若さって迷惑
成長とはすばらしいものだ。
学校とは成長するための施設だ。
だからこそ生徒が学校で成長していればそれは賞賛される。
子供にとって成長こそ仕事。仕事をしていれば褒められるのは変ではない。
ミット魔法国の魔法学園の『特進クラス』は、入学当初こそ燻っていたものの、一気に飛躍していった。
サザンカという『世界最高クラスの魔法使い』により才能が開花し、一時の留学によって満開に至っていた。
これはもはや成功例である。
当初こそいろいろと不満を抱えていた教員たちも、今や全員が彼らを称賛していた。
外部の……つまり就職先の人々も同様だ。
学校で評価されているだけではなく、実社会からも必要とされる魔法使いになっている。
保護者や来年以降にこの学園に訪れる生徒からしても、希望のモデルケースとなるだろう。
重ねて言う。
これはもはや成功例だ。ここから何があっても、評価が覆ることはない。
異論を唱えても、実証された後では無意味だ。
とはいえ。
誰も損をしていないが、不満を持つ者はいる。
今まで一番に評価されていた者たちだ。
※
ミット魔法国。
魔法国とはいっても、国中が素敵な魔法空間というわけではない。
それでも学園などの主要施設はその国号に恥じぬ、充実した魔法の空間だった。
まず、広大な敷地がある。
ドザー王国にはない超巨大な建築物、校舎が何棟も建っている。
さらに多くの魔法を使うための屋外の『運動場』もたくさん用意されている。
もちろん多くの生徒や教員たちがその施設を利用している。
たくさんの魔法使いが、施設の中で魔法の鍛錬をしているのだ。
外観だけでも素晴らしい、と見ほれるほどだ。
これにはコエモも目を輝かせていた。マーガリッティも安心である。
「すごい! こんなにおっきいところ、初めて来た! メモしなきゃ、メモ!」
(よかった……ここがダメならどうしようかと……)
晴れやかな空の下で、正しく学び舎が運営されている。
遠い海を越えてきた一行とライトラ一行はそこに到着していた。
この時点では大げさにたくさんの生徒が迎えに来る、セレモニーが行われているということはなかった。
しかしそれでも、特進クラスの生徒や理事長、および一部の教員たちは迎えていた。
そのほとんどが、先日ドザー王国までマーガリッティを迎えに来た者たちである。
「この通り、マーガリッティ君を迎えてきました」
「よくやってくれました。ジゴマ先生。それから……」
理事長を含めて、多くの大人がライトラの一行に注目を向けたとき。
生徒たちはマーガリッティに寄っていた。
「お姉さま! どう? 私たち、あれから『自分なり』に努力して強くなったのよ!」
「ええ、すごいわ。今の私には……貴方たちが成長していることが視てわかる」
マーガリッティの眼は、すでにスキルの初歩に達していた。
注意して視れば、特進クラスの生徒たちがどれだけ成長しているのかわかるようになっている。
マーガリッティに近づいた者たちは、彼女の瞳孔が淡く光っていることに気づく。
それが感知系スキルの発露であると知っているため、特進クラスの生徒たちもまたマーガリッティが成長していると察していた。
互いに、明確に『コレができるようになりました』があり、なおかつ知識と経験から『コレ』がどれだけすごいのかわかっている。
だからこそ前回と違って、双方が笑い合って再会できていた。
「うんうん……仕上げてきてよかった」
その再会に、師匠であるジョンマンもほっと一安心。
そのうえで、あらためて全体を見る。
「ねえ、お姉さま……またその、体が成長してない?」
「……まあええ、はい。サイズが増えました」
「そういう方向で突き放されるとは思ってなかったわ。私だってそういう方向でも少しは成長したつもりなんだけど……突き放されているわ」
「そんなことに注目しないで!」
「やあねえ、ジョークよジョーク。まあ突き放されたのはリアルなんだけど」
ジョンマンの眼から見ても、特進クラスの生徒たちは成長が著しい。
ジゴマから聞いた通り、彼女らは『自分なり』に努力をしたようだった。
(冒険者基準だと、ギリギリ実戦に投入できるレベルではあるな。これは先生たちが喜ぶのも当然か)
そんな彼の眼から見て、明らかに劣る側の教員が近づいてくる。
年若い、とはいってもサザンカより少し年上の女性教員であった。
眼鏡をかけており、いかにも才媛、あるいは女性教師という雰囲気である。
「あ、あのぉ。貴方がジョンマン先生ですか?」
「そんなに大したものではありませんが、ジョンマンではありますね」
「そうですか……そうですか!」
うるる、と彼女の眼が涙でにじむ。
悲しみではなく喜びの涙であった。
「私は、その……Dクラスの担任教師でして! あの、今の特進クラスの子を受け持っていたんです!」
「あ、ああ……はい」
「サザンカ先生のところに行った後も、気にかけていたんです! あの子たち、学校に何しに来ているんだ? 的な、模範的な不良生徒でしたから! 今からもう、卒業した後とか退学した後が不安になる子たちばっかりだったんです! でも今は、今は……もう安心です!」
「そうでしょうねえ」
「そうなんですよ! 貴方のところに行くまでは『そりゃマーガリッティちゃんが見限るわ』と納得の授業内容でしたもん! でも貴方のところから帰ってからは、すごくまともで模範的な生徒に変わりました! まさに意識改革! 典型的ゴミが模範的生徒になったんです! もううれしくてうれしくて!」
コンプライアンス違反のラインを越えた先生の発言。
周囲の特進クラスの生徒たちも耳が痛そうだし、他の教員も聞いていないふりをしている。
一応ライトラもいるのだが、彼女の圧に負けて何も言えなかった。
とはいえ、現状の特進クラスについては褒めているので、咎めるほどでもない。
「うれしいんですけど、自分の力不足が呪わしくもあるんです! 一体どんな錬金術を使ったんですか!? それとも洗脳!?」
(ううむ、先生だな)
あらためて、先生という仕事の大変さを想うジョンマン。
今まで何度も言っていたように、コエモを含めてジョンマンの弟子は全員が優秀だ。
向学心旺盛というのは、それだけで美徳である。
それがない生徒の相手をするというのは、さぞつらいに違いない。
彼女がここまで感情的になっているのも、先生としてまじめで、上手く行っていないからだろう。
そんな彼女を幸せにできる魔法の言葉など、この世の誰も持っていないわけで……。
(王女殿下。もう帰りましょう)
(彼女らの成果を見るのは後日、正式な場でいいでしょう)
(彼女らを困らせることは、貴方の本意でもないはず)
(……そうですね)
まともに挨拶もしていないライトラとその一行であるが、むしろそれが良かった。
仮にも王女が学園に来たのなら、それなりの対応をしなければならない。
それは王女側からしても、また王女本人としても面倒だ。
このまま何事もなく帰った方がいい。
というか、正式にここにいて、挨拶をしてもいいことなど何もない。
(正直に言えば、何かイベントでも起きて、噂のジョンマンさんの実力をみたかったのですけどね)
ではなぜ、わざわざ迎えに行って、ここまで同行したのか。
王女本人の、年齢相応の好奇心があった。
理想の魔法使いであるサザンカが認めるほどの武人ジョンマン。
彼と一緒に行動していれば何かあるのではないかという期待があった。
実際には、その期待ははかないものだった。
それこそこの国の港に来たコエモが『なんか普通』と言っていたことと変わりない。
入港して学園に来るまでの間で『なにか』が起きるわけがない。
それこそドザー王国のように治安が悪化しているわけではないのだ。
イベントなど……。
ーーーイベントは起きるべくして起きる。
イベントとはつまり発現であり爆発。
この学園にジョンマンやマーガリッティが訪れたことでイベントが発生するのは、実のところ必然であった。
「しばしお待ちください、王女殿下。貴方にも聞いていただきたいことがありますので」
ざざざ。
およそ百人ほどの、精悍な顔の生徒たちが現れた。学年が異なっているだけで、ほぼ同年代の集まりである。
オリョオが戦闘態勢に入るほどの気迫を放つ彼らを見て、理事長や他の教員、王女の護衛たちは目を剥いて驚いていた。
「え、え、え? なんですかね?」
「……話の内容はともかく、彼らが何者かはわかる。間違いなくこの学校での最高ランクの生徒たちだ」
ザンクの質問に答えられないが、ジョンマンの眼は生徒たちの魔力をしっかり観ていた。
リーンや特進クラスの生徒のような、一芸に秀でた魔法使いではない。
言い方は悪いが……サザンカやマーガリッティの下位互換、普通の、しかし天才側の魔法使いたちだ。
この学園においても、最高ランクのクラスの生徒であるとわかる。
あえて商売的な表現をすると、この学園の主力商品だ。やがてこの国の将来を背負って立つ魔法使いたちだ。
その全員がそろって、本気で要求を出すのなら無視するわけにはいかない。
それこそ、王女であっても、理事長であっても、だ。
(ぜったい面倒臭いぞ!)
だからこそ、大人たちはこれから起きる面倒に戦慄していた。
今からぶん殴って『ウチの生徒がすみませんでした、このお詫びは必ず』と言って謝って済む問題ではない。
「私たちはこの状況に不満があります」
最高クラス……Aクラスの生徒たちの代表であろう、眼鏡の男子生徒は、知的で上品な発言で怒りをあらわにしていた。
「なぜサザンカ先生からの指導を、特進クラスの生徒が独占しているのですか? 同じ学費を納めている我らからすれば、到底許容できるものではない。なにか特別な理由があったとしても、それが私たち側の問題ではないのなら、修正を求めます!」
短くもまとまった発言であった。
これにはリーンですら『それは怒るよね』と納得できる説明である。
ーーー超一流の先生の指導によって、落ちこぼれていた生徒たちが躍進する。
それは確かにすごいことだ。大人たちからすればとても良い話である。
だが子供、生徒側からすれば理不尽なことだ。
特に一生懸命勉強して成績を上げている生徒からすれば不条理極まりない。
成績の上位者が最高の指導を受けられる体制になっているとかならともかく、学校側の基準で選定されているというのは、努力でどうにもならないことだ。
それでは努力している自分たちがあまりにもみじめだ。
これは、サザンカの指導によって特進クラスの生徒が本当に躍進していると、Aクラスの生徒も認めているからこその義憤だ。
自分たちだって彼女から指導を受ければ、もっともっと強くなれるはずではないか。
「私たちには機会も与えられていない! これはどういうことです!」
(ごめんなさい……)
サザンカは今更ながら、自分を恥じていた。
教える側の理想を押し付けるばかりで、教わる側の気持ちを考えていなかった。
理想のせいで憤っている生徒には申し訳ない気持ちがあった。
「まあそれはそうだろうけども、この状況で文句を言うってどうなのよ」
大人たちが動けない中、マーガリッティの妹であるノォミィが特進クラスを代表して応対をする。
これはこれでごもっともな意見であった。
ノォミィは気づいていないが、この場には王女もいる。
そんな部外者もいる状況で、なぜ交渉などするのか。
「機会が欲しい。それもあとで『アレはなかったことに』と言われない、我々が納得できる機会を、この場で約束していただきたい」
「具体的には?」
「……後日の学習発表会で、特進クラスの代表生徒が教職員を相手に試合をするだろう。それを我らの代表との試合に組み替えてほしい。その場での決着で、サザンカ先生から誰が指導を受けるべきか決していただきたい」
試合、と聞いてジョンマンとその弟子たち……ザンクと魔獣を除いた面々は驚いていた。
「試合ってさ……ノォミィちゃんたちが出るんでしょ!?」
「ええ。貴方たちと戦った時と大体一緒のルールよ」
「どう考えても特進クラスが有利じゃん!」
実際に戦って痛い目を見た、ノックアウトされたコエモは声が裏返るほど驚いていた。
一方でノォミィは冷えていた。
「そうでもないわよ。私の最高火力が出せるほどの事前詠唱がないから、一発ぶっぱでケリはつかないと思う。それでも勝つ自信は揺るがないけどね」
「ーーー素晴らしい自信だ。本当に成長していると見える。やはりサザンカ先生は素晴らしい指導者だ」
ノォミィの言葉を、眼鏡の男子生徒は自意識過剰だとは思っていない。
今までの特進クラスの生徒の魔法は、ある意味で陸上競技的、記録を出すことに特化しすぎていた。
ボクシングで例えれば、パンチの威力だけすごい練習生のようなものだった。
試合をさせれば空振りするか、パンチを打つ前に殴られてノックアウトするヘボボクサーである。
そのヘボが、教師相手に試合をするという。
試合を組んでいる時点で、試合ができるほど成長した証拠であろう。
つまり彼らは、一撃で敵をノックアウトできるうえで、ヘボではないボクサーと試合をするつもりなのだ。
「私たちはあくまでも、機会が欲しいだけだ。一方的に先生の変更を要求するほど恥知らずではない。この条件で勝てないようなら、諦めるさ。それで君たちはこれを逃げるかい?」
もちろん、Aクラスに属する生徒たちも名乗り出るだけに自信に満ちていた。
若い。あまりにも若い。
この場に王女がいると知ったうえでこの要求をするのは、本当に若い。
確かに成功すれば理事長すら受け入れるだろうが、敗北すれば人生に影を落とすだろう。
それでもいいと踏み込んでくるのは、本当に若い。
(すげー迷惑!)
大人たちは困惑していた。
こうなるとノォミィが受けるかどうかだが……。
もしも受けたら、和やかなはずの学習発表会が修羅場になってしまう。
「ん」
そんなことを考えず、ノォミィは他の特進クラスの生徒たちをみる。
王女がここにいると知らない彼女らは、わりと緩い顔で頷き合った。
「別にいいけど」
(ええええ!?)
ジョンマンを含めて、大人たちは内心で受けたことや返事が軽いことに動揺していた。
(私からの指導を受けられなくていいんですか!?)
特にサザンカはめちゃくちゃ動揺していた。
「……ずいぶん軽く引き受けてくれたな。それは意外だった」
「正直さ~~。アンタたちが言ったことって、私たちも感じてたのよね。アンタたちを含めた他の生徒からの視線。そりゃそうだなとか、選ばれただけで勝ち取ってないな~って。だからサザンカ先生を独占するのが終わっても仕方ないねって話し合ってたの」
「なるほど、君たちは恥を学んだのか」
「そういうこと。むしろその条件でいいの? 普通に指導をお願いすればよかったんじゃないの? 負けたら指導受けられないわよ?」
「もう一度言う。駄々をこねて要求を通したいわけじゃない、勝ち取りたいのだ」
双方共に、若い。無条件で自分の要求を通そうとする幼さが抜けて、条件を課したうえで要求を通そうという成長がみられる。
負い目もある大人たちはすっかり声も出せなくなっていた。声を出したのは、真剣な面持ちになっている王女であった。
「トラージュ理事長。如何でしょうか、彼らの提案を呑むというのは」
「え、で、ですが……」
「Aクラスの生徒の要求はもっともです。特進クラスの生徒が応じたのですし、自主性を尊重なさっては」
若い王女もまた、その本気に心を動かされていた。
これにはトラージュも飲むしかなく……。
「……は、はい」
大人が認めたことで、両クラスの生徒たちは火花を散らす。
「君たちが有利と認めたうえで、勝利を勝ち取って見せる。これは自信過剰ではないよ」
「試合では手を抜かないわよ。普通に『ボクらもサザンカ先生から指導を受けたいです』って陳情すればよかったって後悔させてやるんだから!」
(今からでもそうしてくれないかな……)
ノォミィのマイクパフォーマンスに、大人たちは全力で頷いていた。
本日、コミカライズが更新されます。
よろしくお願いします。




