第4話 シクシック
三姉妹を仲間に加えた次の日。現在の天候は普通雨。
ぬかるんだ草原を進み続ける信介達の正面に街が見えてきた。
「アレです!あれがドロップシティです!」
レイラの足が早まり、それに合わせて信介達も歩幅を広げた。
「着いたらまずは装備を整えましょう。お金は私が出すので御心配なく」
「とうとう冒険らしくなってきたな!なぁ保津!」
「あぁ…」
テンション高めの信彦に比べ、信介は疲れた様子で雨の中を歩いていた。
「はぁ…はぁ…」
視界が霞んでいた。街に向かって歩いてるはずなのに、逆に遠ざかっているようにも見えた。
バタンッ!
「保津!おい、大丈夫かよ!?」
「信介さん!」
信介は傘を手放して泥に倒れた。
それから彼が目を覚ますまでに数時間が経過した。
「…あっ…」
「信介さん、大丈夫ですか?」
信介はベッドの上で目を覚ました。レイラは椅子に座って様子を見ていたようだ。
身体を起こそうとしたが、異常に怠く動くことも出来い。
「酷い熱なんですから無理しないでください。今、信彦さん達が薬の材料を集めに行ってます…どうしました?」
信介は自分のいる部屋をキョロキョロと見渡していた。生活感が強く、病院なではないようだ。
「ここはどこだ?」
「私の実家です。信彦さんがおんぶして走ってくれたんですよ」
「借りを作ったみたいだな…悪いな」
ボ~ッと部屋を見渡していると、ある物に注目した。
それはすぐそばに座る彼女よりも幼い姿のレイラと両親、そして兄らしき人物が写った写真だった。
「体調悪いなら言ってくださいよ。そしたら出発を遅らせることも出来たんですよ。何か食べられそうですか?」
「冷たいゼリーとかなら」
リクエストを聞いたレイラはキッチンへ移動した。少女が1人出ていっただけで、部屋はやけに静かになった。
「…はぁ」
「ぐすっ…」
少しすると鼻をすする音がした。なんと信介が天井を見つめ、必死に涙を堪えようとしているのだ。
「静樹…父さん…母さん…」
ホームシックである。アノレカディアに来て2日経った。しかし未だに帰る手段は見つからず、冒険がいつ終わるのかも分からない。凶暴な魔物がいるこの世界で命を落としてしまう可能性だってある。
とにかく、信介は家族と会えないのがつらかった。病は気からと言うが、もしかしたらこのホームシックが熱の原因かもしれない。
「何でこんなことになってるんだよ…」
「ホームシックぐらいでメソメソすんなよ」
「うわあああああジョネス!いたのかよ!?」
あまりにも突然の声に思わず身体が起き上がる。ジョネスは部屋の隅に用意された専用のクッションで横になっていた。
「ぐすっ…お前に俺の気持ちなんか分かるかよ!」
「相談されなきゃ分かることも分からねえよ」
「堀田は平気で異世界楽しんでるんだぞ!なのに俺だけホームシックなんて恥ずかしくて相談出来るかよ!」
ガチャッと扉の開く音がして、お盆を持ってレイラが戻って来た。
「おいレイラ。信介はホームシックみたいだぞ」
「隠してたのに言うなよ!…はぁ~」
「そうだったんですね…」
散歩に行きたくなったと、ジョネスは窓から外へ出ていった。からかさ小僧である彼に雨など関係ないのだろう。
ホームシックをバレされた信介は恥ずかしく、布団に隠れて顔を隠した。
「…信介さん、ゼリー作って来ましたよ。食べさせてあげます。布団から出てください」
「1人で食べれる」
ゆっくりと布団から出てきた信介が皿に手を伸ばした。するとどういうことかレイラは立ち上がって、さらにお盆を頭より上へ持っていった。
「食べさせてあげます」
「ゼリーくらい1人で食える」
「んっ!」
ゼリーを掬ったスプーンが口元に近付き、甘い香りを感じた。信介は楽な姿勢になると、口を開けてゼリーを食した。
「私が風邪を引いた時、お兄様がこうしてお粥を食べさせてくれたんです。信介さんにご兄弟はいらっしゃいますか?」
「…俺にも兄ちゃんがいた。こんな風に看病してもらったことはない。それにもう死んじゃってるけど」
「私と一緒ですね…私の兄はとても良い人でした。強くて優しくて、憧れだったんです」
「ははは、俺も同じだ…あと妹もいるぞ」
「そうなんですか?いいな~」
「兄ちゃんと違って無愛想だけどな。何年も一緒に過ごしてきたけど何考えてるのかさっぱり分からん」
「面白そうな子ですね~、いつかお話ししてみたいです」
不意にレイラの手が止まった。信介は口を開いてゼリーを待っていた。
「…ごめんなさい。私の身勝手な都合で家族と引き離してしまって」
「全くだ。今頃みんな心配してるだろうな~」
「本当にごめんなさい…!」
レイラは泣き出してしまった。
「そうだよな…もう会えないお前の方がつらいよな」
「現状レインランドには次元を移動する魔法は存在しないんです!ジョネスさんが壊してしまった傘が唯一の手段だったんです…!」
そしてリュックから生地が透明の傘を取り出した。バサッと開くと、傘の内側に濁った空が映し出された。これは開くと透視が出来る魔法の傘である。
「他の国にはあるのかもしれないけど、雨天皇が発生させた封印雲のせいでレインランドから出られないんです!お父様もお母様もお兄様も!一度も青空を見ることなく亡くなられたんです!…うぅ!」
レイラは食器を落として手を顔に当てた。比べる物ではないが、彼女の悲しみは信介以上だったのだ。
「大昔に雨天皇が空を封印したせいで国民全員は産まれてから一生囚われの身です!海外には戻ってくることが出来ずそのまま還ってしまった人もいることでしょう!私は身勝手で人を苦しめる雨天皇が許せません!」
悲しみと怒りが溢れ出す少女を目の前にしたその時、信介のホームシックは終わった。
「レイラ!…俺達で雨天皇を倒そう。そのために俺とあいつをこの世界に連れて来たんだろ」
「信介さん…!」
「雨天皇を倒して晴れるっていうなら見せてやるよ。今までに見たことない鮮やかな青…大空を!」
掲げた指が生地に映る曇天に触れた。生地が映す映像なので何も起こらなかったが、いつかは自らの手であの邪魔な雲を払うと、信介は決意した。
「はい!雨天皇を倒しましょう!そして一緒に見ましょう!あの向こう側にある空を!」
信介の言葉に励まされたのか、レイラは泣き止むと笑顔で頷いた。
「うっ…てなわけで寝る。明日までには治してみせる」
「あぁ無理させてごめんなさい!何かあったら呼んでください!」
レイラはゼリーを溢した床を拭くと部屋から出ていった。
「…ごめんみんな…ちょっと家出するわ」
それから信介は再び泣き出すようなこともなく、開いたままの傘に映る曇天を眺めた。




