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ルーチンワーク

 弟子たちがダンジョンに潜っている間、ジョンマンは雇用しているチョクシンの仲間の冒険者と一緒に入り口で待機している。

 そのような状況で、ヂュースも一緒に待っていた。

 体を壊して引退した彼にとって、ここまで来ることやここから帰ることも結構な重労働である。

 現に大きな切り株に腰を下ろしている彼は、かなり汗をかき息を上げていた。

 一方で顔はにやにやしている。


「ずいぶん上機嫌だな、何かいいことでもあったのか?」

「これから起きるのさ」

「……? ……? ……ああ、中級者になって早々に失敗するところを見に来たのか。お前趣味悪いな」

「ちょっと受け取り方が違うぞ! 若人の失敗を見に来たんじゃない! 俺はコエモに事前の注意をしていたんだ! コエモは素直だからな、俺の忠告を聞いて失敗せずに済んだに違いない! そしてダンジョンを出てきたコエモは俺に『お父さんの忠告がなかったら、みんなと同じように失敗してたよ。忠告してくれてありがとね』というのだ!」

「確かに言いそうだが……娘の温度感への理解が深いな」

「当たり前だろうが!」


 ヂュースは娘からの感謝を期待しているようだったが、その感謝の熱量が高いとは思っていないらしい。

 実際最近になって何度も『お父さんって本当にすごかったんだね』と心からの賞賛をもらっているが、あんまり熱くない。

 なので彼も心の期待値を下げているのだろう。


 二人がそのような話をしていると、ダンジョンの中から一行が戻ってきた。

 案の定、コエモと魔獣以外の顔は沈んでいる。何が起きたのか想像に難くない。


 同行しているチョクシンは特に気にしていない顔だった。

 来るべきものが来ただけ、という顔であった。


 待機していた彼の仲間たちも『ああやっぱり』という顔である。


「ジョンマンさん……あとお父さん。私たちはその、アレ……ゴブリンから奇襲されました」

「まあそういうこともあるだろうねえ」

「怒ったりします?」

「俺が怒るまでもないでしょ。みんなが傷ついて、失敗したとか負けたとか思ってくれていれば十分だよ」


 オーシオ、リョオマ、マーガリッティ、リンゾウ、ザンクはめちゃくちゃへこんでいた。

 ゴブリンの奇襲が成功したということは、ゴブリンとの知恵比べに負けたも同義だ。

 なまじ見下していただけに、屈辱もひとしおである。


「でもまあ一応あらためて説明しようか。この修行はモンスターを倒して成功っていう修行じゃない。モンスターから奇襲されない、が成功の修行だ。奇襲されている時点で失敗だよ。だから今回は間違いなく失敗だ」


 チョクシンやその部下はうんうんと頷いている。

 もちろんヂュースも大いに頷いていた。


 仮にモンスターを倒す訓練を課すなら、もっと強いモンスターの相手をさせるだろう。

 田舎の浅いダンジョンに突っ込ませているのだから、最初からそういう訓練ではなかったのだ。


「でだ……ヂュース、お前がやたらそわそわしているみたいだから、言いたいことがあるなら言っていいぞ」

「よし、任せろ!」

「任せたいわけじゃないんだがな」

「うるせえ! 俺の指導ができるのは今だけなんだよ! 今だけでいいから輝かせろ!」


 出番をもらったヂュースは、必死になって自分の教えを伝えようとしていた。

 受け答えを想像して台本を書き、それを推敲した文章をメモにして、なんども練習するほどの入れ込みであった。


「ハウランドの娘さん。アンタは近衛兵だったな、それなら今回の失敗のどこがいけないのかわかるはずだ」

「はい、それは……」

「違うんだな、これが」

(まだ何も言ってないのに……)


 なお相手であるオーシオとは打ち合わせなどをしていないので、受け答えがまったくできていない模様。


「惰性で動いたことが失敗ってことはないんだ。いつもと同じことの繰り返しで慣れるってことも悪くはない。大事なのはむしろ『ルーチンに組み込むべきこと』が足りてないってことだ」


 オーシオは『慣れたせいで惰性になっていて、クリアリングが不十分なのにクリアリングした気になっていた』と言おうとしていた。

 それを想定していたヂュースは、まるで心を読んだかのように話していた。

 なお他の面々からすれば何を言っているのかわからない模様。


「お前さんたちは死角に魔法を打ち込んで『掃除』をしていたんだろ? それは大変結構だ。仮に曲がり角から覗き込んだりその前をのんきに通り過ぎていたら、ゴブリンの石槍でブスリだぜ」


 ヂュースの説明は何とも間抜けな話だったが、警戒心が半端にある輩はマジでそういう失敗をする。

 そして加害者側、捕食者側にとっても定石だ。

 見つかりにくい場所に潜んでおいて、射程圏内に獲物が来たらブスリ。野生の世界では基本の一つだろう。魚でもやってそうなことである。


「だからまず魔法で『死角の入り口』を掃除するのは正しい。そのあと死角を覗き込んで、奥を確認するっていう癖をつけるべきだったな」


 ついつい確認してしまう、という癖もルーティンである。

 そしてそれは悪い癖ではない。


「そうやって確認する癖をつけておくとな、普段と違うことがあると『あれ?』って違和感を覚えるんだよ。何年も模様替えしてない部屋を模様替えして、普段と違うなって違和感を覚える奴だな。違和感を覚えるには、普段の景色に慣れないといけないんだよ」


 ここでヂュースはしばらく黙った。

 そのあと不安げになって、石に座ったままジョンマンを見上げる。


「合ってるか?」

「合ってるけど……」

「そうか、恥をかくところだったぜ」


 これ以上しゃべるとぼろが出ると判断したのだろう。

 ヂュースは黙っていた。実に懸命な判断である。

 結局のところこの修行が浄玻璃眼の修行である以上、それを習得していない人間の話は参考程度になってしまうのだ。


「それじゃあ説明を引き継ぐけども……今の君たちはとにかくサンプル数を増やすしかない。何度もダンジョンに潜って、頻度の高い危険や頻度の低い危険……そして悪意、知恵に触れる必要がある。もちろん普通なら危険だが、そうならないように鍛えておいたから平気だよ。失敗を失敗として受けとめつつ上達してくれ」


 サンプル数が少ない状態での予測は危険である。

 百回試して成功した作戦が、百一回目で失敗することもある。

 なんなら十年上手く行った作戦が、十一年目で失敗することもあり得る。


 そして、知恵がある敵と戦うときはむしろそれを狙ってくる。

 重箱の隅を楊枝でほじくるという言葉は良くないように使われるが、敵を相手にする場合はむしろ常道なのだ。


 それを重く受け止めた弟子たちは、重い足取りでとぼとぼと帰り始めた。

 失敗は成功の基というが、この落ち込みも彼女たちの糧になるだろう。


「ゴブリンに知恵で負けるってのは、マジで効くからなあ……」


 ジョンマンの言葉にやはり頷く一同。

 一流以上の冒険者ならば、誰もが通る道なのであった。


 一方でチョクシンはなにやら納得がいかない様子でもあった。


「ジョンマン殿。貴殿の秘伝に関わることを聞く気は無かったのですが……少しだけ知りたいのです」

「なんですか?」

「浄玻璃眼にこのような修行が必要、というのはわかります。同行している私……というか、鑑定やらなんやらに関わっている人間なら大体なんとなく想像できるでしょう。ですがだからこそわかりません。このまま修行して浄玻璃眼が身につくのなら、世の中は浄玻璃眼だらけでは?」


 ごもっともな話である。

 この場の全員が『浄玻璃眼を習得するにはこういう修行が必要です』と言われて共感しているが、彼らはスキルを習得できていない。

 彼女らと自分で何が違うのか、と考えてしまうのも無理のないことだ。


「おっしゃる通りで、このまま修行しているだけでは浄玻璃眼は身に付きません。毒草と薬草の見分け、潜伏しているモンスターの発見。ここまでは一般の冒険者や他の職業の方も通る道。ここからはさらに目を鍛える特訓に入ることになります」

「……そこまでで十分ですよ。私もいっぱしの冒険者、雇用主から秘伝を聞き出そうなどとは考えていません」


 チョクシンは誇りを以て追及を止めた。

 興味がないわけではないが、雇われている身で聞いていいことではない。


(俺はちょっと興味があるな……コエモより先に習得したら、あいつどんな顔をするかね……)


 一方でヂュースは興味があるようだった。

 熟練の冒険者であった彼は、それを習得した己を想像する。


(ダメだな……体が動かなくなっても働けるようになったのねって、嫁にこき使われる……)


 膨大なサンプル数からくる正確な予測をするのであった。


「それでジョンマン殿……契約の更新についてなのですが……」

「ええ、はい」



 二日後。


 戦闘訓練を挟んで浄玻璃眼の訓練の日である。


 一日挟んだとはいえ七人の脳内ではゴブリン相手に不覚を取ったという屈辱が焼き付いている。

 おとといのゴブリンはもうすでに倒した後だが、それはそれとしてリベンジをしなければならない。

 ゴブリン側からすればふざけんな案件であるが、七人はいたってまじめだった。


 なのだが、今回はダンジョンの入り口ではなく、七人の暮らす大きな寮で修業をする運びになっていた。


「え~~……皆さんに残念なお知らせがあります。チョクシンさん達は契約が満了した後、更新せずに解散となりました~~。ということで、ダンジョンに潜る修行は当分お休みです」


 全員がものすごくがっかりしている。

 なまじやる気満々だっただけに、挑戦できないことが悔しくてたまらない。


 とはいえ自分たちだけでも行きます、とは言わないあたりが成長なのだろう。

 もしもそんなことを言いだしたら、一昨日の醜態を引き合いに出して止めるしかなかった。


 そんなことはしたくないので、この状況に持ち込めてめでたしめでたしである。


「ま~~……言っちゃあなんだが、チョクシンさんたちはけっこうなベテランぞろい。いくら報酬が高額だとしても、こんななんもないド田舎のダンジョンでお守りばっかりやってられないの。そんなに暇じゃないし、退屈で飽きるだろ」

「……それもそうですね!」


 コエモは力強く頷いた。

 彼女からすればごもっともな話である。


 せっかく一人前の冒険者になったのに、田舎で初心者講習ばっかりしているなんて人生の損失だ。


 彼らには彼らの冒険があるのだ。

 それを邪魔するなんてあってはならないことだ。


「ということで、しばらくの間はまたダンジョンに潜らない練習に入るよ~~」


 そう言って彼が出したのは『紙芝居』のセットであった。

 実際には紙芝居としてのタイトルが描いてあるわけではないのだが、そうとしか言えない厚い紙のセットである。


「今までの特訓は、全部他の冒険者もやってきたことだ。だけどその冒険者の人たちは浄玻璃眼やそれに近いスキルを獲得していない。感知系のスキルを獲得するには彼らと同じ特訓をしたうえで、さらに追加で別の特訓をする必要があるわけだね」


(まあ、そりゃそうよね)


 魔獣は内心で納得していた。

 それこそチョクシン達と同じ発想である。


 今までの特訓が間違っているとは思わないが、これだけでスキルが覚えられるのなら冒険者はみんな感知スキルを獲得しているはずだった。


「これからみんなには瞬間記憶能力を養ってもらう。今までとは毛の色が違うが、これも集中力を要する練習だから気合を入れてくれ。それじゃあ一回やってみようか!」


 紙芝居の一枚目を後ろに回すと、そこにはハンコによる黒い丸がいくつも押されていた。


 一瞬何事かとおもって、全員が目を丸くする。


「さあ、丸はいくつあった!?」


(ああ、そういう……)


 ジョンマンはすぐに紙芝居の厚紙を隠した。

 これでもう記憶の中にある丸の数を思い出すしかない。


「三つです!」

「リンゾウ君、正解! それじゃあ次はいきなり難易度を上げるよ~!」


 次のお題は赤い印と青の印が押されていた。

 趣旨を理解していたので、全員がなんとか記憶しようと凝視する。


「はい、赤い印は何個あったでしょうか?」

「二つです!」

「はい、オーシオちゃん、正解! それじゃあ次!」


 次の厚紙にはまたも赤い印と青い印が押されていた。

 ただし赤い丸もあれば赤い四角もあり、青い丸と青い四角もあった。


 本当に一気に難しくなって、全員があわてて記憶しようとする。


「はい、丸は全部で何個!?」

「赤が一つで青が三つだったから……四個ですわだぜ!」

「はい、リョオマ君ちゃん、正解!」


「はい、今度は三色ね! ……黄色は何個!?」

「えっと……四つでしたか?」

「不正解! 五つだよ!」


「今度は濃い赤と薄い赤と中間の赤ね! ……中間の赤は何個!?」

「え、え、え……」

「はい不回答!」


「今度は全部赤い三角形だけと、上下が逆転しているよ! ……さあ、下向きはいくつ!?」

「五つ!」

「適当に言わない! 八つです!」


「次は太陽のマークと月のマークと雲のマークね! 雲のマークはいくつ!?」

「四つ!」

「ハイ正解!」


「それじゃあここから一気に難易度を爆上げするよ! これは薬草と毒草の押し花です! ……はい、右側と左側、どっちが薬草?」

「早すぎてわかんないです!」

「ちゃんと見分けようとしなさい!」


「それじゃあ間違い探し! 一枚目を見せるよ~~! はい、二枚目! 一枚目と違うところがいくつある!?」

「は、あ、え……」


「十個もハンコの印があるけど、一つだけ仲間はずれがあります! さがして!」

「え……」


「これは隠し武器を持っている人の絵です! どこに武器を隠しているでしょうか!?」


「これは洞窟の中の絵です! どこかにモンスターが隠れています!」


「これはとある地域の地図です! 自分の歩くルートと狙われそうなところは!?」


「これは落ち葉と落ち葉に擬態しているチョウチョと落ち葉に擬態しているチョウチョに擬態しているガです! どれがどれ!?」


 訓練は一気に過酷になっていく。

 ジョンマンはいたって大真面目であったが、受ける面々は困惑を深めていく。


 これで本当に浄玻璃眼を習得できるのか心配になるかよりも、この人を含めたアリババ40人隊やセサミ盗賊団の幹部もこの修行をしていたのだろうか……という方向に考えが向いていたのだった。



 ドザー王国。

 ド田舎であるこの国には、人気のない森の道がいくつもある。

 当然ながら夜盗やチンピラが大勢いるのだが、もはやレッドオーシャン状態。

 一般人たちも屈強な実力者を護衛をつけて移動するし、そうでなければ移動を諦める。

 そのため獲物が通りがかることがまれとなり、盗人同士で盗み合いをしたりみかじめ料をはらうような、落語のごとき状態に陥っている。


 だがだからこそ、稀に通りかかる者に多くの盗賊が殺到するのだ。


「やはり別の道を選ぶべきだったのではありませんか?」

「いやなに……こうしたときにも活用できてこそ武、とはおもわんかね?」

「この程度の輩では稽古にもならないのでは」

「うむ……恥ずかしながら、武を試す機会を求めておる。それにまあ、治安も回復するし悪いこともなかろう」

「私にはわからない感覚です。金にならないのなら戦うべきではないかと」

「冒険者の感覚じゃな。とはいえ……そちらの方が正しい。帰りはそちらの提案に乗るとしよう」


 その、殺到していた盗賊たちが全員地面に倒れていた。

 中には木にめり込んでいる者もいる。


 40歳ほどの男性と成人になったばかりの女性という二人組だったが、いともあっさりと盗賊の群れを倒していたのだ。


 武人アラーミ・ティームとドザー王国最高の冒険者クラーノ。

 二人の実力者にとって、治安が悪化しているというだけの道は危険ではなかった。


「それにしても……それがしのワガママに付き合わせて申し訳ない。クラーノ殿には普段からお世話になっているというのに、ジョンマン殿へ挨拶に伺うことにも同行させてしまうとは……」

「気になさらないでください。私も……ジョンマン様に会えるのならば、どんな用事でも構いませんので!」


 死体を何の感慨もなく踏み越えていく二人は、そのままどんどん道を進んでいく。

 やがて死体の山から遠ざかっていった。

 おそらく盗賊の縄張りを越境しただろう。

 ここでも襲われるに違いない、などと考えていると……。


 すでに一人の男性を十数人の盗賊が包囲していた。


「これは僥倖! いや、ごほん……義によって助太刀すべきか!」

「いえ、その必要はないかと……」


 大義名分を得て嬉しそうにしているアラーミを、クラーノは警戒(・・)した様子で制する。

 こうこうと燃える彼女の瞳は、しっかりと包囲されている男の脅威を見抜いていた。


「この国は相変わらず治安が悪い……しかしだからこそ試運転には手ごろだな」


 両手を上げて降参の構えをしている、魔法使い風の姿をしている男。


 ミット魔法国の教師、フレーム流戦闘魔法使いジゴマであった。

本日コミカライズが更新されております。

読んでいただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
普通の冒険者は百回成功しても、一回失敗したら、その一回で死ぬ。 挑戦する際の初期値の高さはあらゆるチートに勝る。
訓練方法が面白いですね
更新ありがとうございます。 脳筋が多いから「今何問目?」ってやったら全員答えられなさそう。
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