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お疲れの配達人

   お疲れの配達人 


 

 帰ってきた。帰ってきた。

 地球へ。青い海と白い雲の惑星。


 地表に降りれば、だいぶ汚れてしまったのがわかるけれども、上から見てる分にはきれいだ。ここには、安心がある。


「ほんと、艦隊ってケチだよな」


 ブリッジの船長席でホイヤン船長は、虹色に輝く二枚のチケットを手にして、文句を言っていた。

 地表におりるシャトル便の切符。故郷へ帰れる。重力の中で歩いて、風に吹かれて森を歩く。休暇にはぴったりだ。でも、二枚しかない。

 一枚の価値は、エリートサラリーマンの年収に匹敵する。艦隊も予算の縮減を受けつづいているから苦しいらしい。

「二枚しかない。さて、どうする?」

 灰色の瞳で集まったみんなを見た。


 そのうちの一枚は、当然、怪我をしたメイジ操縦士のものだ。船長は黙ったまま、一枚を渡した。

「なんか、かすり傷なのに悪いね」

 筋肉質の操縦士は、そう言いながら笑って切符を受けとった。

 静止ステーションにドッキングしたボイシアナ号のブリッジで残り一枚のチケットを賭けた争奪戦がはじまった。

 ゲームを準備して、画面のサイコロをふって順番を決める。

 開始前の緊張のなか、船長がみんなを見わたした。

「待ったなしで、なんでもあり。結果は恨みっこなし。得点の高い奴が残りの切符をもっていく。公平だろ」

「にゃん」


 となりで猫男がほくそえんだ。奴の反射神経は人間ばなれしている。勝ったつもりでいるようだ。

 ゲームは、ディスプレイの上から架空の宇宙艦隊が降りてきて、フェーザー砲を撃ってくる。下からプレイヤーの宇宙船がビームを撃って迎撃するものだ。人類がこのゲームに費やした合計時間を考えると憂鬱になりそうなほど、古くから有名なゲームだ。

 一番手の猫男が自慢した。


「保安主任たる吾輩の腕を諸君にみせてあげよう」

 ゲームスタート。

 すぐ船長が私を肘でつついた。私はさりげなく、

「猫男。今晩、僕の部屋で猫じゃらし、どう?」

「にゃん!」

 どごーん。

 ふりむいた猫男の宇宙船は破壊された。得点30。


 次は私がプレイヤーの席に着いた。すぐ、敵艦隊が現れた。

「王子様、がんばって」

 ティプレイ主任の声が聞こえた。へーき。このくらいで動揺するくらいなら、ボイシアナ号の乗組員は務まらない。

 敵艦隊を撃破していく。

「チームワークって大切だよな」

 船長の声で、一瞬、インタビューのことを思い出して、手がすべった。危ない。

「シャーレイ君、寝言で、船長大好きって言ってたよ。にゃーん」

 猫男にとどめをさされた。

 どごーん。得点240


 ティプレイ主任の番がきた。腕まくりした魔法使いは妙にうまい。敵艦隊が次々に消えていった。

 ホイヤン船長がささやいた。

「ティプレイのベッドの下には秘密のビデオ」

 どごーん。得点210


 船長の番がきた。

 このままいけば私がトップで切符を手にできる。

 私は猫男をつぶして、猫男に返された。ティプレイ主任は船長にじゃまされた。交渉相手はこの人だ。

 私はティプレイ魔法使いに目配せして、ささやいた。

「地表に降りたら、最新のビデオをお土産で買ってきます」

 ホイヤン船長は、手首をぶらぶらさせてから席に着いた。

「私に弱点はない。よけいなことをしゃべっても無駄だ」

 敵艦隊が現れた。

「青いリンゴは初恋の味」

 私が言っても無視された。得点は110。まだ上がっていく。

「ダビー航路部長」

 猫男がつぶやいた。一瞬、船長の動きが止まったけれど、かろうじて敵の攻撃をかわした。

 そして、ティプレイ主任の一言。

「ホイヤンの忘れな草の詩集」

「それは反則だっ!」

 船長は顔を上げた。どごーん。

 得点250。

 ふりむいた船長は、ドライブ主任にいった。

「頼む。絶対に話すなよ」

 残りの一枚は、ホイヤン船長が手にした。ティプレイ主任に、ちょっとはにかんだような笑いをむけてから、チケットを大事そうに平らな胸のポケットに収めた。


 翌日。

 メイジ操縦士は灰色のスーツを着て、ホイヤン船長はコートに毛皮の帽子をかぶって、地球に下りていった。二人ともおめかししていた。遠くからみれば、新婚夫婦のようにも見える。

 搭乗口で見送った私は、一晩かけて書き上げておいた両親あての手紙を船長に渡した。何も言わないで受けとってくれた。

 中身はごくふつうの手紙だ。私たちが袋に入れて運んでいる多くの手紙と大して変わっていないと思う。でも、それが家族や友達の絆を高める戦略物資になる不思議な紙とインク。




――――父上、母上、お元気でしょうか? 

 僕は元気です。仕事にもなれて、今回は二百光年を飛んできました。いま、地球静止軌道上にいます。地面に降りるにはお金がかかるので行けません。でも、近くにいます。気が向いたら、夜空を見てください。

 もう、仕事にもなれて、郵便主任をやっています。いろいろ手続きが大変ですが、まわりがみんな良い人たちばかりで、来年には資格も取れそうです。

 宇宙船のことで、いろいろ変な噂が飛んでいるかも知れませんが、僕にはこの仕事が合っているみたいです。

 だから、心配しないで。

 でも、女の子みたいな名前だなって、良く言われます。我が家の伝統なんだけど、そのへんのことはわかってもらえないみたいです。

 じょうぶで賢い子に育つようにと、僕の名前をつけてくれたことを感謝しています。


 貴方たちの大事な息子より、愛をこめて……


 追伸、妹よ、父上と母上の言いつけに良く従い、遅刻をしてはいけないぞ――――――




 

 船長と操縦士はシャトル便で地表に降りていった。

 残った私たち三人は、宇宙服を着て真空の中に飛び出すと、ボイシアナ号の黄色い違い輪の船体標識をドーナッツを食べる怖い青リンゴに書き換えてやった。


 地表から帰ってきた二人を驚かせるために。

 

 

 

                               おわり

                               




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