居心地が悪い旅もある
ジョンマンとその弟子七人、そしてジゴマは港に来ていた。
その中でもコエモ、オーシオ、オリョオ(女装中)はこれから乗り込む予定の大きな帆船を前に、うむむむ、とうなっている。
「……また船に乗るんだね、一か月ぐらいとか」
「ここに来るまで忘れていました、忘れていたかったです」
「分かってはいますが、浄玻璃眼よりも先に竜宮の秘宝を覚えておくべきでした。本当に、今さらですが」
「三人とも安心して! この私とマーガリッティちゃんがいるから、前回みたいにお世話するわ!」
三人の後ろでリーン(女装中)が安心するように呼び掛けている。
彼女は根拠がない時も自信満々だが、今回の場合は前回の経験もあるので信頼に足る。(つまり彼女の態度を参考材料にしてはならない)
「それは、まあ、ありがたいんだけど、ね……そもそも船酔いすること自体が嫌っていうか……」
「それも本に書けるじゃない!」
「前回も船酔いしたから、今回は一行ぐらいにしかならない~~……実際前回の本も、帰りの船酔いは一行だったし……」
「二回書いても三回書いてもいいと思うわ!」
「読者を意識して本を書きたいの!」
マーガリッティとジョンマンが一緒ということもあって、リーンの看病は適切である。
だが看病の仕方が適切だとしても、ずっと船酔いし続けるというのは苦行である。
船に乗っている期間は体調不良で、降りてからもしばらくは療養して、そこからまた船に乗って移動しなければならない。
体調不良がずっと続くことが確定しているなど、まあ、普通に嫌であろう。
「オリョオちゃんじゃないけど、私も竜宮の秘宝を覚えておけばよかった」
「ん~~……それなんだけどね。竜宮の秘宝の訓練って、体調が悪くなるような訓練もたくさんするわよ」
「そうなんだ……」
気分が悪くならないための訓練は、気分が悪くなるらしい。
楽をするために苦労をするを地で行く話であったが、今までの経験上正しいとしか言えない。
(でも先にやっておけばもう二度と辛くならないのだから、覚えておいた方がいい気がするわね。……でもその前に浄玻璃眼を覚えきらないといけないのよね……)
割と長期的な視野を持つオーシオは、それゆえに目の前の問題に苦しむのであった。
「いろいろ騒いでいるわねえ、先輩方。全員とっても強いのに、船に乗って遠くの国へ行くってだけで大騒ぎ……子供ねえ」
「そうかな?」
「……あのね、今のところは『お前も子供だろ』っていうところよ」
魔獣は大騒ぎをしている先輩たちを眺めつつ、ほぼ同期のザンクへちょっかいをかけていた。
「でさ……アンタはこういうでっかい船に乗るのは初めて?」
「え? 僕は大陸から来たから、この船よりもっと大きい船に乗ったこともあるよ」
「……なに、マウント? 島国へのマウント? あんた結構いやらしいわね」
「なんで!? 聞かれたことに応えただけだよ!?」
「そういう自然なマウントがいやらしいって言ってるの!」
格下に見ていた少年の方が経験豊富と知って悔しがる魔獣。
年齢相応に憤慨し、体を押し付けながら挑戦する。
「決めたわ。絶対にアンタより船酔いしない! 呪われた力のすべてをかけて、船酔いに抗ってマウントを取って見せる!」
(僕が船酔いしなかった場合、どうするんだろう……)
体を押し付けられることにも慣れ始めた少年は、心の中で突っ込みを入れるのだった。
※
さて、船は出航した。
大型の帆船はゆらゆらと揺れながら海上を進んでいる。
付近の島まで数日はかかる予定だった。
船員たちはあわただしく働いているが、乗客たちは客室……と言っても大きな部屋が一つあるだけだが、そこでおとなしくしていた。
なにせ外洋である。凪でもない限り、船はかなり揺れている。
客たちはおとなしくしているほかない。
「うう~……呪われた力をもってしても、船酔いに勝てないなんて……」
魔獣はかなり呪いの進行度を上げて、船酔いに抗おうとした。
しかし彼女の呪いは『剣が持てなくなる』『自分のことを忘れられる』『少女でなくなる』の三つからなっている。
どうこじつけても船酔いに対抗することはできまい。
そんなことはわかっているが、かなりの代償を支払って得た力なのに船酔いにすら勝てない現実に彼女は涙していた。あと吐いていた。
なお、他の三人の姉弟子も同じようなものである。
すでにぐてっと横になっていた。
心の中では『前回の経験があるから、今回は大丈夫なのでは』という淡い期待もあった。
それも木っ端みじんに砕けている。
(よく考えたら私たちはついてこなくてよかったのでは……)
ノリと勢いでここまでついてきた彼女たちは、今さら後悔していた。
さて、そのように体調不良になっている四人の女性。
彼女らを見ているザンクは、そこまで体調が悪くなかった。
なにせ大陸からの長旅を経験しているのである。船への耐性はかなり高い。
スキルへと昇華しているマーガリッティやリーンほどではないが、大嵐にでも合わない限り大丈夫だろう。
しかしこの状況はコンプライアンス的にやばい気がしていた。
(もしも母さんが生きていたらどう思うかなあ……)
『体調不良の女性のそばにいるのは失礼です! 離れなさい!』
(言われそう……)
亡き母を思い浮かべる。ものすごくヒステリックに騒ぐ母であった。
エミュレートが完ぺきとはいいがたいが、言われそうなことである。
そして実際、倒れている姉弟子たちの姿をちらっとだけ見る。
そこに自分を重ねてみる。
見られて愉快になる状況ではなかった。
幸い同性であるマーガリッティとリーンがしっかりしているので、彼女らに看病を任せればいいだろう。
視線を切って、同性であるジゴマとジョンマンの方を向いた。
「こう言っては何ですが……サザンカ先生の成長を一番喜んでいるのは、同僚である我ら教師なのかもしれません」
ふたりともコンプライアンスを意識しているのか、彼女らに背を向けて視線を合わせないようにしている。
男らしいというよりは、男性の立ち回りというべきかもしれない。
「彼女は我らからすれば、理想の魔法使いであり理想の教師でした。ですがその、ほら……魔法の先生としては落第というか、こう……」
「自分の理想を追い求めるあまり、現実を見ていないというか、卒業後の生徒の進路とか社会での活躍とかを考えていませんでしたね」
「そうそう! そうなんですよ!」
かたや、フレーム流戦闘魔法を修めた正式な教師。
かたや、実戦経験豊富で五つのスキルを修めた師匠。
二人の成人男性は教育について語り合っていた。
お互い、自分が理想の指導者ではないという自覚があった。そのうえで『理想の教師に限りなく近い存在』であるサザンカに思うところがあったようだ。
「彼女は本当に理想の魔法使いなんですよ! 実力でも人格面でも非の打ち所がないんです! そのくせ指導をするときには『生徒の自主性を重んじます』とか『素養に合った魔法の指導をします』とか……」
「必要なことを教えないのはどうかと思いますよねえ」
「そう、そうなんです! 自主性を尊重して平気な生徒っていうのは、そもそも指導の必要性が低い、優秀な生徒なんですよ! ただでさえ勉強が遅れている生徒の自主性を尊重して、まともな結果にならなかったらどうするんですか? 一番損をするのは生徒なんですよ!!」
本人が魔法使いとしての理論値みたいな存在なのに、魔法の教師としては頭がお花畑の理想論者だった。
しかもそれはそれでそれなりに成果を出しているのが憎らしい。
「学校に通っている生徒に、社会でどんな勉強が必要なのかわかるわけがない。だから教師や文化省のお偉い方々が、限られた授業時間をどう割り振るか考えている。それを大して優秀でもない生徒本人に任せるなど……」
(多分いい先生なんだろうけど、酷いことを言っている……)
「しかもそれで成果を出していましたからね! もうどうしていいやら!」
まったくやる気のなかった生徒たちにやる気を出させて、それぞれに適した、素晴らしい魔法を教えつつ、それらを強化する術も授ける。
それは本当にすごいことなのだが、もにょって仕方なかっただろう。
「ですが貴殿と出会い、貴殿の弟子との戦いを経て……サザンカ先生も特進クラスの生徒も本当に成長しました。特にサザンカ先生が……彼女が成長してうれしいですよ」
理想論だった先生が本当に理想の先生になってくれた。
嫉妬や羨望がある一方で、心の中にあったもにょもにょが消えたことの方が精神的に楽である。
「ところでジョンマン殿。気になったことがあるのですが、よろしいですか?」
「なにか」
「サザンカ先生自身は『自分は世界最高の魔法使いにはなれない』と言っていましたし、貴殿は貴殿で世界最高格の魔法使いと縁があったとか。私からすればサザンカ先生以上の魔法使いなど想像もできないのですが……」
「……知らなくていいですよ」
ものすごく嫌そうな顔をしているジョンマン。
おそらく相当嫌なことがたくさんあったのだろう。
「貴殿がそこまで嫌な顔をするとは、どういうことがあったのですか?」
「そうですねぇ……貴方はサザンカ先生を、『理想の魔法の先生になった』とおっしゃいましたね? 私もそう思います。世界最強格の連中は、『理想の魔法の先生』からは程遠いのです」
サザンカは国一番程度の実力しかなく、世界最強レベルには達していない。
しかしそれでもサザンカが魔法の教師としては最高だと語る。
「……ジゴマ先生が聞けば笑うかもしれませんが」
「なんですか?」
「ドザー王国では、基礎魔法を数回使えるだけでも『立派な魔法使い』だと言われるのです」
「ぶふぅ!」
アルファベットを全部書ける私は英語がペラペラ、みたいな話であった。
笑ってしまうかもしれないと前置きをされたうえで、ジゴマは噴き出していた。
「それはまた……その、あ~~……レベルの低い話ですね」
「私もそう思いますよ。ド田舎なんでそんなもんです」
「それが何か?」
「『立派な魔法使い』の基準は人それぞれということです」
ジョンマンも禁呪を一つ使えるため、魔法使いであると言い切れなくもない。
本人は恥ずかしがって絶対に言わないが、田舎ではそういわれかねないのだ。
「世界最強格連中にとって、『立派な魔法使い』の基準はサザンカ先生です」
「ほう。やはり世界最強の魔法使いから見ても、彼女は立派な魔法使いですか」
「彼女が下限です。彼女未満は魔法使いだと認めません。彼女未満の魔法使いが『私は一人前の魔法使いです』と名乗ったら怒って訂正させるほどです」
朗らかに聞いていたジゴマであったが、本題に入ると絶句した。
国一番の実力をもつサザンカと同等の魔法使いは一人もいないため、ミット魔法国にいる魔法使いは彼女一人ということになる。
ミット魔法国にはジゴマを含めて多くの魔法使いがいるのだが、その全員が魔法使いだと名乗ることを許されないらしい。
「同じ理屈で、マーガリッティちゃん未満の生徒には『お前才能無いから魔法使い目指すのやめろ』とか平気で言います。なんなら親切だと思ってます。善意だと思ってるのでしつこく付きまといます」
ーーー物語にはよく、おせっかいな先生が登場する。
貴方には才能があるの。それを腐らせるなんてもったいないわ。一緒に頑張りましょう。
そういう熱心な先生がいる。
世界最強格は逆である。
貴方には全然才能がないわ。才能がないのに魔法の練習とか勉強をするなんて時間がもったいないわ。今すぐ魔法の学校を退学しましょう。同行してあげるわ。
と、熱心に進路変更を勧める。
相手が諦めて挫折するまで、熱心に諦めさせるのだ。
「これ、他の分野の世界最強格も一緒なんですよ。お前ごときが剣士を名乗るなとか、お前それで冒険者名乗るのやめてくれないとか、それで音楽家のつもりなのとか……まあ、基準が高すぎて教師に向かないですね」
「それはまた……サザンカ先生本人を知っている身としては、反論しにくいですね」
フレーム流を修めて、生徒に指導をしているジゴマ。
フレーム流に誇りを持っている一方で、亜流であるという自覚もある。
ぶっちゃけ『素人の考える魔法使い』とは大きく異なっている。
サザンカこそが『素人の考える魔法使い』であり、それ未満は『こんなこともできないの?』とか言われそうであった。
世界最強格も一周回って同じ認識なのだろう。
(だからおじいちゃんは僕を世界最強格の人たちに預けなかったのか……)
面白くない話に聞き入っていたザンクは、船酔いよりも気分を悪くしながら頷いていた。
本日、コミカライズが更新されます。
よろしくお願いします。




