目が良いなら鏡をみるべき
ミット魔法国に向かう船の旅は、途中で何度か小さな島に立ち寄ることになる。
港町ならぬ港島。
群島の間にある中継地点として存在する、港町があるだけの島。
そのような島に寄港中、一行は港町で久しぶりの陸に宿をとっていた。
とはいっても、船酔いでダウンしている面々は宿で休憩中である。
そうではない者たちは、この島にある砂浜で修業タイムに入っていた。
小さな島の、小さな浜辺。それも海には毒のあるクラゲが多く生息しており、砂浜で遊ぶものは一人もいない。
時折散歩している者もいるがその程度。
なんとも修行に都合のいい立地であった。
「マーガリッティちゃん、リーンちゃん。二人ともスキルを発動させてくれ」
ジゴマやザンクの見守る中、マーガリッティとリーンは緊張しつつも『現在使える唯一のスキル』を発動させた。
第四スキル竜宮の秘宝、健康系の最上位スキルである。
「コキン・ココン・コンジャク・コライ!」
二人同時にスキルを発動させると、二人の最大魔力量が跳ね上がった。
それだけではない。二人は大量の魔力を体外に放出し続けているにもかかわらず、魔力が枯渇する気配がない。
ゲーム風に言えば最大MP増量、MP常時回復。これはMPだけではなくスタミナにも影響する。
船酔いしないなどの環境の変化に強くなる効果もあるが、魔法使いにとってはこれが本質であろう。
「おお……知っているので驚くつもりはなかったが、それでも感嘆してしまうな」
「二人とも魔法の天才で、そのうえ幼少期から修行してますからねえ。こっち方面では俺をとっくに凌駕していますよ」
「ならば私など足元にも及びませんね」
(おお、二人とも格好いい)
才能ある若者を見て、素直に自分よりも上だと言える大人二人。
嫉妬や羨望も漏れているが、それでも悪感情はない。
まさにいい大人、という雰囲気にザンクは尊敬の念を向けている。
今も嫉妬や羨望でイライラしている同期がいるので、その差は明確であった。
「どうでしょうか? 私の成長は……」
「……君はおよそ二年間修行を積んだ。その結果としては破格と言っていいだろう。なにせ魔力の基本量を増大させる手法自体が、ミット魔法国にない。これはサザンカ先生すら持ち込めていない。一種の革新と言っていいだろうな」
魔法使い、あるいは学者的な側面から言えばマーガリッティとリーンが会得したスキルは画期的と言わざるを得ない。
今後ミット魔法国では、一流を名乗るには竜宮の秘宝を学ぶことが必須となるかもしれない。
これだけで留学の価値があると言えるだろう。
「そのうえで、あえて学校の先生として、フレーム流戦闘魔法使いとして言わせてもらう。君の妹の方が成長していると言わざるを得んね。あくまでも好みの問題だが……」
どこか意地悪げな発言であったが、それは無根拠なものではない。
彼女の妹や他のクラスメイトがそれだけ成長していると、彼が高く評価している証拠であった。
自分よりも才能ややる気で劣る妹たちに、自分の成果が負けていると聞いて……。
マーガリッティはぞくぞくと身震いしながら笑っていた。
「そうですか……悔しいです!」
彼女は嬉しそうに身もだえしていた。
悔しいと思っているのも本当だが、妹たちの成長がうれしいのも本当だ。
そうでなければ張り合いがない。
せっかく才能があって素晴らしい先生がいるのだから、成長しないなんてもったいない。
「私たちももっと頑張らないとね、マーガリッティちゃん! ということでジョンマンさん! 今からでも大逆転できますか!?」
「もちろんそのつもりだ。俺だってサザンカ先生にさんざん偉そうなことを言った手前、マーガリッティちゃんをもっと凄く鍛えないと面子が立たない」
以前にジョンマンはサザンカに対して『どちらにいればマーガリッティちゃんは成長できるのか』という勝負をしていた。
以前は生徒と弟子が戦う形であったが、それは本来ではない。
サザンカはとがった才能の持ち主たちの腐っていた心を成長させ、今も伸ばし続けている。
これでマーガリッティの成長が負けていれば、ジョンマンのもとで修業している意味が薄れる。
健全な勝負であり、互いに競争しなければならないことだ。
「ミット魔法国にたどり着くまでの時間を使って、マーガリッティちゃんとリーンちゃんの『第三スキル浄玻璃眼』を一応の習得までもっていく。そうすれば君たちのもともと習得していた魔法や竜宮の秘宝と噛み合って一気に成長できるだろう」
「リーンさんはともかく、私の浄玻璃眼はまだ形になるレベルではないのでは?」
「今までは無理だったが、今はジゴマ先生がいらっしゃるからな。ここから君たちの視力を一気に引き上げる」
ここでジョンマンはジゴマを、今さらのように紹介する。
「君たち二人は魔法に興味があり、自分でも使える。ジゴマ先生のようなフレーム流魔法使いがいれば効率的にレベリングが可能だ」
「それは私が全面的に協力することが前提ですな。手品師に手品をさらせというようなものですよ?」
「お嫌いですか、ジゴマ先生」
「まさか。貴殿に恥を晒した身ですし、マーガリッティ君の成長に一役買えるのなら望むところですよ」
「えっと~~……どういうことですか?」
なんにもわかってない顔のリーンが挙手で質問をする。
これを笑う者はここにいない。
わからないことを聞けるのは素直な証拠である。
「君たち二人はミット魔法国に着くまでの間に、魔力だけ見切れる状態の浄玻璃眼を習得することになる。魔力以外は見切れないが、それはまた修行を続けることで完成させることになるな」
「そんなことできるんですか?」
「君たちは今日まで一生懸命努力してきたからね。ちょっと背伸びをする程度のことさ」
年長者が若手の天才をほめられるのは『現時点では俺の方が強いもんね』という余裕を持っているためである。
ジョンマンが天才中の天才であるクラーノに劣等感を抱かないのも、彼女が目が良いだけだからだ。
「コエモちゃんはオリョオちゃんやオーシオちゃんを相手に完璧な勝利ができた。アレはコエモちゃんが二人のことをよく知っていて、よく手合わせをしているからなんだよ。はっきり言えば、あの子の見切りは二人専用なんだ」
(すごい狭い専用だな……)
「もちろん少しは視力も上がっているけど、全く知らない相手と初めて戦うのならああも完璧に戦うことは無理だ」
ヂュースも言っていたが、観察とはサンプル数が重要となる。
見切りとはある種の統計であり、サンプル数が少なければ間違った結果にしかならない。
サンプル数とは知識と経験である。
ジョンマンは魔法使いや格闘家、モンスター相手にも万全に機能している。だがこれは彼の知識と経験がまさに網羅しているからであり、スキルが極まっているだけのクラーノはこの域に達していない。
ーーーたとえばここに二つの人形がある。
果たしてどちらが『本物』か? もちろん両方が偽物ということもあるし、両方が本物というケースもあり得る。
素材の違いや製造された年代、保管状態や製作者の技量、塗料などはある程度わかるだろう。
だが本物かどうかというのは知識がなければわかりようがない。なんなら今挙げた判別材料がすべて違っていても、両方本物かもしれないし両方偽物かもしれないのだ。
逆に言えば、ちゃんと知識と経験があれば、人形の真贋を見極めることは可能である。
もっと言うと、人形の真贋を見極めるだけでいいのなら、他への訓練は不要である。
魔法への見切りも同じだ。
ある程度下地ができていれば、魔法対策専用の浄玻璃眼も形にはなる。
「まず君たちには、フレーム流戦闘魔法について勉強しつつ見切る特訓を積んでもらう。そうすれば浄玻璃眼が形になるだろう。そのあとは……自分の魔力を観察してもらう」
「自分を、ですか?」
「鏡を使ったりするんですか?」
「そうだ。そうすれば君たちは魔法使いとして一気に上達する」
クラーノもそうだが、優れた視力を持つ者は他者を観察することにリソースを割きがちだ。
自分を観察するということを怠ってしまうことが多い。
だからこそ、それを意識したときに成長が待っている。
観察した結果をすぐに生かせる身体操作能力があればなおさらに。
「君たちは腸腰筋という筋肉を知っているね。人体模型でも説明したが、股関節にある筋肉だ。腹筋同様に足を持ち上げる時に使う筋肉なんだが……実際に鍛えてみると『あ、ここに筋肉あったんだ』と気づいただろ?」
「あ、は、はい」
「そーでしたね」
マーガリッティは多感なお年頃であるため、人体模型の腸腰筋回りを見たときによからぬ想像をしてしまった。
自分が恥ずかしいだけだと自覚しているので、顔を赤らめつつ返事をする。
「他の筋肉も一緒だ。実際に鍛えてみると、筋肉が部位ごと、動きごとに分かれていると知れる。人体模型を見て『ここだよ』と言われるとさらに理解が深まる。そうすれば筋トレの効率も増すし動きのパフォーマンスもよくなる。これは魔法も同じなんだ」
浄玻璃眼を習得し自分が魔法を使うときに魔力の流れをみれるようになったとしても、実際に魔力のよどみを調整するのは難しい。それは視力と別の力だからだ。
だがこの二人はすでに、魔力生成のスキルである竜宮の秘宝を会得し終えている。
双方のコンボによって、なんとなくではなく具体的に魔法の無駄を理解できるだろう。
普通なら何年も要する洗練を一瞬でできるようになるに違いない。
「君たちの最終目標である第五スキル……最強禁呪を使う時にそれができてないと重傷を負うことになる。だからしっかり習得してね」
「……あの、ジョンマン殿。一応申し上げておきますが、ミット魔法国で禁呪をみだりに使うことは違法行為です。場合によっては捕まります。少なくとも国内では使用なさらないでください……」
最強禁呪『星命の維新』に言及したことで、さすがにジゴマの態度が変わった。
禁呪の定義は『使用の際に甚大なリスクがある』というもの。
国家によっては禁呪の使用や習得は違法行為である。
免許などがある、任務の際にのみ使用しているなどの許可が下りるケースもあるが……。
最強禁呪である星命の維新は(国内に使用者がいないため形骸化しているが)習得していると知られただけで死刑となっている。
「大丈夫ですよ! ジョンマンさんは強いですから、捕まりません! 使うとしても酷いことはしませんよ!」
「いや……それが問題なのだが。ジョンマン殿が勝つだろうが、我らにいいことなんて一つもないのだが……」
ジョンマンを信頼しているのはわかるのだが、何が悪いのか何もわかっていないリーン。
彼女の今の言葉を聞いただけで、ジゴマは彼女が危険視されている理由を把握していた。
なお女王であるという事実はまだ把握していない。
「あの、ジョンマンさん。この人に最強禁呪を教えて大丈夫なんでしょうか?」
「て、敵味方を識別できる魔法だから、大丈夫だと思う……うん」
ザンクは今更ながらリーンの将来を心配している。
故郷の王朝を滅ぼした女の倫理観は、いまだに更新していなかった。
彼女は今すぐ鏡を見るべきなのかもしれない。
コミカライズが本日更新されます。よろしくお願いします。




