆黒の虚空を目指していく。

 空間転移航法は重力源を真後ろに見て行われる。

 恒星と惑星系を背後にして旅人になる。

 規定の速度に達したとき、牽引ロープが分離されて、お別れの信号が送られてきた。

「貴船の安全なる航行をお祈り申し上げます」

 ずいぶん気取った電文を送ってよこした。

「ご協力を心より感謝します」

 こちらも形式的に返してやった。

 ボイシアナ号は等速直線運動に切り替わった。

 ブリッジに乗組員が全員が集まった。シートベルトを装着して各自の持ち場についていた。いつもどおりの手順で船は進んでいく。

「出力九十パーセント」

「充填率八十パーセント。転移可能です」

 メイジ操縦士の命令に、私は答えた。

 ティプレイ主任も珍しく制服を着て、ドライブを操作していた。 

「いくわよ!」

 四つの円が重なって、空間転移の準備ができた。電力も充分だ。メイジ操縦士ドーナッツを口にくわえると、空間転移機のスイッチを押した。

 りゅいん!


 ボイシアナ号は船体を震わせて、十七次元空間にとびこんだ。

 ホイヤン船長が位置確定のためにスキャンをはじめると 

「あのー、すみません。ちょっと困ったことが……」

 ブリッジの入り口から、聞きなれない男の声がした。

 空間復元の準備をしていたみんなは、いっせいに振り向いた。スーツを着たセールスマンの男がブリッジのドアを開けて入ってきた。電磁靴に慣れていない。よろけて、コンソールに手をついた。

「客室係りさん……」

 立ち直って、すばやく私の後ろにまわると、白いナイフを内ポケットから取り出した。私の首すじに当てた。低密度エアロゾルナイフのようだった。


「すまないが、この船を乗っ取らせてもらう。むだな抵抗はしないように」

 私は必死で心を落ち着けた。これはハイジャックってやつだ。マニュアルどおりに対応しないといけない。――ともかく話しかけて、相手を和らげなくては。

 少しばかり声が上ずってしまった。

「お、ぉ、お客さん、こ、困りますね。うちはそういう船じゃないんです」

「そうだ。今、いいところなのだ。出て行け」

 ホイヤン船長が応援してくれた。

「船長さん。申しわけないが、腰の拳銃をこっちに渡してもらおう」

 セールスマンはナイフに力を入れた。

 私の首筋に冷たい感触が走った。

 あまり、ナイフの切れ味は良くなさそうだ。

「ぼ、暴力は良くないですよ」

 私はすわったまま目だけ動かした。ホイヤン船長の声がした。

「お客さん。君、邪魔なんだよ。いま、どういう状況かわかっていないようだな。船が浮かんでいるのは十七次元の空間だ。復元に失敗したら、次元の迷子になる。悪いことは言わない。ナイフを捨てろ」 

 船長の説得にセールスマンは冷たく答えた。

「まず拳銃だ」


 スキャンを止めたホイヤン船長は、少しのあいだためらっていたようだが

「ほらよ」

 かぶせ蓋を開いてホルスターから抜くと、黒い拳銃をブーメランのように投げた。

 乗っ取りのセールスマン腕を伸ばして、取ろうとしたようだ。

 わずかに体が動いた。

「にゃん!」

 一瞬の隙をついて、シーとベルトのリリースボタンを叩いた猫男が飛びかかった。私の首からナイフの感触が消えて、殴る音がした。

 猫男とセールスマンが、一つの固まりになってブリッジの壁にぶつかるのが見えた。

 船長も席を蹴ると、壁にあたって跳ね返って、宙に浮かんでいた拳銃を取り返した。無重力の中で浮かんでいたので、私は手を伸ばして船長の足をつかんだ。そのまま、引き摺り下ろす。

 かちり。

 撃鉄を起す小さな音がした。

「動くな」

 船長はセールスマンに銃口を向けた。

「猫男! 空間欠陥だ。左!」

 メイジ操縦士が叫んだ。

「にゃん!」

 もう一発、男を殴った猫男があわてて席にもどった。計器の数字を一瞬で確かめて光子魚雷を撃つ。間に合ったようだ。ディスプレイの暗黒部が光で埋められた。 

「シャーレイ君」

 船長が私を呼んだ。シートベルトをはずして寄っていく。男は床に倒れてこちらをにらんでいた。

 古めかしい回転式拳銃を渡された。

 黒光りしている。撃鉄は起されていた。

「動いたら撃て」

 拳銃を渡された。

「撃っちゃって、良いんですか?」

「郵便船に手を出すような奴だ。遠慮なしに、やれ」

 船長も席にもどってスキャンをはじめた。

 ドライブ主任に声をかける。

「ティプレイ。だいじょうぶか?」

「は、はい」

 ティプレイ主任の声も上ずっていた。

 船長はスキャンを再開した。

「第一ポイント確定」

 私はセールスマンに銃を向けたまましゃべった。

「実はさ、僕、拳銃は初めてなんだ。だから、動かないほうが良いと思うよ。どこに当たるか分からないし、つい、うっかりってのもあるから。トリガーハッピーって言うのかな。ビデオで見てたりしてけっこう、ボク、あういうのに憧れているんだ。ボクに合った役かなって、思ったりしたりして。でも、撃たれるとやっぱり痛いだろうね。それに猫男は動きがすばやいし、船長は魔女で射撃がうまいし、じっとしているほうが身のためだと思うよ。だからね……」

 セールスマンは口を歪めて声もなく笑った。

「シャーレイ君。よけいなことは話すな」

 船長に怒られた。

「第三ポイント確定」

 船の仮位置が決まった。空間復元だ。

「にゃん」

 猫男の鳴き声といっしょにまた、光子魚雷が発射された。

「ずいぶん荒れてるな」

 メイジ操縦士がつぶやいた。そのまま船は方向を変えた。加速度が加わると、拳銃の弾道は、どう変わったっけ? たしか……無重力なら弾道のドロップはキャンセルされて……

 そんなことを考えていたら、

 りゅいん!

 現実の空間にもどった。

 

 はずなのだが、自動受信機は沈黙したままだった。

 何か手順をまちがえたか、不測の事態が起きたのか。いやな予感を振り払いながら。ボリュームを上げる気配がした。  

「……ようこそ、リゲル三十六へ……寂漠たる宇宙の、、、遠き旅路の果て……うらぶれ通りの切れたネオンサインは遥かな旅情を呼び起こし……吹きすさぶ太陽風に襟を合わせて歩きましょう……こちらはリゲル三十六静止軌道ステーション……」

 弱弱しいビーコンの声が歓迎してくれた。大きな中継点のように誘導ビーコンはばら撒かれてなく、ステーションからの直接誘導だった。

「ああ、百二十五万キロ。誤差が大きすぎます」

 ティプレイ主任の嘆きが聞こえた。動揺していたようだった。

 スキャンが終わった船長が私のそばに立った。私は拳銃を返した。

 セールスマンに向けて冷たい宣言。

「船長の権限により、おまえを逮捕する。乗っ取りの犯人には、小惑星で楽しいニッケル堀りが待っているぞ」

 言ってから、猫男を走らせて保管庫から拘束用手錠を持って来させた。

「保管庫の暗証番号を忘れて苦労したよ」

 そう言って、もどってきた猫男はセールスマンに手錠をかける。そのまま、船長と二人で後ろ手のセールスマンを引き立てて船室の捜索に行った。


「どうなるのでしょう?」

「なるようになる」

 ティプレイ主任の心配そうな質問にメイジ操縦士が答えた。操縦桿をひいて、減速を開始した。

「コーヒーでも淹れてきます」 

 私は提案した。

「わたくしは麦芽コーヒーをお願いします。カフェインは健康に良くありません。それとお砂糖はいりません」

「俺はココアね。砂糖たっぷりで。ついでにドーナッツも三つ。みんなに俺のおごりだ」

 すこし、余裕が出てきたようだ。

 食堂に行って注文をそろえてきた。ブリッジにもどって、ドーナッツをかじろうとしたとき、船長から船内通話で呼び出された。

「シャーレイ君。倉庫から押収用の入れ物を持って船室に来てくれ」

 本当に人使いが荒いな、と思いながら、食べかけのドーナッツを宙に浮かせた。

 倉庫から特大のコンテナを引っぱって船室に行った。まあ、無重力だから重いものでも苦労しないのが宇宙船勤務の良いところだ。

 着いたところで、向かいの船室にいる役人お姉さんがドアを開けて聞いてきた。

「何かあったのですか?」

 ドアのすきまから手錠をかけられたセールスマンを見て目を見張っていた。

「ちょっとしたトラブルです。もう解決しました。ご安心ください」

 厳重にドアをロックしてから、セールスマンの私物を全部押収する。船長が品名を読み上げて私が記録していく。押収物はコンテナに収めた。

「にゃにゃにゃーーん。君は保安主任である吾輩の管轄下にある。抵抗は無意味だ」

 猫男がセールスマンの身体検査をして、ネクタイとベルトを取り上げた。

 それから、手錠をはずしてやった。ドアをロックして男を閉じ込めた。


 インターホン越しに猫男がからかった。

「にゃん。夕食は白身魚のスープと寒い海を泳ぐ白身魚のフライと海の底を泳ぐ白身魚風味のカボチャサラダだ。楽しみに待っていたまえ。なお、食事の量に制限はない。おかわり自由だよ。吾輩の心からのサービスをうけてくれたまえ」



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