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第1話 激しい雨の降る日に

 ゴロゴロゴロゴロ…


 東京都の空は荒れていた。ピカッと光ったかと思うと力強い音が遅れてやって来る。


 容赦なく降ってくる雨粒を受けて、家に帰る頃には誰もがびしょ濡れになっているだろう。



「帰ったら即シャワーだなこりゃ…あいつサボってるだろうし、沸かしておいてもらうか」


 そして保津(ほづ)信介(しんすけ)もこの雨の中を帰る。彼より先に校舎を出た者たちは、相合傘をしているカップルや開き直って水溜まりを堂々と歩く学生たち。車で迎えに来てもらっている者がいて、少し羨ましい。


「…あれ?」


 靴を履き替え、傘を取って校舎を出ようとする。しかし肝心な自分の傘が、傘立てに入っていないのである。


 雨は昼間から降り始めた。天気予報で事前に知っていた信介は、確かに傘を持って登校した。


(…盗まれた?)


 その通り。犯人の顔を彼は知る由もないだろうが、傘は使われてしまったのである。


「おいおいどこの非常識人だよ!雨が降ったからって他人の傘使って良いなんてルールブラジルにもねえぞ!はぁ~なに考えてんだよマジで!」


「どうした?」

「あっ?いや~傘パクられたみたいでさ…」


 信介に声を掛けたのは、同級生の掘田(ほった)信彦(のぶひこ)。現在のクラスが始まった頃は信信コンビニなんて言われてたりしたが、大した仲ではない。



 そんな二人の心境は…


(あんま仲良くないけど…頼んだら入れてくれるか…?)


(入れたくないけど…声掛けてそのまま放置っていうのは…ないよな)


 



「…入ってく?」

「良いのか?じゃーコンビニまで頼む。そしたらビニール傘買えるし」


 こうして知り合い未満の男子高校生2人が相合傘で帰ることになった。


「保津だっけ?一緒に帰る友達いないのか?」

「前までいたんだけどみ~んな彼女出来た。ほら、あの後ろ姿は…」

「根岸と山中か。あいつらいっつもイチャついてるよな」

「根岸のやつ、最初は友情一筋とか何とかほざいていながらよくもまぁあんな堂々と…」


 信彦に愚痴を吐いていると校門が近付いて来た。その近くでは開校当時から生えている銀杏の木が、生徒たちを見守っている。


 たまに酷い臭いがする日があるが、大雨のせいか今日は落ち着いていた。


「可愛い子がいるぞ」

「どれ?あの子?…まあまあじゃない?」


 そんな木の下には信介の言ったように美少女が立っていた。傘を広げた少女は誰かを待っているみたいだ。


「俺、行ってこようかな」

「やめておけ。あれはきっと彼氏待ちだ。それにしても私服で学校の敷地に入ってるよ。そのうち戸塚が怒鳴りに来るぞ」

「だよな~…あー、彼女欲しい…」


 ゴロゴロゴロゴロ!


 雷の音がさっきより大きく聞こえる。なるべく高い物のない道を選ぶべきだろうと信彦は考えた。



 ゴドォオオオオオン!


「近いぞ!?」


 近くに雷が落ちたようだ。あまりにも大きな音に驚いて、信介が傘の外へ出た。


「ち、近いなんて距離じゃないぞ!あれを見ろ!」


 信彦が見ているのは、皮を剥いたバナナのようになっている銀杏の木だった。


「さっきの子は!?」

「おい!危ないから近付くなって!燃えてるぞ!」


 少女を案じた信介が雷に割られた木へ向かって走る。信彦も傘を閉じてその場へ走った。


「大丈夫か!?」


 少女は傘を広げたまま、平然と割れた木の隣に立っていた。幸いにも怪我はしていないようだ。


「怪我とかはなさそうだけど…」

「…」

「怖かったよな。隣に落ちてきたもんな…」


 何も喋らない少女はパサッと傘を閉じた。シルバーカラーの傘をゴルフバッグサイズのリュックへ入れると、今度は渦巻き模様の傘を取り出した。しかし、開くことはしなかった。


「保津、お前警戒されてるんじゃないのか…どこか悪い所はない?一応病院で見てもらった方が良いかもしれない。救急車を…」


 バシャッ!ガシッ!


 突然、少女は傘を落として二人の手を強く握った。


「その優しさを見込んでお願いがあります!私の国を救ってくれませんか!?」


「国…?」

「募金活動か何かで?」


「私の国レインランドはこことは別の世界、アノレカディアと呼ばれる世界にあります!」

「………なに言ってんだ?」


「別の世界…まさか異世界か!?」


 隣で信彦が叫んだ。驚いた信介は思わず跳ねて、水溜まりにバシャン!と着水した。


「あ~もう!おい!」「聞いたか保津!別の世界だって!異世界アノレカディアだって!」

「こいつの話信じてるのかよ!?雷に打たれて頭バグってるんだよこの子!お前の言う通り病院連れていってあげた方が良いって!」

「考えてみろ!雷に打たれたとして彼女はどうして無事なんだ!?その通り!魔法で防御したんだ!異世界は本当にあるんだな!?よし、早速連れて行ってくれ!」

「分かりました!」


 ハイテンションな信彦に急かされて、少女は手に持っていた傘をようやく開いた。


「それでは、出発します!」

「うおおおお!…どうやって?」

「このアンブレラを使ってです!」


 ピチュン!


 突然、木のそばに立っていた3人の姿が消えた。その一部始終を見ていた学生たちは、理解が追い付かず呆気に取られていた。




 消えた3人はどこへ行ったかと言うと、謎の空間で傘の下に集まっていた。どうやら、別世界へと飛んでいる途中のようだ。


「ふざけんなよ女!まず説明をしろ!準備とかさせろ!そもそも俺は行くなんて一言も言ってねえぞ!」

「雨の日は吉日と言います!なので雨天決行です!」

「そんな理由で納得いくか!」


 少女の傘を奪おうとするが、信介の思っていた以上に彼女は力強かった。


「やめろ保津!下手に閉じたらこの何もない空間に放り出されるかもしれないぞ!」

「あなた、とても賢いですね!お名前は?」

「僕は掘田信彦。それでこいつが保津信介だ」

「その発音…侍の方々なのですね!私はレイラ・アッカーサー!ジョブはメイジですけど、この魔法の傘を使って戦います!」

「メイジ…攻撃系の魔法使いか!」


「何の話かサッパリ分からん…」


 レイラと揉めていたはずの信介はいつの間にか蚊帳の外。やれやれと何もない傘の外を眺めた。



 しばらくすると何もない場所に景色が現れ、信介たちは草原のど真ん中に立っていた。


「ってここも雨かよ。足元ベジョベジョじゃねえか」

「レインランドには今──」


 ブゥゥゥン!


 レイラの話を遮って、バイクのような大きな音と共に謎の影が彼らの前に現れた。


「なんだありゃ!バイク!?」

「違うぞよく見ろ!騎手は手綱の代わりにバイクのハンドルみたいなのを握ってるが、あれは牛だ!」


「妙な格好だ。それにブルンブルを知らない…こいつらが異世界からの敵か」

「ジョウホー通りっすね隊長!早く殺っちまいましょう!」


 バイキングのような格好の男たちは牛に跨がり、片手には傘を持っていた。あれはどう見ても敵だと来たばかりの二人にも分かる。


雨天皇(うてんのう)の兵士…二人とも私の後ろへ!」


 バサッ!ダダダダダダ!


 レイラは瞬時に傘を切り替え、開いてすぐ正面へと向ける。すると恐ろしい衝撃音が連続して鳴った。


「撃たれてるぞ!?あいつら銃なんて持ってなかったのに…」

「分からないのか保津!あいつら傘を持ってた。きっとレイラの物と同じ魔法の傘なんだよ!僕たちは魔法で攻撃されているんだ!」

「なに喜んでんだこの馬鹿!おい!これからどうするつもりだ!」

「せっかくなので戦ってみましょう!」


 ポンッ!ポンッ!


 リュックから傘が2本飛び出て来た。


 「これで戦えと?」そう瞳で尋ねる信介にレイラは頷いて答える。一方で信彦は近くに落ちた物を拾って、戦う気満々の様子を見せていた。


「トリガーが付いてる!これはどうやって使うんだ!?」

「それは雨魔力(あめまりょく)放出傘レインガン!閉じたままだと直光線、開くと散光線が撃てます!あと──」


 バサッと傘を開いて敵へ傘を向ける。そしてハンドルに備わったトリガーを引いた。


 カチ…その音すら雨音に消されてしまう。トリガーを引いても何も起こらなかった。


「チャージが必要なんです!生地を上に向けて雨の魔力をチャージしてください!後は感覚で分かります!」


 ダダダダダダ!


「おおっと!?雨の魔力をチャージ!?こ、こうか?」


 盾に隠れ、まぬけに傘を上に向けている隣で信介も恐る恐る傘を拾う。


 ダダダダダダ!


 傘が攻撃を弾く音に恐怖を覚える。もしもこれに当たってしまったら、命はない。


「…チャージまだか!?」

「もう少し時間が必要だ!戦うのは良いけど、僕の分を残しておけよ!」

「戦わねえよ!早く倒せ!」


 グググ…


 よく見ると、レイラの傘が閉じそうになっていた。傘を構える彼女は歯を食い縛り、何かに堪えているようだった。


「世界を移動する傘を二度も使って雨の魔力が…!お願いします信介さん!戦ってください!」

「頼む保津!チャージ出来るまで時間を稼いでくれ!」


 戦うのは怖い。しかしここで戦わなければ死んでしまう。ならばどうするか。答えはすぐに出た。


「この傘、どんな能力だ?」

「それは…あれ?!その傘は…」


 ダダダダダダ!


 傘が更に閉じている。これ以上喰らえば傘は閉じる。そしてやられてしまう!


 ドチャッ!


 説明も聞かず、信介は鮮やかな色の傘を持って男たちへと向かって行った。


「待って!その傘は!」

「バカなやつ!傘の能力も分かってないで突っ込んで来てやんの!」

「まずはお前から蜂の巣だ!死ねー!」




 ダッッダッッダッッダッッダッッダッッ…


(弾がスローモーションに…雨まで?)


 信介は弾を避けて走り続け、一番近くにいた小柄な少年を傘で殴った。


 バゴオオオン!ヒュ~…


「隊長ぉぉぉぉお!?」


 しかし普通に殴ったつもりが、少年は遠くの方まで飛んで行ってしまったのである。


「ペリー!ちくしょうお前よくも俺の部下を!」


「俺、めっちゃ強くなってる!これが傘の力か!」


 ダッッダッッダッッ…


 男が連射する弾を信介は踊るように避けた。今の彼は恐怖を忘れ、調子に乗っている。そんな風に油断していると…


 ダンッ!


「いてぇ!」


 偶然ではあるが額に弾が命中。パワーアップしているおかげでかすり傷で済んだが、そうでなければ命はなかっただろう。


「もういいだろ保津!こいつらは僕が倒す!」


 チャージが完了した信彦は傘を閉じると、再びレイラの傘から身を出した。流れ弾が頬を掠めるが、怖じ気付いたりはしない。


「何か撃つつもりだぞ!隊長!」

「ブルンブルから降りろ!そしてシールド展開!俺を前に強いやつから順に並べー!」


 バサバサバサバサ!


 敵は牛から降りて傘を開いた。そして隊長と呼ばれている男を先頭にして並んで、レイラのように傘を横にしたのである。


「凄いの撃つぞ!保津!僕を支えろ!」

「命令ばっかしやがって!俺はお前の部下じゃねえんだぞ!」


 そう言いながら戻ってきた信介は信彦を背中から支えるように手を付けた。


「雨魔力チャージ完了!ターゲットロックオン!」

「撃つならさっさと──」

「レインガン!シュート!」


 カチッゴオオオオオオ!


 銃口である石突からは、開いたレインガンよりも幅が広い青色の光線が発射された。


「後は任せたぞ!」

「隊長!」

「うわあああ!」


 銃口は反動で揺れて光線は直撃しなかった。だが、防御体勢だった敵を全員遠くの方まで吹き飛ばしたのである!


「凄い威力だ!…1発撃ったらまたチャージしないといけないんだ」


 後ろにいた信介は泥々の地面に倒れて、痺れた両腕を見つめていた。



 レイラは盾にしていた傘をリュックに戻して、信介の落とした方を両手で拾い上げた。


「それにしても保津の傘も凄いな。身体能力をパワーアップさせるのか?」


「これは…」


 傘を握る手が震えている。雨にずぶ濡れで風邪でも引いたのかと、心配して信介がそばに寄った瞬間である。


 バチンッ!


 予想外の反応!レイラは信介の頬を叩いた!


「これは私がお兄様からいただいた普通の傘です!」

「いてえな!だからって殴ることないだろ!」

「亡くなった人の形見を乱暴に扱う輩に手を上げるのは当然の事です!」


 バサッと、2人の間に入り込んできた信彦が傘を広げた。


「寒くなってきた。レイラ、雨宿り出来る場所ない?」

「…あります」

「だったら案内してよ。保津も殴られたくらいで不貞腐れるなって」

「殴られたことじゃない。親切を無下にされたのが気に入らないんだ」


 信彦の手を借りて立ち上がる。お互いに制服が泥だらけになっていた。



 先に歩き出していたレイラの後を付いていく2人。異世界に胸を踊らせていた信彦こそ特に、いきなりの険悪なムードで始まった冒険に不安が募っていた。


 しかしこれは男達の冒険譚。ここから世界を守る戦いが始まったのである。

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