フレーム流戦闘魔法
魔法使いと聞いて、想像する人物像とは『三角帽子』に『ダボ着いたローブ』であろう。
森の中を歩くジゴマもそのような服装をしていた。
いかにも運動ができません、という姿の彼を、賊は数十名でニヤニヤしながら包囲していた。
魔法使いの持ち物は高級品が多い。高級魚が網にかかったかのような心持で、賊は笑っているのだ。
だからこそ抜かりはない。
万一にも逃がすまいと、万全の『魔法使い必勝法』を形成していた。
「こっちはボウガンをいくつも構えている。妙な動きをしたり、口を開けば撃つ……! そっちだって死にたくないし、こっちだって盗むものを血で汚したくない。ウィンウィンのいい要求だろ?」
「まあもっとも、こっちもバカじゃない。お前が何かしようとしたらその瞬間にボウガンを撃つ。何をされるかわかったもんじゃないんでね」
このド田舎では『一人前の魔法使い』などいない。
だがなんとなくのイメージで『呪文を唱えて魔法を使い、広範囲を一度に攻撃する』というものがある。
物語に登場する魔法使いも、呪文の詠唱をするより先に攻撃をされて大ピンチ、ということが多い。
だからこそ、呪文を唱えさせない、という必勝法を彼らは考えていた。
これはあながち間違っていない。必ず勝てる方法というのは誇張だが、魔法使いにとって詠唱を許されない状況というのは危機だ。
「さあ、ゆっくり両手を上げて、手のひらを開いて、そのまま止まりな」
お手本のような指示である。
聞いているジゴマや隠れた場所から見ている二人からしても、この上なく正常な判断に思えた。
マニュアルにしたくなるような手順である。
そう、手順は守られていた。
だがやはり気が抜けていた。
三角帽子をかぶっているジゴマの表情は読めないが、彼の所作に迷いがなさ過ぎた。
それこそ訓練で強盗に襲われた時の演技のように……。
何度も繰り返してきたかのような、両手を持ち上げての降参ポーズであった。
(3、2、1)
時限起動。
ステップやダンスによって呪文を発動させる舞踏詠唱の親戚ともいうべき魔法の発動法。
特定の姿勢を一定時間維持していると、事前に仕込んでいた魔法が発動する。
ジゴマは事前に、降参のポーズを一定時間持続すると、魔法が発動するようにしていた。
フラッシュタイム。全方位へ閃光を放つ、ただの目くらましである。
放った本人からすればカウントダウン後、目を閉じてその時を迎えた。
だが周囲にいた賊たちは、まったくモーションをしていないジゴマが発光したことで動揺する。
「なあ!?」
ボウガンを彼に向けていた者たちは、とっさにボウガンを発射してしまう。
だがそれは発光にびっくりした勢いで引き金を引いただけだ。
しっかりと射撃体勢を保持し、相手に狙いを定めて、狙いがぶれないようにしてから引き金を引いたというわけではない。
狙いは狂い、明後日の方に発射してしまう。
なまじジゴマをしっかりと狙っていたからこそ、慌てて撃った結果、当たる軌道をずらしてしまい全弾外れていたのだ。
(さて……慎重に行くか。教師らしく立ち回らなければな)
ジゴマはここで三角帽子やローブを脱いだ。
帽子は当然ながら、羽織っていたローブもあっさりと地面に落ちる。
長袖長ズボンという動きやすい服装があらわになり、ローブで隠れていた軍靴らしき靴も露出した。
明らかに魔法使いらしからぬ姿になった彼は、そこから一気に走り出した。
「おい、逃げる気だぞ! 追え!」
「もういい、ぶっ殺しちまえ!」
ーーー暴力を手段ではなく目的とする者がいる。
彼らはたいてい、攻撃したという実感が薄い遠距離攻撃よりも、確かな手ごたえがある近接攻撃を好む。
相手が背を向けて走り出した、武器を持っていない人間ならなおさらだろう。
彼らはジゴマを追いかけようとした。
それは必然的に、彼の足跡の上を歩くことになる。
魔法付与武器、マジックブーツ。
靴の裏に魔法陣が刻まれており、魔力を込めて足跡を残せば魔法を発動させることができる。
現在ジゴマが履いているマジックブーツの靴の裏には、攻撃魔法シンプルボムが仕込まれていた。
魔法陣を刻んでから発動までの猶予はあるが、それもこの状況でジゴマが爆発の余波から逃げれられるという意味がある。
ジゴマを追いかけていた賊たちは、その有効範囲内に入ってしまっていた。
「ぎゃああああ!?」
小規模な爆発が連続して発生し、付近にいる者たちが巻き込まれていた。
冷静に遠くから見ている者たちならば、予備知識がなくとも『ジゴマの足跡が数秒後に爆発している』ということに気づくだろう。
しかし当事者からすれば、一切の動作なく魔法が発動しているようにしか見えない。
実際にはもうすでに、二つの魔法の予備動作が終わっていたのだ。
バレットステップ。
舞踏魔法の一種であり、足運びを詠唱として扱う攻撃魔法。
つまり走りながらであっても、歩幅などをわずかに調整することで発動させることができるのだ。
その攻撃魔法がジゴマの足元から発射され、進行方向に待ち構えていた賊の顔に当たる。
「ぎゃ!?」
その威力は、さほどでもない。
サッカーボールが顔面に不意打ちで当たったぐらいのものだ。致命傷になることはない。
だが行動不能にはなっていた。未知の攻撃魔法が顔面に当たれば、怖くて仕方ないだろう。顔を抑えて身動きができなくなっている。
だがこれで行動不能になったのは一人だけ、他にも賊たちがいた。
彼らはもはや自己防衛衝動……熊が人間を襲うような気持で、ジゴマに襲い掛かった。
ここでジゴマは真性無詠唱魔法、ソニックブームを発動させる。
魔力を勢いよく放出するだけという、もはや魔法とも呼べないシンプルな魔力攻撃。
だがそれは指向性もなにも持たないからこそ、付近にいた賊全員を押す。
さながらジャブのようなものか。
これが、何が何でもぶっ殺してやるという覚悟の構えなら耐えられただろうが、恐怖をごまかすための行動ゆえに覚悟がない。
つい面食らって足が止まってしまう。
「くそ、逃がすな……!」
「誰が逃げると言った?」
ここでジゴマはナイフを抜いた。
なんだかわからない魔法とは明らかに趣の異なる武器の出現に、彼のそばにいた賊は青ざめた。
魔法付与武器、ヒートナイフ。
魔法によって過熱し、切断力を上げているナイフである。
このナイフの素晴らしいところは、切っても相手が出血しないことであった。
返り血を浴びずに済むというのは、実に衛生的である。
一端の戦士ほどではないが、しっかりと基本を修めたナイフ術によって賊たちは急所を切り裂かれ死んでいく。
だがそれは走っていたジゴマが足を止めたということ。
仲間という意識の薄い賊たちは、ボウガンを再装填し彼に向けて発射した。
ほとんどが周囲の、味方であるはずの賊に当たった。
だが一発は、ローブも脱いでいるジゴマの体に命中する。
反応性魔法リフレクトアーマー。
自分の体に攻撃が当たったとき、無効化して反射することができる。
強い魔法に思えるが、一回だけしか発動せず、しかも遠距離攻撃であった場合『乱反射』となってしまう。
基本防御手段ではなく、保険の意味合いが強い魔法であった。
だがそれも弱点を相手が知っていれば、のこと。
知識は武器であり、この賊たちはその武器を持っていない。
矢が当たったと思ったら弾きかえって近くの木に当たった。
もう何が何だかわからない。
賊たちは動きを止めてしまっていた。
その隙を彼は逃さない。
ーーーフレーム流戦闘魔法とは。不意打ちに対する護身術であり、逆に強襲するための暗殺術である。
だからこそ『突然の奇襲から自分の身を守る』や『奇襲で数人倒す』以外のことには対応していない。
近距離の短期戦しかできず、多人数相手には手品のタネが尽きることになる。
ではいったん手品を出し尽くした後、複数の敵が広範囲に残っていたらどうするのか。
普通に魔法を使うのである。
「オグラオグラオグラ……ウーゲーベリ……!」
ノォミィが特に得意とする魔力の収束砲をごく普通の威力、ごく普通の範囲で放った。
それは直線状にいた数人の盗賊を吹き飛ばし、残った盗賊たちの心をへし折っていた。
「に、逃げろ~~!」
今度こそ賊たちは一目散に逃げだした。
全員でかかっても勝てないと気づいたのである。
それを見送った後、ジゴマはため息をついてから地面に置いた帽子やローブの元に戻る。
そこへ観戦していた二人が声をかけた。
「御見それしました。実に素晴らしい武……貴方のような魔法使いがいるとは、自分の見識が狭いことがわかりますな」
「私もです。どう戦うのか見させていただきましたが、まさに見ものでした」
戦いが終わったところでいきなり年上の男性と年下の女性が現れたことで、正直驚いた。
だが相手に敵意がないことを悟ると、ローブを着て帽子をかぶり、礼のある対応をした。
「賞賛していただき恐縮です。私はフレーム流戦闘魔法の教師、ミット魔法国で教鞭をとっているものです」
「……ああ、マーガリッティさんの学校の人でしたか」
「そのとおり。それをご存じということは、貴殿らもジョンマン殿にゆかりの実力者ですか」
「実力者など……! それがしなどは、彼の生徒のようなものでして!」
自分より年上の男性が、ジョンマンの生徒だと名乗ったことでジゴマは少し面食らった。
見た限り、目の前の彼とジョンマンは同年代であろう。
同年代の男性相手に、ひとかどの武人が生徒であると名乗れるのは……。
「……素晴らしい向学心をお持ちですな。教師である私が言うのは嫌味に聞こえるでしょうが、見習いたい気持ちです」
三角帽子を深くかぶりなおして、恥じ入りながら賞賛していた。
「私も教師でありながら、ジョンマン殿に敗れるまで『功が成った』気でいました。再び勉学に励もうと思った時も、強く抵抗を覚えてしまっていたのです」
「ははは! 何をおっしゃる。それがしもまた彼に敗れた身です。ですが自分がさらに強くなれると知れた時は、また新しい感動があるでしょう」
「……そうありたいものです」
話し込んでいるところでクラーノが問いかけた。
「貴方がここにいらしたということは、またマーガリッティさんに御用ということですか?」
「おっしゃる通りです。まあ……先日のアレとは、大きく趣が違うのですが」
特に隠すことでもないと、ジゴマは事情を話し始めた。
「今回はミット魔法国の政府から、マーガリッティを一度帰してほしいとの指示があったのです」
「政府から? それはまた、穏やかではありませんね」
「いえいえ、穏やかですよ。私一人で来ていることからも明らかでしょう」
政府から個人へ戻ってくるように言っているのは普通ではない。
だが一人の教師がお使いとして来ていることを考えれば、そこまで切迫してもいなかった。
「特進クラスの躍進が目覚ましく、以前よりもさらにサザンカ先生への評価が上がっているのです。そのサザンカ先生をして『ジョンマン殿に預けるべき』という判断をされたマーガリッティさんが異国でどんな修行をしているのか……その成果のほどを確かめたいようなのです」
この場に来ていることもあって、ジゴマは政府の決定に異論がないようであった。
もっというと、ジョンマンのもとで彼女が成長していることも確信している様子である。
「ここまでは情報が届いていないかもしれませんが、マーガリッティさんがルタオ冬国で活躍し……新女王から我が国へ感謝状が届いたこともあって、余計気になっているようですね」
国一番の天才少女が、他国で大活躍したという。
それは大変名誉なのだが、自国がまったく把握していないので大恥だった。
なのでいったん呼んで、実力を確かめようという話になったのである。
つまりすでに成果があることは把握済みである。
「それがしも似たようなものです。私の娘のオリョオはジョンマン殿のもとで修業をしているのですが、その進捗を確認したく向かっております」
すでに成果があることは、己の体でも証明されている。
だがそれでもやはり、限界には早々にぶつかった。
その限界を超える方法を一刻も早く知りたい、という気持ちでいっぱいなのだろう。
ーーーラックシップも言っていたが、圧縮多重行動を修めた者は元を取ろうと必死になっている。
自分のスキルの穴を埋める、無欠の強さの完成形に向けて邁進したいのだ。
「私も似たようなものです! なんと、じつは! このクラーノは!」
そしてクラーノは、とんでもないことを言った。
「偉大なるジョンマン様より、浄玻璃眼の究極奥義を教えていただけることになったのです!」
人類最高峰の天才は、己の持つスキルの究極段階に達そうとしていた。
コミカライズが本日更新されました。
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