第12話 兄と妹
「どうだった?」
院長の見送りを受けたユリウスが連れていた部下と別れ、病院の駐車場に待機していた車に乗ると、運転席に座っていた軍服姿の女の子がユリウスに訪ねてくる。
「もちろん戸惑うさ、いきなりこんなところに来たんだからな」
「まあね」
女の子は運転席の機器を操作して、自動運転で車を発進させる。
舗装された道路からわずかに浮かび、走りだす車。
「にしてもなんでここ最近になって日本人の転生が起きているんだろう?」
女の子の呟きに、手にしていた板型の電子端末を操作していたユリウスが答える。
「聞き取りの報告書には転生者が来る前の世界は社会の閉塞感と先の見えない不安や失望が共通している、とあるな」
「つまり社会不安によって人々が来世への転生を望むようになっていると?」
女の子が運転席の前に映し出されている表示に目を向けたまま尋ねる。
「それだけでは説明がつかないがね」
「ふぅむ」
そこから彼らの話は春人と結衣の話になる。
「へえー
そんな子がいたんだ」
「昔のお前みたいだったぞ」
ユリウスの言葉を聞いた女の子はにやりと笑みを見せる。
「それはそれは。きっとお兄さん思いな女の子なんだろうねー」
女の子は心当たりがあるのか、にやりと笑みを浮かべていたがユリウスは、
「何を言っているんだか」
と呆れ顔で睨んでいた。
そんな二人を乗せた車は車道上を飛びながら北に向かって飛び去っていく。
一方、
ユリウスらが去ったあとの病室は微妙な空気が支配していた。
結衣は彼に背を向け、窓の外の世界を眺めており、ベッドに座る春人は自分の事を彼女にどう説明したものか迷っていた。
だが、やがて結衣が背を向けたまま口を開く、
「あなたは…お兄ちゃんじゃないの?」
その問いに春人は口ごもる。彼女にどうやって説明すればよいのか。
何しろ今の自分の境遇に関しては自分自身でさえ戸惑っているのだから。
「いや、その」
「どうりでおかしいなって思った。昨日から話していてもなんか違うし」
しどろもどろな春人が答えをためらっていると、背を向けたまま窓から外を眺める結衣がそう告げる。
気づいていたのか。
春人は彼女の鋭さに戦慄する。と同時に自分から告げられなかったことに罪悪感を覚える。
「物心ついてから十何年、ずっと一緒にいたんだからそのくらい分かるよ」
春人の内心を察したかのような結衣の言葉に彼は胸の痛さを覚える。
「でも、うん、説明聞いて何となくわかった。あなたとお兄ちゃんは同じ人なんだよね。元帥閣下もこれから徐々に記憶と人格が統合されてひとつになるっておっしゃっていたし」
それは、まるで自分自身に言い聞かせているかのようである。
「そう…なのかな?」
そう言われても春人にはあまり実感がない。
いや、確かに昨日まで解らなかったこの世界についてかなり思い出している。反面、前の世界での自分の家族構成などについての記憶が曖昧になっている部分がある。
「お兄ちゃん、わたしとのこと忘れちゃった?」
「…いや」
そう言われて春人は、少しずつではあるが彼女とのことを思い出していくのを感じていた。
存在しないはずの記憶、しかし、それは鮮明に覚えている。
いや、思い出したと言うべきか、
小学校時代、せがむ彼女に勉強を教えた記憶、新しく産まれた下の兄妹たちの相手に悪戦苦闘した記憶、そのときも彼女はいつも一緒で、周りからからかわれていた。
「それじゃあ結婚できないぞ」
そのからかいの声に彼女は、
「大丈夫、必ずお兄ちゃん以上の人を見つけるから」
そう言って皆を笑わせていた。
その記憶に春人は自然と笑みが浮かぶ。
気がつくと結衣は振り返っていた。
赤く染まった空を背に結衣は微笑む。
「よかった。お兄ちゃん、これからもよろしくね」
にこやかな笑顔の妹、だが、その目尻にうっすらと涙が見えたような気がした。
それを見た再び春人の胸が痛む。妹を泣かすなよと、もう一人の自分ににらまれたかのような気がした。




