男爵令嬢リリーの不幸も幸せも暖炉は知っている
男爵家三女のリリーの好きなことは本を読むこと、苦手なことは家族や親しい友人以外と話をすることだった。
リリーは自分の性格と家計を考えると結婚は無理なので、働くことを希望していた。王都の図書館の写本部で働きたかった。他人との関わりが少なくて済むからだ。
読みやすい字を書くよう心掛けているし、母国語だけではなく他国語も勉強しているし、古語の勉強もしている。魔法学もがんばった。学院の先生にはなかなかいいと褒められている。
しかしリリーは採用試験に落ちてしまった。
部屋は暖炉で温められているはずなのに、冷える。
「お父様、試験に落ちてしまいました」
「ああ残念だが仕方がない。公爵領の図書館の職員の試験はこれからじゃないか」
「これからですけど……」
リリーは困ってしまった。公爵領の図書館は規模が大きかったが、部門ごとではなく図書館職員ということで募集をしている。彼女は図書館で働きたいのではなく、写本部で働きたいのだ。図書館は部署によっては利用者と接することが多い。自分がそこで対応ができると思っていなかった。
「お父様。来年も写本部の試験を受けて良いでしょうか」
あまりにも落ち込む娘を父親は哀れに思った。
「仕方ない。来年だけだよ。来年も落ちたら別のところで必ず働くのだよ」
「ありがとうございます。お父様」
落ち込んでいられないと勉強に打ち込むリリーの元へ手紙が来た。受けていない公爵領の図書館から採用したいとの手紙だ。説明をしたいので伺いたいとあり、日程を調整した。
数日後に公爵領の図書館の館長である公爵家の次男ジャンが来た。
「リリー嬢は王都の図書館の写本部の採用試験に落ちたと聞きました。しかしあの気難しい先生に褒められるほど優秀だと伺っています。ぜひ我が図書館の写本部で働いてくれませんか」
「はい、喜んで」
リリーの即答に同席した父親もジャンも驚いていた。
ジャンは王都の親しい図書館員から聞いていた。某侯爵家の三男を採用したために能力はあるが男爵家のリリーが落とされたと。
ジャンは今までにも家柄ではなく能力で何人もスカウトして成功していた。
リリーは期待の応えようと働いた。分からないことを覚えるのに『話すのが苦手』と言っている場合ではなかった。積極的に教えを請うた。
ある書物を通して二人がお互いを意識して付き合うようになり、結婚するのは少し先の話。
暖炉の前で子どもに絵本の読み聞かせをするのは、その少し先の先の話。