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妹に婚約者も屋敷も奪われましたが、亡き王妃の帳簿には私の名前しかありませんでした 〜追放された公爵令嬢が王宮の裏金を暴いたら、冷徹宰相閣下に「国ごと君を守る」と言われています〜  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第62話 若い令嬢たちは、車輪を支えたいと言いました

 「冬季輸送支援共同寄付」の申し出は、思っていたより早く届いた。


 ローゼン侯爵夫人の茶会から、わずか二日後の朝である。


 宰相府の文書室を通して運ばれてきた封筒は、淡い若草色だった。


 香りはついていない。


 その時点で、セレスティアは少しだけ安心した。


 最近、香りつきの封筒を見ると、まず分類表を思い出すようになっていた。

 私的招待か。

 寄付相談か。

 縁談打診か。

 混在か。


 まったく、人生の中で封筒をここまで疑って見る日が来るとは思わなかった。


 ミリアが封筒を確認し、文書番号を控える。


「差出人は、エミリア・クラウゼン子爵令嬢を代表者とする若手令嬢有志一同です」


「正式な寄付申し出ですか」


「はい。分類上は……王妃基金に関する正式相談、かつ共同寄付申し出です」


「縁談要素は?」


 セレスティアが確認すると、ミリアは封筒の中身を素早く見て、真面目な顔で答えた。


「ありません」


「よかったです」


「本当に」


 二人は、同時に小さく息を吐いた。


 そこへ、通りかかったローレン副監が苦笑する。


「最近の宰相府では、縁談要素なし、が朗報になるのですね」


「かなり重要な朗報です」


 セレスティアが答えると、ローレン副監は神妙に頷いた。


「それは大変です」


 ミリアが、申し出書をセレスティアへ渡す。


 紙面は丁寧だった。


 だが、どこか若々しい勢いもある。


『私たちは、第一回四半期不足状況表を読み、冬季支援における輸送費の不足を知りました』


『薬草、保存食、燃料が必要な時期に届くことが、支援そのものを支えると理解しました』


『つきましては、若手令嬢有志による共同寄付として、冬季輸送支援分野への寄付を申し出ます』


『寄付者名は個別ではなく、代表名および有志一同として記録いただき、支援先の事情に応じて公表範囲は王妃基金の判断に従います』


 セレスティアは、その一文で手を止めた。


 公表範囲は王妃基金の判断に従う。


 きちんと読んでいる。


 ただ勢いで申し出たのではない。


 制度案を理解しようとしている。


 続きには、参加予定者の名と、それぞれの寄付額が記されていた。


 大口寄付者に比べれば少額だ。


 だが、人数が集まると十分な額になる。


 少なくとも、北方薬草便の一部輸送費と、冬季燃料輸送の予備費には回せる。


 ミリアが、少し嬉しそうに言った。


「本当に、共同寄付になりましたね」


「はい」


 セレスティアは申し出書を丁寧に置いた。


「ただ、ここからが大事です」


「制度に乗せるのですね」


「はい。共同寄付は初めてです。代表者、名簿、寄付額、希望分野、公表範囲、報告書の送付先、全員の同意確認……決めることが多いです」


 ミリアの表情が、嬉しさから仕事の顔へ変わる。


「共同寄付規程の簡易案を作りますか」


「作ります」


 そこへ、カインが入ってきた。


 今日も気配なく現れる。


「共同寄付か」


「はい。冬季輸送支援です」


「早かったな」


「私も驚いています」


 カインは申し出書を読み、短く頷いた。


「悪くない」


「はい。ただ、若い令嬢たちだけで動いているので、家の了承や寄付原資の確認が必要です」


「当然だ。未成年者や家の管理下にある者が含まれるなら、家の財務責任者か保護者の同意を取れ」


「はい」


「それから、遊びにするな」


 その言葉に、セレスティアは頷いた。


「共同寄付名が過度に華やかにならないよう注意します」


「それもあるが、もっと実務的な話だ。寄付を競争にするな。誰がいくら出したかで序列を作らせるな」


「……重要ですね」


 ミリアがすぐに記録する。


 共同寄付は、若い令嬢たちが支援へ関わるよい入口になる。


 だが、扱いを誤れば、また社交界の序列遊びになる。


 誰が多く出した。

 誰の家が目立った。

 誰が代表者にふさわしい。

 誰の名を先に書くか。


 支援より名誉が前に出る危険は、最初からある。


「名簿の公表順は、代表者名の後に五十音……いえ、この国の慣例なら家名順でしょうか」


 セレスティアが考え込むと、カインが言った。


「公表しない選択肢を先に示せ」


「公表しない?」


「ああ。王妃基金内部には個別記録を残す。概要報告では『若手令嬢有志による共同寄付』としてまとめる。代表者のみ本人同意の上で記載。個別名は希望者のみ、別紙内部記録」


 セレスティアは、すぐに頷いた。


「その方が、金額競争を避けられます」


「寄付者の善意を守るためでもある」


 カインの言葉に、セレスティアは少し微笑んだ。


「最近、宰相閣下も概要版の言葉がお上手になりましたね」


「君たちが毎日言うからだ」


「よい傾向です」


 ミリアが小さく笑いをこらえている。


 カインは咳払いした。


「仕事に戻れ」


「はい」


 共同寄付のための初回確認会は、その日の午後に開かれることになった。


 代表のエミリア・クラウゼン子爵令嬢を含め、五名の若い令嬢が宰相府へやって来た。


 全員、緊張していた。


 無理もない。


 彼女たちにとって、宰相府は茶会室ではない。


 しかも、上座には王弟宰相カインがいる。


 ただし、カインは冒頭で席を外した。


「詳細確認は監査補佐官に任せる」


 そう言って出て行ったのは、威圧感を減らすためでもあったのだろう。


 セレスティアは少しだけ感謝した。


 本人に言うと「必要だからした」と返されるだけなので、言わないが。


 小会議室には、セレスティア、ミリア、王宮会計室の若い補佐官、そして令嬢五名が残った。


 エミリアは、手元の書類をぎゅっと握っている。


「本日は、お時間をいただきありがとうございます」


「こちらこそ、正式な申し出をありがとうございます」


 セレスティアが言うと、エミリアはほっとしたように微笑んだ。


「私たち、本当に申し出てよかったのでしょうか」


「なぜそう思うのですか」


「その……若い娘たちが急に王妃基金の輸送費に寄付したいなどと言ったら、ご迷惑ではないかと」


 別の令嬢が、小さく頷く。


「家の者にも少し驚かれました。普通は孤児院の食事支援や、茶会用の地方産品を選ぶものだと」


「母には、輸送費なんて可愛げがないと言われました」


 その言葉に、他の令嬢たちが気まずそうに笑う。


 セレスティアは、真面目に答えた。


「可愛げは、支援分野を選ぶ基準ではありません」


 令嬢たちは、きょとんとした。


 ミリアが筆を止めかける。


 セレスティアは続けた。


「もちろん、華やかな支援や分かりやすい支援も大切です。でも、冬季輸送支援は必要です。必要だから申し出たのであれば、それは十分に意味があります」


 エミリアの目が少し明るくなった。


「では、受け付けていただけますか」


「条件を整えれば、受け付けられます」


 セレスティアは共同寄付確認票を配った。


「まず、代表者を一名。今回はエミリア様でよろしいですか」


 令嬢たちが頷く。


 エミリアは背筋を伸ばした。


「はい。私が代表者を務めます」


「次に、寄付分野は『冬季輸送支援』。具体的には、北方薬草便および燃料輸送の補助費として扱う予定です。ただし、最終配分は王妃基金の審査に基づきます」


「はい」


「寄付者名の公表については、全員のお名前を概要報告に載せるか、代表者のみ載せるか、有志一同としてまとめるか選べます」


 令嬢たちは顔を見合わせた。


 一人が言った。


「全員の名前を載せると、寄付額も分かってしまいますか」


「概要報告では、個別金額は載せません。内部記録には残します」


「でも、社交界では聞かれると思います」


「でしょうね」


 セレスティアは正直に答えた。


 令嬢たちは小さく苦笑した。


 エミリアが少し考えて言った。


「では、概要報告では『エミリア・クラウゼン代表、若手令嬢有志』としていただけますか。個別名は内部記録で」


 他の令嬢たちも頷く。


「私もそれがいいです」


「金額を比べられるのは嫌です」


「支援の話より、誰が多く出したかの話になりそうですもの」


 セレスティアは頷いた。


「よい判断です」


 エミリアは、少しだけ嬉しそうにした。


「本当ですか」


「はい。共同寄付の趣旨が、寄付額の競争になることを避けられます」


 その言葉に、令嬢たちの顔が明るくなる。


 ミリアが記録する手も、どこか弾んでいた。


 次に、家の同意確認。


 ここで少し空気が重くなった。


 エミリアが言った。


「父は了承してくれました。ただ、『それで家名がどう出るのか』と聞かれました」


「当然の確認です」


「私は、有志一同でよいと答えました。すると、父は少し残念そうでした」


「家として目立つ機会だと思われたのでしょう」


「はい。でも……今回は、そこを目立たせたくないと思いました」


 エミリアは、少し恥ずかしそうに言う。


「私たちが、車輪を支えるという話をしたら、父が『車輪?』と困っていました」


 令嬢たちが笑う。


 セレスティアも微笑んだ。


「正式文書に車輪とは書けませんが、考え方としては悪くありません」


「ローゼン侯爵夫人にも同じようなことを言われました」


「でしょうね」


 確認は順調に進んだ。


 最後に、セレスティアは令嬢たちへ言った。


「共同寄付は、王妃基金として初めての試みになります。皆様の申し出は大切ですが、同時に手続きも必要です」


 エミリアたちは真剣に頷く。


「はい」


「寄付は、申し出て終わりではありません。どこへ使われたか、報告を受け取り、次にどうするかを考えるところまでが大切です」


 エミリアが、まっすぐ言った。


「報告書を読みます」


「分からない言葉があれば、質問してください」


「はい」


 別の令嬢が小さく手を上げる。


「質問は、代表者を通した方がよいですか」


「はい。まず代表者へ集約してください。その上で、必要に応じて王妃基金へ問い合わせる形にしましょう」


「分かりました」


 エミリアは、書類を胸に抱いた。


「セレスティア様」


「はい」


「私たち、社交界ではまだ若いだけの娘として見られています。でも……少しでも役に立てるでしょうか」


 セレスティアは、すぐに答えなかった。


 軽く「もちろん」と言うのは簡単だ。


 でも、彼女たちの不安に対して軽すぎる気がした。


「役に立つかどうかは、これからの手続きと継続で決まります」


 セレスティアは言った。


 令嬢たちが少し緊張する。


「でも、必要な支援に目を向け、競争ではなく共同で支えようとしたことは、もう一歩です」


 エミリアが目を見開く。


「一歩……」


「はい。一歩目として、とてもよいと思います」


 令嬢たちの表情が、少しずつほぐれた。


 華やかに褒められたわけではない。


 だが、確かに認められた。


 その実感があったのだろう。


 若い令嬢たちの共同寄付は、夕方には王妃基金の正式受付記録に載った。


『冬季輸送支援共同寄付』


『代表者:エミリア・クラウゼン』


『寄付者表示:代表者および若手令嬢有志』


『用途希望:冬季輸送支援分野』


『最終配分:王妃基金審査による』


『報告書送付先:代表者宛て、写し共有可』


 これが、王妃基金初の共同寄付記録となった。


 ミリアは、記録簿を閉じる時に少し感慨深そうだった。


「小さな項目ですが、何か始まった感じがします」


「はい」


 セレスティアも同じ気持ちだった。


 大口寄付者でもない。

 貴族家全体でもない。

 若い令嬢たちの有志。


 小さな動き。


 でも、制度は一部から変わる。


 カインの言葉を思い出した。


 だが、保守派の反応も早かった。


 その日の夜には、グランヴィル侯爵夫人の茶会で次のような言葉が出ていた。


「若い娘たちを、輸送費だの記録だのに巻き込むなんて」


「本来、令嬢は慈善の心を学べばよいのであって、事務仕事を覚える必要はありませんわ」


「王妃基金が、令嬢教育まで会計帳簿にしようとしているのでは?」


「セレスティア様はご自身が有能だから、若い方々にも同じものを求めてしまうのかしら」


「それは酷ですわね」


 その批判は、予想通り宰相府へ届いた。


 ミリアが報告すると、セレスティアは少しだけ目を閉じた。


「今度は、若い娘たちを事務仕事に巻き込んでいる、ですか」


「はい」


 ローレン副監がため息をつく。


「輸送費が話題になるだけでも奇跡のようなものなのに」


 オルドが淡々と言った。


「批判側は、論点を『支援の必要性』から『令嬢らしさ』へ移したわけですね」


 セレスティアは頷いた。


「はい。だから、真正面から『令嬢も事務を学ぶべき』と言うと、余計に反発が強まります」


 カインが問う。


「どう返す」


 最近、この問いが増えた。


 でも、嫌ではなかった。


 考える機会を与えられている。


 セレスティアは、少し考えた。


「若い令嬢たちに事務仕事を押しつけているのではなく、寄付者として支援の行き先を知る機会を設けている、と返します」


 ミリアが書き始める。


「慈善の心を学ぶことと、支援がどう届くかを知ることは矛盾しません」


 カインが頷く。


「続けろ」


「むしろ、心だけを学び、届き方を知らなければ、善意が途中で迷います」


 ローレン副監が小さく感心したように言った。


「善意が途中で迷う」


「少し詩的でしょうか」


「届きます」


 オルドも頷く。


「保守派への直接反論ではなく、共同寄付制度の説明文に入れるとよいでしょう」


 セレスティアは、白紙に書いた。


『共同寄付は、若い寄付者に事務仕事を押しつけるものではありません。自分たちの善意がどの支援分野へ向かい、どのように届くのかを知るための仕組みです』


 続ける。


『慈善の心と、支援の手続きは対立しません。心があるからこそ、届き方を知ることが大切です』


 さらに、リリアナの言葉を思い出す。


 帳簿は冷たいかもしれない。でも、灯油が届けば部屋は温かくなる。


 セレスティアは最後にこう書いた。


『若い寄付者が輸送費や燃料保管費に目を向けることは、慈善から離れることではありません。必要な温かさが届くまでを見ることです』


 部屋が少し静かになった。


 ミリアが、小さく言う。


「よいと思います」


 カインも短く言った。


「採用」


 その夜、セレスティアのもとへエミリアから短い手紙が届いた。


『セレスティア様』


『本日はありがとうございました。正式に受け付けていただき、皆でとても喜んでいます』


『ただ、夕方から少し噂を聞きました。若い娘が事務のようなことに関わるのは可愛げがない、と』


『少し落ち込みました。でも、私たちはやはり冬季輸送支援を続けたいです』


『輸送費は可愛くないかもしれません。でも、薬草や灯油が届くなら、必要だと思います』


 セレスティアは、その手紙を読み、すぐ返事を書いた。


『エミリア様』


『本日の共同寄付申し出は、正式に受け付けられました。ありがとうございます』


『輸送費は可愛くないかもしれません。ですが、支援を必要な時期に届けるために不可欠です』


『慈善の心と支援の手続きは対立しません。皆様が支援の届き方を知ろうとすることは、王妃基金にとって大切な一歩です』


『噂に揺れることもあると思います。その時は、報告書を読んでください。皆様の寄付が何を運んだのか、そこに記録します』


 署名する。


 王妃基金監査補佐官、セレスティア・エルフォード。


 その名前で、若い令嬢の一歩を支える返事を書いた。


 覚書には、こう書いた。


『冬季輸送支援共同寄付、正式申し出』


 次に。


『代表者エミリア・クラウゼン。若手令嬢有志。王妃基金初の共同寄付記録』


 さらに。


『寄付額競争にしないため、概要報告では代表者および有志一同。個別名は内部記録』


 少し間を置く。


『保守派から、若い娘たちを事務仕事に巻き込んでいるとの批判』


 その下に、今日の言葉を書く。


『慈善の心と、支援の手続きは対立しない。心があるからこそ、届き方を知る』


 最後に。


『輸送費は可愛くないかもしれない。でも、薬草や灯油が届くなら必要』


 ペンを置く。


 扉の外から、声がした。


「寝ろ」


「はい」


「共同寄付は通ったな」


「はい。小さな一歩ですが」


「小さくない」


 セレスティアは顔を上げた。


 扉越しなので、カインの顔は見えない。


「そうでしょうか」


「若い世代が、名誉ではなく支援分野で集まった。大きい」


 胸が少し温かくなる。


「はい」


「ただし、守れ」


「彼女たちを、ですか」


「制度も、彼女たちも。社交界は面白がる」


「分かっています」


「ならいい」


 少し沈黙。


 それから、カインが言った。


「今日はよく一歩を拾った」


「一歩を拾う?」


「見落とせば消える動きだった」


 セレスティアは、今日の若い令嬢たちの顔を思い出した。


 緊張しながらも、輸送費を支えたいと言った少女たち。


 あれは、たしかに拾わなければ消えたかもしれない。


「明日も拾えるようにします」


「そのために寝ろ」


「はい」


 灯りを落とす。


 若い令嬢たちは、車輪を支えたいと言った。


 保守派は、それを可愛げがないと言う。


 でも、車輪がなければ荷は届かない。


 薬草も、灯油も、保存食も。


 善意もまた、届くための道具を必要とする。


 セレスティアは、静かに目を閉じた。


 明日もまた、目立たない一歩を見落とさないように。

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