第15話 並行世界の日本
春人から並行世界とはいえ自分達が去った後の地球の話を聞き終えた秀勝は唸る。
「うーむ、信じがたい話だが嘘ではなさそうだな。日本が戦後そこまで発展し、そして衰退しているとは。
そしてあのソビエトが21世紀を前にすでに解体されていたとは」
秀勝はそこで言葉を切り、何事かを考えていたが、やがて口を開く。
「前に言ったがわたしは戦争に負けるまで日本が支配していた満州で産まれ、両親と共にソ連軍に追われながら日本に来た。
だが、戦後日本は戦争に負け、失った領土から引き上げてきた人々で溢れていた。そんな日本に我々が住めるところはなく、困っていた。
ほどなく政府による移民政策が再開し、我々は南亜米利可に向かう、はずだった」
それはさんざん聞かされてきた昔話。しかし、前世という形でその世界を知る今の春人にとってはそれまでとは別の印象であった。
「ここにつれてこられたと」
「うむ、事前に説明は受けていたがな、だがわしら移民を乗せて南米に向かうはずだった船ごとここに連れてこられたのには驚いたぞ」
秀勝は昔を懐かしむかのようにうなずく。
確か、その時の船の一つは今は地球からの移民と開拓の足跡を遺す博物館になって、奇振都の端にある港の片隅に停泊しているはずである。
春人は昔、祖父らに連れられてそこに行ったことを思い出していた。
「その後数十年、我々はクアモデス閣下の尽力のもと、ゼフィル共和国と交渉しながらなんとかこの星を開拓し、生きぬいてきた」
「…うん」
春人も思い出していた。会うたびに聞かされていた祖父の昔話を。
見渡す限りの大自然をゼフィルから提供された重機と人力で開墾し、建物を建て、街を築き上げていった事を。
「わしらはゼフィル共和国とクアモデス閣下に恩がある。いつか来るであろう選択の時が来てもその事は決して忘れてはならぬ、良いな」
秀勝は春人の顔をまっすぐに見つめる。
「じいちゃん」
春人も彼の顔を見る。
秀勝は真剣な眼差しで春人を見ている。
「春人よ。例え地球との交流が実現してもわしは地球に戻るつもりはない。日本にも亜米利可にもよい思い出がないからな。だから、わたしが死んだらこの地に骨を埋めてくれ。ひいじいさんたちのようにな」
春人は無言でうなずく。
そのさまに秀勝は満足したか、
「土産だ、食べて元気になれ」
持参した手荷物から見舞いの品として果物を取り出すと、
「わたしは帰るぞ。またな」
そう言って秀勝は帰っていった。
秀勝が持ってきてくれた果物を味わいながら春人は考えていた。
ここの人らにとってテラ、日本は過去でしかないのだろうか?
だが、ここの人々が皆、祖父のような考えばかりではないだろう。
「やっぱり行ってみるしかないか」
そう呟くと春人は病室においてある、ユリウスから預けられた封書に目をやる。
そうしていると、やがて日が傾きだす。窓から西日が差し込み、院内が若干慌ただしくなる。
そんな頃、
「ここだよ、遠慮しなくていいからね」
病室の入り口から結衣の声が聞こえ、二つの足音が近づいてくる。
軽快な足取りで姿を見せた結衣、その後ろからおずおずと入ってくる一人の女の子。
その女の子は、結衣と同じ制服を着ており、おどおどとこちらを見る様から気弱そうな印象を受けた。
「は、はじめまして、わたしは鷲津陽葵と言います。
時任先輩ですよね?
えっと、妹さんに教えてもらいましたけど、先輩も別の世界、日本からこの世界に来たんですか?」
探るように恐る恐る尋ねてくる陽葵、
「ああ。よかったら聞かせてくれないかな」
不安げな彼女を安心させようと春人は笑みを浮かべてそう言う。
「……はい」
そんな春人の様にわずかに笑みを見せると陽葵は椅子に座り、躊躇いながら話し始める。
「あの日、ううん、その前から日本は世界規模の戦争に巻き込まれていて、外国の軍隊が日本にも攻めこんできたんです。
確か自衛隊とアメリカ軍が応戦していたけど町はどんどん破壊されていって、
わたしは両親と一緒に日本から逃げ出そうと船に乗り込んで日本を出ようとした。でも、船が沖に出た辺りで突然爆発が起こって、海に投げ出されて」
話しながら次第に陽葵はうつむき、肩を震わせながら話をしている。
「海のなかをもがきながら沈んでいって、意識が遠くなって、気がついたら…」
「こっちに来ていた?」
「うん」
小さくうなずく陽葵。
その話を聞いた春人は首をかしげていた。
「どうしたの?」
「いや、なんか俺のいた世界と微妙に違うなって」
春人の記憶に残る彼がいた日本もまた、どこかの国と戦争にはなった記憶だが、そこまでではなかった。
日本が攻撃をされるようになったのはアメリカ軍が日本から撤退して自衛隊だけになった辺りだった気がする。
その言葉を聞いた結衣が春人のそばに立って耳元でささやく。
…クアモデス閣下がおっしゃっていたよね。いろいろな平行世界の人が転生してきているって…
そのささやきにうなずく春人。
陽葵は顔をあげ、春人の方を見る。
「?じゃあ、もしかして先輩とわたしは違う世界の日本から来たんですか?」
「…かもしれないな」
確信を持てないながらにうなずく春人
「そう…なんだ」
「もう少し話してくれないかな?」
春人にそう促され、陽葵はいくつかのことを話してくれたが、やはり春人の記憶とは微妙に食い違う点があった。
政治家の名前、その時々で話題になった芸能人、陽葵が口にした名前には春人には聞き馴染みのない名前もあり、春人があげた名前に陽葵が首をかしげる事もあった。
その事で春人は確信する。
この子はやっぱり自分とは違う世界の日本から来た事を。
だが、陽葵は、
「ありがとうございます。このこと誰にも話せなかったから、話せてよかった」
そう言って顔をあげた彼女の顔は少し明るさを取り戻したように見えた。
「少し元気になったね」
結衣が微笑む。
「うん、ありがとう、時任さん」
「結衣でいーよ。
あ、そーだ。じゃあ、わたしも鷲巣さんの事、陽葵ちゃんて呼んでもいいかな」
「…うん、ありがとう。結衣ちゃん」
そこで微笑む女の子二人。




