第2話 見慣れた、見知らぬ世界での目覚め
先ほどまでとは異なる穏やかな雰囲気、体を包む布団の柔らかな感触とぬくもり。
ここはどこだろうか?体を動かそうとするがまどろみと倦怠感で体が重い。
ふと、見渡すと傍らに人影がいた、それは見慣れぬ制服に身を包んだ見慣れぬ女の子。
見慣れぬ?
いや、自分は彼女を……知っている?
なぜ?
頭が混乱する。
意識がもつれる。
記憶が曖昧だ。
自分は誰だ?
ここはいったい?
「あっ、気がついた?」
目が合うと気さくに、だが心配そうに彼に話しかけてくる女の子。
可愛い。
とっさにそんなことを思うが、彼が口にしたのは別の言葉だった。
「君は…だれ?」
思わず口に出た疑問に女の子は眉をつり上げてくる。
「あー!ひどい!!妹の!結衣の顔を見忘れたの!?」
そう言うと結衣と名乗った女の子はそっぽを向いて頬を膨らませる。
「妹?」
見知らぬ自称妹に彼はベッドの上でわずかに首をかしげる。自分に妹などいただろうか?
わからない。いたようないないような。
戸惑う彼に対して最初は涙目でにらみ、膨れっ面をしていた結衣だが、一転して不安げな顔になり、
「もしかして、先生が言っていた意識の混乱?記憶喪失?本当にわたしのことわからないの?」
と彼の顔を覗き込んでくる。
「……わからない」
それすらどう答えればよいか分からず、彼はそう答えた。
それを聞いた彼女はなにかを決めたかのように小さくうなずくと、指で目尻をぬぐい、真剣な眼差しで彼を見つめると
「わたし、時任結衣。あなたの一歳下の妹。お兄ちゃんとはずっと一緒だったから分からないことがあったらなんでも聞いて」
真摯にこちらを見つめてくる自分の妹だと言う少女、その姿を見た彼の胸が痛む。
彼女を安心させてやりたい。しかし、どうすれば良いのか。
そんな戸惑う彼を不安そうに見ていた結衣はベッドの端に埋め込まれている装置のボタンに手を伸ばす。
「担当の先生呼ぶね」
呼び出しの音がわずかの間、鳴り、
「はい」
ベッドのスピーカーから女性の声がする。
「あ、すみません!兄が目覚めました」
「わかりました……315病室ですね、担当医がすぐに向かいます」
「……ここは?」
けだるさを感じながら彼は身を起こす。
「街の病院だよ。びっくりした。授業中に突然倒れたんだから」
その説明に彼は首をかしげる。
彼女の説明と自分の記憶が一致しない。確か、目が覚める前に最後に見た光景は……
夜中の、落下してくるビルの……
そこまで思い出して背筋がぞっとする、と同時に気付く。自分の身体には何の痛みもない。
彼は身をよじって自身を見渡し、布団のなかで手足を動かして具合を確かめる。
痛くもないし、手当ての跡も無い。
あんなことがあったのにこの身が五体満足なことが信じられない。
「そうだ!先生が来るなら、片付けないと」
そんな彼の内心など知らない結衣はそう言ってベッドの回りを片付け始める。
彼はその様子から目をそらし、部屋を見渡す。
飾り気の無い殺風景な広く白い大部屋、周りにはいくつかのベッドがあり、カーテンでしきられるようになっている。
結衣の話から考えてもここは病院の病室に間違いない。
だが、どうやらこの部屋を使っているのは自分だけらしく、周りのベッドの布団は畳まれ、空いている。
回りを見渡しながらふと、彼はベッドについている名札に目がいく。
「時任……春人?」
漢字とひらがなで併記されたその名前に春人は目を瞬かせる。
「どうしたの?もしかして自分の名前まで忘れちゃった?」
「い、いや。大丈夫」
手を休めて振り返り、心配そうに聞いてくる結衣の言葉に彼は首を振る。
名前の読み方は同じ、しかし…字が違う。
自分の名前は時透陽翔だった…はず。
それなのに、この名前が当たり前だと思う自分がいる。
じゃあ自分は一体……
背筋に冷たいものが走り、春人は辺りを見渡す。
そこは病室の窓際だったので、彼はふと窓の外を見る。眼下には駐車場があり、何台かの車が止まっていた。
だが、駐車していた車の一台がゆっくりと浮き上がると車輪を下に向けて折り畳み、やがて動き出すと、宙に浮いたまま旋回して道に出て、加速しながら上昇し、道の上を飛び去っていく。
「車が……空を飛んでる?」
思わず声をあげる春人。しかし、結衣は振り返って答える。
「車が空を飛ぶのは当たり前。それも忘れちゃったの?お兄ちゃんが免許取ってから買ってもらった原付二輪も飛ぶじゃない」
唖然とする彼の言葉に怪訝な顔をする妹。
「あ、ああ。そう……そうだよな」
とっさにそう答えるも、どうにも違和感がある。
車が空を飛ぶのはおかしいと感じる自分と、当たり前と感じる自分。
まるで自分のなかに二人の自分がいるような感覚。
そうしているとやがて医者らしき白衣の男性が看護士と思われる女性をともない、病室に現れる。
彼らはしばし、病室に持ち込んできた見慣れぬ機械で彼の体の状態を確認していたが、
「あの?ここはどこなんですか?」
「ここは辰巳地区の総合病院ですよ、時任くん」
おずおずと尋ねた春人に即答する医者の先生。
その返答に春人は首をかしげる。
辰巳、十二支由来の辰巳だろうか?
にしても、家の近所に辰巳なんて名前の病院などあっただろうか?
それとも、どこか遠い町の病院だろうか?
単語の響きから日本には違いないだろうが、いったいどこなのか覚えがない。
「辰巳の総合病院ってどこにあるんですか?」
その問いに先生はしばし春人の顔を見て考えていたが、
「……ここはゼフィル共和国の自治恒星系、天照の第三惑星「地球」の首都、奇振都」
「はっ?」
聞いたことのある単語と聞いたことのない単語、馴染みのない地名に彼は唖然となる。
ゼフィル共和国?アマテラス星系?地球の首都?
それに槵觸って神社の名前じゃないのか?




