紅の剣鬼と黒の令嬢
カクヨムにて掲載している同名作です。
作者が中高生時代に構想していた物語の1つとなっています。
一閃。
目にも止まらぬ太刀筋が、1人の首を落とす。
また一閃。
息をつく間もなく、別な1人が膝から崩れ落ちた。
むせかえるほどの血の匂いが立ち込める戦場。血の海という表現そのままの場所に、彼は立っていた。
周囲には、おびただしい数の《《人だった肉》》が落ちている。
一閃。「肉」の数が増えた。
彼の姿は、もはや人間のそれではなかった。
髪の毛、肌、革鎧、そして手にした長剣。全てが真紅の返り血で染まり、元がどんな色だったのか、もはや判別もできない。
彼が視線を巡らす。次に「肉」となる相手は何処かと。
その瞳に感情はない。目にした敵を「肉」にする。それだけのために動く、無慈悲な虫のような、虚無の瞳。
「ば、化け物...」
誰かが、手にした武器を落とした。
呻き声を上げて後ずさる者。背を向けようとする者。そして、我先にと逃げ出す者。
戦意を無くした者たちが続々と現れる。
しかし、敵は「肉」になるまで敵なのだ。
一閃。さらに一閃。
彼は背を向け駆け出した者たちにも、一切の容赦なく剣を振るった。やはり、その表情に変化はない。
「紅の剣鬼」
その異名の通り紅に染まった姿で、彼はひたすら「肉」の数を増やしていった。
──そこで、ハミルは目を覚ました。
「また、あの夢ですか...」
穏やかな日差しが差す部屋。簡素な木製のベッドで身を起こし、ハミルは1人呟いた。
もう何度見たかも分からない悪夢。暗い過去の情景が、彼の心にいつまでも黒い影を落とす。
背中ほどまで伸びた銀髪は、大きく乱れていた。と言っても寝癖などではなく、普段から不精な彼にとっては、いつもの髪型である。
青く澄んだ目は、まだ少し眠りを求めている。悪い夢で起こされたのだから当然だ。しかし、眉間を軽く揉みながら、ハミルはベッドから立ち上がった。
今日は《《彼ら》》の門出の日である。
顔を洗い、服を着替えた。薄い青の羽織を白い帯でゆったりと締め、大きく息をつく。
玄関を出た時、朝日が目にしみた。
王国の辺境に位置する、名もなき村。
深い森に囲まれたそこに、足を踏み入れるものは多少ない。
穏やか、という表現が良く似合う、平和な村である。
朝早くだというのに、村の入口には人だかりができていた。
今日はある若者たちが、冒険者になるため旅立つ日だ。その中には、ハミルの2人の弟子がいた。
2本の剣を下げた黒髪の青年と、その隣に立つ赤毛の端正な顔立ちの青年。2人の弟子は、笑顔で手を振り、村を出ていく。傍らには、共に育った金髪で赤いローブを着た少女も並んでいた。
村人たちに見送られ、3人の若者が駆けていく。その表情に不安はなく、未知の世界への期待と興奮に溢れていた。
ハミルが眩しさから目を細める。朝日が眩しかったのではない。若者たちの背中が、今の彼にはただただ輝いて見えた。
あの頃の自分には、共に笑い合う友も、未来を語る相手もいなかった。
孤児だったハミルは、とある剣士に拾われた。剣しか知らない不器用なその男から、ハミルはただ人の命を奪う技だけを教わって育った。
そして、16歳になった頃、帝国による他国への侵略戦争が勃発。ハミルは師の言葉に従うまま、傭兵としてその戦争に参加した。
ただひたすら、命令のまま敵を「肉」に変えていった日々を思い出す。本当に酷い日常だったと思う。しかし、剣しか教えてくれなかった師に、恨みはない。不器用ではあったが、確かに自分を育ててくれた人だったから。
いつの間にか伏せていた視線を、離れていく若者たちに戻した。
彼らに出会ったのは7年前。戦争が終わり、行き場のない中、たまたまこの村の近くを通りかかった時、子供の悲鳴を聴いた。
大きな狼のような魔獣に襲われていた2人の幼い男児。それを見たハミルは、反射的に剣を抜き、魔獣を一太刀で屠った。
思えば、誰かを守るために剣を振ったのは、これが初めてだったかもしれない。
怪我をしていた子供たちを村まで送り届け、そこで別れる...はずだった。
ハミルの剣に惚れ込んだ子供たちが、彼に弟子入りを懇願してきた。ついさっきまで、生命の危機だったというのに、子供の切り替えの早さには驚いたものである。
村人たちから感謝の気持ちとして空き家まで提供され、ハミルは渋々ながら弟子入りを許した。とは言っても、自分の剣は人の命を奪う技である。あくまで基礎だけを教えて、すぐに村から出ようと思っていた。
しかし、気がつけば7年。
立派に成長してくれた弟子たちを見て、ハミルは少しだけ誇らしくなった。育ての親とは違い、自分は真っ当に人の子を育てることができたのだと。
そこで、ふとハミルの脳裏に、ある人物の姿が浮かび上がった。
「...エイミィさん」
思わず、名前を呟く。
長い長い黒髪を持つ、美しい女性。
それは、ハミルの人生を変えた人物だった。
彼女と出会った日の雨の冷たさは、今でも鮮明に覚えている。
長きに渡って続いた、帝国による侵略戦争。それがついに集結し、人々はようやく訪れた平和に喜んでいた。
街では毎日のように、終戦を祝う祭りが催され、それまでの鬱屈した想いを晴らそうと、誰もが飲めや歌えやと盛り上がっていた。
連日晴天が続いたが、その日だけは生憎の雨だった。
ハミルは賑わいを見せる通りから離れ、人気のない裏道を1人歩いていた。
長い銀髪は千々に乱れ、元より感情の薄かった瞳には、生気がない。雨に長く打たれ、ずぶ濡れになったその姿は、やせ細った狼のようだ。
戦争が終わり、平和になった。しかし、剣しか知らぬ自分に、人々と共に喜ぶことはできなかった。ハミルは行くあてもなく、ただ人気を避けて街から街へ、目的もなく彷徨っていた。
路銀などとうになく、最後に食事をしたのも、果たしていつだったか。
とうとう、ハミルは力尽き、その身を地面に重ねるように倒れてしまった。
戦いは終わり、倒すべき敵はなく、剣を振る意味も失った。
もう、彼には何も残っていなかった。
「...ですか?」
ふと声が聞こえ、ハミルは閉じていた目をうっすらと開けた。
「大丈夫ですか!? すぐに人を呼びますね!」
女性の声だ。その時のハミルにはそれしか分からなかった。ただ不思議と耳に残る、美しく澄んだ優しい声であった。
「そこの方!人が倒れています!手を貸していただけませんか!?」
なぜそんな必死な声を上げているのか。そんな疑問を頭に浮かべながら、ハミルの意識は闇に沈んでいった。
目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。
反射的に身体を起こそうとして、頭に鈍く強い痛みが走る。全身が鉛のように重い。
痛みに顔をしかめながら、ハミルは周囲に視線を走らせた。
どこかの屋敷の一室だろうか。質素ながら、装飾が施された壁が見える。
時刻は夜か。部屋の隅にある燭台の灯りが、室内全体を朧気に照らしていた。
そこでハミルはようやく、自分が今まで見たこともないくらい大きなベッドに寝かされていたことに気づいた。
あまりに場違い。ハミルは眉をしかめた。なぜ自分がこんな場所で寝ているのか、理解できなかった。
「良かった、目が覚めたのですね」
ビクッ!
ハミルの身体が跳ねる。
よく見れば、ベッドのすぐ脇の椅子に、人が座っている。こんなに近くにいたのに、気がつけなかった自分にも驚いた。
警戒した目を、声の主に向ける。
艶やか、という言葉がよく似合う、長い長い黒髪が目に入った。
自分より少し年下に見える。その髪と同じような、黒のドレスに身を包んだ女性が、そこにいた。彼女は眉尻を下げ、小さく微笑みを向けてきた。
「貴方は道に倒れていたのですよ」
耳を抜けていく、透き通った声。なるほど、意識を失う前に聞いたのは、彼女の声だったか。どうやら、自分は彼女に助けられたらしいと、ハミルは察した。
「...なぜ?」
「え?」
ただ一言だけ発せられたその言葉の意味を分かりかね、女性は少し間の抜けた声を上げる。そんな言葉が来るとは、全く予想していなかったから。
「なぜ...自分を、助けた?」
あまり人と話したこともない。ハミルは言葉をゆっくりと選んでいた。
しかし、その疑問は彼女の目を丸くさせるばかりだった。
「なぜって...人が倒れていたら、助けるのが当然ではありませんか?」
今度はハミルの目に疑問の色がつく。この女性とは初対面で、お互い何も知らない。剣を振るしかできない流れ者を助ける必要など、どこにあるというのか。
ハミルの困惑をよそに、女性は少しハッとして、ゆっくり掛けていた椅子から立ち上がった。
「申し遅れました、私はエイミィと申します。この、アローテ家の娘です」
豊かな黒髪を揺らしながら、その女性──エイミィは笑顔を浮かべた。どこか、人を安心させるような、そんな笑顔だった。
なぜか、ハミルはその笑顔から目を離すことができなかった。
「ハミルさん、ここ、違いますよ」
「あ、あぁ...」
やんわりと、しかし有無を言わせない圧力を感じる。
アローテ家に保護されて数ヶ月。ハミルはエイミィから、読み書きを教わっていた。否、読み書きだけではない。言葉遣い、礼儀作法、道徳といった様々なことを、彼女は教えていた。
「そこは「はい」ですよ」
「は、はい...」
万の兵を前にして、一切臆することのなかった「紅の剣鬼」が、貴族の娘を前に何も言い返せない。かつての彼を知っている者が見たら、にわかには信じられない光景だろう。
エイミィに保護されて数日、身体も癒えたハミルは、すぐにこの家から去るつもりであった。しかし、ハミルが傭兵であることを知ったエイミィが、彼を護衛として雇うことを提案したのだ。
戦争が終わった今こそ、治安は悪化するもの。貴族が私兵を護衛につけるのは至極当然だった。
「私、ハミルさんになら安心して守っていただけると思うんです」
出会ってわずか数日、自分の何を知っているのか。なぜそこまで、自分のことを信用できるのか。ハミルには全く理解できなかった。しかし、行くあてがないのも、また事実。師のもとへ帰るという選択肢は、最初からなかった。
少なくとも、この家にいれば衣食住に困ることはない。しばらく厄介になりつつ、自らの《《本来の居場所》》を探す。ハミルはそう考えた。
しかし、それからというもの、ハミルはエイミィからの「教育」を受けることになってしまった。
エイミィから生きるために必要なことだと説かれ、何故か逆らうこともできなかった。
「あ、また持ち方、間違えてますよ」
「む...」
ペンを持つ手に、そっと彼女の手が添えられる。伝わる温もりに、戸惑いを覚えるのはなぜか、ハミルにはまだ分からない。
家の中には、ハミルに警戒の眼差しを向ける者も少なくなかった。しかしエイミィの父、つまりアローテ家の現当主であるグレン卿は、一人娘の判断を全面的に信頼していた。それは単なる親バカではなく、彼女の人を見る目を信じていたからだ。
そのため、教育が始まってひと月が経った頃には、ハミルのことを疑う者はほぼいなくなっていた。毎日の教育の中で、彼がエイミィ相手に頭が上がらない様子を見ていれば、不安に思うこともなくなる。
「エイミィ...さん、ここは、こう...ですか?」
「はい、正解です。ハミルさん、ちゃんと覚えてるじゃないですか」
エイミィが、まるで我がことのように喜び、笑顔を浮かべた。初めて会った時にも見た、安らぎを与える笑顔。
「...ふふっ」
無意識に、ハミルは口元が緩んでいた。
エイミィは、信じられないものでも見たかのように、目を大きく見開いた。
「ハミルさん、今...笑いました?」
「む...?」
その言葉に、ハミルは自分が今何をしたのか、すぐには理解できなかった。ただ、彼女の笑顔を見ていたら、自然と息が漏れた。
笑う。戦時中、自らの戦功を自慢して声高に笑う者はいた。ハミルにしてみれば、敵の命を奪うのは当然のこと。だから、それを主張することに意味は見いだせなかったが。
笑うという行為そのものが理解できなかった彼が、生まれて初めて笑った。そのことが、どれほど大きなことか。ハミル本人以上に、エイミィが喜んでいる。
「初めて、笑ってくれましたね」
先ほど以上に、柔らかく眩しい笑顔。
いつしかハミルは、もっとその笑顔を見ていたい、そう思うようになっていた。
それから、さらに半年ほどが経った。
窓から穏やかな日が差し込める室内。そこでハミルは、1冊の本を読んでいた。
勇敢な戦士が、人々を苦しめる悪い王を倒すという、ありきたりな英雄譚。しかし彼にとっては、そんな陳腐な物語でさえ、新鮮だと感じられた。
「ハミルさん」
背後から声が掛かる。美しい黒髪を揺らしながら、エイミィが近づいてきた。
「何を読んでるんです?」
「書庫にあった本を、適当に持ってきたんですよ」
ごく自然な笑顔を浮かべ、ハミルは手にしていた本の表紙をエイミィに見せた。
「あ、これ、私も昔よく読んでいましたよ」
懐かしいと言いながら、エイミィが本の表紙を指でなぞった。
その横顔を見つめ、ハミルは胸が熱くなる。この感覚はいったい何なのか、彼にはまだ理解できない。
同時に、彼女に悟られないほどに小さく、ハミルの顔に影が差す。
この1年足らずで、本当に数々のことを彼女から教わった。ハミルの世界は、傭兵だった頃と比べて何倍、何十倍にも広がっていた。
彼女は「人」というものを教えてくれたのだ。
感謝、という言葉をいくつ並べても足りないくらいの恩義を、ハミルは感じていた。
しかし、「人」というものを知るほどに、自分の過去の闇が、いかに深かったかも思い知らされた。
何の感情もなく、相手の命を奪う。それが如何に愚かで、異常で、狂っていたか。
毎日、感覚だけは忘れないようにと、剣の修練は怠っていなかった。しかし、最近はそれに虚しささえ感じるようになっていた。
本当に、自分は「剣」しか知らなかったのだと。
「ハミルさん、どうかしましたか?」
「...何でもないですよ」
ハミルの様子に違和感を覚えるエイミィ。しかし、彼は自らの心の内を悟らせない。
美しい「人」の世界にいるエイミィ。対して、自分は血塗られた「剣」の世界の住人。彼女のそばに、そんな自分がいて良いはずがない。
いつしかハミルは、エイミィのもとを去るべきだと考えるようになっていた。
程なくして、「その時」は訪れた──。
その日、ハミルの姿はグレン卿の部屋にあった。
時刻は夜。燭台に灯された火が、アローテ家現当主の顔に大きく影を落としていた。
「グレン卿...お話というのは?」
エイミィも交えた3人での夕食後、ハミルはグレン卿から密かに呼び出された。その時も、酷く深刻な表情をしていたと思う。
「ハミル君...娘を、どう思うかね?」
低く重い声。少しずつ言葉を選ぶように、グレン卿は口を開いた。白いものが混じっているが、その黒髪は、エイミィによく似ていた。
「...おっしゃる意味が、よく分かりません...」
ハミルは正直な返答をした。変に穿った答えは無用。1年足らず生活を共にしてきたのだ、相手がどのような人物かは自ずと理解している。
「あの子は...エイミィには、友人と呼べる者がほとんどいなかった」
目を伏せながら、グレン卿はゆっくりと語り始めた。
アローテ家は、貴族とはいえその位は低く、領地と呼べるのも、この小さな街がひとつだけの弱小の家だった。
エイミィは幼い頃に母親を亡くしていたが、その代わりに父からたくさんの愛情を受けて育てられた。果たして、彼女は優しく慈愛に満ちた娘に成長した。
しかし社交界において、弱小貴族の娘に価値はない。彼女と親交を結ぼうという者は、1人も現れなかった。
街の人々も、優しい彼女を慕ってはいたが、どこか遠慮がちに接していた。やはり、友になろうとする者はいない。
「あの子はいつも穏やかにしているが、時々、とても寂しそうな顔をしていたよ」
ずっと見守ってきた娘のことを想い、そこでグレン卿は大きく息をついた。
「そんなあの子が、あの雨の日に君を連れてきた時は、さすがに驚いたがね」
ようやく、グレン卿がハミルと視線を合わせてくれた。その瞳が、微かに揺らめいて見えたのは、ハミルの勘違いだろうか。
「でもそれから、あの子は本当によく笑うようになった」
グレン卿が背を向ける。娘のことを語る父の姿というのを、ハミルは知らない。しかし、その背中には何か哀しみのようなものを感じた。
しばしの沈黙の後、グレン卿はぽつりと呟いた。
「知ってるかい? あの子はいつも私に、君の話ばかりをするんだよ」
微かに、本当に微かに、その肩が震えている。しかし、ハミルにはグレン卿の真意は見えなかった。
「すみません、グレン卿...話が見えないのですが...」
「あぁ...すまない、やはり回りくどいのは性に合わないな...」
自分に言い聞かせるように言いながら、グレン卿は再びハミルと目を合わせる。今度は真正面から、真っ直ぐとした瞳で。
そして、一言だけ放った。
「この街から、出ていってくれないか」
空気が凍りつく。
そんな感覚を、ハミルは戦場以外で初めて味わった。
ほんの一瞬、グレン卿が何を言ったのか、頭が理解を拒んだ。しかし、続く言葉で、ようやくその真意を察することができた。
「先日、街でこんな噂を耳にしたんだ...アローテ家に雇われた護衛は、「紅の剣鬼」ではないかというね...」
久しく聞かなかった異名。一瞬、ハミルは自分がそう呼ばれていたことを忘れていた。そうだ、自分は剣鬼。数え切れない命を奪った殺戮者なのだと。
「今更だが、君のことを少し調べさせてもらった...恐かったよ...」
果たして、それはどういう意味の「恐かった」なのか。
「私は、君がどういう人間であれ、娘にとって大切な人だということは理解している」
少しずつ、グレン卿の声が上ずっていくのを感じた。何かを誤魔化すかのように、口調も早くなっていく。
「君のおかげで、あの子の人生は明るくなった...そこに感謝もしている」
ハミルは自然と、奥歯を噛み締めていた。グレン卿からの感謝の言葉に隠れた思いに、少しずつ気が付き始めたからだ。
「しかし、しかしだ...あの子に危険が及ぶようになったら...私はきっと耐えられない...!」
この小さな街で、「紅の剣鬼」のことが噂になっているなら、それはいずれ他の街、そして都にまで伝わるだろう。そうなれば──。
「だから...」
今にも泣き出してしまいそうな声で、グレン卿は絞り出すように言う。
そして、再び大きな深呼吸をすると、アローテ家当主として顔を作り、ハミルの目を真っ直ぐと見つめた。
そして数秒の沈黙の後、静かに言葉を放つ。
「この街を、離れてくれ」
その口調に厳しさなどなく、むしろどこか優しさを感じた。それでも、一切の反論を許さない毅然とした力が秘められていた。
間違いなく、彼はエイミィの父親だった。
まだ朝日も上りきらない時刻。
朝霧の漂う中、ハミルは小さな荷物を手に、アローテ邸の門に手をかけた。
「どちらに...行くのですか?」
背後からの声に、ハミルは目を見開いて振り返る。どうして、彼女はいつも自分に気配を感じさせずに近づいてくるのか。
「エイミィ...さん...」
こんな時刻だというのに、彼女はいつもの黒いドレスに身をつつみ、凛とした様子でそこに立っている。
「ハミルさん、貴方は...」
「あなたには感謝しています」
彼女の言葉を遮り、ハミルは語り始めた。
「何も知らなかった私に、あなたは多くのことを教えてくれました」
どこかから鳥のさえずりが聴こえる。完全な静寂ではないことが、今のハミルには救いと思えた。
「あなたは私に、《《人であること》》を教えてくれたのです」
エイミィはすでに察している。その目に光るものが浮かんでいるのが、その証拠だ。
「でも私は、数え切れないほどの罪を犯してきました...そこに、言い訳はしません...」
傭兵として戦地に赴き、数多の人間を葬ってきた。背中を向けて逃げる者もいた。年端もいかない少年兵もいたはずだ。それらにも等しく剣を振り下ろしてきた。
「私は...あなたと共に生きていく資格がない」
誰かと共に生きたい。そんな感情が自分の中に芽生えていたことを、ハミルはついに自覚した。孤独で、剣という生き方しか知らなかった自分に、新しい道を示してくれたエイミィ。しかし、彼女はハミルにとって眩しすぎた。
「だから...」
「私も...!」
今度はハミルの言葉を、エイミィが遮った。
「私も、貴方に救われました!」
グレン卿が話していたことを思い出す。孤独だったのは、彼女も同じだ。
「貴方と出会ってから、私の世界が、とても広がったのです」
そこでハミルはハッとした。世界が広がったのは、自分だけだと思っていた。彼女もまた、自分と出会ったことで、新しい何かを見つけたのか。
「貴方が何者だったか...それはもう、関係ない...」
肩を震わせ、涙を零すエイミィ。しかし、その言葉には一切の淀みはない。父と同じように、大きく息をつく。
一呼吸置いて、彼女は口を開いた。
「大事なのは、何者になるか...でしょう?」
ハミルは目を伏せ、険しい表情になる。胸が締め付けられるような感覚に、息が詰まった。
何者になるか。果たして、自分は「何者か」になることなどできるのか。
この時の彼には、その答えは出せなかった。
「私には...」
唇を噛み締める。
「分かりません...」
ハミルは背を向け、門をゆっくり開く。エイミィの足は動かない。否、動けなかった。1枚の門が、2人の心を大きく隔てていた。
膝から崩れ落ち、慟哭する黒髪の令嬢。
ハミルは振り返ることなく、その足を進ませ続けた。
今すぐ、彼女のもとに戻りたい。その想いが強く、彼の胸を焦がす。それはもう、痛いほどに強い想い。
それでも、彼の足は止まらない。もう、引き返すことはできない。
ただ、一つだけ思うのは。
もし自分が「人」になることができたら、彼女の隣に立つことができるのだろうか。
罪の意識と、小さな願いが、胸の中でせめぎ合う。
それから彼はずっと、自らに問いかけ続けていた。
「人」になれたか、と──。
「何者になるか、か...」
カップに注がれた水を眺めながら、ハミルはぽつりと呟いた。
街道沿いの小さな宿場。軽い食事と、一晩の宿を提供してくれるその場所に、彼の姿はあった。
弟子たちの旅立ちを見送った後、1日迷いに迷った末、旅支度をまとめた。
7年。言葉にしてわずか2文字だが、その長さと重みを、改めて感じていた。
「...私は何をしようとしてるのでしょうね」
今更エイミィに会って、いったい何を語れば良いのか、ハミルには皆目見当もつかなかった。いや、会わずとも良い。ただ、彼女が元気に暮らしている姿さえ見れれば、それだけでも良いと思った。
今頃は誰かの妻になっていてもおかしくはない。そうであれば、なおさら顔を合わせるべきではないはず。それでも、ハミルは彼女のもとに行こうと思った。
ふと、近づいてくる気配を感じた。
「お前、ハミルか?」
ゆっくりと、声の主に目を向ける。そしてハミルは、わずかに眉をひそめた。
立っていたのは、黒い短髪を逆立てた男だ。痩せぎすで、目の下に濃い隈ができている。纏っている雰囲気からして、不気味だった。
しかし、その顔をハミルは知っていた。
「ハザード...」
戦時中、同じ傭兵部隊に所属していた男。ほとんど話したことはなかったが、卓越した短剣の技に関してはよく覚えていた。
それに、彼が終戦間際、民間人を殺害した罪で投獄されたということも思い出した。
「ハハッ、お前に会えるとは、これはツイてるぜ...」
「なぜ、あなたがここに?」
ニィッ、という表現がよく似合う様子で、ハザードは両の口角を大きく上げた。
「ちょっと前に豚箱から出てきてよ...ずっとお前を探してたんだよ」
狭い宿場の中にいる客は、ハミルとハザードだけだ。店の主人はハザードの異様な雰囲気に怯え、カウンターの下に隠れてしまった。
「お前が街で世話になってたって噂を聞いて、近くまで来てみたんだが...」
ハミルは血の気が引くのを感じた。7年前の噂が今更になって、こんな形で現れるとは、想像もできなかった。
「まさかいきなり会えるとはなぁ」
「いったい...どういうつもりです」
ハミルは警戒の色を強めた。傭兵時代、ハザードはハミルを異常なまでにライバル視していた。今日は何人殺したと、何度も声高に自慢してきた。無論、ハミルは彼には全く興味がなく、聞き流していたが。
「俺はな、ずっとお前と殺り合いたかったんだよ...」
今にも舌なめずりをしそうに語りながら、ハザードは腰に隠していた短剣を抜いた。彼の心を表すように、その刀身は捻れている。
「「紅の剣鬼」なんて呼ばれるほどのヤツがどれほどのものか、ずっと知りたかったんだ...」
闇の中から闇は見えない、という言葉は、さて誰のものだったか。
かつては何も感じなかったが、今のハミルから見たハザードは、酷く醜悪な存在にしか思えなかった。
食事の勘定をテーブルに置き、ハミルは立ち上がる。
「私はあなたとやり合うつもりはありません。そんな意味もない」
一応、ハミルも長年愛用している長剣を持って来てはいた。しかし、長らく握ってはいない。最後に使ったのは、弟子たち──森で魔獣に襲われた子供たちを救った、7年前のことだ。
「...はぁ?」
ハザードが間の抜けた声をあげる。
「てめぇ...本当にハミルか?」
ようやく、彼は目の前の相手が殺意どころか敵意も抱いていないことに気づく。
「...興が冷めたぜ...」
短剣を収め、ハザードは元々座っていた席に戻る。心底失望した様子で、露骨に舌打ちをした。
しかし続く言葉で、ハミルの目の色が一気に変わった。
「そういやよ、お前が世話になってたあの街の領主、去年死んだらしいぜ」
ドクン。
鼓動が大きく鳴るのを感じた。同時に、7年前に見た辛そうな父親の姿を思い出す。
痛む胸を押さえながら、ハミルは何も言わずに足早に宿場を後にした。
それを眺めて、ハザードは再びその口を大きく歪ませた──。
街の雰囲気は、7年前から大きく変わっていた。
ハミルが滞在していた約1年、街はずっと終戦を祝う明るい雰囲気に包まれていた。
しかし今はどうか。
人々は皆、どこか暗く、淀んだ表情を浮かべている。通りを走り回る子供たちの数も少ない。
領主であるグレン卿が、流行病によって亡くなり1年近く経ったと聞くが、その影響が色濃く出ているのか。
それだけ、グレン卿が人々から慕われていたという証でもある。しかし同時に、人々はその娘であるエイミィには、それほど信頼を寄せていないのかもしれない。
「黒の令嬢...ですか」
常に黒いドレスを纏い、物憂げな表情を浮かべる現当主を、人々はそう呼んでいた。
7年前も、彼女は黒いドレスを好んで着ていた。しかし、そこに陰気な印象はなかった。いつも穏やかに、そして優しい笑顔を見せていたエイミィは、変わってしまったのか。
不安を胸に、ハミルはゆっくりと、かつて時を過ごした屋敷に足を運んだ。
アローテ邸もまた、7年前とは様相が一変していた。もとより質素な造りで、貴族の豪華な屋敷という印象は薄かった。しかし今は、もはや廃墟に近い、荒れ果てた雰囲気になっていた。
壁には至る所に苔が生え、庭の草木にも手入れがされていない。控えめとはいえ、美しいと感じたあの頃の屋敷の面影は、もうどこにもなかった。
ハミルは屋敷から少し離れた丘の上にいた。ここならば、屋敷の様子を一望できる。
「エイミィさん...」
街で聞いた話によれば、現在屋敷には彼女1人が暮らしているらしい。グレン卿が亡くなった後、屋敷の使用人たちは皆、暇を出されたとか。
さすがに距離があるため、エイミィがどこにいるかまでは分からない。もしかしたら、今は留守にしている可能性もある。
ハミルはここに来て、やはり彼女を訪ねるべきではなかったかもしれないと、怖気付いていた。
仮に会ったとして、何を話せば良いだろう。仮に姿だけ見たとして、何になるというのだろう。
7年という年月は、彼の心を萎縮させていた。
「...帰りましょう」
来るべきではなかったと、ハミルは踵を返そうとした。
その時、屋敷の玄関が開くのが見えた。
「...っ!」
思わず、ハミルは木陰に身を隠してしまう。
そこには、1人の女性として成長した、彼女の姿が見えた。
7年前よりも、一層沈んで見える黒のドレス。滑らかな髪もさらに伸びて、腰に届く長さになっている。
まだ少女のようなあどけなさがあったあの頃とは違う、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
しかし、そこにはどこか、憂いの色が見え隠れしている。ミステリアスとも違う、ただ暗く、重い空気を纏っているようだった。
少し痩せたようにも思えた。食事はしっかり取れているのだろうかと、ハミルは心配してしまった。
エイミィは玄関を出て、門に絡みついた蔦を取り除いていた。あまり慣れた手つきには見えない。それでも懸命に、彼女は手を動かしていた。
この家を、そして彼女を、こんな風にしてしまったのは自分かもしれない。そんな思いが、ハミルの胸に深く突き刺さる。
今度こそ、本当に帰ろうと思い、ハミルは屋敷に背を向けた。
その直後。
「きゃっ…!」
短い、しかしはっきりとした悲鳴。
ハミルが振り返ると、門のところにエイミィの姿はなかった。代わりに、黒いドレスを抱えて走る人影が見えた。
「エイミィ...さん!」
必死の表情で、ハミルは丘を駆け下りる。しかし屋敷の前まで来た頃には、人影はもうどこにも見えなかった。
ふと、門のところに1枚の紙切れが挟まっていることに気づく。
「これは...」
紙を取り、広げて見る。
そこにはたった一文だけ書かれていた。
女を助けたければ、街外れの廃屋まで来い。
誰の仕業か、ハミルにはすぐに分かった。
紙を持つ手が、怒りで大きく震える。しかしそれは、いったい誰に向けた怒りだったか。
ハミルは、日が落ち始めた空の下、街外れに向けて走り出した。
その廃墟は、街外れの丘にあった。
戦時中に捨てられた民家で、壁は一部崩れ、周囲には雑草が生い茂っている。
肩で息をしながら、ハミルは廃墟を見据えた。半ば朽ちた石造りの塀に、その男は腰掛けていた。
「よう...来たか」
捻れた短剣を手で弄びながら、ハザードは口を大きく歪める。まるで恋人でも待ちわびていたような雰囲気だ。
「彼女は...どこです?」
ハミルは拳を固く握りしめ、鋭い視線をかつての傭兵仲間に向けた。エイミィの姿はどこにも見えない。
「...安心しろ、女には傷一つ付けちゃいない」
急に、ハザードの表情から悦びの色が消える。代わりに浮かんだのは、失望の色。ハミルの第一声が、女性の安否を気遣うものだったことに、ハザードは苛立ちすら覚えた。
だから、もっと彼を揺さぶりたいと思った。
「お前の態度次第で、あの女は親父のところに行くことになるだろうがな」
「なぜ...なぜこんなことをする...!」
ハミルの言葉に、一段と怒気が混ざる。こんなことをしでかして、いったい何の意味があるのか、理解できなかった。
「言っただろ? お前と殺り合いたいってな」
ハザードはただ純粋に、ハミルとの死合いを望んでいた。戦時中の、一切の容赦がない剣の技。ただ敵を殺すために特化した動作のひとつひとつに、彼は情欲にも近い憧れを抱いた。
最強と謳われた「紅の剣鬼」を殺す。なんなら殺されても良い。そんな異常な執着心が、彼を突き動かしていた。
「だから、早く昔に戻れよぉっ!」
座っていた姿勢から一転、ハザードは跳躍。一瞬でハミルの目前に迫る。
「...っ!」
右手で腰の長剣を抜き、ギリギリのところで捻れた凶刃を防いだ。
「なんだ、完全に腑抜けたわけじゃないんだな」
その動作だけで、ハミルの腕前を見抜いたハザード。流れるような動きで、二撃目、三撃目を放つ。ハミルはそれに、なんとか着いていくのがやっとだった。
見えない攻撃ではない。しかし、見えるだけでは意味がない。実戦から長く離れた身体は、思うように動いてくれなかった。
「どうしたぁ! そんなんじゃなかったろ、お前はぁっ!」
ハザードの怒号が響く。ハミルはふとそこに、どこか物悲しさを感じた。
「そんな剣じゃなかったはずだろぉっ!」
ハミルは気づいた。ハザードは未だに、あの戦場から戻れていない。かつての自分と同じなのだと。
不思議と怒りは消え、ただ哀れみだけが浮かび上がる。エイミィに出会えなかったら、自分もこんな風になっていたかもしれない。
しかし、彼を退けなければ、エイミィを救うことはできない。
ハミルは、右手に持っていた長剣を《《左手に持ち替えた》》。
本来の利き手。かつての戦場で、多くの命を奪った左手。もはや「紅の剣鬼」でなければ、ハザードを倒すことはできない。ハミルはそう判断した。
振るのは一太刀。首を刎ねて、それで終わり。
ゆっくりと、ハミルはその目から感情の光を消していく。
その時だった。
「ハミルさん!」
その声で、ハミルの瞳に光が差す。目前にはハザードの刃が迫っていた。
甲高い金属音。次いで、捻れた刀身が宙を舞い、地面に突き刺さる。ハザードの短剣は、根元から断ち折られていた。
「なっ...!?」
瞬間、ハミルの剣は神速でハザードを捉え、その柄頭が、彼の鳩尾に叩き込まれた。
力なく、その場に崩れ落ちる狂人。ハミルは大きく息を吐き出し、肩を上下させた。
ふた呼吸ほどして、落ち着きを取り戻したハミルは、剣をゆっくりと収め、その視線を巡らせる。
果たして、そこには廃墟の前に佇む、黒の令嬢の姿があった。
言葉が出ない。
こんな形で会うことになるなど、想像もしていなかった。息が苦しい。短い呼吸を繰り返し、ハミルは胸を押さえた。
「エイミィ...さん」
ようやく絞り出したのは、彼女の名前。しかし、それ以上は続かない。
「お久しぶり...ですね」
代わりにエイミィが口を開いた。彼女は7年前と同じ、否、少し哀しみを帯びた笑顔を浮かべていた。
落ちていく夕日が、2人の横顔を照らす。
ハミルの表情が変化する。苦しそうに、そして悲しそうに。
エイミィの表情も変わる。喜び、そして悲しみに。
しばらく後、2人は共に笑顔を浮かべていた。
「私は、「何者か」になれたでしょうか...」
未だ、自分自身でその答えを出せずにいた。だから、彼女にそう問いかけるしかなかった。
エイミィは一瞬、その目を見開いた。そして、その瞳を揺らめかせながら、昔と変わらぬ眩しい笑顔を浮かべた。
そして、しばしの沈黙の後、こう答えた。
「貴方は、「ハミルさん」ですよ」
その答えに、全てが詰まっていた。
「紅の剣鬼」など、とうの昔に消えていた。ここにいるのは、7年前のあの日から「ハミル」だったのだ。
ゆっくりと、ハミルは足を進める。
エイミィもまた、前に進む。
そして...。
夕日が作る2人の影が、1つに重なった──。
夕方の柔らかな木漏れ日が差す森の中。虫たちの静かな声が響く緑の中に、軽い足音が駆け抜けていく。
美しい銀色の髪を揺らす幼い少女。その手には、剣のようにも見える木の枝。少女はそれを、楽しげに振り回していた。
「あまり走ると危ないですよ」
少女の背後から優しい声が掛かる。振り返った先には、穏やかな眼差しを向ける男──ハミルがいた。
「父さま!」
少女が目を輝かせ、満面の笑みでハミルのもとに駆けて来る。その笑顔は、自分を救ってくれたあの人によく似ていると、ハミルは思った。
「そろそろ夕飯の時間ですからね」
「はーい!」
手を繋ぎ歩く親子。ハミルは左手で握った手の温もりを心地よく感じていた。
「ねぇ、父さま?」
「なんですか?」
「わたしね、おおきくなったら、父さまみたいな剣士になる!」
屈託のない笑顔で言う娘の言葉に、ハミルは一瞬だけ困惑の表情を浮かべた。
剣を握るということは、いずれは誰かの命を奪う。自分のような血に塗れた道を、娘が歩もうとしているのかと。
しかし、少女の続く言葉で、その認識は変わった。
「だって母さまが言ってたよ、父さまの剣はやさしい剣で、ひとをまもるための剣だって」
ハミルはハッとした。そうだ、何も命を奪うだけが剣ではない。何かを、誰かを守るために振るう剣もあるのだと、あの人が教えてくれたではないか。
「だから、わたしも父さまみたいに、だれかをまもる剣士になりたい!」
一切の曇りもない眼差しで、少女は力強く言葉を放つ。そこには、父への強い尊敬が込められている。
ハミルが小さく笑う。少女の姿に、自らの迷いが全くの杞憂だったことを思い知らされ、自嘲した。
「分かりました、じゃあ、明日から稽古をつけてあげますね」
「うん!」
自然と、娘の手を強く握っていた。今はまだ柔らかく、小さいこの手が、やがて誰かを守るために剣を握ることになるのだと思い、胸が熱くなった。かつては血に塗れていた自分の手を、娘は何の迷いもなく握ってくれる。
「では今日は早く帰りましょう。家で母さまが美味しい夕飯を作って待ってますからね」
「やったー!」
ゆっくりと日が落ちようとする中、親子は手を繋いだまま、母親──エイミィの待つ家へと歩いていった。




