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眠れぬ夜

 学園の教師たち、および理事たちは会議室に集合して話し合いを行っていた。

 しかし事態を全体に周知すると、話し合いどころか全員が黙り込んでしまった。


 もう王女に話が行ってしまっている。

 内容も真面目なので、止められる理由もない。


 特にAクラスの教師たちは頭を抱えていた。

 つまるところ、生徒たちは自分たちの指導に満足していないと言われている。

 しかも客観的にそれは正しいのだ。

 エリートであるという自負もある教師たちからして、それを前提の話をするのはとてもつらかった。


 目撃者として同席しているジョンマン一行も、会議室の円卓に座る人々を立ったまま見守っている。

 見守ることしかできない状況であった。


 なお、リーンは能天気なことを言う。


「あの! ジョンマンさん! 私考えたんだけど、サザンカ先生が他の子のことも見てあげるのってどうかしら!? そうすれば文句なんて出ないと思うの!」

「サザンカ先生を殺す気か?」

「え? 殺す気なんてないわよ?」

「……一人の教師が! そんなにたくさんの生徒を受け持てるわけないんだよ! 俺だって君たち七人で手いっぱいだ!」


 よく言われることだが……。

 教師になるというのは、単純に勉強をわかりやすく教えられる、というだけで務まるものではない。

 言い方は良くないが、生徒を管理し、監督し、よりよい結果を出させる管理職なのだ。

 管理職なのに、社会的には相手が上ときている。大変なのは言うまでもない。


 ものすごく極端な話だが、教科書の内容をわかりやすく説明するだけでいいのなら、生徒の数に上限なんていらないだろう。

 なんなら教科書を渡すだけで先生もいらない。

 そうじゃないから先生は必要で、負担があるのだ。

 

「ねえマーガリッティちゃん。あのAクラスの生徒達って、貴方のお友達だったんだよね? あんな子たちだったの?」

「違います……少なくとも昔は、あんな風に、試合を申し込んで意見を押し通そうとする子たちじゃありませんでした」

「そっか。そんな子がいいクラスに入れるわけないよねぇ」

「そうですよ。まあ……実際にはそういうことをしてしまったのですが」


 コエモの質問に、マーガリッティは自信を喪失しながら答える。

 こんな事態は想定していなかったが、実際になってしまったのだから仕方ない。


「叔父上……どうでしょう。ここはひとつ、何時ものように言語化を」

「なあ、俺は国語の先生か?」

「叔父上の長所の一つだと存じております」

「……そうか、俺は国語の教師だったのか」


 姪から国語の教師だと思われていたジョンマンは、ため息交じりに現在の状況を言語化する。


「はっきり言えば、気に入らねえんだろう」


 国語的ではないが、わかりやすい言葉であった。

 会議室の誰もがジョンマンの説明の第一声を否定できずにいた。


「人間はどうでもいいことでケンカをすることはあるが、どうでもいいことで決闘を申し出ることはねえ。決闘は正当性を求めてヤるもんだ。頭に血が上った時も、自分が正しいと思っている時も、正当性は求めない」

「Aクラスの生徒は、自分たちが正しいと思っていないと?」

「ああ。Aクラスも……本音を言えば、特進クラスの生徒にほえ面をかかせてやりたいんだよ。それを隠しつつ達成し、自分の要求も通す。一挙両得なのが決闘ってわけだ」


 気に入らない奴をぶちのめしつつ、自分の要求を通す。

 それが決闘という制度の存在理由だ。


 これが維持されているのは、要求する者が多いからに他ならない。


「Aクラスの生徒たちは、間違いなく一流(・・)を志している」


 ジョンマンの『一流』という言葉の重さを知るものは少ないが、それでも会議室の全員が納得していた。

 Aクラスの生徒たちは本当に勤勉で、才能が有り……放っておいても真面目に修行する子たちばかりだ。

 一流を目指していると言っても否定できるわけもない。


「そんな彼らは自分たちに誇りを持っている。自分たちと同じくらい頑張っている生徒に抜かされるのならともかく、今までサボっていた、視界にも入れていなかった不良生徒がいきなり成長して、自分たち以上に評価されていたら……まあ……」


 ここで、ジョンマンは自分とAクラスの生徒を重ねた。

 もしも自分が同じようになったら?

 一流を自負している彼は、だからこそ……苛立った。


 ぞっとするほど、圧倒的なイメージの奔流。

 巨大な白い鯨の眼が、その場の全員に殺気を向けているようだった。


「ぶっ殺したくもなるさ」


 漏れた殺気で、誰もが息を呑む。

 本人は無自覚だったらしく、話を続けていた。


「だけどな、それを本人たちは認めたくないと思ってる。だってそうだろ? 私たちは貴方たちを格下の底辺だと思っていました。そんなあなたたちが評価されているのが気に入りません。ぶちのめしてすっきりしたいです。なんて、優等生が素直に言えるもんじゃない。だから決闘というテイで『わからせ』したいのさ」


 言語化された今回の……あるいは決闘が行われる根源的な理由。

 国語的ではないがわかりやすくはあった。


 これが本当なら、決闘はそもそも不可避であったということになる。

 今回どうにかムリヤリ止めても、別の場所で私闘が発生するということであった。


「仕方ありません、生徒の自主性を尊重しましょう」


 理事長……マーガリッティの母親である女性は、ため息をつきながらも会議の結論を出した。

 これに異論を唱える気力を持つ者は、この場にはいなかった。

 一応試合なのだし、事前に申し出もある。王女が許可しているのだから、どのみち履行するしかない。


「とはいえ……明白に違法行為が行われた場合はその限りではありません」


 ここで理事長はジョンマンを強く見つめた。


「まことに心苦しいのですが、貴方には試合会場にいていただきます。もしも違法行為が視られた場合には、即座に試合を中止させてください。貴方は私やサザンカ先生よりも、その手のことに詳しいでしょう」

「……それはまあ、わからんでもないですが。貴方は自分の生徒が決闘で……王女様も見るような試合で違法行為をするとでも思っているんですか? Aクラスの生徒が、ですよ?」

「はい」


 理事長の言葉は、ある種の確信を持っていた。


「貴方と貴方の弟子ならわかるでしょう。あの三人と、あのルールで戦うのなら違法行為……禁呪の一つでも持ち出さないと勝負にもなりません」


 うっ、とうめいたのはまさに試合をした三人の弟子であった。


 コエモ、オーシオ、オリョオ。

 身をもって強さを知っているため、あのときよりも成長しているであろう今の三人に禁呪なしで勝てる未来が見えない。


「Aクラスの生徒はバカではありません。貴方のおっしゃっていた心中が正しいとしても、『勝算』もなく試合を申し込むとは思えません」

「そうですか。でもなあ……」


 ちらりと、自分の弟子の一人、魔獣を見る。


「なによ」

「最低でもお前ぐらい呪われてないと、あの三人組に勝てる見込みなんてないんだけどなあ」

「ああ~~そうですか! 呪われまくりで申し訳ありませんねえ!」


 眼を増やしつつ四本腕を出して怒りを表現する魔獣。


 弟子たちはもはや見慣れた光景であったが、教師たちは一様に驚く。

 中でも一人の教師……老齢の男性は慌てて走り寄った。


「呪われている!? もしや君は、最古の呪い、物語型の呪いにかかっているのか!? どんな呪いにかかっているんだ!? その呪いの本はどこに!?」


「えっと……私は確かに最古の呪いにかかっているわ。呪いの内容は、若さを奪われる、剣の才能を奪われる、名声を奪われる、よ。呪いの本がどこにあるかは知らないわ。えっと、まさか……」


 ここで魔獣の顔は期待で笑顔になっていた。


「貴方、まさか、呪いの専門家!?」

「はい! 呪いの研究をしております!」

「それじゃあ呪いの解き方も知っているの!?」

「いいえ! 調べているだけです! サンプル数が少なすぎて、調べることも難儀しております! 最古の呪いに侵されている者など、貴方が初めてです!」

「あ、そう……」


 恐竜の研究をしている専門家が生きている恐竜を見たことがないように、呪いの研究をしていてもサンプルを見たことがない専門家もいる。

 淡い期待は木っ端みじんに打ち砕かれた。


「ぜひサンプルになってください! 解剖とかではなく、計測などをお願いしたい!」

「……好きにすれば」


 老齢の男性に従い、魔獣は会議室を出ていく。

 その姿はまさに世の無常を示していた。


 そんな彼女を見送ったザンクは改めて確認する。


「それじゃあ、一流を目指して一生懸命頑張っているAクラスの生徒でも、特進クラスの生徒に勝つには相当な違法行為をしないといけないんですか?」

「ああ。だからあのAクラスの生徒たちがそれをしているとは俺には思えないんだよ。そんなことをしていたら、見ればわかるからな。だけど理事長先生のおっしゃることもごもっともだ。勝算がないなら、あの三人と試合をするとは思えないんだよなあ」


「ここで考えても仕方ありません。とにかく私たちは『ルール役』に徹しましょう」


 危険行為、違法行為をしたらしっかりと証拠を押さえつつ止める。

 それがない限りは試合を見守る。

 子供たちからの信頼を取り戻すためにも、私情を挟まない進行をしようと理事長は決めていた。


 他にできることもない。

 教師たちは拍手をもって賛同する。


「それではジョンマンさん。貴方のもとで修業していたマーガリッティの、留学の成果を発表する件についてはどのようにお考えで?」


 一件が片付いたので、本来の本題に入る。

 これも大事なことだ。

 場合によってはマーガリッティがこの国に戻ることになってしまう。


「その件については、サザンカ先生にご協力願うつもりです」


 会議は本来の調子を取り戻し、ゆっくり進んでいった。



 Aクラスの生徒のひとり。


 彼は寮にある自室で、ランプの明かりを見つめながら気を練っていた。


 もはや自分たちは取り返しのつかない道を選んでしまった。

 そのことにむしろ高揚感を覚えている。

 ありえざる『もしも』として、踏み出していない己を想像して唾棄した。


 昨日までの鬱屈を抱えたまま生きるなど、到底あり得ないことである。


「あいつらが評価されるなんて……ありえない!」


 彼に限らず、Aクラスの生徒にとってかつての(・・・・)特進クラスはゴミだった。


 一生懸命頑張るとか、与えられた課題をこなすとか。そういう最低限のこともしていない連中だった。

 それを下に視る、あるいは枠の外、論外の不良生徒とみるのは正当だと信じて疑わなかった。


 彼らが芽が出ないまま頑張っていて、結果として覚醒したのならばまだいい。


 特進クラスは腐って何もせず自堕落に過ごしていたところに、外国から来た優秀な指導者が救いの手を差し伸べて、その結果自分たち以上に評価されるようになってしまった。


 これでイライラするなという方が無理だ。


 自分たちには才能がある。それは認める。

 だがそれでも、必死に頑張ってきた。


 あいつらが辛いとか苦しいとか言って悲嘆にくれていた時、自分たちは必死に勉強していた。

 あいつらが魔法が覚えられないと言って嘆いていた時、自分たちは必死に魔法の習得をしていた。

 だからAクラスになったのだ。天才の上で辛く苦しい努力をしたからAクラスなのだ。評価されて当然の模範的生徒だったのだ。


 今まで努力してこなかった奴が、今さら努力して、自分たちより評価されるなんておかしいじゃないか。


 単に褒められているだけじゃなくて、自分たちよりもすごい魔法使いになるなんておかしいじゃないか。


 今までよりもすごい魔法使いになれる機会は、頑張ってきた自分たちにこそふさわしいはずだ。


 ぶっちゃけ、特進クラスがムカつくからぶちのめして大恥をかかせたい。


 自信満々で挑戦を受けたアイツを負かせてやりたい。


 そのように考える彼は、気が高ぶって眠れなかった。


 だからこそ、何時ものように教本へ手を伸ばす。

 眠れぬ夜を有意義にするため、勉強をしようとしていたのだった。


 これは彼だけではない。


 多くのAクラスの生徒が同じように考えて、同じように頑張っていた。



 特進クラスの生徒たち、その中のひとりが学生寮の自室で、同じ時間、同じように過ごしていた。


 彼、あるいは彼女はすでにベッドの中に入っていた。

 もうすっかり眠る気であったが、そのわずかな間にまどろみのなかでAクラスとの戦いに思いをはせていた。


(いい加減、評価を改めてほしいなあ……)


 自分たちが以前に、どのように思われていたのかはわかる。

 ああはなるまい、アイツより俺たちはマシ、何しに学校に来ているんだか、あいつらはもうだめだな。

 Aクラスの生徒からすれば、普段は思考に入ることもなく、視界に入ればイヤなものを見たという認識であった。


 そんなのが、ちょっと努力して、一芸を身に着けただけで評価されるようになれば不満も溜まるだろう。

 それはわかるが、もう一年以上努力しているのだ。三日坊主扱いするのは止めてほしい。さすがにこっちも不愉快になってきた。

 こっちだって更生して学業にまい進しているのだから、考えを改めてほしい。


 そしてこうも思う。


(勝算があるなんて、思い上がってるなあ)

 

 特進クラスの生徒たちもまた、Aクラスが一流を志していることは把握している。

 今の自分たちも、一流を目指していないとわかっている。


 ジョンマンの定義する一流とそうではない者の間にある壁はわかっている。

 だがそれは、勝利とイコールではない。


 ジョンマン自身もジョンマンの弟子たちへ言っていたではないか。

 あの三人に勝つのは無理になると。


(ルールがある以上、あの三人が勝つに決まってる……むにゃむにゃ)


 一流を志しているかどうかで勝敗が決するものではない。

 特進クラスの生徒は慢心に近い余裕をもって眠っていた。



 ミット魔法国の国王と、王女であるライトラは居城で話をしていた。

 内容はもちろん、特進クラスとAクラスの試合を許可したことについてである。


「陛下、この件についてお怒りですか?」

「国王としては聞いていないことになっている。だからこそ、これは個人の意見だが……まあ、いいことをしたな」


 国王は、少しだけ意地悪く笑いながら褒めた。


「公的には今回の変更にお前は関わっていないことになっている。実際のところ、お前がいなくても成立する話だからな」


 今回の試合は、学校の中で完結する話である。

 ライトラがその場にいなかった、ということにしても不自然なことはない。


 一方でAクラスの生徒や特進クラスの生徒は、彼女や王室に恩義を覚えるだろう。

 次世代を担う若き魔法使いたちからノーリスクで好感度を得られるのだから悪いわけがない。


「父上はどちらが勝つと思いますか?」

「あまり重要視していないな。強いて言えば、試合が組めること自体が生徒の努力の証拠だ。お前や試合をする生徒からすればしらける話かもしれないがな」

「本当にしらける話ですね……」

「生徒同士の試合で将来が決まるほうが理不尽だと思うぞ」

「それも、しらける話です」

「若いなあ……」


 学園側からすれば、この試合が起きている時点で『生徒同士でケンカしている』ということなのだから恥だ。何とかしたいと慌てるのも道理だろう。

 王室にとっては本当に学習発表会なので、ただ試合を楽しみにすればよかった。


「私としては、マーガリッティの留学の成果が気になるな。彼女がどのような力を得たのか楽しみにしている」

「きっと、素晴らしい学びを得たのでしょうね」


 ライトラはここで、コエモと同じ顔をした。

 自分の行ったことがない場所に、未知の刺激があると期待する顔だった、


 その顔をする娘に対して、国王は釘を刺す。


「期待をするのは結構だが、自分のことを忘れるなよ」


 ライトラはここで父の顔を見た。

 まさに父親、娘を叱る顔をしていた。


「お前もいい加減、進路を決める時期だ。今現在のお前が手抜きをしているとは思っていないが、決断もしていないだろう。そういう意味で、お前は……特進クラスやAクラスの生徒より遅れている。そのことを忘れるな」


 他人の切磋琢磨を見て楽しんでいる場合じゃないぞ。

 国王は短く叱り、王女は黙ってうつむくことしかできなかった。


 彼女がこのあと安眠できたか?

 それは彼女だけが知っている。

本日、コミカライズの一巻が発売されます。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
今を見てくれって言っても、特進が昔のやる気のない自堕落な時にもAクラスの奴らはずっと努力してたんだからそらきついよ。
「納得だ、納得は全てに優先するぜ!!」は本当に名言やなって思うわ。
落ちこぼれが優秀な指導者を得て成り上がるのはお約束だけど、そりゃ納得できるわけないよね しかも落ちこぼれの才能を磨いていったのはそうだけど、Aクラスの生徒の才能を見ていって上げたわけでもないし
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