大いなる愛の選択をするか否かなのです
おはようと 子にかけること うれしかね
親のさすらい かわる子のうた
人は愛そのものであります
生まれた時からそれを知っているのであります
愛とは性的であり成長であり喜びであります
覆い隠されしは大人のエゴで子の可能性をつぶすことなのです
親が罵詈雑言を吐き同意のない暴力をすることはその未来を子が形作ってしまう
子は親の背を見て感じている隠している微細な信号でえも
現実という幻想に従う大人は何も考えたくはないのであります
責任を持ちたくないし従う方が楽だからであります
ここではそれを咎めることをするのが要ではありません
分けへだてはありません
そういう大人方が大勢なのだということを知っておいてほしいのです
親が子に「おはようございます」「おやすみなさい」「ありがとうございます」「ごめんなさい」「いただきます」「ごちそうさまでした」と教えることはそんなに難しいことでしょうか
いつなんときもそのようなありがたい心構えでいれば世は美しく見えるでしょう
そうあると決めているから
親が身を持って真を教え体現していいことあると示す
そうさねば子が大人になっても子はそのままでしょう
今のあり方が現実の歯車を動かします
座すトキトコロに居らずいつまでもさまよっているようでは苦しみと破壊しつくす現実をめぐるのであります
今の今まで太古の昔から残されてあることがらの意味は必要としてあるからではないでしょうか
意志があるのです
見ようと思えば感じようと思えば見え感じるものです
御魂相応に
生目の目の前にあるともがら送られた成長できる本をどう扱うかはあなた次第であります
手にしようがしまいがすべては源へと繋がっています
どちらを選んでも構わないのです
あなたのより喜びへと進めばよいのです
選ぶ想念 磨く言の葉 響けこの歌
我がゆりかごから脱し身魂輝かせる誇りと尊厳あるあり方を選びましょう
そういう選択肢もある
ただそれだけのことなのです
すめらすめら
かわるかわる
うれしうれし
たのしたのし
ありがたいありがたい
愛する愛する
出会いに感謝出会いに感謝
杉乃中かう 拝




