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だましのキャプテン

   だましのキャプテン



 翌朝。ブリッジに全員が集まった。

 猫男が立ちあがって、経験した事故の概要を語る。

「あふれる倦怠感、そして、全身にみなぎる脱力感。胸に染み入る絶望感」

 メイジ操縦士は、まだ痛み止めと化膿止めの抗生物質を使っていた。

 猫男はつづける。

「この状態が二ヶ月つづくと、士気は著しく低下して、日常業務すら困難になる」

 そして、みんなを見渡した。

「一日でも早く、決着をつけなければならない。にゃ~~ん」


 ホイヤン船長が立ち上がった。

「問題点を整理する」


 一 スキャンの不調により、転移空間でのボイシアナの位置が確定できない

 二 通常航法装置が乗っ取られて、進行軸を合わせられない

 三 通常航法装置の回復には、クリーンインストールが必要だが、危険が伴う

 

「第一の点は、今日から偏移パラメータースキャンに変える」 

「にゃん」

「いいですよ」

「……」

 猫男は不満そうだが、機関士は乗り気だった。ドライブ主任は下を見ている。


 船長がつづけた。

「第二の点、進行軸については、最悪の場合、手動で行う」

「にゃん」

「……」

「……」

 猫男は乗り気だが、機関士は不満顔だった。

 メイジ筋肉質は言う。もう、傷の痛みはないようだ。


「やってやれないことはないですが、おそらく、自動補正装置が働いて、キャンセルされるかと」

 船体を回転させるには、小型ロケット、スラスターの噴射が必要だ。そして、止めるときは正確に逆噴射しなければならない。これは、ボイシアナの計算機がやっていた。おそらく、そのことだ。

「よし。うまくいく可能性は低い、と理解してくれ」

 ホイヤン船長がまとめた。

「メイジ機関士、第三のクリーンインストールについてみんなに説明してやってくれ」

 船長はすわり、機関士がすわったまま、魔法使いの手で宙に浮いた。


「最大の危険性は、核融合炉の再始動にあります。インストール中は電力供給用の融合炉B、Cを止める。炉の制御回路も新しくなるからです。インストール後に積層蓄電器の電力を使って融合炉Bを再始動させる。ただし、成功するとは限らない。プラズマ偏流のせいです」

 ホイヤン船長が付け加えた。

「成功率はおよそ七十五パーセント」

 ティプレイ主任が質問した。

「もし、失敗したら……」

 筋肉質の機関士が答えた。

「インストール中も止めないでおく船内環境系の一番小さい独立融合炉Aから充電して再始動を繰り返す。ただし、蓄電器が満タンになるまで六〇日かかる。つまり六〇日に一回、再始動を試みることができる」

 ドライブ主任が肩をすくめた。

「なんか失敗しそう」

「にゃん、いやな予感がする」

「諸君、あまり悲観的にならないように」

 ホイヤン船長がまとめた。ドライブ主任が機関士をひきもどして、席につけた。

 次の議題に移った。

「よろしい。クリーンインストールの問題点は理解してくれたと思う。この危険を回避するには、あの二人組みから合言葉を聞きだして、通常航法装置だけ書き換える手がある。その手段は……」

 

 一 無理やり聞き出す

 二 協力的に聞き出す

 三 だまして聞き出す


「……諸君の意見をどうぞ」

「無理やり聞き出すって、……拷問とか……椅子に縛りつけて生爪をはがして、焼き鏝で、ぷしゅーとか……ビデオでやってたわ……電気でびりびりってのも」

 ティプレイ主任が、期待しているような嫌悪しているような複雑な表情で言った。

 即座に、猫男が反対した。

「にゃん。保安主任として暴力は推薦できません。ティプレイ主任、あなたが暴行の罪を問われることになります」


「あっ、別に私がやるんじゃなくて、猫男、あなたがやるの。……私は見てるだけ」

「にゃーん!」

 猫男は楽しそうに鳴いてから、真顔にもどった。

「暴力はいけません」

「じ、自白薬ってのは?」

 薬の好きなメイジ操縦士がよこから口をはさんだ。

 猫男が反論した。

「本人の意思に反して、薬物を摂取させるのは暴力と同じとみなされる。それに自白薬は効果が不安定だ。しかし、必要ならば、フードジェネレーターを改造して、自白薬を作ることは可能だ。ただし、……配管の汚染の影響が……みなさんも秘密をしゃべるのは、いやでしょ?」

 猫男は立ち上がった。左手の拳を握って、自分の腰にあてる。

「吾輩の推測では、あの二人はチンピラではない。政府の職員でもなさそうだ。おそらく、民間防衛会社の人間。拷問や自白薬についても知識と訓練を受けているものと思われる」

「ふーむ。説得も難しそうだな。だますしかないか……」

 船長がため息をついた。


「それだったら、船長の得意技で……」

 私が途中まで言ったら、本人から思いっきりにらまれた。

「にゃん」

「そうだね、パパベル君も良い所に眼をつけてる」

 猫男と操縦士が賛成してくれた。

 ホイヤン船長は結論をだした。

「まあ、細かいことは、いいや。スキャンをつづける。位置が確定したら、みんなの意見を聞いて、船長として判断する。それまで、どうするか自分で良く考えておいて欲しい」


 スキャナーとしての船長は、とても腕が良い。でも、二日目には疲れが浮いて、眼が凹んできた。

 三日目、眼の下に軽いクマが浮かんで、唇はかさかさになっていた。病人みたいだ。

「船長、少し休んでは?」

 保安主任代理の当番が回ってきた私は、スキャナー席の船長に声をかけた。

「うるさいな」

 手動でスキャンしていた。遠くの銀河を望遠鏡で捕らえて、その光と形とスペクトルを記録していく。特徴的な分光特性から、偏移量を決めて、距離を測っていく。

 偏移パラメータースキャンは誤差が多い。でも、二点を確保できれば、ボイシアナ号の位置が推定できて、船体軸を回せる。非常手段として知られているが、実際にやったスキャナーは何人いるか……

 二日目に第一ポイントを見つけだしたけど、もう一点が決まらない。


 保安主任代理はみんなで交代に務めていた。船長はコンソールに張り付いたままだ。

 猫男は五本、メイジ操縦士とティプレイ主任は二本、私は三本の光子魚雷を撃っていた。暗くて良く分からない。感を頼りに撃っていく。残り十二本。

 つまりあと三日のうちに光子魚雷が尽きて、空間欠陥に対処できなくなる。そうなれば、位置が確定しないまま空間の復元を行わなければならない。地球から百億光年離れた場所に出るかもしれない。

 そんな場所では、恒星データもないから迷子になってしまう。

 思っていたより、早く片付きそうだ。

 私は提案してみた。

「ねえ、船長、いっそのこと、あの二人組みに本当のこと話して、協力してもらうとか?」

 光電ユニットへ銀河の形を記録中の船長に声をかけた。

「協力するように見えるか?」

「そうですね、いっそビデオみたいに自爆するから、白状しろって、どうでしょう?」

 力なく笑い返された。

「計算機があと一分って言って、秒読み、三、二、一、ずごーん、か。乗組員は避難ポッドの手前で」

 ……

 …… 

「……避難ポッド……」

 私と船長は同時に気づいた。

 二人の乗っ取り犯は、ボイシアナ号に避難ポッドがあると思い込んでいるはずだ。

 これは、だましに使える。


 いっしょの船に乗っているうちに私も悪い影響を受けてしまったのだろうか? 

 だましの筋書きはきらめく波のように一気にやってきた。私は頭の中で組み立てて提案した。

「ブリッジに爆弾をおいておけば……時間を制限して二人を焦らせます」

「……奴らの動きを知りたい……」

 船長は応えた。

「盗聴器!」

 二人で同時に答えがでた。

 ディスプレイが瞬くように明滅した。ホイヤン船長の目が笑った。そして、曇った。椅子の上で大きく背伸びをした。

「不確定だが、第二ポイントを見つけた。測度確率68パーセント。ぎりぎりだな」

 つぶやいて、背中を丸めた。長く震えるため息。

「船長、休んでください。寝て起きたら、私ができるように手配しておきます」

「シャーレイ君。君も元気だな。こんな状況で憂鬱にならないのか?」

「いや、別に……」

「ふーん」

 また、いつもの冷たい眼で見られた。まじめな顔をしている。


「船長は正気でいるのが仕事だ。案外、君は船長に向いているかもね」

「私が船長……いまは船長が船長だから私は船長にはなれませんよ」

「副長になれ。実はね、郵便会社が三つ集まって、商船学校を作らないか、という話が出ている。ブリン・キャプテンが乗り気なんだ。どうかな? 推薦状は書くよ」

「……考えて見ます」


 ホイヤン船長は立ち上がって、また背伸びした。

「あとは任せた。少し眠ってくる」

 ホイヤン船長は、船長公室にひっこんだ。かわりにメイジ操縦士がきた。計画を話す。乗り気になった。

「よし。俺もしばらく溶接をやっていなかったから、避難ポッドのラックを作れば……倉庫の鋼材を切り出して……」

「あ、いえ。それっぽくなっていれば、標識でも充分です」

 怪我をしているのに張り切っていたメイジ機関士は、少し不満そうだった。代わりに爆弾のことを話すと了解してくれた。

「あの、本当に爆発しなくてもよいですから見た目だけでも、それっぽく」

「くどいな。分かっている」

 凝り性の機関士は片目をつぶった。光子魚雷の担当を変わってもらって、猫男の船室へ行った。呼び出しチャイムを押すとすぐに出てきた。

 水色のセーターを着ていた。目を輝かせる。

「にゃんっ! パパベル君。君のほうから遊びに来てくれるなんて、うれしいよ。さあ、ここには猫じゃらしもある。ゆっくり遊んでいきたまえ。吾輩が相手をして進ぜよう」

「いえ、あの盗聴器を」

「にゃーん」

 がっかりしている猫男に計画を話した。

「さすがはホイヤン船長。悪知恵は一流だな」

 ほめられたような、けなされたような不思議な感じになった。

 それから、ティプレイ主任の船室に行った。

「おもしろそう。ビデオに撮っておきたい」

 主任は踝までの白いローブを着ていた。頭には黄色い三日月のついた帽子をかぶっていた。月の精になっているようだ。

 その夜。

 一人でゆっくり寝た。

 キャプテン・パパベル……うん。悪くない。宇宙開拓史に名を残しちゃったりして……

 

 翌日は一日かけて、細かい打ち合わせと準備を整えた。

 夕食のあとから、だまして聞き出すのシナリオがはじまった。

 二人組みを閉じ込めた船室のまえで、猫男がインターホン越しに警告した。

「コードネーム。アプリコットとアーモンド。聞こえるかね。吾輩は保安主任のモンゴメリ・アシュトンだ。君らに最後のチャンスを与える。プログラム書き換えの合言葉を教えたまえ」

 船室から答えはない。

「乗組員はとても怒っている。君たちどちらかを気密ロックから放り出せ、という者もいる。保安主任として、これ以上押さえ切れない。どうかね、協力しないか?」

 しばらく待ってみたが、返事はない。

 猫男は私にうなづいた。

 私は夕食のトレイを船室の仕切り式の受け取り口においた。憂鬱になった船員が閉じこもれるように、食事の受け取り口も配慮されていた。

 夕食は白パンとチキンの腿焼き、ポテトベーコンスープにグリーンサラダだ。タラのフライばかり食べさせられていた二人には、久しぶりのごちそうだろう。ただし、冷蔵庫の奥の賞味期限ぎれが材料。

 少し良心が痛んだが、ここで、わざと声をかける。

「最後のおしょくじ……」

 打ち合わせどおり、私の言葉の途中で猫男がインターホンを切った。少し待ってから、もう一度。

「にゃん。明日の朝。船長殿が来る。それまでに態度を決めて置きたまえ」


 明朝。全員で朝食をとったあと、二人を監禁している船室のまえに行った。

 インターホンを通してホイヤン船長が高らかに命令した。

「おい、二人。協力しろ」

 返事はない。

「よし。そのつもりなら、二人とも良く聞け。我々は避難ポッドで脱出する。十七次元は未知の世界だが、仕方がない。君たちが通常航法装置をロックしたおかげで、二十三次元に戻れない。我々は新天地に向かう。おい、聞こえるか!」

 返事はない。

「良く聞け。君たちも知っている通り、この船は宇宙艦隊に属していた。避難ポッドを作動させると自爆装置も起動する。爆薬と船の操作マニュアルはブリッジに置いた。できるものなら、自分の力で二十三次元に帰れ。……君たちの幸運を祈る」

 みんなで足音を立てながら、倉庫にむかった。プライバシーを守るために、船室は完全防音になっているが、この足音なら気づくだろう。

 倉庫の奥の床には、積み込んだ資材に隠れるように

 避難ポッド→

 の標識が埋め込まれていた。

「どう? 良い出来だろう」

 芸術的ともいえる凝った書体で鉄板の上に銀文字が書き込まれていた。それから、みんなで電磁靴を脱いで、無重力のなかを遊泳してもとにもどった。靴を手にして壁を蹴って、来た通路を帰る。

 二人組を閉じ込めている船室のまえをとおり、通路を抜けて、ブリッジの手前の船長公室に集まった。二人組みに感づかれないように、音をたてずに、話もしない。遊泳になれているティプレイ主任が手を引いてくれた。

 ホイヤン船長が、ドアを開ける。みんなで入った。ドアをロックする。

 準備完了。

 

 船長公室の床には、落ち着いた赤色のカーペットが敷かれている。入り口近くには、応接用の椅子とテーブル。奥には、船長の事務机。そのうえに小型モニターが置かれている。

 さらに左手の奥には、船長の個人船室がある。

 個人船室の中を見たものは、船長に抹殺される、と噂されている。


 みんな事務机の周りに集まった。

 船長は、腰から拳銃を取り出し、振り出し式のシリンダーを横に出して、装填を確かめていた。

「にゃん。ソフトポイント?」

 船長は、薬莢を取り出して、猫男とみんなに見せた。

「ホローポイントだ」

 弾頭が短く、真ん中が凹んでいる。当たると先が広がってひどい傷を負わせる。殺傷能力が高く、跳弾になりにくい。そして、人殺し用の弾だ。

 もとにもどした。

「一発目、、二発目は実弾、空砲一発をはさんで、残りは実弾だ」

 言い残して、椅子に腰掛け、小型モニターをオンにした。

 

 計画は、うまく、いくだろうか?


「時間だ」

 二人組みのいる船室のロックがとける。

 猫男が押収していた疎密波盗聴器のスイッチをいれた。

「にゃん。素人は椅子の裏やコンソールに貼り付けるけど、吾輩のようなプロは天井につけるのだよ」

「しーー」

 猫男はティプレイ主任にしかられた。

 ここからは音だけが頼りだ。二人が引っかかってくれれば……合言葉の声紋を記録して、プログラムの書き換えができる。

 ほどなくして、盗聴器からなにか引きずるような音がした。ブリッジのドアをあける音だ。

 没収した疎密波盗聴器から、セールスマン=アーモンドの男の低い声が聞こえた。

「くそ。あいつら、何考えてんだか」 

 フロギンス役人お姉さん=アプリコットの声が答えた。

「ふふ、あの間抜けな王子を見ればわかるだろ。あいつらまともじゃない」

「宇宙はキチガイだらけだ」

 二人でブリッジを調べているようだ。かすかに足音がする。

「十七次元で漂流とは、なかなかしゃれたことをしやがって……」

 とちゅうまで言った男の声が低い女の声にさえぎられた。

「これか……」

 アプリコットの声がして、紙のこすれる音がした。コンソールの上に置いた操船マニュアルを見ているようだ。

「あれが自爆装置か?」

 アーモンドの声がした。

「怪しいな……書き換え装置は、どこだ?」

 アプリコットの声が応える。

 かつん。

 金属の音がした。ブリッジの床にある点検孔の蓋を開けた音だ。メイジ主任が真鍮を削りだして作った爆発スイッチらしきものをはめ込んでおいた。

「くそ。あと二時間と十九分」

 うまく引っかかったようだ。

 私の隣で浮かんでいたメイジ機関士が、握りこぶしで親指を立てた。

 

 盗聴器から紙を引き裂くような音がした。

 びりびり。

 かさかさ。

「アプリコット。自爆までに……うっ、てめ……え」

 耳障りなうめき声が聞こえた。 仲間割れ? 息を詰まらせ必死のおかしな声と雰囲気だ。


「シャーレイ君、席を替われ。猫男、いつでも飛び出せるように」

 ホイヤン船長はディスプレイの前の席から立ち上がり、拳銃を抜いた。

「にゃん」

 猫男が短い警棒をつかんで、並んだ。


 ふたたび、盗聴器から音がした。

 ぱらり。 ぱらり。 ぱらり。

 マニュアルを読んでいるようだ。紙のめくれる音がした。


「ああ、監視カメラがあれば」

 ティプレイ主任がつぶやき、船長に、黙っていろ、と叱られた。

 船員のプライベートを守るために、船の中にはカメラは設置されていない。見張られている、ということは船員の士気にかかわる。

 

 盗聴器からはかすかな音がもれている。


 ぱらり。 ぱらり。 ぱらぱらぱら。

 音が途絶えた。

 ……

 ……

 ……

「にゃん。船長、行きましょう」

 猫男は促す。ホイヤン船長は眉間にシワを寄せた。初めてみる顔だ。そして、決心した。

「待とう。ボイシアナの状況は変わっていない」

 ……

 ……

 長い沈黙のあと。

 ちりり。

 船長公室のモニターから聞きなれないベルの音。

「誰かが気密ロックを開けようとしている」

 メイジ機関士が呻いた。

 みんなわかった。


「ひでーやつだな……仲間を」

「こ、殺して、捨てるの?」

 アプリコットが、何かを気密ロックから捨てようとしている。

「メイジ。何番だ?」

 機関士は画面を切り替えた。小さな画面では1番気密室でディスプレイに黄色と赤が点滅して、緑になった。気密ロックが外に開いて、閉じられた。


 アプリコットおねーさんがブリッジにもどってきたようだ。

 かつん。

 また長い沈黙。

 ……

 ……

 ……

 ……


 ブリッジの盗聴器から、音がした。

 ぱらぱらぱら。ぱらり、ぱらり

 ぱらり

 ぱらり

 アプリコットがマニュアルを読んでいるようだ。

 びり。


 また、マニュアルを破いたようだ。


「死ね」

 メイジ機関士がののしった。


 ……

 ……


 かつん。

 つりりー。

 この音。読み取り装置をいじっているっ!


「合言葉、猫は灰だらけ」

 アプリコットの声がした。

 ホイヤン船長がふりむいて鋭くささやいた。

「メイジ、確認しろ」

 再び画面を切り替えた機関士が答えた。

「書き換わっています。合言葉です!」

「猫男、いくぞ」


 船長と猫男は船長公室のドアのロックをはずして、二人は通路に飛び出した。

 その瞬間、私は気づいた。


 ちがう! アプリコットは誘っている! 

「船長、もどって罠です!」

 すぐ、私は叫んで、ドライブ主任と操縦士を突き飛ばして通路に出た。

 開いていたブリッジの奥にスカートをはいている人が、コンソールにすわっているのが、ちらりと見えた。

 船長たちはブリッジに飛び込んだ。銃を構えたままアプリコットに走りよる。

「ぎにゃん。だまされた!」

 船長室を飛び出た私の左から猫男が叫んで、右上からアプリコットの声がした。

「王子様」

 振り向くと、天井近くに浮いていたアプリコットは、右手に何かを握ったまま、口に当てた。

 

 ふっ!


 何かが私の右頬をかすめた。

 猫男が私を突き飛ばし、ブリッジから飛び出してきたホイヤン船長が天井に向けて撃った。

 通路いっぱいに銃声が響いた。

 浮かんでいた下着姿のアプリコットは血まみれの左肩を押さえた。

「動くなっ!」

 船長の鋭い声が聞こえた。

 

 

 

 猫男は、セールスマン=アーモンドの死体を片付けた。ボイシアナ号の備品庫には何でもそろっている。死体袋でも……。

 メイジ機関士はプログラムの修復に忙しい。

 ティプレイ主任は、ホイヤン船長に見張られたアプリコットの治療が終わると、食堂で私のために暖かい合成オレンジジュースを作ってくれた。

「にゃん。パパベル君。危なかったね。これだよ」

 船長といっしょに戻ってきた猫男は、ラミネート袋に入れた物を見せてくれた。

 小指の先ほどの白い小さな丸い塊に、針が突き通っていた。同じ物が二つ入っていた。見つめて考えても何かわからない。こんなものが何の役に立つの?

「なんですか?」

「吹き矢だよ」

「この白い、お団子みたいなのは?」

「ごくふつうの、パン」

 船長が紅茶をすすりながら、つぶやいた。猫男がもう一つのラミネート袋を見せてくれた。

「にゃーん。アプリコットが鎖骨の窪みに隠していた」

 3センチメートルほどの透明な細いケースの中に、銀色の短く細い針が数本入っていた。先の方は赤い液体がたまっていた。

「おそらく、血漿アルブミンに作用する異常タンパク誘発剤……吾輩の個人的意見だが」


 船長と猫男の説明で、私にもやっとわかった。


 夕食のパン。中の白くて柔らかいところを指でこねて、丸めたものだ。そこに針を刺して吹き矢にして、ちぎったマニュアルの紙を巻いて吹き筒にした武器だ。先端は毒……プリオン生成剤……血管の中で血液のタンパク質を固める毒だ。


「にゃん。原始的だが、近距離なら極めて有効な武器だね。ただ、無重力になれていなかったようだね。狙いが上にそれた」

「すまないな。アプリコットの身体検査をしたのは私だ。見逃してしまった」

 船長が頭を下げて、ほんとうにあやまってくれた。


「にゃん。吾輩の盗聴器も見破られたようだ。思い返すと読まれていた」

「そうだろうな。猫知恵だ。タラばかり食べて、タウリンが足りないんじゃないか」

「にゃーん」

 私は気を取り直して、二人に聞いた。

「ブ、ブリッジにすわっていのは、やっぱりアーモンド?」

 二人はうなづいた。

「上着だけ代えていた」

「気密ロックから捨てたのは?」

「押収物。コンテナが二つ、なくなっていた」

 それから、猫男が少し首をかしげて聞いてきた。

「にゃん。君はどうして罠だと」

「わざわざ、合言葉ってつけました」


 宙に浮かんで、カモミール茶を飲んでいたティプレイ主任が

「このこと、本に書いたら、売れるかな?」

 と、つぶやいた。


 メイジ機関士が食堂に来た。

 プログラムの修復が終わったことを告げた。

「さて、ドーナッツっと」

 自分の保管庫から、二つ取り出した。一人で食べる気だ。

 私は尋ねた。

「アプリコットは何を狙っていたんですかね?」

 ホイヤン船長は肩をすくめた。

「良くわからない。おそらく、君と猫男と私を針で仕留めて、メイジとティプレイを脅して元にもどるつもりだったんじゃないかな……私と猫男が飛び出したときも一本撃っていた」

「にゃん、通路で二本ひろった。詳しくは艦隊が調べる」

「でも、なんで仲間まで?」

 船長は肩をすくめた。

「証人は少ないほうが良い、だろうな」


 メイジ機関士がおどけた。

「仲間をやっちまうなんてな。ふふん、チームワークが大切っての知らないんだ」

 私たち四人には、疲れた笑いが浮かんできた。

「何のこと?」

 幸いなことにティプレイ主任はインタビューを知らない。




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