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浄玻璃眼

 ドザー王国、最大のダンジョン。

 その探索を許されているのは、国内最高峰の冒険者パーティーのみ。


 だがその冒険者パーティーは、いずれも機能不全に陥っていた。


 無理もあるまい。

 矜持や信念を持って邁進してきたからこそ、国内最高峰に達したのだ。

 だからこそ、それがへし折られた時のダメージは、凡俗とは比較にならない。


 ヂュースの場合は『俺はどうせ田舎の大将だ』と自嘲してもいたのだが……。

 アカホアコウのトップ冒険者は、『自分たちは辺鄙な国で一番を争っているだけの分際』などと思っていなかった。

 割と大真面目に、自分達こそ最高の冒険者、だと信じていた。


 世界は広いし、自分達以外にも冒険者がいると知っていた。

 それでも、他の国にいる冒険者と比べても、見劣りしないと信じていた。(アリババ40人隊に関してはフィクションだと思っていた)


 そう思っていたところに、圧倒的な怪物が現れた。

 どれだけ強いのか把握しきれない外来の強者、ラックシップ。

 彼の力の一端の片鱗を見て、国内最高峰の冒険者たちは挫折し、もはや引退状態であった。


 引退状態というのは、正式に引退手続きをしよう、という気力さえ残っていないことを指す。

 ただ在籍しているだけで、仕事をしようとはしていなかった。


 幸か不幸か、彼ら自身の人生に問題は生じなかった。

 なにせ国内最高峰の冒険者たちである、ごく当然に給料は多く、貯蓄も十分だった。

 末代まで遊んで暮らせるほどではないが、自分や家族がつつましく生きていくには問題がないのだ。


 こうなると困るのは、アカホアコウの冒険者ギルドである。

 仕事の依頼は一切減っていないのに、仕事をする人間が全員辞めてしまったのだ。

 これでは大問題に発展する。


 なのでしかたなく、国内最高峰……に次ぐ実力者たちを各地から招集して、仕事に当たってもらったのだ。

 人数を多めにして、かつ蓄積されていた情報を開示して、何度か慎重な慣らしの仕事もして……。

 それでようやく、なんとかなっていた。


 逆に言うと、その程度でなんとかなっていた。

 国内最高峰の冒険者と言っても、次点組とそう大差がない。

 それもまた、挫折した冒険者たちを苦しめることとなった。


 とはいえ、奮起するだけの気力もなく……。

 今まで蓄えてきた財産を、ゆっくりと消費していく日々に埋もれていったのだった。


 だが、それが許されない人物が一人いた。

 言うまでもない、国内で唯一『浄玻璃眼』というレアスキルを持つ若き才媛、クラーノ。

 彼女だけは放置されず、今も冒険者ギルドから接触を受けていたのだった。



 国内最高峰の実力者の一人、だった女性、クラーノ。

 彼女は浄玻璃眼というスキルを持っているが、これは戦闘能力に直結しない。

 彼女曰く、敵の攻撃の軌道や、敵の弱点などが視認できるそうだが、本人に高い戦闘能力が無ければ戦闘には活かせない。


 彼女が現在の地位まで上り詰めたのは、彼女自身の努力によるもの。

 彼女もまた、天才なうえで努力家だった、と言えるだろう。


 その彼女は、覇気、生気の一切を失っていた。

 現在も自宅で、アカホアコウの冒険者ギルド職員と面談をしているが、それは単に断るだけの気力がないからである。

 はっきり言って、まともに問答をするつもりなどなかった。


「またですか……何も話すことなんて、ないですよ……どうせ『なんで奴の能力を教えない』とか、『対策をねらねばならないんだ、わかることはなんでも言え』とか言うんでしょう……無駄なのに」


 相手が桁違いに強いことに気付かず、道化めいた振る舞いをしていたことに傷ついた他の冒険者とは違う。

 たとえるのなら、空に浮かぶ太陽の、その強大さを真に理解したからこそ、空を見上げられなくなったようなもの。

 彼女は敵の実像を理解したからこそ、すべてを諦めていた。


「……そうだな、無駄だった」


 彼女の前にいるギルド職員……その代表者である男性は、彼女の絶望を少しだけだが共有していた。


「一応確認するが、君の浄玻璃眼は……こう、相手の能力が文章として箇条書きで示されるわけではないよな?」

「あたりまえじゃないですか。私は普通の人の視界がわからないので、うまく言えませんが……少なくとも、そんなに具体的じゃありません」

「そうだろうな、では彼の経歴まではわからないということだ」

「それは、まあ……そうですね」


 たとえば……よく似ている、無毒のキノコと有毒のキノコがあったとする。

 あるいは雌雄の違いがほとんどない、虫や鳥がいたとする。

 浄玻璃眼の持ち主は、ぱっとみるだけでそれが見分けられるのだ。

 文章で『このキノコの名前は○○です、無毒です』と表記説明されるわけではない。


 よって、目の前の敵がどれぐらい強いのかわかったとしても、その名前や経歴が分かるわけではないのだ。


「奴の経歴が分かった……」

「それに、なんの意味が?」

「まあ聞いてくれ……奴の名前はラックシップ、セサミ盗賊団の残党らしい」

「そうですか、あの物語は本当だったんですね……それぐらいは、あり得るでしょうね」


 現実とは思えない物語に現れた、世界を股にかける盗賊団。

 その生き残りであると知っても、彼女は驚きもしなかった。


「私も……その、なんだ。あの物語はフィクションだと思っていた。本当だとしても、盛っている。誇張しているんだと思っていたが……そうでもなかったようだな」

「アイツがその気になれば……この国なんて、いつでも滅ぼせます。頑張る意味なんて……ないです」

「そう、絶望することでもない」


 アカホアコウの冒険者ギルド代表は、彼女の言葉を真に受けたうえで、なお希望を示すことができた。


「セサミ盗賊団が本物ならば、アリババ40人隊も本物ということ。そのうちの一人が、我が国の生まれでね……ちょうど先日帰国し、ラックシップと交戦……」


 代表の言葉に、クラーノは瞠目した。


「引き分け、退散させた」

「そ、そんな……!」

「そこまで驚くこともないだろう。奴に覇気ややる気がないことは、君も知っているはず。格下相手との戦闘さえ面倒がる男が、自分と互角の敵と戦いたがると思うかね?」

「し、しんじられません……」


 クラーノからすれば、ラックシップが世界最強、絶対無敵の男、と言われても信じるほどだ。

 彼とそれなりに戦える者さえ信じがたいのに、互角の男がいるというのはあり得ないことだった。

 だが、いてほしい、という希望もあった。


「君はしきりに、奴がその気になれば、この国などいつでも滅ぼせると言っていたね?」

「はい……」

「だがアリババ40人隊の隊員がいるのなら、それは否定できる。止められるだけの戦力がいるわけだからな」

「もしも、そうなら……」


 実像を知るが故の恐怖が、しかしそのまま解決しうる。

 対等の存在がいるのなら、恐怖から逃れられる。


「私は、行って、確かめたいです」


 彼女はその希望を、実像にしたかった。

 縋る物が藁ではなく、本物の希望であってほしかったのだ。



 ドザー王国の片田舎、ミドルハマー。

 15階層のダンジョンがあるだけの、アカホアコウとは比べ物にならない小さな町。

 

 クラーノとギルド代表は、その町を訪れ、そのままアリババ40人隊の元隊員がいるという家へ向かった。

 変な話だが、彼の家は城壁の外にあるという。

 そのため一旦城壁に入り、現地の冒険者ギルドで話を聞いて、また外へ出る羽目になった。


 そして二人が見たものは……。


「ほら、あと半分だぞ~~」


「5、6、7、8」

「9……10!」


「最後で手を抜かない、もう一回追加」


「はい~~!」

「すみません~~!」


 屋外でウェイトトレーニングに励んでいる乙女二人と、その指導をしている中年男性だった。

 屋外でウェイトトレーニングというのは、あまり良くないことだろう。だがそこを除けば、さほど異様でもない光景だった。


「ん……この感じは……またお客さんか……」


 代表とクラーノの接近に気付いたジョンマンは、ややうんざりした顔で二人の方を向く。

 その顔はラックシップと大差ない、覇気や気力のないものだった。

 代表の眼からすれば強者ではないが、彼が見たのはジョンマンではなく、クラーノの顔だった。


「ああ……ああ……」

「ど、どうだね……?」

「同格です! 確かに、アイツと同格です! 私の眼には、彼と奴に差が感じられません!」


 いつでも国を滅ぼせる力を持った怪物を、この短い期間で二人も見た。

 一度目は絶望しかなかったが、二度目は希望に満ち溢れていた。

 クラーノは、安堵で泣き崩れていた。


「……なあ、帰ってくれないか?」


 いきなり現れたアポなし客人が、目の前で泣き出した。

 そんな事態になって、ジョンマンは大変に不愉快そうな顔をしていた。



 泣いているクラーノを置いて、代表は事情を話した。

 筋トレを小休止したコエモとオーシオも加わって、彼女や仲間の被った被害について説明を受けたのである。


「そうか~~……アイツがダイヤモンドレオの毛皮を配っていたってことは、そういうことだもんな~~。いやしかし……褒められたもんじゃないが、災難だったな」


 話をすべて聞いたジョンマンは、複雑な目でクラーノを見ていた。

 無駄とわかっても立ち向かうべき……という考えがある一方で、実力が分かっているのなら仕方ないな、という気持ちもあった。


「あのさ、オーシオちゃんはそういう話、聞いてなかったの?」

「……その、聞いてはいたのですが、わざわざ言うことでもないかと思っていまして」

「それも、そっか……私たちがなにかできるわけじゃないしね……」


 なおオーシオは既に知っていたが、伝えていなかった。

 実際、ラックシップの存在そのものに比べれば、小事も小事であろう。


「んまあ、怖がる気持ちはわかるけどもさ。見ての通り、アイツにやる気なんてないから、国を滅ぼしたりしないぜ。よっぽど面倒になったら、この国を逃げ出すだろうしな」

(多分ジョンマンさんも、この国が滅びそうになったら自分だけ逃げるんだろうな……)

(どっちもやる気がない、というのはどうなのかしら……)


 ジョンマンは気にしなくていいよ、と言う。

 なお彼のことを良く知る乙女二人は、ジョンマンがこの国を守る気がないと知っていた。

 なにがしかの理由で、ラックシップがこのドザー王国を本気(・・)で滅ぼそうとすれば、彼は面倒になって逃げるだろう……と。

 まあ、そんなことはあり得ないわけだが。


「そうですか……安心できました。貴方がいれば、奴もうかつには動けませんね!」

「ん~~……まあ、少なくともクラーノさんが心配するようなことにはならないと思いますぜ」

「よかったです!」

(なんか、俺が彼女の安全を保障している感じになっていて、気分が悪いな)


 安全を保障する気がないのに、クラーノは安堵をしている。

 正直面倒なので『いや、知らねえよ』と言いたくなるのだが、言ったら言ったで面倒そうなので黙るのであった。


「それにしても……アカホアコウの冒険者ギルドって、凄いですね! うちの町では、脱落した冒険者の面倒なんて、一々見てませんよ」


 さりげにコエモの母は、ミドルハマー冒険者ギルドの代表である。またコエモの姉は、冒険者ギルドの受付嬢である。

 そんなコエモだからこそ、冒険者ギルドの福利厚生に詳しかった。

 冒険者ギルドに、そんなものはない、と。


「いや、アカホアコウの冒険者ギルドも似たようなものだ。復帰する見込みがある者ならともかく、完全に挫折した者に手を差し伸べたりしない。だが……」


 アカホアコウのギルド代表は、泣いていたクラーノを見た。

 泣きはらしている彼女の瞳は、淡く光っている。


「彼女は国内で唯一の、浄玻璃眼の持ち主だ。このまま腐らせておくには、とても惜しい」


「……そ、そういえば聞いたことがあります! 浄玻璃眼のクラーノ! 若手女性冒険者として、名をはせていましたよね! 浄玻璃眼なんて、レア中のレアですもんね!」


 はしゃぐコエモは、ジョンマンの方を見た。


「たしかアリババ40人隊でさえ、浄玻璃眼を持っているのはホームズだけでしたよね!」

「ん、ああ。天然物の浄玻璃眼は確かに珍しい。コエモちゃんの言うとおり、ウチの組織にもホームズしかいなかったな。というか……世界中を巡っても、俺が会ったのはアイツだけだったな」


 アリババ40人隊、一軍の一人。

 全方見聞録でも名前が幾度となく出てくる、40人隊屈指の知恵者。

 それがホームズであった。


「一応言っておくが、浄玻璃眼はマジで最高のスキルだ。それ以上の能力はないから、鍛えても損はしないぜ」

「そ、そうですか……励みになります!」


 ジョンマンはこういう時に、忖度を一切しない。

 彼が最高のスキルだと言えば、本当に最上位のスキルなのだとわかる。


「ふふふ……ジョンマンさんが言うのなら、たしかにクラーノは天才だ……いやはや、天下のアリババ40人隊からもお墨付きをいただけるとはな……!」


 我がことのように、アカホアコウの代表は喜んでいる。

 だがしかし、一人だけいぶかし気な顔をしている者もいた。


「あ、あの……叔父上。ちょっとよろしいですか?」


 ジョンマンの姪、オーシオである。

 彼女は、聞き捨てならない言葉に気付いてしまっていた。

 

「叔父上は今、『天然物の浄玻璃眼は確かに珍しい』とおっしゃりませんでしたか? その言い方では、その……天然物以外があるかのようではないですか。浄玻璃眼は生まれ持つもので、常人がどれだけ努力しても獲得できないものでは?」

「いや、違うぞ。誰でも使えるぞ」


 アカホアコウの代表がここに来た理由、その大前提を覆す発言だった。


「グリムグリム・イーソープ・ルルルセン!」


 ジョンマンが呪文を唱えると、彼の両目が淡く光り始める。

 それはまさに、クラーノと同じ浄玻璃眼であった。


「な、使えるだろう。浄玻璃眼を生まれ持つ人もいるが、生まれ持たなくても練習すれば習得できる。選ばれた者のレアスキルだ、というのは迷信だ。というかそもそも、レアスキル、ユニークスキルという概念自体が迷信だ。どんなスキルも、練習すれば習得できる」

「め、めいしん……そうですか、迷信ですか……レアスキルというのは、迷信ですか……」


 あまりの衝撃に、アカホアコウの代表は動揺を隠せない。


「もちろん、生まれ持っているほうがいい。生まれ持っていないと滅茶苦茶練習しないと習得できないんだ。だがそうするだけの価値はある。アリババ40人隊でも、必須スキルの一つ、第三スキルだったな」


 ジョンマンの言葉に、貶める意図はない。

 世界最高のスキルなので、うちでは標準装備でした、と言っているのだ。

 自分は一生懸命練習して習得したけど、君は生まれ持っているから天才だ、と言っているのだ。

 むしろ最高の誉め言葉であろう。


「もちろんセサミ盗賊団でも同じで、ラックシップも習得している。君なら見ただけでもわかっただろう?」

「はい……私も、自分以外で浄玻璃眼を習得している人を見たのは初めてでした。それも、私以上に鍛えていて……それのほかに四つもの、同等のスキルを備えていて、体の強さも尋常ではなくて……」


 もちろん、クラーノはしっかりわかっていた。

 以前に会ったラックシップも、今目の前にいるジョンマンも、自分と同じスキルを習得していると。

 彼女はしっかり把握していた、言っていなかっただけで。言っても無駄だと思っていただけで。


(そうか、レアだっていうのは迷信だったのか……これからはたくさん増えるのか……)


 現在(・・)この国で唯一の浄玻璃眼を持つ女性、クラーノ。

 彼女を助けるために骨を折ったアカホアコウの代表は、それにあんまり意味がなかったと知るのだった。

皆様のご期待に沿えたか怪しいですが……。

ひとまずここで筆を置かせていただきます。


本当に、多くのご応援、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
逸材と思ってたのに標準スキルだった。
アカホアコウの代表、後々を考えるとマジのファインプレーだったな……
[一言] 「頑張れば習得できる」とはいえ、その頑張らなきゃいけない期間を丸々省略できるってのは強みだよね。その分のリソースを他の物事に対して振り分けることができるわけだし。
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