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第7話 ゾルマ、推参

 信介の体調が治り、一行はクロスドリアに向けて出発した。

 現在の天候は綿雨。甘そうな名前をしているが降ってくるのは風に乗ってどこからか運ばれてきた綿である。当然食べれるわけもなく、口に入ったら喉で詰まる。


 綿は湿った地面に落ちては大量の水分を吸っていた。




「この次に降るのが通常の雨らしいですから、なるべく進んで雨宿を見つけられたらいいですね」


 病み上がりである信介の隣を歩くレイラは綿を手に乗せては地面へ放すという行為を繰り返していた。


「信介さん、疲れたらすぐに言ってくださいね」

「綿がチクチクして痒いな…」



 プレッツ三姉妹は大きな袋を広げて落ちてくる綿を集めている。常に雨が降るレインランドで植物の栽培は主に地下施設で行われる。そのため綿が貴重な物というわけではないのだが、それでも売れば金になるのだ。


「ワッハッハッ!モコモコだー!うべっ!」

「ナナ!大丈夫か?」


 足を滑らせて転んだナナに信彦が手を貸す。立ち上がった彼女の前面は泥と綿で汚れてしまっていた。


「イッテッテッ…」


 すると彼女は背負っていた杖を手に持って魔法を発動。衣類に付いた汚れを綺麗さっぱりに落とした。それを見ていた信彦は「ほぉー」と声を出して感心していた。


「ワッハッハッ!凄いでしょ?まあ、薬専門の魔女だから大したことは出来ないけどね」

「僕も練習したら使えるようになるかな?」

「興味ある?だったら私が師事してあげよう。というわけでまずは体力作りからだ!」


 そう言うと信彦の背中に回って、ピョンと跳ねて肩車の姿勢を取った。急なことだったが信彦は怯むことなく、そのまま前進した。


「…歩くの疲れただけでしょ」

「ワッハッハッ!さあ走れ信彦号!目指せクロスドリア!」

「あぁズルいです!」

「私モー!」


 そうしてナナを乗せて走る信彦の後ろを三姉妹が付いていき、彼らは先に遠くの方へ行ってしまった。




「元気なやつらだなぁ…どうした?」

「いや…私が小さかった頃、お兄様もああやって遊んでくれたのを思い出して…」

「肩車してやろうか?」

「恥ずかしいので結構です…それに重いですし」

「そうか?前に背負った時は軽かったけど…イテッ!」


 脛を蹴ったレイラが早歩きするので、信介もそれに合わせて歩幅を広げる。しばらく進むと信彦と三姉妹、その四人にまるで騎馬戦の騎手のように運ばれるナナに合流した。


「ゾルマが出たぞ!」

「保津!敵だ!」

「ヤバイわよ!」

「もう私達終わりです~!」

「ゾルマ!」

「ゾルマですって!?」


「…誰?」


 昨日レイラから話を聞かされたが、信介は途中で寝てしまったので知らないのも無理はない。


 ゾルマ。英雄の雨傘ブレイブレラを持つ皇軍最強の戦士である。英雄の武具の力も()ることながら、魔物100体斬りの実力を持つ剣士。今の信介達など一瞬で倒されてしまう。



 遠方に見える鎧の剣士ゾルマは傘を地面に突き立て、信介達が歩いて来るのを待っていた。


「めっちゃ強そうだな…信彦、あいつはどうやったら倒せるんだ?」

「いやいやどう見たって今勝てる相手じゃないでしょあんなフルメタル剣士。うん、一旦下がろう。レベリングだ。魔物倒しまくるぞ」


 そうして歩いて来た道を引き返そうとすると、ゾルマが動いた。彼が傘で地面を叩くと、逃げようとしていた信介の背後に炎が立ち上がる。そして炎は彼らを包囲する壁となったのだ。


「おい、こうなったらどうすればいいんだ?」

「知るかよ!これは…アレ、負けイベ。絶対に勝てないから安心して負けていい」

「安心なんて出来るか!俺達負けたら殺されるかもしれないんだぞ!」

「ゲームだとこういう場面は珍しくないの!RPG履修してないのか?」


 そうして言い争いをしていると…



「俺はいつまで待っていればいい!?」


 ゾルマは叫ぶ。ここまで緊張できる環境を用意してやったのに、なぜお前達は言い争いをしているのかと?


 それを見て申し訳なく思った信彦が前へ進み、それを見た信介達も恐る恐るその後ろを歩く。信彦はちょうどいい位置で止まった。だがタイミングは悪く、後ろを歩いていた信介から次々と玉突き衝突。


 そうして彼を下敷きに全員が転んだ。


「妙な魔力を感じたので飛んで来たが…」

「あ、話し始めちゃうんだ」

「男二人、お前達が異世界から来た敵だな。俺はゾルマ。この国最強の剣士にして皇軍のブレインソードマン」


 ブレインソードマンとは、指示を出しながら最前線で戦う役職の名前であり、ゾルマは皇軍を自由に動かせる最も強い権力の持ち主でもあるのだ。


「早速俺達を消しに来たってわけか…」

「殺生は好みでない。異世界の者達、お前達にも帰りを待つ者がいるだろう」


 ゾルマは傘を握り、横に一振放つ。すると何もない空間に裂け目が出現。そこからは信介達の通っている学校が見えた。


「道を繋げてやった。元の世界へ帰るがいい」



 今のゾルマに攻撃の意思はない。信介と信彦を元の世界へ送った後、レイラ達は追い払うつもりでいる。言う通りにすれば誰も傷付くことはない。


 しかし彼らの意志が退くことはなかった。


「レイラ、傘だ」

「え…戦うつもりですか?」


「あいつの傘を取り上げないと雨天皇は倒せないんだろ…だったら好都合だ。そうだろ、信彦」

「確かに…選ばれし勇者二人、力を合わせて頑張ってみるか」

「自らを勇者と呼ぶか…武器を取れ!この皇軍ゾルマ、雨天皇の敵となる者はたとえ子供であろうと容赦せん!」


 レイラがリュックを叩いて合図を送る。そして中にいたジョネスが傘を2本、それぞれ2人の目の前へ射出した。


「信彦さん!それは突撃傘ストライクです!閉じた状態で高速移動を行い、接触と同時に開放で大ダメージを与えられます!」


 信介にはこれまで通りレイラの兄の傘が届いた。手に取ったこの瞬間から、彼の身体にはエネルギーが満ち溢れている。


「保津、作戦だ。君があいつの気を引いて隙を作れ」

「そんでお前が突撃するってわけか。分かった!」


 信彦は傘を閉じたまま、ゾルマを中心に高速で走り始める。ゾルマは敵の策を聴いていながらも、信彦には目もくれず、走り出した信介に注目している。



 雨が変化し、綿雨から通常の水滴に変わる。信介は雨粒に打たれながらもそのスピードを落とすことなく、ゾルマに連続攻撃を放った。


「…右拳、右拳、左足…お前、なぜ傘を使わない」


 攻撃は何1つ当たらない。それどころか相手には喋る余裕がある。負けん気でいた信介は焦りを覚えていた。


「なぜ傘を使わないかと聞いている!」

「うるせえ!」


 足を力強く踏むと地面が割れる。地面が形を変えていくが、ゾルマは動揺せずスタスタと隆起する土を飛び移り、素手でしか戦わない信介を見下ろした。


「降りてこい!卑怯だぞ!」


 信介は馬鹿ではない。同じように飛び移って仕掛けでもすれば、身動きの取れない空中で攻撃を受けると分かっていた。


「その傘…大切な物なのか」

「だったらどうした!」

「魔術による加工を受けた形跡がない。つまりそれは元々は普通の傘だったということだ。だが今はそうしてお前を強化している…希に有るのだ。普通の傘から何らかの力が作用して能力持ちの傘へ変化する物がな…どうだ?この傘とトレードしないか」


 そうしてゾルマは石突きを持って、傘のハンドルを信介に向けてきた。

 差し出されているのは目的である英雄の武具の1つだ。対してこちらはただ肉体を強化する能力を持った傘である。


「いい話だな」

「信介さん…?」


「だけどこいつはレイラの兄ちゃんの形見だ!お前にはこれでもくれてやる!」


 そうして何をしたかというと、土を蹴り上げてゾルマの顔面に直撃させたのだ。


「これでどうだ!」


 隙を見て、背後から接触した信彦が傘を開く。衝撃を喰らったゾルマは足を引き摺りながら前方へ打ち出された。


「ナイスコンビネーションです!」




「流石に油断し過ぎていたようだ…」


 攻撃を受けたゾルマの声がすると、レイラ達は急いで信介達の元へ逃げてきた。まだ相手は立っている。それどころか傷一つ付いていない。


「もう一度だ!」


 信介と信彦は同じ作戦でゾルマに仕掛ける。


「ならばこちらは、心の剣を抜かせてもらおう…超斬武踏(ちょうざんぶとう)!」


 一呼吸して彼が振った傘と、正面から殴り掛かった信介の拳が衝突。突然、信介の身体が傷だらけになった。


「心配するな。お前にも味合わせてやる」


 血を噴出させる信介を見た信彦は急接近する。そしてフェイントを掛けて倒れた仲間を抱えて逃げ出すが、ゾルマは超高速の摺り足で追尾した。



 信介を抱えたままではいずれ追い付かれる。しかし彼を捨てれば、間違いなくゾルマに殺されてしまうだろう。


「…皆!1ヶ所に集まれ!そして隣にいる人をしっかり握って!」


 信彦に言われるままレイラ達は動く。彼女達も守らなければと、彼は覚悟を決めた。


「超斬武踏からは誰も──」

「いっけええええ!」


 そして信彦はストライクを地面に突き刺して開放。衝撃を受け、地面がバラバラに砕けて宙へ浮かび上がった。


 先程、信介の足踏みで地面は脆くなった。それでもレイラ達が立っていた土は硬く、衝撃を受けても崩れることなく前方へ飛んで行ったのである。


 しかし、信彦達の姿はまだそこにない。他にも浮き上がった地面を渡って、レイラ達のいる場所を目指していた。


「逃がさないぞ!」

「しつこいなぁ!」


 一緒に飛ばされたゾルマも同じように移動し、信彦を仕留めようと迫って来ていた。



 そして再び傘を振ろうとした瞬間である。


 突如、眉間に何かを喰らったゾルマが姿勢を崩し、呆気なく地上へ落ちていく。


「ナ~イス!」

「多分あれでも生きてるんでしょうね…」


 援護を入れたプレッツ三姉妹の次女ツナは畳まれたレインガンを手にしていた。




 信彦達は彼女達が乗った地面へ飛び移る。先程戦っていた場所から離れて向かう先には、目的地であるクロスドリアがあるはずだ。


「信彦、いい判断だったわよ!」

「信介が地面を砕いてくれてたから逃げられたんだよ」


 ジョーノとはハイタッチしつつも、自身のファインプレーを誇ることなく謙遜した。



 このままクロスドリアに近付けるのはいい。しかし問題なのは信介の状態だ。


「治療するからね」


 傷だらけの信介にナナが回復魔法を使う。しかし完全に傷は塞がらず、血は止まらなかった。


「ごめんね、私じゃ出血を遅らせることしか出来ないよ」

「皆さん!着陸しますよ!衝撃は和らげるので、舌を噛まないように!」


 彼女達が乗っていた地面が地上に近付く。そこでレイラは魔法の傘を用意。石突の向けた先にある物体の硬度を変化させるコーナンヂッテという代物だ。


「いきますよ!」


 レイラが石突を地上へ向ける。一見すると何の変化もない。しかし浮いていた地面は接地した瞬間、砕けるのではなくそのまま吸い込まれていった。グイーンっと限界まで沈んだところで傘を閉じると、地面は硬化してその状態に固定。


「着陸成功です!」



 それから全員で力を合わせ、深い穴を這い上がった。



 信彦の計算は完璧だ。彼らは既にクロスドリアの前まで到着していたのである。


 血だらけの信介を運び込んで注目を浴びた彼らに液晶の天井が広がる華やかな街並みを楽しむ余裕があるはずもなく、真っ先に病院へ駆け込んだ。

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