賞罰アリ
賞罰アリ
アプリコットは拘束衣につめこんで、催眠剤で眠らせた。
そして、船内時間、午後五時。すべてをかたづけて、全員がブリッジに集まった。船長の招集だった。
「これから、二十三次元への復元をおこなう。みんなも知っている通り、偏移パラメーター航法は誤差が多い。ビーコンが広く散っているベテルギウス中継点に向かう。私のスキャンが間違っていれば銀河系から飛び出すかも知れない。船は漂流し、元へはもどれない。……覚悟してくれ……何か質問は?」
みんな首を横にふった。
核融合炉の出力を上げた。B、Cともにフル出力だ。積層蓄電器に電力を蓄える。
私のまえのディスプレイに赤い文字が浮かんだ。私が報告して、機関士が嘆いた。
「区画Dに異常、充填率六十二パーセント」
「またかよ。船長、オーバーホールが必要です」
「……考えておく……」
筋肉質から命令がきた。
「とりあえず、迂回しろ。たどり着くまでもってくれよ」
私は区画Dを切り離した。残りの蓄電器を使っていく。積層蓄電器は過放電にも過充電にも弱い。
「充填率八十一パーセント復元可能です。負荷率九十八」
「いくわよ」
ティプレイ、ドライブ主任が四つの円を固定させた。操縦士は船の進行軸を決めた。
りゅいん!
空間が復元された。
正面のディスプレイに見慣れない星空が映った。
失敗……
ビーコンは沈黙している。
ここはどこ?
迷子になった恐怖が押し寄せてきたが、船長の手の動きにあわせて赤色巨星が画面に映し出された。そして、ビーコンがささやいた。
一つだけ。
「……やあ、君は宇宙で寂しくないか? 漆黒の空間ははてしなく広がり、星は彼方に輝く、偉大なる開拓者たちよ、君たちを勇気づけて上げよう、こちらはベテルギウス中継点、ゼブラゼブラポイント。最外郭のビーコン列だ。何か困っていることはないかね? 力を貸してあげよう。もちろん有料サービスで料金はいただくがね。ぜひ、使ってくれ……」
だいぶ、ずれたけれどビーコンの声が聞こえる。
「誤差六百二十五万キロ。やったぜ……もどったっ!」
「私のせいじゃない!」
ホイヤン船長とドライブ主任の声がした。
「シャーレイ君。救難信号を」
意外なことに、船長から命令があった。私は機関士のとなりから意見をした。
「それ、船長の役目でしょ?」
「君がやってみろ」
いたずらっぽく笑っていた。ほんとに、見てるだけならば、どこまでも付いていきたくなる船長だ。
私は船長席にすわった。みんなをうしろから見るのは気持ちいい。
肘掛のカバーを開けて、中から現れた黄色いボタンを押した。宇宙に出るものはみんな知っている言葉がボイシアナ号から発信された。
――ビームしておくれ。故郷へ――
約二十秒後。
返信があった。
「こちらは『あったか極楽鳥』、ブリン船長。ボイシアナ。待っていろ。すぐ行く。状況を知らせろ」
ディスプレイにブリン船長の禿頭が映った。
――思わず、キャプテン・パパベルと名乗りそうになったけれど、それではうそつきになる。ホイヤン船長に席をゆずった。つづけてもう一つの通信が入った。
「こちら、艦隊航路部。救難信号を受けた。ボイシアナ号、応答しろ。他の船は特別周波数帯を開けて聞き取れ」
ホイヤン船長は、高強度量子暗号無線に切り替えた。
「艦隊航路部。良く聞け。秘密無線を希望する」
通信には片道約六秒かかる。ホイヤン船長の要領の良い説明で、艦隊は秘密のうち救助艦『檸檬色アルバトロス』を回してくれた。四時間後、転移空間を通ってきて、固体ロケットブースターをふかした救難艦とランデブーのあとドッキングした。
怪我をしていてもメイジ操縦士の腕は確かだった。
マシンガンを胸にかかえた艦隊保安部の隊員が乗り込んできて、左肩に厚く包帯を巻いたアプリコットお姉さんを担架に縛り付けて運んでいった。中身入りの死体袋も引き渡した。
かわりに、『檸檬色アルバトロス』の食堂からアイスクリームと本物のクラムベリージュースとドーナツが山ほど、ボイシアナ号に送られたてきた。
やっぱり、ボイシアナ号にもアイスクリーム製造機が欲しいな、と思った。
長い減速のあと、ボイシアナ号はベテルギウス中継点、第一ステーションに係留された。艦隊から、一人ずつ長い事情聴取を受けた。
そして、
みんなが艦隊から聞かれているとき、私だけ解放された。
どういうことだ、雑用係りだから軽く見られたのかなと思っていたら、紳士のコードウェイネル郵便査察官が小さな事務室にやってきた。
手紙が重要物資なのだ。
手紙を遅らせてしまったから、言い訳はできない。郵便主任として、私はまず謝った。
「ごめんなさい。いろいろあって郵便を渡せませんでした」
「まあ、今回は仕方がないでしょう。事情がありましたから。お怪我はありませんでしたか?」
分かってくれそうだ。私は提案した。赤字になってしまうけれど、免許を守るために船長もわかってくれるはずだ。
「割引料金で、もう一回行っても良いですよ」
「ああ、それは、ありがたいですね。でも無駄です」
郵便査察官は黒縁のめがねのおくで微妙な表情でつづけた。
「ボイシアナ号は、郵便規則九十八条の二に違反しました。免許の取り消しになります。残念ですが」
えーと。
私は頭の中で考えた。
九十八条の二って、なんだっけ?
ややこしい規則を思い出そうとしていると、
「郵便船は危険物質を運んではならない、との条項に違反しています」
ああ、そんな規則があったのか……手紙が汚染されたら渡せないからね。だれがこんなよけいな規則を作ったんだろう? いい子ぶった優等生が現場を知らないで勝手に作って、みんなを困らせる。
でも、ここで、はい、そうですか、と返事をすると、あとでそれを知った船長に撃ち殺されそうだ。
……屁理屈でも言って乗り切らないと。
「でも、固体ロケットブースターに仕掛けがあったのは知りませんでした。規則には違反していません」
「残念ながら、九十八条の二には例外規定がありません。知らなかったではだめです」
なかなか、手ごわい。私は鞄の中から積荷のリストを取り出した。机のうえに示して論理的に説明した。
積荷の内容を示すインボイスレターには固体ロケットブースター×3。これが書類上に残っているすべてだ。
「形骸細菌を運んだなんて、ただの噂です。どこから聞いたのですか」
「艦隊司令部からの通知がありました」
うーん。ばれていたか……
……ここは、船長みたいに……強行突破だな
「艦隊がまちがっています」
査察官はめがねの奥で目を光らせた。
「たしかな情報と聞いていますが」
「書類上は問題ありません。ないものはなかったのです。ご心配なく」
郵便査察官はめがねをはずして、ポケットからクリーナーを出してきれいに磨いた。またかけてゆっくりと微笑んだ。
「そう、書類上は問題がありませんね。そこが大事なところです。確認のために来ました」
私の頭の中で、空間転移が起きた。
そういうことか!
やっぱり、この人とは友達になれそうだ。
「おまかせください。郵便の安全は守ります」
郵便査察官はうなづいた。二人でかたい握手を交わした。ひとつ難関をかたづけた、と思っていたら、査察官が
「割引料金で、一回運んでもらえるとのことですが……」
しまったっ!
最初に媚を売りすぎたようだ。先回りしすぎて、よけいなことを言ってしまった。どうしよう、お金にならない仕事を受けたら船長が怒り狂うだろう。でも、査察官の提案は予想外のものだった。
「リゲル33への郵便物は『あったか極楽鳥』へうつして、ボイシアナ号は地球へフル積載、割引率十二パーセントで、お願いします」
やった!
地球―ベテルギウス中継点はメイン航路だ。艦隊の定期便が飛んでいる。高速郵便船は、その先の星域で活躍している。つまり、これはご褒美だ。割引率二十パーセントでも、みんな喜ぶだろう。地球へもどって、またあの青い星が見られる。
でも、やっぱり、政治って汚いや。
アプリコットは艦隊保安部からリゲル33の共同調査委員会に引き渡されて、そこで姿を消した。地表に降りてからの移送中の車を武装集団に襲われて奪回された、とニュースの配信でみた。
ボイシアナ号のみんなは、肩をすくめた。裏には何かある、そう直感したからだ。
リゲル33の対立する両方の政府からボイシアナ号にそれぞれ感謝状が贈られてきた。船長は読みもしないで、金庫の中にしまったようだ。
私たちには、艦隊から戦闘記章が配られた。民間人にはめずらしい処置だったけれど、艦隊チャーター船としていったので、もらう資格はあった。メイジ操縦士には、名誉戦傷章もついてきた。そして、副賞として、休暇のために地表におりるシャトル便の切符が二枚ついてきた。
よだれがでそうになる切符がもらえた。
「でもさ。シャーレイ君。なんで査察官との交渉のとき、割引率を七パーセントからはじめなかったんだ?」
私は船長から叱られた。
「でもね、船長。地球ですよ。整備ヤードでゆっくりとボイシアナ号をオーバーホールしてね、とくに積層蓄電器を全面入れ替えして……」
「金がない……」
機関主任の提案に船長は口ごもった。
積層蓄電器は高速郵便船の心臓だ。入れ替えるくらいなら、船ごと買い換えたほうが安いくらいだ。
みんなで協力して、郵袋と通信販売の貨物を満載したボイシアナ号は200光年を二日で飛んだ。