第19話 宇宙への第一歩
そうしていると宇宙港の入り口が開き、そこから軍服姿の、額に角を生やした鬼人の女性が異形の大男をつれて出てくる。
大男の方は頭がファンタジーものに出てくる竜のような形をしていた。
「鬼人の女性士官か。あれが案内役だな。隣は竜人か。副官か護衛だな」
土方がささやく。
「お集まりのみなさん、わたしは案内を勤めさせていただくゼフィル共和国、異星文明調査局のイーテニス・ヴァルモート大尉」
額と耳の後ろから角を生やした軍服を身に纏った女性士官が一同に告げる。
「こちらは副官のディアント・フルス少尉」
イーテニスの紹介を受けた竜人は無言でうなずく。
簡単な挨拶を済ませたあと、参加者にゼフィルが手配した連絡船の指定席が配られる。
近くにいたためか春人らは隣同士であった。
「仲良くしようぜ」
「は、はい」
土方の言葉に春人は警戒しながらもそう答える。
春人らは彼らに連れられて搭乗手続きを済ませると、軌道上の宇宙船の発着場に向かう。
手続き自体は春人が知る前世の地球の空港とそれほど変わらなかった。
荷物を預け、奥に進んだ春人の前に巨大で長大なレールにのせられた、翼の無い飛行機のような外観を持つ月との連絡船がたたずむ光景が飛び込んできた。
だが、それを見た春人は不安を覚える。
「あれでいくのか」
「どうした?」
不安げな春人に土方が聞いてくる。
「いや、あれで飛べるのかなって」
その問いに土方は覚えがあるのかニヤリとしながらうなずく。
「立体質量投影機のおかげでな、エンジンや操縦室、客室以外の滑空用の翼や大気圏突入装備は必要に応じて出力されるのさ」
「ああ、そうか」
土方の答えに春人は安堵する。
立体質量投影機。この世界では個人の携帯の立体映像にも使われているほどに普及した、粒子を空中で固定して実体化できる技術。
出力に電力を使うため、航空機の客席などの主要構造物やエンジンのような複雑な機構のものは出力できない。そのため、携帯の立体映像や車が浮遊走行するときの姿勢安定用の補助翼や二輪車の風防や防護外殻等に使われている。
また、制御技術を応用したある程度の情報の交信が可能となっているため、車から人型等への変形によって操縦系が変化する多機能重機の操縦系、パソコンのキーボードの代替等の電子機器の操作等に使われている。
土方に言われ、春人も原付二輪の免許を取るとき、浮遊走行の講習で基本を習ったのを思い出した。
「月まではちょっとした海外旅行みたいなものさ」
機内に入り、そう言って指定の席につく土方。
陽葵の席はその隣であった。
春人はさりげなく陽葵を自分の席に座るよう促し、自分は陽葵が座るはずだった土方の隣に座る。
座席の姿勢固定用のシートベルトを締める。
ふと、春人が窓から外を見ると船の外観には先程にはなかった大きな翼が存在していた。
その事に春人は驚く。
頭では分かっていても窓の外に映る翼が機械によって一時的に出力されたものとは思えない。
「本船はこれより離陸します。案内があるまでは固定具を外さないようお願いいたします」
その発進のアナウンスが流れてしばらくの後、客室がわずかに揺れ始め、次第に春人は座席から前に向かって強く押し出されるのを感じる!
その勢いは急激に早くなり、連絡船は加速しながら空に向かって伸びるレールを走り、やがて飛び立つ!
座席で加速に耐えながら春人は窓を見る。
そこには前世では映像でしか見たことがない、高高度から見下ろす青と緑の大地があった。
やがて窓から見えていた青い空が次第に黒くなり、彼方に輝く太陽の光が強くなってくる。
窓には遮光処理がかかり、日差しの強さが和らぐ。
そして体には、奇妙な浮遊感が起きる。座席に固定されていないと浮かんでしまいそうな不安定さを春人は感じ始めていた。
「周回軌道に入ったな。まだ自由に動けないが、宇宙と地上は勝手が違うから気を付けろ」
土方の言葉に春人はうなずく。
「星を一周したら第二次加速に入る。そうなったらこの星とはしばらくお別れだな」
内心まだ戸惑ったままの春人に隣の先に座る土方が説明してくれる。
窓の外の光景は宇宙の闇と地球の緑と青が広がっていた。
「…そういえば」
しばらくすると春人も状況に慣れたのか落ち着いたので、座席についたまま、ふと土方に向けて疑問を口にする。
「この世界にはスペースコロニーとかは無いんですね?」
土方がニヤリと笑みを浮かべてうなずく。
「SFで出てくるやつだな。俺もはじめはそう思った。だが、前世とこの世界の俺の記憶とか知識が混ざりあううちに分かった。
宇宙に人工物をつくって住み続けるのは楽じゃない。作るだけではなくて維持するのにもな。
人が作ったものは必ず壊れる、そして壊れたら直さなきゃならない、そのための金と人手がいる。水、空気、人が管理するあらゆる施設にだ。
日本の新幹線や高速道路と同じさ。
さらに太陽から降り注ぐ放射線による外壁の劣化、隕石やごみの衝突に備えるための迎撃施設。
大気のある地球なら放射線も隕石の落下も気にする必要がない。
俺達が今から行く月もそうだ。クレーターを利用して機密空間をつくって生活している。
岩盤を掘って生活空間を確保するのは楽じゃないが、一から総てを作って管理するよりはコストがかからない」
土方の言葉に春人はうなずく。
やがて船は第三惑星を周回する軌道を一周するとその軌道から離れ、月への軌道を取る。
連絡船の外部には翼に代わって恒星から放たれるプラズマエネルギーを推進力に代える磁気推進帆が出力されていた。
初めは窓いっぱいに見えていた青い星が後方へと去ってみるみる小さくなっていき、真っ黒な宇宙が窓の外を占める。
「本船は月への軌道を取りました。月軌道への侵入までは自由となります」
姿勢固定帯着用厳守の表示が消えたので、春人はシートベルトを外し席を立とうとする。
「うわっ」
癖ですぐにシートベルトをはずして歩き出そうとした春人は席から立とうとした勢いでふわりと浮かんでしまう。
宙でじたばたともがく春人に土方は白眼を向けながら近くの手すりに捕まって手を伸ばす。
「だから言っただろう。無重力経験は小学校で受けたはずだ。思い出せ」
「そ、そうだった」
はじめてのはずの無重力経験、しかしこの体は覚えている。
とはいえ、春人のような参加者は他にもいるらしく、客席の中でふわふわと宙に浮かんでいるのが何人かいる。
「月までは30分程だ。どうだ?それまで行き先の予習をしないか?」
席に座り直した春人は陽葵と隣に座る土方の三人とでこれから行く月と第四惑星についての復習となった。




