表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

ベテルギウス中継点

   ベテルギウス中継点



 宇宙は広すぎる。気が狂いそうになるほど。……というか……気が狂う……はっきり言えば……抑鬱症状と、孤独と空虚感からくるひきこもり。

 人は宇宙の暗闇の空虚さに耐えられない。

 多くの星がそれに輪をかける。

 背景は真っ黒。まさに漆黒だ。そのなかで星たちは瞬きもしないで、手の届かないところで光っている。深宇宙から見る星は、人間の感情も拒む冷たい光なのだ。これが一番、精神に悪い。環境倫理学の定説になっている。

 たいていの恒星間宇宙船は、秒速8.5キロメートルで進んでいく。時速三〇六〇〇キロメートル。この速度だと、一光年進むのに三万五千二百九十一年かかる。

 通常の航法では、乗組員は――乗客がいればその人たちも――星々のあいだで止まっている感覚に襲われる。深宇宙の暗闇で、船は動いているのだが、その広さからは永遠に目的地に着かないように思われる。

 ため息がでるような停滞感は、乗員と乗客に次々と伝染していき、船の雰囲気は陽気とはかけ離れたものになる。八割の乗組員は精神安定剤を服用して、職務をこなしていく。

 もし、転移航法に失敗すれば、0.5光年さきに目的地は見えているのにたどり着けない。

 地表にいるとき、人格は地球の大きさをもっているけれど、飛びつづけるあいだに宇宙船の大きさになり、やがては個人用船室の大きさになる。つまり、部屋に閉じこもってしまう。


 統合宇宙艦隊の士官任期は三年だけれど、再契約に応じる者は六割を切る、と噂されている。地球の濃い空気と暖かい陽の光にホームシックを覚えてしまうから。一度地表に降りると、二度と深宇宙の空虚さに挑もうとしない。

 でも、変わり者はどこにでもいる。艦隊公報がときどき発表する統計を信用すれば、百人あたりにつき、四人が宇宙に憑かれて時代を支える裏方たちになっていく。

 多少頭がおかしくて、性格が歪んでいても、飛び続けることができるのはステーションの整備員たちのあいだでは「才能」とされていた。

 たとえば……ホイヤン船長とか、猫男とか、ティプレイ魔法使いとか、メイジ操縦士とか…… 


 液体水素/酸素ロケットの長い減速がはじまった。そのすきに、船長と猫男は顔を洗って、すっきりとしてきた。

「君のおかげで、顔が荒れちゃったよ。……この恨みは忘れないからな」

 ふつうにもどった魔女から文句を言われた。

 そのあと、ベテルギウス中継点の管制官の指示で、ボイシアナ号は第三ステーション、四番デッキに誘導された。メイジ操縦士はスラスターを噴射させ、少しずつドッキングポートへボイシアナ号を導いていく。

 飴玉の代わりに、口の中で精神安定剤を舐めているようだった。

 接続は、やり直しなしの一発で決まった。

 ドッキングしたあとは、ステーションの回転を借りて、船内にも重力が戻ってきた。

 荷揚げをはじめると、すぐに郵便査察官がボイシアナ号にやってきた。

 六日間の遅れは致命的に、査察官の目に留まったようだ。私はホイヤン船長の公務室で、船長とならんで査察官と会った。


 コードウェイネル郵便査察官は、とても紳士的だった。灰色のスーツを着こなして、薄い髪にはていねいに櫛目が通っていた。血色の良い顔をしていて、とても上品なしぐさで名刺を渡してくれた。

「六日間の遅延ですね……」 

 来客用の椅子で黒縁の老眼鏡をかけて航海日誌を読みながら、しずかに話す。

 郵便が予定通り着いていて、ホイヤン船長が同席していなければ、きっとこの人と仲良くなれたと思う。しゃべり方もふつうだし、宇宙に憑かれていないようだった。

「正確には五日と二十三時間です」

 雑用係であっても郵便主任の私は答えた。手紙に関しては、私に責任がある。

「たった六日ですよ」

 となりでホイヤン船長が、悪びれた風もなく言い放った。

「混乱した航路で、六日以上も遅れないですんだのは、卓越した性能のボイシアナ号と優秀な全乗組員の努力によるものです。そこのところを査察官殿も充分考慮にいれていただきたい」

 郵便査察官は黙ったまま、航海日誌のページを繰っていく。一ヶ所、目を留めたようだ。

「航路の攪乱は、貴船の出発のあとでは?」

「えっ? ……いや、ええと? ぜ、前兆現象がありました。その後の様子はどうです?」

 うそがばれそうになって、あわてた船長は話題を変えた。

「いま艦隊が航路開削艦の手配をしています。……ここのティプレイ・ドライブ主任に重大な異常が発生した、というのは?」

 査察官は航海日誌を指差した。

「個人的な問題ですので、意見は控えます」

「ホイヤン船長殿」 

 コードウェイネル郵便査察官は、航海日誌を閉じてテーブルに置いた。ステーションの回転のおかげで、日誌は机の上で止まった。

「ボイシアナ号は、この一年間でたびたび遅配を犯しています。もう一度やると免許を取り消さなければならない」

「ご心配なく。次は予定通りにいけます」

 ホイヤン船長は、嘘と屁理屈を言うのに最適な唇で答えた。郵便査察官は、机のすみに目を落としていた。

「口ではなく、実績で示してください。多くの人が待っているのです。郵便の遅れは許されません」

「遅れるのも、手紙の楽しみのひとつだと愚考いたします」

 目をもどした査察官は眉をひそめてから、ゆっくりとつづけた。


「ボイシアナ号で、リゲル星域に行ってもらえませんか? そうしてもらえるなら、今回の遅延には目をつぶります」


 私はホイヤン船長と顔を見合わせた。これは取引だ。あるいは、郵便免許取り消しを人質にした脅しだ。

 船長もあとへ引かなかった。

「あそこは、ど田舎じゃないですか。燃料代も出ない」

 顔を上げた査察官が、うなづいて、はっきりと言った。

「ですから、艦隊郵便局のチャーター船として、行っていただきたい。受けてもらえるのなら、今回の遅れも、航路の攪乱による不可抗力と言うことで、私のほうから上に報告書を出します」

 査察官は微笑んだ。

 船長は体を前に乗り出していた。

 やる気になっている。でも、リゲル星域は、航路ビーコンの数も少なくて、空間欠陥が荒れ狂う難所としても知られている。

 それなのに、ホイオン船長は獲物をまえにした肉食獣みたいに大きな目を輝かせていた。 

「輸送料金の決済方法は?」

 めがねをはずした査察官は、ハンカチでレンズのほこりをぬぐいながら聞いてきた。

「何をお望みはありますか?」

「前払いの即時決済。十パーセントの割り増し料金」

「……わかりました。手配します」

 意外なことに、査察官はあっさりと了承して、ホイヤン船長と握手を交わした。そばで聞いていた私の中で疑問がわきあがった。コードウェイネル郵便査察官が船を降りるのを見送ったあと、私は船長にたずねた。

「話がうま過ぎません?」

 そうしたら、ひじでつつかれた。

「シャーレイ君。人助けだよ、人助け。辺境にも手紙を届ける――これこそ、手紙を運ぶ郵便船に乗り組んだ我々の使命だよ。……それに、貸しは作れるときに作っておかないとな」

 小柄なホイヤン船長は、頭の上で指を組んで背伸びしてから、軽口をたたいた。 

「でも、やっぱりさ、割り増し率は二十にしても良かったな? いっそのこと二十五くらい吹っかけてから十七か十八でまとめておけば……君もそう考えただろ?」

 口を開かなければ、ほんとうに良い人だと思う。


 メイジ筋肉質とモンゴメリ猫男は、荷揚げ業務が一段落つくと、船を降りて遊びに出かけていった。ティプレイ乙女は古いふんわりスカートと舞踏会用の仮面をつけて着飾って出かけていった。おそらく、ビデオショップめぐりだろう。

 ベテルギウス中継点第三ステーションの施設は大部分が民間用に開放されている。艦隊が管理する第一よりもけばけばしく飾られていた。いろいろな娯楽設備もある。深宇宙を飛び交う人たちの憩いの場であり、情報交換のホットスポットで、無重力で弛んだ骨を引き締める重力場でもある。

 ホイヤン魔女も、オレンジジュースとアルファルファサラダと卵コーンスープを求めて、ついでに艦隊司令部と連絡するために降りていった。

 私は明日に備えて早く寝た。断じて、船長に飼い慣らされたわけではない。

 責任があるからだ。

 荷役作業の大部分は雑用係りの仕事になる。明日から配送所とか、手紙のデータ復元キー受け渡しとか、いろいろ飛びまわらなければならない。

  

 一日後。

 ホイヤン船長が、第一ステーションから帰ってきたときには、ボイシアナ号は問題まみれになっていた。

 メイジ機関士は整備ヤードに入り浸って、かってに装備を注文していた。

 ボイシアナ号の魚雷ランチャーの周りで、整備ヤードの作業用ポッドが飛びまわっていた。

「船長。いいですよ、このアダプター。俺は一目見たときにピピッときましてね」

 メイジ操縦士がココナツをまぶしたホワイトチョコドーナッツをかじりながら力をいれて得意げに言った。

「光子魚雷二十四本……」

 さすがのホイヤン船長も口ごもっていた。

 こういう装備ならマニュアルなしで説明できるメイジ操縦士によれば、ランチャーにアダプターを取り付けることで、二倍の魚雷を搭載できるようになるとのことだった。

 たしかに、心強い武器だけど……私も横から口をだした。

「メイジ機関士、あの、新式のフードジェネレーターを買ったほうが良かったんじゃないかと思いますけど……それとアイスクリーム製造器も」

 もともとボイシアナ号は魚雷を多くつんでいる。光子魚雷二十四本となれば、ちょっとした航路開削艦に匹敵する。単艦で航路に散らばる空間欠陥をつぶして、航路帯を切り開く作業艦だ。

 でも  

「バカを言うな。食い物がなくても飛べるけど魚雷がなくちゃ、転移空間で困るだろ?」

 と反論されてしまった。なにより、もう発注ずみでキャンセルもできない。

 改造工事は半日で終わった。作業員のリーダーがブリッジに来て、制御ソフトを書き換えた。帰りがけに請求書を持ってきたので、私が受けとって船長に見せたら顔を引きつらせていた。


 そのいっぽうで、ティプレイ魔法使いは、お金も持たないでビデオ店に行ってデータを大量に買い込んでいた。棚一つ分をそっくり買って支払いができないので揉めていた。

「ボイシアナ号のティプレイです。お金が無いくらいで文句があるなら、ホイヤン船長に言いなさい」 

 店員に食って掛かっていたという。私が出かけていって、代金を立て替えて開放された。


 そして、モンゴメリ猫男は女に刺されて、警察から事情聴取中だった。こちらは船長が引き取りにいった。連絡が入って心配していたのに、船へ帰ってきたところで猫男の顔を見るとぴんぴんしていた。 

 私は声をかけた。

「猫男、だいじょうぶ?」

「うん。後ろからナイフで刺しに来たのだが、背中にチクリときたとき、すぐ体をひねってよけた。あの子も吾輩の敏捷さについてこれなかったようだね。うん。かすり傷だよ。へーき。うるさいんで捨てた女の子に恨みを持たれたようだね。うん。気にするほどのことじゃないよ」

 良く見ると作業服の左横腹が切れていた。ステーションの係官は「もめごと」ということで処理してくれた。

 ホイヤン船長の厳しい声がつづいた。

「モンゴメリ・アシュトン君。船内規則により船長に与えられた権限を行使する。二日間の外出禁止だ」

「にゃん」 

 ついでに、ホイヤン船長を激怒させる事態が起きた。


 行方不明になっていた郵便船『あったか極楽鳥』が大幅に遅れてベテルギウス中継点に着いた。

 みんな喜びの声をあげて迎えたのだが、艦隊チャーター船の仕事をとられてしまった。

 仕事を横取りした『あったか極楽鳥』のブリン船長から連絡があった。

 ホイヤン船長とも知り合いだ。

「ブリン殿、生きてたか……」

「よけいなお世話だ」

 歯切れの良いブリン船長の返事がスピーカーから聞こえた。スクリーンに映った彼は、つるつる禿頭で、顔には深い皺が刻まれていた。銀河系オリオン腕からペルセウス腕への探検にも参加して、十六のときから飛びつづけている数少ない古強者の一人、グレート・キャプテンだ。 

「コードウェイネル郵便査察官と艦隊事務所から連絡があった。艦隊郵便局のチャーター船は、こちらで受けた。君のボイシアナ号は後ろから飛んで来い。リゲル三十一で指揮権の受け渡しになる」

 そして、小ばかにしたように笑ってつづけた。

「遅れるなよ」

 ぷつり。

 ホイヤン船長の返事をまたずに、通信が切られた。それがホイヤン船長の怒りを煽ったようだ。 

「あいつら……これだからな、男って信用できないんだっ!」

「ぶにゃん!」

 聞いていた猫男もうなづいた。

「でも、女性はもっと信用できないんじゃ?」

 私の意見はみんなに無視された。

 メイジ操縦士の悪魔のささやきが聞こえた。

「やっちまいましょう。個体ロケットブースターを装備すれば、通常航法で秒速12キロ出せます。やつらの鼻を明かして……いっそのこと、イオンエンジンとゼノン発生器で……」

 使い捨ての個体ロケットブースターは、軌道上ではとても高価だ。でも、威力は抜群だ。転移航法は50光年を一瞬で移動するが、ステーションへのアプローチの加減速には時間がかかる。それを縮められれば……

 さすがに船長はひるんだ。

「個体ロケットは、少しやりすぎだ。明日から査察官に交渉してみる。シャーレイ君、荷役の方を頼んだ」

 浮かない顔で出て行ったが、半日後にもどってきたときは平常だった。

「いちおう、『あったか極楽鳥』と『愛しきボイシアナ』二隻ともチャーター船になって、貯まっていた資材と郵便を運ぶ。『あったか極楽鳥』の指揮権はリゲル三十一まで、あとは我々が引き継ぐ」

「まあ、上のほうから見ればしょうがないですよ」

 私は船長を慰めてやった。


 確実に手紙を届けるには、艦隊郵便局が確かなのだが、役所仕事で規則と書式にうるさくて、雑貨は引き受けてもらえない。早く届けたい人や荷物を送りたい人は、運賃が高くても民間郵便に頼る。

 電波は遅すぎて使えない。

 手紙が宇宙をかけめぐる。

 

 ――――二百光年離れた母は、息子に無事をたずねる手紙を書き、息子は百光年先の恋人に愛の封書を送る。恋人は手紙の末尾にルージュを塗った唇の署名。受けとった息子は母に婚約を知らせる。手紙は郵便船にのって宇宙をかけめぐる。運んでいるのは俺たちボロ船とも知らずに――――

 

 郵便船の倉庫に書かれた落書きどおりに……


 空間転移航法が開発され、人も物資も運ばれているのに、電波通信は光の速度より速くならない。郵袋を積んだ高速郵便船は、ふつうは一日で百光年を駆け抜ける。

 ときどきボイシアナ号みたいに躓いたり、空間欠陥に消えてしまう船もあるけれど。

 

 みんな新しい事業に進出してきた。

 最大手は地球資本のセレッシャル・エンベロープ社で、ここは旅客輸送もやっていた。

 二番目がブリン船長の『あったか極楽鳥』を持つ、足長信書配達社で、有能な船長の個人名を使って確実さをアピールしている。

 三番目はボイシアナ号がいる『お手紙がんばれ組合』で、ホイヤン船長のような弱小独立系が集まっていた。ネットワークの広さが特徴で、高速、低料金ときめ細かいサービスをうたっていた。おかげで利益は少ない。運賃のつごうで、組合は通信販売に主力を移しはじめていた。

 艦隊郵便局は、むかしの重量制限――軌道上に持ち上げるのが一番コストがかかる――から、極軽量紙に書いた手紙しか認めていない。郵便船なら、キューブデータでも紙でも、鉄板の切れ端に書かれた言葉でも、料金さえ払ってくれれば、どこへでも届ける。

 でも、僻地は赤字になる。艦隊チャーター船になれば、たとえ葉書一通でも、定額制の請負になって補助金がもらえる。

 なかなかおいしい仕事なのだ。


 会社の規模と船、そして船長の経歴をみれば、ボイシアナが後回しにされて私たちのプライドは傷つくけれど、まわりから文句はでない。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ