第2話 小僧とからかさ小僧
信介と信彦が訪れた国、レインランド。そこはとある理由で常に雨が降り続ける大地である。
「今夜はここの小屋を借りましょう」
見渡すと所々に小屋があり、どれも石材で地面から浮かされていた。
「うっ…あんまり使われてないのかな」
ガタッ!
レイラが立て付けの悪い扉を開けた。小屋の中には地下へ続く梯子だけ。暖を取れる物などは1つもない。
「ここで寝泊まりするの!?」
「レインランドに昔から存在する雨宿です。梯子を降りてみてください」
ウッキウキの信彦は梯子も使わずに飛び降りて、「いた~い!」と地下から悲鳴をあげた。
「入らないんですか?」
「大切な傘で戦って悪かった。ごめん」
「…こちらこそ、急に殴ってごめんなさい。でも、それくらい大切な物だという事だけは分かって欲しいです」
小屋の外に立っていた信介は頭を深く下げて謝罪してから地下へ降りた。だが、お互いに謝ったからといってすぐに雰囲気が元通りになるわけではなかった。
地下に降りると和室が広がっていた。真ん中にはちゃぶ台が置いてあり、他にはテレビが置いてあった。
「なんか旅館の1室みたいだな」
「前に使った人はマナーが良い人みたいですね。布団も畳んで片付けてありますよ」
宿とは呼ぶが宿泊費などは取られない。レインランドの住人は雨によって野外での行動が困難になった時、この雨宿を使ってやり過ごすのだ。
「寝巻きもあるぞ。手厚いサービスだな」
「雨宿はいつからか現れた無償の宿泊施設なんです。管理人がいないので酷い時には外で濡れた方が良いって思うくらい散らかってる事もあるんですよ…うわ」
レイラは真っ先に浴室に向かい、湯船の隣にある椅子型便器を見て嫌そうな顔をした。
「まずは私からお風呂に入ります。お湯にも浸かりたいので時間が掛かると思いますけど、良いですよね?」
「どーぞどーぞ。僕はさっきからこのテレビに興味があったんだ。一体異世界ではどんな番組がやっているのか…」
レイラは大きな傘を開いて目隠し代わりにした。信介はシャワー室に入っていく少女が見せた、綺麗な背中を思わず目で追っていた。
「見ろ保津!魔物の特集番組だぞ!魔物奇想天外だ!」
「へいへい…さて」
信彦に対して適当に頷くと、信介はレイラのリュックを漁り始めた。
シャアァァァァ…
「フンフンフ~ン」
「何しているんだ保津」
「俺は先に帰る。あの傘どこだ~?」
「帰るって?僕たちはレイラの国を救うためにこの世界に来たんだぞ?」
「お前に任せる。オタクの知識活かしてこの国救ってやれ」
「君は白状だな!?助けを求められたのに逃げるつもりか!」
「可哀想だとは思う。けど俺だって大事な家族がいるんだ。心配させるわけにいかないだろ?」
リュックの中は真っ暗だ。照明の光が入るように傾けても、中身は何も見えない。信介は手探りで傘を探し、手に触れた物を取り出してみた。
「ベロベロバ~」
「…なんで傘に顔が付いてるんだよ。しかも一つ目」
「それは…妖怪だぞ!からかさ小僧だ!」
からかさ小僧は信介の手から抜け出すと、レイラのいるシャワー室前に移った。彼が掴んでいたのはハンドルではなく、からかさ小僧から生えた右足だった。
「小僧が俺を小僧呼ばわりすんな。おいお前。薄汚い手でレイラのリュックに触れるんじゃねえ」
「傘のクセに一丁前に喋りやがる…化け物か?」
「妖怪は初めてか?俺はジョネス・ハンウェイ。またの名を武田源勝政」
「またの名の癖強すぎるだろ!和傘なんだからそっち本名にしろよ!」
「良いツッコミだな。レイラのやつは「どちらも素敵なお名前です」ってスルーしやがったからな。それでお前、何の用があってリュックに触れた?」
「傘を探してた。元の世界に帰りたいんだ」
「そうか、お前異世界から来たのか。じゃあその世界には他人の荷物を勝手に漁って良いっていうルールがあるのか?随分レベルが低いみたいだな」
「…勝手にリュックを漁って悪かったよ」
「それだけじゃねえ。このリュックはレイラの両親が作った傘立てリュックだ。危険なダンジョンに潜って手に入れた」
「ダンジョンがあるのか!?」
「お前は引っ込んでろ」
ボゴォ!
ダンジョンという単語に興味を示した瞬間、信彦はジョネスの頭突きならぬ石突突きを喰らった。
「その両親は稼業でのダンジョン探索で命を落とした。こいつは二人の遺した形見だ。それに気安く触るんじゃねえ」
「…ごめん」
「それと、お前が探してる傘はこれだな?」
ジョネスがバサッと開くと、信介たちがこの世界に来る際に使用した魔法の傘が現れた。
「お前、本当に帰るのか?」
「あぁ。この国はもう1人のあいつが何とかしてくれるから心配すんな」
「…」
スッ…バキィ!
「え…?ああああああああ!?」
「ふう…」
「ふう、じゃねえええええ!」
このからかさ小僧は一体なにを考えているのか。突然跳ねたかと思ったら、元の世界に帰る手段である傘を踏み潰してしまったのである。
当然、信介は怒った。
「お前なに考えてんだよ!」
「リュックの中から話は聞いてたぞ。そこのオタクはレベル1桁ぐらいだけどお前はそれよりも弱いな。ゼロ突き抜けてマイナスだ」
「よっわっい!?傘ごときが俺を見下してんじゃねえ!」
そうして先に仕掛けた信介は頭を踏まれて、転んだ後も背中を何度も踏み付けられるのだった。
「ほらな?どーせこのまま元の世界に戻ったところで社会の荒波に揉まれてこんな風に潰されるのがオチだ。せっかくだからこの世界で冒険して強くなれ」
「ドッジでボール当てられた時よりも痛い…」
ガタッ!
身体にバスタオルを巻いたレイラがシャワー室から出てきた。
「何の音ですか!?…あれ、ジョネスさん。リュックの外に出るなんて珍しいですね?」
「あぁ、こいつがお前の下着を盗ろうとしてたから注意してやったんだ」
「は!?なに言ってんだお前!」
ボン!ボン!ボン!
そんなことを聞いて平然としていられるわけがなく、レイラは傘を閉じてまた信介を殴った。
「あなたって人は最低です!お兄様の形見を乱暴に扱うし異性の下着にまで手を出すなんて!」
「違う!その和傘の冗談だ!痛い!やめろ!」
そうして信介が殴られている内に、ジョネスは小馬鹿にするように舌を見せてリュックの中へと戻っていった。
何度か殴ると気が晴れたようで、レイラは自分の布団を用意して就寝した。
「…保津、風呂入れよ。僕は情報収集を続ける」
ジョネスに殴られてから黙っていた信彦は、テレビのチャンネルをカチカチと変えてニュース番組を観ていた。
「気を付けろよ。寝相悪くて殴ってくるかもしれないぞ」
信介は痛む部位を押さえてシャワー室へ入っていった。それからは特に何も起こることなく、二人も眠りに付くのだった。
「昨日から普通雨が降り続けてはいますが、昼頃から暖光雨が降り暖かくなるでしょう。それでは今日のビリヤード占いです」
シャカシャカシャカ…
目を覚ますとテレビが点いていた。信彦はまだ寝ているようだが、レイラはニュースを観ながら歯を磨いていた。
「おはよう…」
「おはようございます。これ、どうぞ」
レイラから投げ渡されたのは、ナイフで切られたパンだった。
「ここから北上して私の実家があるドロップタウンへ向かいます。ただ、着くのは明日の夜頃になるでしょうね」
「あのさ──」
「何が言いたいか分かってます。どうしてこっちに転移した時にそこへ降りなかったのか、でしょ?魔法とは難しい物なんです」
「そうか…おい起きろ信彦。パン食っちまうぞ」
信彦を叩き起こして朝食を取る。それから布団を片付けて軽く掃除をしてから、雨宿を出発。外は昨日から豪雨が続いたままだった。
「レインランドは常に雨が降る国ではありますが…こう強い雨が連日続いているのは珍しいですよ」
信彦は雨を凌ぐついでに、次の戦いに備えてレインガンに雨の魔力を溜めていた。
「レイラ、雨の魔力ってなんだ?」
「雨魔力は自然の雨に含まれる魔力の一種です。このレインランドの雨には特に多く含まれていて、それを活かして成り立っている街もあったりします」
「なるほど…雨魔力と魔法の傘。この2つを上手く使う事が勝利の鍵になりそうだな」
「その通りです信彦さん。傘は色々ありますから、使っていってどれが合ってるか考えていきましょう」
レイラは信彦とは親しげに話すが、もう一人の少年とは必要最低限の会話で済ませている。彼女から信介に対する好感度は現在マイナス地点だ。
(んだよ、ますます俺いらねえじゃん…)
その時、彼らの身体の高さ半分ほどの茂みがガサゴソと震えた。
ババン!
草原を進む信介たちの前に3体の魔物が立ち塞がった!
「モンスターだ!スライムと赤い狼!それと幼体のドラゴン!」
「ヌノトカシミズアメムシとレッドウルフ、それとグラスランドラゴンの赤ちゃんです!」
ポンポン
レイラが2回リュックを叩くと、2本の傘が飛び出してそれぞれが少年たちに渡った。昨日の戦闘でもそうだが、傘を出しているのは中にいるジョネスである。
「レインガンは温存です。その扇風傘ウインドブローを使ってください!下ろくろを上下に動かすと風が起こります!」
「露を払うみたいにか!」
バッ!バッ!バッ!バッ!ボワアアアア!
信彦が傘の開閉を繰り返すと正面に向かい風が吹いた。スライムは呆気なく飛ばされていったが、狼とドラゴンは爪を立ててその場に残っていた。
「もっとです!もっとシコシコしてください!」
「シコシコ!?ブハッ!シコシコ了解!」
何を考えたのか信彦はニヤケながら、傘を開閉する手を加速させた。
(…俺のは説明してくれないの?てかこれって…)
「信介さんは…ってどうしてまたその傘持ってるんですか!?」
信介がキャッチしたのは、昨日トラブルの原因となったレイラの兄の形見である普通の傘だった。
「ちょっとジョネスさん!?別の傘をお願いします!」
こちらの状況はジョネスに伝わるが、逆に彼からレイラ達へは傘を送ること以外なにも出来ない。レイラはやれやれと手を伸ばして、傘の返却を促した。
そして信介は素直に傘を返すと、素手で魔物たちへ突撃していった。
「待って!今別の傘を…ぬ、抜けない!ジョネスさん、邪魔してるでしょ!」
「保津!?武器も持たずに無茶だ!」
しかし狼の威嚇に臆せず突き進み、信介は加速を乗せたパンチを眉間に喰らわせた。
「一緒に来たやつはなんか変だし国を救えって頼んできた女は短気だし!さらに妖怪のせいで帰れなくなった!俺、何か悪いことしたか!?」
ガオゥ!
信介のパンチは全力だった。だが元の平和な世界で育った彼のパンチなんかで魔物を倒せるわけもなく、鋭い爪で反撃された。
「レイラ、傘はまだか!?このままじゃ保津があいつらの餌になっちまうよ!」
「ごめんなさい!ねえちょっとジョネスさん!ふざけてないで傘をっ!?きゃあ!」
掴んだ物を力強く引っ張っていたレイラ。傘を抜くと勢いあまってその場で回転し、危うく転びそうになった。
そうして引っこ抜いた傘は、さっきと同じ兄の形見だった。
「腕が!あぁあああ!」
「風をもっと強くしないと…!」
このままでは信介の腕はレッドウルフに噛み千切られてしまう。そうすればここからの冒険は困難を極めることとなってしまう。
(もしもこの傘に人を強くする能力があるのなら…)
普通の傘ではあるが大切な兄の形見。それが誰かを助ける力になるのなら…
「受け取ってください!信介さん!」
一か八か、レイラは傘を投げた!それを見た信彦は信介の元に傘が届くように風を操った。
そうして傘は無事に彼の元へ届いたのである。
「この傘…ハンッ!」
バキィ!
信介の腕の骨が折れた音ではない。
彼の腕を噛んでいたレッドウルフの牙が折れた音だ。
「この野郎!よくもやってくれたな!」
レッドウルフの長い口を片手で掴み、そのまま力任せに振り回した。そして信介はレッドウルフを遠くへ投げ飛ばした!
「あばよ!…後はこいつだけか」
「ゴオオアオ!」
「うるせえ!泣きてえのはこっちなんだよ!」
一瞬でドラゴン背後を取った。その小柄な身体から生える大きな尻尾を掴むと。信介はその場でグルグルと回転を始めた。
グルグルグルグルグルグルグルグル!
「ゴオオアオ!?」
「いっけえええ!」
回転の勢いが強まったところで手を放した。そしてドラゴンも遠くの方へ消えていった。
信介はレイラから渡された傘の力で、3体の魔物を退けることに成功した!
「腕疲れた~!スライムしか倒せなかったな」
信彦が傘を空に向けて広げると、雨粒たちが風に飛ばされた。
傘を返すと左腕の噛み傷が痛み始め、信介は思わず手で押さえた。
「大丈夫ですか!?待ってください、今手当てを…」
「今回は怒るなよ。傘は振り回さなかったからな」
「あなた馬鹿ですか!素人が武器も持たずに魔物へ突っ込んで行くなんて!死んだらどうするんですか!」
(元の世界にはもう帰れないんだ。だったら死んだも同然だろ)
レイラは雨に打たれながらも、彼の腕に消毒液を掛けて包帯を巻いた。
「ちゃんとした治療を受けるためにも、なるべく早くドロップタウンへ行きましょう。歩けますよね?」
「腕を噛まれただけだ。歩けるに決まってるだろ」
しかし強い痛みは身体だけでなく心にも影響を及ぼす。こんな嫌な思いをするならいっそ…そんな風に悪い考えが信介の中に浮かび上がった。
ズサッ
信彦は閉じた傘を地面に突き立て、信介に背中を向けて膝を付いた。
「…歩けないなら背負ってやるよ」
「馬鹿か。腕噛まれたぐらいで歩けなくなる人間がどこにいる」
止血は完璧ではないのか包帯に内側から血が滲んでいる。それを見ると、例え元の世界に戻れなくても生きていたいと生存本能が信介に歩く力を与えた。
「さっさとドロップタウンに行くぞ。着いたまず最初にこの腕、治してもらう」
「…はい、頑張りましょう」
「あんま無理するなよ…」
「追い込まれて強くなるタイプか。小僧、レイラの力になってくれよ」
リュックの中にいるジョネスは独り言を呟くと、また何か起こるまでボーッとし始めた。




