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リゲル星域

リゲル星域



 燃料タンクに――オールト雲からかき集められた水をステーションで光分解して備蓄されていた――液体水素、液体酸素が積まれて、準備は整った。ボイシアナ号には、鋼材二万トン、精密機器一万トン、雑貨混載コンテナ二万トンが積み込まれた。そして、公用郵便コンテナ七十八、私信郵袋コンテナ百四十八が船体の中央に納められた。

 リゲル星域に行く船が滞っていたのだろうか、荷物はたまりまくっていた。ボイシアナ号はほぼ満載状態になった。コードウェイネル郵便査察官が、割り増し料金を払ってでも行かせたくなる理由がわかった。

 重要なクレジットと銀行口座を預かる為替郵袋はスーツケースに詰められ、三重のロックをかけられて、船長公室の金庫に置かれた。

 郵便の復元用データが『愛しきボイシアナ』と『あったか極楽鳥』で交換された。原本コピーは発信局に残される。

 どちらかが、あるいは両方の船が行方不明になっても、手紙の内容だけは復元できるようにするための方法だ。もちろん、手紙の秘密を守りたい人には、コピーをとらずに、それなりのリスクを負ってもらう。


 出発。


 船内時間午前八時。ボイシアナ号のブリッジには全員が配置についた。

 第三ステーションのドッキングポートが開放されて、アンビリカルケーブルがはずされた。

 三隻の艀船がボイシアナ号を曳航し、加速させていく。曳航する液体ロケットエンジンの青い炎がスクリーンに映し出された。

 ブリッジの私たちには、気持ち悪くなるほどの加速度がかかった。

 規定の速度、秒速8.5キロメートルで、牽引ロープが分離された。先頭にいた艀船から発光信号が送られてきた。

「くそったれどもの安全な後悔を祈ってやるぜ」

 ボイシアナ号からも返事が送られる。発光通信は私の担当だ。

「しみったれどもの無事な帰還を呪ってやるぜ」

 べつに双方とも悪意はない。このやりとりはむかしからの習慣だ。

 円軌道で遠ざかっていく艀を見送りながら、私たちの郵便船はまえに出る。

 はるか彼方に第一ステーションを離れた『あったか極楽鳥』もいるはずだけど、目では確認できない。

 深宇宙だ。

「いくわよ。極楽鳥のノロマども見ていなさい」

 ドライブ主任ティプレイ嬢はコンソールのまえでささやいた。

 りゅいん!

 船内時間一〇時に第一回目の空間転移が行われて、五十光年進んだ。艦隊航路部が設置した航路確認ビーコンから計算された誤差は五万キロメートル。かなりの精度だ。

 昼食を取って船内時間十四時と十八時に、再び空間転移航法が行われた。

 ティプレイ魔法使いが大活躍だった。その気合に押さえられたのか、空間欠陥も姿を現さない。ディスプレイを監視して空間欠陥にそなえ、光子魚雷を撃つ準備をしていた猫男が暇をもてあましていた。


「ふにゃおーん。我が光の雷も退屈の前には無力となりて、日照りのときに摘み取られた野菊のごとく萎れん。ああ、愛しき空間欠陥よ、その魅惑の姿を現し、我が虎の爪に活躍の機会をあたえたまえ」


 モンゴメリ猫男は、飽きやすいのが欠点だ。女の子とつきあっても、ひととおりデートをすると、なぜか捨ててしまう。あちこちのステーションで女性たちから恨みを買っているが、本人は人肌のぬくもりがあれば平気だ。

 一日に三回の転移はきつい。緊張の連続になる。みんな疲れていた。でも、みんなで食堂に集まったときは、順調な進行に充実感があった。

 ドライブ主任は軽く夕食を済ませると自分の船室に引きこもった。

 猫男はタラのフライを食べながら、私のそばにすわって擦り寄ってくる。ぬくもりが恋しそうだ。

「にゃん! パパベル君。どうかね。次の転移では、吾輩の代わりに保安主任代理として光子魚雷を撃ってみるかね? 経験は大事だよ。そのために今晩……」

「いやです。夜は一人でゆっくりします」

 ホイヤン船長が笑っていた。

「モンゴメリ毛なし猫、私のところへ来い。にゃんと鳴かずに、わんわん、と鳴ければ一晩中でもナデナデしてやるぞ」

 奴はすまして答えた。

「おことわりします。船長殿のボール拾いは疲れるからいやです。だいたい、吾輩はタラが嫌いな人とはおつきあいできません」

 食堂はなごやかな雰囲気だった。


 私が船室にもどってシャワーを浴びてからゆっくりしていると、ドライブ主任が来た。

「シャーレイ様、パパベル様。ビデオが壊れました。お助けください」

 インターホンごしに泣き声になっていた。ドアをあけると、ベリーダンス用の短い上着に金色ラメのブラをつけている。下はハーレムパンツだ。一瞬、ドキッとしてしまった自分が情けない。

「ああ、その……かっこうは」

「どうかしました?」

 胸元の白い肌と対照的に、あどけないような黒い瞳が悲しみ色に沈んでいた。

 とりあえず、いっしょに主任の部屋まで行ってみた。相変わらず電磁靴を履いていない。無重力の通路を漂っていく。

 ロックを解いて入っていった主任の部屋は華やかだった。壁には、いろいろなお姫様衣装がかかっている。ビデオセットの脇にはきらきら下着の山があった。

 私は、もしかしたら誘われているんじゃ、という恐怖に襲われたが、主任には、まったくその雰囲気はなかった……と思う。

「メイジ様にお願いしたら、シャーレイ様に聞けと言われましたので」

 買い込んでいたデータを差し込んで再生させてみても、確かに映らない。でも、原因はすぐ分かった。

「あーー、これ。規格がちがいますよ」

「えっ! なにそれ」

 魔法使い様は機械に疎い。二十四型の古いセットを使っていた。買ってきたビデオは三十六型の五感強化型だった。

 そのことを説明してあげると、魔法使いは珍しく声を強めた。黒い瞳がきらりと光った。

「ベテルギウスにもどったら、あのお店に、みんなで殴りこみにいってください。説明なしに不良品を売りつけるなんて最低です」

「あ、いえ、その、リゲルでも新式の変換機が売っているはずですから、すぐ見られます。……ぼ、暴力は良くないですよ」

「そうね。じゃあ、私は昔の古い奴をみるから、あなた出て行って」

 部屋から追い出された。

 ドライブ主任としての腕がなかったら、この人を殴っていたかもしれない。

 

 翌日。

 みんな九時にはブリッジに集まった。私は、……その、少し遅れ気味だったけれど、……けっして遅刻したわけではない。ちょっとみんなよりもあとからブリッジに入っただけだ。

 四回目、六十四光年の空間転移航法で、誤差一万キロメートルをたたき出した。

 リゲル星域の入り口もリゲルステーションまで三十分だ。

 ドライブ主任の繊細で優秀な指を見せつけられた。

 メイジ操縦士は、うれしい悲鳴を上げた。

「すごいっ! いーね、いーね。近すぎて減速が間に合わないってばよ!」

「にゃん!」

 星型のドーナッツを口に入れて、両手で液体ロケットエンジンを全開させて減速に移った。猫男も喜んでいる。

 ティプレイ主任は横顔の中で不安げに瞳を動かすと、本物の悲鳴を上げた。

「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい。わたくしのせいですぅ」

 シートベルトをはずして、浮かびあがると自分の部屋に逃げてしまった。


 残されたみんなで顔を見合わせた。……こういうときは、誰に責任をなすりつければ良いのか考えているようだった。

 気まずい予感がした。

 ホイヤン船長が取り繕うように

「やったぜ。この速さは記録物じゃないか。シャーレイ君、調べてくれ」

 あまり乗り気ではなさそうに言った。

 私はコンソールを操作した。

 記録のうえでは、二百四十六光年を三十三時間でこなした。ひさしぶりにボイシアナ号は高速郵便船と呼ぶにふさわしい働きをしてくれた。

 過去のデータでは、十五年まえに十七時間でとんだ船がいた。

 艦隊勤務についていたブリン船長が指揮した『青い長元坊』だった。

 ホイヤン船長に報告してやると、黙りこんで不機嫌になった。


 現実の二十三次元に帰ったボイシアナ号にラジオビーコンがよけいなことをしゃべりかけてきた。

「こちらは清らかなリゲルステーション。秩序と安寧の宇宙、リゲル星域にようこそ、不法物資は持っていませんね。薬物、性的刺激物は持っているなら、あらかじめ申告すること。規則に違反すると鉄槌が下されちゃうぞ。規則と道徳を自由と博愛を大事にね。電波が届いていたら応答せよ」

 ボイシアナ号から艦隊チャーター船の識別信号を送ってやると、恐れ入ったビーコンは黙った。でも、割り当てられたのは、十三番デッキ。そこに誘導された。

 『あったか極楽鳥』は十四時間遅れてやってきた。


「なかなかやるな」

 復元データの破棄について連絡をとったディスプレイの中でブリン船長がほめてくれた。でも、少し皮肉が混じっているような気もした。

 私はこれからのことを考えて、媚を売ることにした。さわやかな青年をアピールしておかないと。

 ボイシアナ号みたいな弱小宇宙船じゃ、いつまで仕事があるかわからないし、グレート・キャプテンと知り合いとなれば、試験や転職のとき、あとあと有利に思えた。

「ありがとうございます。極楽鳥さんも、がんばったじゃないですか」

「……まあな。君は……新顔か?」

「はい。シャーレイ・パパベル郵便主任です」

「若いな。士官候補生か?」

「いえ、あの、一般公募でして」

 ブリン船長は、ふーん、という顔をした。

 それから、『あったか極楽鳥』に遊びに来ないかと、誘ってくれた。貨物と郵袋の荷揚げも終わっていたし、私はよろこんで受けた。


 行ってみると、太った――というか、ふくよかな――副長も出てきて大歓迎だった。船内を全部見せてくれた。一世代まえの輸送艦を改造したタイプだけれど、すみずみまで掃除が行き届いていた。とくに十二センチクラスの六十四スキャナーは、透明ドームの中で光り輝いていた。十四人の乗組員で三交代制になっていた。二度目の空間転移のとき、船の位置確定に手間取って遅れたようだ。

 『あったか極楽鳥』はベテルギウス中継ステーションで半年かけて改造されて、128の旅客用船室もある。せまいけれど、小奇麗に整えられていた。

 ちょうどひとめぐりしたところで、ティータイムになった。私もいっしょにご馳走になった。

 船員ラウンジのテーブルを囲んで、出てきたのはアップルパイとバニラアイスクリームだった。白いお皿の上にのっている。もちろん合成食品だけれど、ボイシアナ号のぱさぱさしたそれに比べると、段違いのおいしさだった。

 なごやかな雰囲気になった。

 古強者のブリン・キャプテンも、ホイヤン船長のスキャンの腕をほめていた。

 そのまえの遅れのことを聞いたら、地球―ベテルギウス中継点の空間転移航法で、空間欠陥が多かったため、一週間じっと待っていたそうだ。速さよりも安全を重視した、とも言っていた。

 ボイシアナ号のみんなとちがって、とても落ちついた会話だった。

 でも、

「おい、副長!」

 おしゃべりのあいまに一口食べたブリン船長が鋭く、ささやいた。

「これ、今日のアイスクリームは……合成のバニリンを使ったな。アイスクリームには天然ものを使えと何度も言ったはずだろ。エッセンスオイルなら値段だって大したことはないし、こんなところで節約の精神をつかってもだな、だいいちフレーバーの良し悪しについて諸君は、ど素人すぎ……」

 いままでの優しいおじいさんから、駄々っ子みたいなしゃべりかたになっていた。

「せんちょう」

 栗色の髪をした、ふくよかなおばさん――というか、中年の女性――副長がゆっくりとたしなめた。

「お客様のまえですよ。アイスクリームの持論なら、私があとでじっくりとお聞きしますから」

 グレート・キャプテンを黙らせてしまった。

 すげー。

 ブリン船長は、まだ何か言いたそうに、唇をひきつらせていたけれど、あきらめて何度か細かくうなづいた。

「そ、そうだな」

 それから、話題はホイヤン船長のことに移った。

 むかし、ダビー航路部長が指揮していたデータ収集艦で、彼女は惑星探査への転属願いを出して拒否されたそうだ。ふてくされて憂鬱になりそうなホイヤン船長を心配して、艦隊司令だったブリン船長が郵便船をすすめた。幸い艦隊郵便局からの融資も受けられて、ボイシアナ号は独立した。

 そんな話だった。

 なんとなく、ベテルギウス中継点で通信したときの航路部長とホイヤン船長の関係が分かった。

 副長が優しく、私に聞いてくれた。

「あなたは、だいじょうぶ? 空を見て憂鬱になったりしない?」

「ええ、まあ、薬なしで元気です」

「そう。じゃあ、才能がありそうね。よいことだわ」


 食堂で御馳走になってから船を離れようとすると、搭乗口での別れ際にキャプテンが内ポケットから取り出した手紙を渡された。二つ折りにされていたけれど、赤い枠取りの公用郵便の体裁になっている。

「パパベル君。ホイヤン船長殿に届けてくれ」

 禿頭を光らせているブリン船長が、さりげなく言った。

 でも、怪しい。連絡が必要なら、高強度量子暗号無線でも何でも使えるはずだ。内容はおそらく、極秘事項だろう。発信の痕も残したくない場合に手紙が使われる。私を招待してくれたのも、これが目的のようだった。

 私はがっかりした

 見送りについてきた副長が

「ボイシアナさんでは旅客の輸送はしないの?」

 とたずねてきた。

「えっ? 聞いていませんけど。いちおう船室はあるみたいです」

 私の答えに肩をすくめたブリン船長がつづけた。

「これからは、客船の需要が増えるぞ。物好きな金持ちとか、新婚旅行とか。時代に乗り遅れないようにな」

 ブリン船長と握手した。意外に柔らかい手だった。副長とも。

 手をふってボイシアナ号にもどった。

 

 そして、船内時間の夜。

 配送所から帰ってきたホイヤン船長に手紙を渡した。

 船長公室の椅子にすわって私の説明を聞いてから、封を切った。

 私を見下したような口調で言う。 

「アイスクリームでお使いか。安いお駄賃だな」

 でも、読み始めると途中からまじめな表情になった。読み終わると、ブリン船長の手紙を渡された。

 めずらしくまじめな表情で促している。

「私が読んでも良いのですか?」

 念を押してから、文面に目を走らせていくと、リゲル三十三での戦争の噂が書いてあった。

「これ、まずいんじゃ?」

「そう、危険だな」

 ついでに船長鞄から取り出した、積荷リストも見せられた。こまごまとした数字を見ていくと、公用郵便コンテナ二十八、私信郵袋コンテナ三百十二、鋼材どっさり……

 私信が増えていた。なぜ?


 リゲル星域は、もともと厄介な場所だ。ペルセウス腕の開発の噂が立ったとき、それを当て込んで開発された。いまはオリオン腕に沿って、千六百光年先を探索船が活躍している。大通りからそれたわき道、しかも行き止まりの道がリゲル星域だ。

 ベテルギウス中継点が、ベテルギウスの超新星爆発の監視ステーションからいつの間にか発達していったのとくらべると、開発を当て込んだリゲルが寂れていったのは皮肉な話だった。 

 ホイヤン船長は私を見つめて言った。

「でも、危険を覚悟しても行かないとな。ボイシアナ号は郵便船だ。手紙を待っている人がいる。我々は中立を保つ。どんな場合でも」

 

 でも、私が『あったか極楽鳥』の船室と旅客輸送のことを話したら、現実にもどったようだ。

「なるほど、あいつら、そっちで儲けるつもりか。手紙とか通信販売とか、ちまちま運んでるよりも効率は良いよな……」

 腕組みして考えはじめた。 


 翌日は、さらに八光年を『あったか極楽鳥』といっしょに飛んでリゲル三十一静止軌道ステーションにたどりついて、指揮権の引渡し――小さな金色の鍵――を譲られた。

 

 積荷を下ろした『あったか極楽鳥』は、いつもの電文――――くそったれどもの……を送って帰っていった。指揮権を譲渡された『愛しきボイシアナ』は、ここから先は、ホイヤン船長の判断にすべてがかかってくる。


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