どうせ引き篭もりになる
効果的なトレーニングに必要なのは、適度な休日である。
ジョンマンもコエモも、そろって休んでいた。
なお、コエモはジョンマンの家に来ている模様。
「……なあコエモ、なんでここにいる?」
「この町、楽しいところなんてないじゃないですか。家にも居づらいし……」
「うんまあそうだな、おう……」
真昼間から年上の男のところに、乙女が入り浸っている。
それは褒められたことではないが、この町がクソ退屈であることは、ジョンマンが認めるところ。
なので強く止められなかった。
(俺に文句を言う奴もいないし、いいか。まあどうせ、彼女はこの町を出るつもりだろうしな……)
「ジョンマンさんは、何を読んでるんですか?」
「ああ、手紙だよ」
「手紙! いいなあ、うちには手紙なんてもの、届きませんから~~。で、誰からです?」
「両親」
ジョンマンの両親と言えば、ハウランドにとっても両親であるし、オーシオにとって祖父母である。
もとはこの家、現在のジョンマンの家で暮らしていたが、出世したハウランドに呼ばれて王都で暮らしているはずである。
その二人から、彼へ手紙が届いたということは……。
「どんなご用件です?」
「『出世した兄の足を引っ張るとは何事だ!』『お前のせいでハウランドはクビだ!』『跡取りの孫まで引き篭もった!』『どうしてくれるんだ、生活できない!』だと」
ハウランドは、ジョンマンとの試合によって再起不能となった。
これがなにかの任務で再起不能になったらまだ格好はつくが、実際にはただ弟に負けたのがショックで再起不能になっただけである。
そりゃあクビにもなるし、周囲から軽蔑されるだろう。
そのあおりを、家族も受けているに違いない。
「か、勝手ですね……」
「いや~~……親父とおふくろに罪はないだろう。謝罪の意味も込めて、仕送りしておくか」
ジョンマンは床に置いてある宝箱から、六枚ぐらいの『大判』を取り出した。
もちろんその宝箱の中には、まだまだどっさりと『大判小判』が詰まっており、他にも多くの宝箱が床に置いてある。
「これだけあれば、親父もおふくろも、残りの人生を遊んで暮らせるだろう」
「親孝行なのかそうじゃないのか、わかりませんね……」
人生を変える額の金、という言葉がある。
一生かかっても拝めない額の金、という言葉もある。
一体どれだけの『人生』が、この箱に入っているのか。
ジョンマンは世界最強ではないし、名前が世界にとどろくこともないが……。
それでもなお、明確に『成功者』だった。
それは彼の持ち帰った財産が証明している。
「孝行ではあるぞ?! 俺がこの金を得るのに、どれだけ苦労したと思っているんだ!!」
「そ、そうでしたね、すみません……」
自分が労せずに金を得た、と思われることが嫌いなジョンマン。
彼に対して、コエモは素直に謝っていた。
そしてそのうえで……ふと疑問がわく。
「そういえば、アリババ40人隊の他の方から、手紙が届いたりしないんですか?」
「は?」
なんで宇宙人と文通しないんですか、と言われたかのような顔をするジョンマン。
それはもう、呆れかえっていた。
「あのさあ……世界中のどこにでも手紙が届く、なんて思ってないよな? 世界がどれだけ広いと思っているんだ……」
「え、でも『全方見聞録』とかはこの国にも届いてますよ?」
「それはマルコやシェヘラザードの奴が、全財産を投じまくって世界中にばらまいているからだ。それに世界中に本を売るのと、特定の個人に手紙を送るのは別の話だろう」
ジョンマンは解散して以降、まっすぐに故郷へ向かっていった。
だが全速力で、全精力をかけて帰っていたわけではない。
それに対してマルコやシェへラザードは、冒険を本にするため全力を尽くしていた。
だからこそ、到着に差もあったのだろう。
そしてそれは、ジョンマンへ手紙が届くこととは何の関係もない。
「まあとにかく……よその国からここへ手紙を届けるっていう方法はほぼない。そのうえ、俺がここにいることを知っている奴もまずいない。俺自身故郷の細かい住所なんて覚えてなくて、記憶を頼りに国に帰って、そこからもなんとか帰ってきた感じだしな」
「……じゃあ他の人の住所とかも知らない感じ?」
「ああ。マゼランみたいな誰でも知っている有名人なら、話は違うけどな」
「え、マゼランって有名人なの?」
「……そうか、あのマゼランも、この田舎だと無名なのか。そう考えると、その田舎まで本を売っているマルコやシェヘラザードがどんだけ凄いのかって話になるな」
あらためて、自分の故郷が田舎であることを確認するジョンマン。
少し切なくなりながら、話を進めた。
「まあとにかくだ……細かい住所を教え合ったわけでもないから、手紙を送るとかは無理だ。俺からも、他の奴に手紙を送ったりできねえよ。わざわざ探す気もないしな」
「ふ~~ん……寂しくないんですか?」
「最後のダンジョンでな……五年も一緒だったんだ……潜りっぱなしで、五年……顔を見るのも嫌だ……」
「すみません……」
切ないというか、疲れている顔だった。
よほど、『冒険』が嫌であるらしい。
「そ、そういえば、お金はどうやって送るんですか? そんな大金、物騒ですけど!」
「そうだな、オーシオちゃんにでも渡すさ。あの子からなら、問題なく届くだろう」
そして話題は、この場にいないオーシオに移った。
その瞬間である。噂をすれば影が差すとはこのことで、オーシオが家に入ってきた。
その顔は、とても気分が悪そうである。
「お、叔父上……よ、よろしいでしょうか?」
「なんだよ、オーシオちゃん」
「実は……その、父が退任した後の、新しい近衛騎士団長が……ご挨拶にいらっしゃりたいと」
「なんで」
「おそらく……父と同じ考えをしていらっしゃるのかと……」
それを聞いて、ジョンマンは露骨に不機嫌そうになった。
「誰だそいつ」
「セリダック……私の母方の、親戚です」
「王族かぁ……」
また面倒なことが起きた、とジョンマンは首を振るのであった。
※
数日後。オーシオの案内で、ジョンマンの家へセリダックなる者が現れた。
彼はハウランドと同年代の男性であり、ジョンマンより少し年上であった。
その彼は少数の近衛騎士を連れており、やや威圧的な雰囲気を出している。
その彼へオーシオは萎縮しており、そんな彼女を見てコエモも不安そうにしていた。
(コエモさん……来なくてもよかったんですよ?)
(いやでも……オーシオちゃんが不安かなって……)
(すみません、正直心強いです)
そして肝心のジョンマンは、とても不快そうだった。
仮にも王族が相手であるにもかかわらず、不快感を隠そうともしない。
「セリダック、さんだったか。姪っ子のオーシオちゃんの顔を立てて会ったが、それ以上のことは期待しないで欲しいぜ」
敬意のない態度に、セリダックの配下たちは苛立つ。セリダック自身も、眉を少し動かしていた。
「俺はラックシップと戦わない。兄貴にも言ったが……絶対に勝てる、命の危険がない、っていう条件がそろわないと戦う気はない」
「くく……くくく」
ここで、セリダックは……整った口ひげを持つ紳士、という姿の彼は、笑いを漏らし始めた。
「結論が決まっているので、あまり勿体つけずに答えを出す……というのは確かに好ましい。だがその件以外にも、私は伝えたいことがあったのだよ」
「あんだよ」
「ハウランドを倒してくれて、感謝する」
「……俺が言うことじゃないが、オーシオちゃんの前で言うことかね」
「今更だろう。それに、王族である私へ敬意のない振る舞いをする貴殿が、そのあたりのことを言える立場かね?」
「こりゃ、耳が痛い」
どうやら、ハウランドに対して思うところがあったらしい。
彼とその息子であるエツーケがほぼ引退していることを、とても喜んでいる様子だった。
「このミドルハマーという田舎町の生まれでありながら、不断の努力と恵まれた才能によって、エインヘリヤルの鎧を纏うに至り……その実力を買われて近衛騎士、その団長へと駆け上がっていった。結婚相手、子供にも恵まれ……後継者として息子を副団長に据えていた。奴のサクセスストーリーは円満に終わるかと思ったが……くくく、不肖の弟だと思っていた男に負けて、それがショックで……ははははは!」
紳士は、芸人のように、舞台役者のように、大げさに笑った。
「弟が強くて、心が折れた!? はははは! みっともないにもほどがある!」
「まあ、うん……そうだよな」
とても客観的に、みっともなかった。
「それもだ、貴殿がただのFランク冒険者だと侮って、不意打ちのように負けたのならまだしも……貴殿がアリババ40人隊に属していた者、それもラックシップを撃退したほどの腕と知ったうえでだぞ? よほど貴殿を侮っていたのだな!」
彼だけではない。彼の背後に控えている騎士たちも、にまにまと笑い、それをこらえていた。
それこそ、彼とその一派全員の悲願だったのだろう。
「貴殿も弟として、奴に思うところがあったのだろう。正直に言いたまえよ、すっきりしたと」
「ま、まあ……無いとは言えないこともなかったな」
「我らもだ! ああ……ああ、思い返す度にイライラする! ハウランドはな、ただ強いというだけで、生まれもわきまえず近衛騎士に、騎士団長にまでなった! ただ、強いというだけで!」
立身出世、サクセスストーリーには、必ず陰で涙をのんだ者がいる。
ハウランドが大いに躍進した分だけ、追い抜かれた者達がいる。
その代表が、目の前のセリダックであり、その配下たちなのだろう。
「本来なら、私が近衛騎士団長だった。それは奴の次に私が任命されたことからも明らかだ……。奴さえ現れなければ、長い時間苦渋を舐めずに済んだのだ!」
以前のハウランドが強いだけの男か、と言われれば違うだろう。
だがそれが近衛騎士団長となる根拠だったので、彼の視点からは間違いではない。
「奴は実力主義を掲げ、近衛騎士を私物化した。奴は生まれに関係なく、実力があるというだけで、近衛騎士になりえぬ者を召し抱えた。多くの実績を積み、それを息子にも教え、近衛騎士の在り方を根本的に変えてしまうところだった」
(この人、大丈夫なの? なんか、言っていることがめちゃくちゃな気が……)
(現在の近衛騎士は、こういう人ばかりです)
語るに落ちる……というのとは違うが、口を開くたびに株が落ちていくセリダック。
彼としては間違ったこと、おかしなことを言っていないのだが、コエモやオーシオ視点からすればめちゃくちゃである。
だが……それなりの根拠もあるようだった。
「その結果、だ! ただ強いだけの者で構成された近衛騎士団は、ハウランド一人が負けただけで瓦解した! ハウランドも、エツーケも、他の騎士も、自分達が信じるものより圧倒的な強者を知っただけで挫折した!」
これには、現場を見ていた二人の乙女も納得せざるを得ない。
「結局、近衛騎士に最も大事なことは……義務感だ! 自分よりも強いものがいた、というだけで心折れる者が、近衛騎士にふさわしいわけがない!」
本当に義務感や責任感があれば、なにくそと立ち上がっていたはず。
それができていない時点で、近衛騎士失格であろう。
「我らは違う! 真に責任感があり、真に義務感があり、国家を守る家に生まれ、国家を守るために育てられてきた者達……我らが真の近衛騎士団として、再生するのだ!」
「その理屈は結構だが、それならなんで俺に会いに来たんだ? 聞けば、俺を近衛騎士団に入れたいって話だが……それこそ、俺は実力だけの男だぞ?」
「確かに。だが……同志でもある。同じ男を恨み、そしてそれを晴らした同志だ」
セリダックは、にっこりと笑って勧誘を行う。
「どうか、近衛騎士に入ってくれないかね?」
「……兄からの勧誘を蹴った男に、それを言うかね」
「そうだな。だが親族ではないからこそ、言えることもある」
セリダックの視点からして、ハウランドは大きな失敗をしていた。
いや、常識の範疇において、セリダックは間違っていないのだが……。
「なんでも言ってくれ、望みの物を用意しよう」
それを聞いて、オーシオもコエモも、言葉が出なかった。
ジョンマンなど、悪い意味で目の色を変えたほどである。
「聞けば、奴は『自分と協力してラックシップを倒そう』と言うばかりで、具体的な報酬話はしなかったそうではないか。これこそ、肉親の甘え……私にそれはないよ」
「……ま、まあ、間違いではないな」
「貴殿はアリババ40人隊に属しながら、しかしこの小さな家に住み、Fランク冒険者として雑務に追われている……この生活を脱し、輝かしい道を歩みたいとは思わないかね?」
ジョンマンは、ため息をついた。
少なくともセリダックは、そこまでおかしなことは言っていない。
彼の視点からすれば、まともなことしか言っていない。
以前はアリババ40人隊に属していても、今は貧乏だ……と思っても、そこまで不思議ではないのだ。
この暮らしを見れば、それが補強されて当然だろう。
「ああ~~、コエモちゃん。でっかい箱、持ってきて」
「はい!」
ジョンマンはその誤解を正すべく、コエモに『貯金箱』を持ってきてもらうよう頼んだ。
コエモはずっしりと大判小判の詰まった貯金箱を持ってくると、それをセリダックの前で開いた。
彼の持つ現金は、一枚一枚が『千万円玉』ぐらいの価値がある。
それを知るからこそ、見たことがあるからこそ、セリダックも、その配下たちもうろたえていた。
「な……」
「その箱に入っている大判小判の金貨……そのひとつかみぐらいが、アンタの生涯年収ぐらいだろう。ちなみに現金なら、その箱がいくつもある」
「な、なら、なぜこんな小さな家で暮らしているのだ!?」
「生まれた家に固執するのは、そんなにおかしいか?」
「え、え、Fランク冒険者をやっている理由は?!」
「暇つぶし」
ジョンマンの返答は、極めてシンプルだった。
論理的に矛盾がないため、誰もが黙ってしまった。
末代まで遊んで暮らせる額の金を持つ者に、報酬が意味を持つとは思えない。
「な、ならば、名誉はどうだ。貴殿の有能さは、資産からも明らか……その実力をこの国で活かせば、多くの勲章を得られるぞ。それこそ、あのハウランドよりも、よほどな!」
「勲章?」
「そうだ……そうだ! 貴殿は、その……アリババ40人隊の一員ではあったが、あくまでも一隊員だったはず。勲章を授与されることはあっても、受け取るのは主だったものだけだったのでは?」
これはわからないでもない。
いくら実力があり、いくら実績があっても、主だった者以外に勲章が授与されるケースは少ない。
アリババ40人隊が、文字通り40人もいたのだから、当然の理屈であろう。
「……オーシオちゃん。貯金箱が積んである部屋の中に、持ち運べる大きさのチェストがあるはずだ。それを持ってきてくれ」
「あ、は、はい!」
だがその当然の理屈を裏切るかのように、ジョンマンは姪っ子へ指示をした。
彼女は慌ててその小型のチェストを探し出し、もってくる。
セリダックやコエモたちが見守るなか、ジョンマンはそれを開いた。
そこに入っていたのは、まばゆく光る宝石があしらわれた、美しくも荘厳な勲章の数々だった。
そのチェストのは引き出しタイプになっているが、引き出しの中にはぎっしりと綿が詰まっており、勲章の形にそってへこみがあった。まさに、勲章のためのチェストであった。
「一応言っておくが、一軍組よりは小さいし、格も落ちる。でもまあ、俺でもこれぐらいは持ってるんだよ」
それこそ、金では買えない価値が詰まっていた。
ジョンマンという男が、どれだけの冒険をしたのかが分かるだろう。
「セリダック……さん。俺は見ての通り、くたびれた男だ。コレだけの財宝、名誉を得るために必死で戦ってきた。もう疲れて、頑張る気力がない。放っておいてくれないか?」
ここでジョンマンは、一応の敬意を示した。
ここで引き下がるなら、何かをすることはない。その線引きでもあった。
その線が見えないほど、セリダックもバカではない。
だが、それでも、躊躇しつつも、セリダックは線を越えてしまった。
「こ、こ、こ! これだけの! これだけの武勲をたてた貴殿が……疲れたからもう戦いたくない!? 今でもハウランドをあっさり倒し、ラックシップとも互角に戦える貴殿が!? ただ気力が無いといって何もせず暇をつぶして生きていくのか!?」
実際のところ、やる気の問題でしかない。
ジョンマンが本気になれば、ラックシップも面倒になって下がる可能性さえある。
そんなことは、ジョンマン自身が分かっている。
だがそれは、明らかに一線を越えていた。
「駄目か?」
「駄目に決まっている!」
「なぜ」
「きょ、強者は、強者は弱者を守るためにいる!」
「それは実力主義と言わないのか? 兄貴と同じじゃないのか? 義務感が大事だというのに、それがない俺をなぜ勧誘する」
ジョンマンは、疲れているだけで強い。
彼の心は、一々図星を突かれた位で揺らがない。
だがそれはそれとして、怒らないわけでもない。
「……怒るかもしれないが、あえて言わせてもらう」
威嚇はしない、威圧はしない。
ただ冷淡に、相手を見据える。
「どんな形であれ、兄貴に実力で勝った俺と……その他人が勝った事で大喜びしているお前が同志? 恥を知っているのなら、もう二度と言わないほうがいい。大体……」
うっとうしいハエのように、セリダックは見られていた。
「お互い、もう40を超えている身だろう。それで若いころの遺恨を引きずっていて、それが解消されたら大喜び? 他に喜ぶようなことがなかったのか? くそ、しょうもない人生だ」
そしてセリダックを見たまま、ジョンマンは指導を行う。
「オーシオちゃん、コエモちゃん。こういう大人にだけはなるんじゃないぞ」
「~~~!」
怒るかもしれない、という言葉は、たしかに怒らせるに至っていた。
彼は言葉を失い、立ち上がり、そのままジョンマンの家から出て行く。
そのセリダックのお供は、ジョンマンに何度も振り返りながら、しかし去っていった。
「やれやれ……近衛騎士も人材不足だな。あんなのが兄貴の後釜だって言うのなら、俺を勧誘しようって言うのも、そこまで間違っていないか」
すっかり冷めた目のジョンマン。
彼はチェストや貯金箱を抱えると、元に戻そうとする。
その彼へ、コエモは声をかけた。
「だ、大丈夫ですか? 相手は一応王族ですよ? なんかこう……後で酷いことになるんじゃ」
「何も起きない、大丈夫だ」
ジョンマンは、とても冷静に未来を見ていた。
「アイツに、未来なんてない」
何もない、という未来が。
※
ジョンマンへの勧誘が失敗した後、セリダックは近衛騎士団の本部に戻った。
彼はとても苛立たし気に、どう断られたのかを部下にも言った。
もちろん、自分が怒らせたことは黙ったままである。
「あの兄弟は……私をイライラさせてくれる! もう声などかけてやらん!」
彼の意気に、他の者達も賛同する。
その熱が冷めると、今後の方針について話し合うこととなった。
「こうなっては、ラックシップを討つことは、断念せざるを得ん。どう考えても無理だ」
情けない決定を、セリダックは下した。
しかしこれにも、誰もが同意する。
認めたくはないが、ハウランドは本当に強かったのだ。
そのハウランドが、ジョンマンに手も足も出なかった。そのジョンマンと互角のラックシップと戦うなど、それこそありえない。
「だがそれでも、我らは実績を求められる。ただ座して待てば、国家からの信頼を失い、名誉の一切を失うだろう」
そのうえで、できることをするべきだと提案していた。
近衛騎士団長になったセリダックは、サボタージュなど考えず、あくまでも正道での実績を求めていた。
これにも、部下たちは頷く。
「奴の手の者を討っていけば、それは実績として評価されるだろう。幸い、ラックシップは部下を守っていないしな」
彼は部下の前で、地図を広げた。
その中の一点を彼は指さす。
「現在ここに、ラックシップの部下が拠点を作りつつある。ここへ攻め込み、討ち取ろうではないか」
「……可能でしょうか」
そこまで非現実的な提案ではなかった。
だが成功率が高いか低いか、被害は大きいのか小さいのか、というレベルでは疑問を呈さざるを得ない。
部下たちはやや不安げだったが、セリダックは勇気づける。
「もちろん、可能だ。根拠もある」
それは極めて論理的で、知的で、客観的にも間違っていないものだった。
「まず奴らは、全員がダイヤモンドレオの防具を身に着けている。これを聞くと恐ろしいが、防具を着ているだけだ。それも素人細工の、適当な防具だ。ダイヤモンドレオが、そのまま襲い掛かってくるわけではない。現にミドルハマーでも、現地の冒険者が数人を倒している」
ミドルハマー最高の冒険者、ヂュース。
彼は地力でラックシップの部下を倒し、そのままラックシップに挑んでいた。
当然ながら、彼の装備はそこまで強くない。
そのうえで敵を倒したのだから、本人同士の実力差でどうにかなるレベルということだ。
「冒険者は対人戦のプロではない。それでも倒せたのだから、騎士である我らならなお簡単だろう」
「ですが……聞くところによれば、奴らは現在、五つのスキルを伝授されつつあるとか……」
「エインヘリヤルの鎧、神域時間、浄玻璃眼……残る二つは不明ですが、どれも強大です」
装備が強いだけならまだしも、強力なスキルまで習得していれば……。
それこそ、近衛騎士でも危ういのではないか。
「それもない。少なくとも、今はな」
これに対しても、セリダックは否定した。
「他のスキルはともかく……エインヘリヤルの鎧は、あの……あの、忌まわしいことに、国内最強であったハウランドですら、相当に修練を要したと聞く。いかに合理的で効率的な習得方法があったとしても、一か月や一年で完全にマスターできるものではない」
強大なスキルということは、それだけ習得が難しいということである。
多少効率よく鍛錬する方法があったとしても、それにも限度があるはずだった。
「ましてや、昨日までチンピラをやっていたような連中が……そう簡単に習得できると思うか? なんの義務感もない、悪党になるべくして悪党になった底辺どもが、真面目に鍛錬を積めると思うか? 無理だな。五つすべてなどありえない、一種の初歩を覚えて満足し、それで慢心して暴れているだけだろうよ」
これも現実的であった。
ラックシップが強大な兵力を育てようとしているのならともかく、今の状況で悪党どもが自主的に、真面目に鍛えるわけがない。
ましてこの短期間で、実用レベルまで習得できるわけがない。
「みな、思い出してくれ……幼き日のことを、若き日のことを。近衛騎士となるべく、青春を捨てて鍛錬を積んでいた日々を……」
セリダックは、全員が共有する過去を思い出させていた。
自信を喪失していた者達へ、再起を促していた。
「我らは最高の指導をうけていた。だがそれは、楽々でも悠々としたものでもない。一般市民が想像もできないような、過酷な鍛錬の日々であった」
近衛騎士を輩出する家に生まれた彼らは、それこそ真面目に鍛錬を積んでいた。
その座を横入りした者に奪われてしまったが、過去までは奪えやしない。
「その日々に耐えた我らが、なぜ怯える。素材がいいだけの粗末な防具を着ている、強力なスキルの初歩だけで満足する輩に、なぜ恐怖する。その必要が無いことなど、冷静になればわかることだ」
敵を知り己を知れば、百戦危うからず。
冷静な敵分析、熱意のこもった自己分析。
それをもって、必勝を約束する。
「行くぞ……真の近衛としての力を……心意気を見せるのだ!」
その奮起に、誰もが乗っていた。
今こそ、若き日の鍛錬を世に示すとき。
日陰に追いやられていた者達は、その実力を示すべく、ラックシップの部下が作った拠点へと攻め込むのだった。
※
セリダックがジョンマンの家を訪れてから、およそ一か月後。
オーシオは『近衛騎士団』から贈られてきた手紙をもって、ジョンマンの家に訪れていた。
もちろん、コエモも一緒である。
「叔父上、母方の親戚から連絡が来ました。セリダック殿とは、また別の方です」
身元のはっきりしている、身分の高い家で生まれた騎士たちで構成されていた、新生騎士団。
そこからの連絡……でもないようである。
「先日いらっしゃった、セリダック団長率いる近衛騎士団なのですが……ラックシップ配下の構えた拠点に攻め込み、敗北。そのまま全員捕縛され身代金を要求されることとなり、各々の実家が大金を払って解放してもらったそうです」
「ええ……ラックシップの部下、強すぎない?」
「私も驚きました、まさかここまでラックシップの配下が強力とは……」
不意を突かれたならまだしも、近衛騎士が完全武装で攻め込んだにもかかわらず、全員捕縛される。
二人の乙女にとって、それは敵の強大さを示すものとしか思えなかった。
「そんなわけあるか、あいつらが弱いんだよ」
「で、ですが……彼らは元々近衛騎士となるべく、幼少のころから鍛錬を積んでいた騎士ですよ? いきなり騎士になったわけではないのですよ? それでも弱いというのですか?」
「そりゃあジョンマンさんから見れば弱いだろうけど……話を聞いていると、弱いとは思えないんだけど」
「逆だ。話を聞いている限り、弱いとしか思えない」
誤情報など一切なく、誤解させる要素も一切ない。
だがそのうえで、ジョンマンはセリダックたちが弱いと言い切っていた。
「アイツらが真面目に訓練していたのは、それこそ幼少期だけだろうよ。兄貴が台頭してきて、そのまま騎士団長になって、自分達よりも強い騎士が登用されて、席を奪われた時点で……もう鍛錬を辞めていたはずだ。あるいは、その前時点でな」
幼少のころから真面目に鍛錬を積んでいれば、そりゃあ強いだろう。
少なくとも、今回の戦いでは勝っていたはずだ。
だが努力をしていなければ……鍛錬を怠っていれば。
それで、強いわけがない。
「あいつらの自己認識では、全盛期の強さを保っているつもりだったんだろう。それなら勝てただろうが、兄貴に負けて、腐って、何もしていなかったのなら……その強さは、ただの中年レベルに落ちていただろうよ。そりゃ勝てないわ」
ジョンマンの言葉を聞いて、まだ衰えるという言葉を体感できない乙女たちは、思わず生唾を飲んだ。
「以前も言っただろう。結局強いのは、めちゃくちゃ真剣に努力して、めちゃくちゃ真剣に試合ができて、勝ったら大喜びして、負けたらしっかり反省できるんだ。それらは全部当たり前のことだと思って、一々深刻に受け止めないんだ。奴らは、その対極にいる」
臥薪嘗胆、という言葉がある。
薪の上で寝る苦しみで、苦い肝を舐める苦しみで、受けた屈辱を忘れぬようにしていたということ。
この言葉は、復讐を成功させるものは、その屈辱を忘れぬようにしていたということだが……。
薪の上で寝て苦い肝を舐めてさえいれば、復讐は成功する……などという意味ではない。
モチベーションを保つための方法でしかなく、本質はそこにない。
「あいつらは屈辱を味わったんだろうさ。敗北感に打ちひしがれて、自分の今までの努力を無にされたかのように……自分が生まれてきた意味を否定された気になったんだろうさ。兄貴が失墜する日まで、ずっと呪っていたんだろうさ。だがな、それで強くなれるわけない。それで、強さを保てるわけがない」
セリダックたちは、敵を知り、己を知っていた。
だがそれは、思い込みに過ぎない。
彼らは、自分を知った気になっていただけだった。
「で、その解放された人質たちはどうなったって?」
「その……兄や父と同じように、引き篭もっていると」
彼らには実力だけではなく、義務感もなかったのだ。
彼らが気付いていないだけで、行動で証明し続けていたのだ。
「そりゃそうだ、そうなるさ。敗北から気分を切り替えられなかった、惨めで哀れな大人の末路だ……君たちは、ああなるんじゃないぞ」
自己憐憫で、強くなることはない。
他責思考で、強くなることはない。
それは、時間の無駄に過ぎない。
時間を無駄にしないものこそが、人生を有意義なものにできるのだ。
「それで……叔父上に、近衛騎士になってほしいとの、依頼が……」
「やる気ないからパス」
そしてやるべきことを成し終えた男は、ただ人生の無駄を楽しむのだった。