強さは十分
新人冒険者の初ダンジョンアタックを案内する、というのは中堅冒険者にとってよくある仕事の一つである。
冒険者養成校などの生徒が卒業試験としてダンジョンアタックをする際に、試験官として同席するなどの形が主だ。他にも反抗的な生徒に身の程分からせるためにあえて危険地帯に送り込む……というのも珍しくはない。
しかしそれも受ける側の生徒側が『一定の実力を得ていること』が前提となる。発揮できる実力がなければ無駄に死ぬだけだ。
試験官側としても無駄死にをさせたくはないので、変な話だが『テストを受ける資格があるかのテスト』を行う。
それが今回も実施されようとしていた。
※
ミドルハマー付近の森の奥にある、鉄扉で閉ざされていること以外は何の変哲もない洞窟。
十五階層からなるダンジョンであり、ミドルハマーのメイン狩場であり漁場であり採掘地であった。
以前は多くの冒険者が入っていたのだが、現在は閉鎖されている。
鉄扉があるとはいえ完全に安全とは言い難い、危険地帯の手前。
鉄扉の前に、ジョンマンと七人の弟子、そして同行するベテラン冒険者たちが並んでいた。
ベテラン冒険者の数は、およそ二十人ほどである。
保護対象が七人の弟子である以上、そこまで多いとは言えない数だった。
仮に『遠くの街へ移動する七人を護送する』という任務なら、三十人ぐらいは用意するだろう。
ダンジョンという閉所であるため、この人数になったものだと思われる。
(あ、チョクシンさんだ)
(なんだ、知り合いか?)
(一緒に仕事したことがあった、スゲー怒られた)
(お前そういう奴だったからな。で、恨んでる?)
(そんなことないって。とっても強くて稼いでる、憧れの冒険者だったわよ)
大ベテランの風格を持つ、代表らしい冒険者チョクシン。
呪われる以前の魔獣は彼と一緒に冒険をしたことがあったそうだが、おそらく相手は忘れていると思われる。
「むっ……」
(あ、あれ? なんかアタシ、見られてる? もしかして、こんな姿になってても、覚えててくれたのかな!?)
(違うと思うぞ)
(ちょっとは夢見させてよ!)
呪いによって名声を失った彼女は、呪われる以前の(親を含めた)知り合い全員から存在を忘れられている。
以前の彼女を覚えていたのは呪った三人だけであり、彼女らもすでにこの世を去っている。
よってチョクシンが彼女を覚えているはずもないのだが、なぜか魔獣をじっと見つめている。
「その、なんだ。うむ、お名前をうかがっても?」
「故合って名乗れませんが、魔獣と呼ばれております」
「魔獣……似つかわしくない呼び名ですね。きっと本来の名前は、素晴らしい響きなのでしょう」
(あ、コレ口説かれてるな)
現在の魔獣は年齢不詳、絶世の熟女である。大ベテランの男性冒険者からすれば、いろんな意味でストライクなのかもしれない。
なお、実年齢は違法である。
「うわ~~……」
チョクシンが魔獣を口説いていると察して、コエモは露骨に嫌そうな顔をした。
せっかくの大ベテラン冒険者なのに、実父よりも酷い態度だったので仕方ない。
なお他の女性陣も、けっこうがっかりしていた。
(気持ちはわかります……!)
(俺も呪いが見えなかったら口説いていたかもな)
なお男性陣は同情していた。
そもそも魔獣は『美少女剣士には見えない呪い』を『絶世の熟女に見える呪い』として発揮しているので、一種の魅了を行っているようなものだ。
ジョンマンのように呪いを目視できるのなら『スゲー美人に見えるけど、呪われまくってるな』という視点を得られるため口説くことはないのだが、チョクシンにその技能は備わっていないと見える。
「ご、ごほん! 失礼! 今はそういう場合ではありませんでしたな」
(後で口説くつもりなのかしら……すっごい複雑な気持ちだわ。いやまあ、絶世の美女に肉体を調整したのはアタシ自身なんだけどもさあ……)
「元アリババ40人隊隊員、ジョンマン殿でしたな。御高名はかねがね……先日はお弟子と共に、ルタオ冬国を救い、新女王の即位にも尽力なさったとか……」
「……ええ、大変でした」
ジョンマンの最新の武勇伝は、ルタオ冬国を救ったことである。
比較的近い国であることや、ルタオ冬国から感謝状が贈られたこともあって、真実味をもって受け止められている。
とはいえ詳細(新女王が即位するまでの経緯)は知らないし、そもそも新女王が目の前にいるとは思うまい。
(よく考えたら、新女王がここにいることが、呪いより非現実的だよね)
(それはそうですが、私も次期女王なので何とも言えません……)
なお、オーシオはわりと有名人(というか実父であるハウランドが有名人)なので、ここに居てもそこまで驚かれない模様。
「すでに引退した身でありながら、国外にも武名がとどろく英雄ジョンマン殿。貴方のお弟子の訓練に立ち会えることは光栄です。しかし、これは仕事です。私たちには貴殿の弟子の実力を把握しておく必要がある」
「もちろんですよ。むしろその確認を怠るようなら、私の方から依頼を取りやめるところでした。彼女たちの戦闘能力は十分です、どうぞお確かめください」
ジョンマンが目くばせをすると、コエモとオーシオ、リョオマは頷いた。
やや得意げになりながら、無言で近くの木へ拳を打ち込む。
ずごおぉん、という音とともに、そこそこの太さがある木がへし折れていた。
純粋な身体能力による、単純な説得力。
威厳を持って見守っていたベテラン冒険者たちは、思わず顔をひきつらせた。
「ふふふ……これをお父さんやお母さんの前でやったらすごく驚かれたよ! ここの人も驚いてくれたね!」
「俺の実家でもこの力を見せたら、とても喜んでいただけましたわだぜ!」
(私の場合は父という上位者が知られていたので『なんだ、ハウランドよりは下なんだな』という少しがっかりした評価でしたが……)
鍛錬の成果を見せて、期待していた反応を得られたことに喜ぶコエモとリョオマ。オーシオはそこまで喜びきれないようすであった。
「すごいですね、絶対ケンカしたくないです」
「戦闘訓練がばっちり、ってのは……いやこれ、過剰すぎないか?」
「世界最高の冒険者集団の弟子になったら、これぐらいできるのか……俺も弟子入りしようかな……やめよう。なんかすげえことになりそうだ」
なおベテラン冒険者たちはドン引きしている。
もはや三人のことを人間というよりもモンスターのように見ていた。
「ええ、ごほん。言うまでもありませんが、この三人は完璧に合格ですね。私どもが束になっても勝てそうにありません。十分すぎるほどの合格ですよ」
チョクシンはやや驚きつつも、しかし肝を潰すことなく合格としていた。
事前情報なしだったのなら腰を抜かしていたかもしれないが、ジョンマンの弟子であり既に武名を上げていることを聞いていたので流せる範囲だったのである。
「ですが、他の方はどうですか? 正直に言って、強そうには見えないのですが。ことさらに、リーダーである魔獣殿が不安ですね」
チョクシンは残る四人を見て少しだけ不安そうにした。
無理もないことであろう。今実力を証明した三人は筋肉ムキムキで見るからに強そうなのだが、残る四人は体をそこまで鍛えていない。特に魔獣は手弱女で、一般的な女性や男性より弱く見えても仕方ない。
「それはそうですね、では私が代表して実力を……!」
ここまで完全に人間の容姿だった彼女だが、一気に全身を異形へ変える。
歪で鋭い角、複数の目、全身を覆う体毛、複数の腕。
どうみても人間ではない、怪物そのものの姿。
あっけにとられるベテラン冒険者たちの前で、その腕のうち一つを軽く振るった。
ただそれだけで、腕の軌道に存在した複数の木々があっさりとへし折れて飛んでいく。
先ほどの三人を大きく超える腕力を発揮した彼女は、何事もなかったかのように元の姿に戻ってにっこりと笑った。
「無作法を失礼しました。いかがでしょうか?」
「あ、そ、その……う、うむ。素晴らしい実力をお持ちのようですね、私自身も見た目に騙されてしまいましたよ」
ここで魔獣がふざけて雄叫びでも上げていたら、慌てて逃げるか、あるいは殺そうとしていたかもしれない。
変身を完全に制御し理性を保っている姿を見て、いろいろな意味で安心したチョクシンはなんとか体面を保っていた。
「しかし貴方も人が悪い。それほどの実力をお持ちなら、隠さずに示していただきたかったですね。これでは逆に試されてしまったようで、正直気分は良くないですよ」
「普段はそうしているのですが、今回は実戦があるので節約していたのですよ」
「……節約?」
普段の魔獣は、あえて多少の異形性を発露させている。
しかし今日は完全に人間の姿をしており、油断させてしまっていた。
別に嫌がらせをしていたわけではない、と彼女は説明する。
「どーいうことなんですか、ジョンマンさん」
「スキルは体力を消費し、魔法は魔力を消費する。あの子の変身は呪いであり、呪力を消費している。自由自在に変身をしているように見えるが、無制限に変身できるわけじゃないんだよ」
ザンクの問いに、ジョンマンはあっさりと答える。
彼の説明に、その場の全員が耳を傾けていた。
「あの子が一日に使える呪力は決まっていて、増えることもなければ減ることもない。こればっかりはスキルや魔法でも回復させることはできない。どうしても増やしたかったら、追加で呪われるしかない。異形態であり続ければ変身が維持できなくなる。そして人間態の彼女は見た目通りの戦闘能力しかなく、そのうえ鍛えることもできない。だから実戦がある当日は、節約するしかないんだよ」
「好きなだけ変身できると思ってました……」
(魔獣ちゃんの弱点だよね? 聞いていいのかなあ?)
(私は止めた方がいい気がしますが、魔獣ちゃんも止めていないので……)
「呪いはそんないい物じゃない。彼女は好きに変身できるどころか、変身しなければならないという制約も抱えている」
ジョンマンはちらりと、魔獣の成した破壊痕を見た。
それぞれの上限近くまで鍛えているコエモやオーシオたちを大きく超えた、呪いによる爆発力。
なんとも羨ましい話に思えるが、その実帳尻はあっているのだ。
「呪力は魔力や体力と違って、使い切らなければならない。仮に一日中人間の姿を保っていれば、寝ていると無意識に異形になる。あるいは意識があっても強制的に異形の姿になってしまうんだ」
※
昔々あるところに、たいそう美しいお嬢さんがいたそうな。
街の誰もが彼女に夢中で、求婚者が絶えなかったとか。
しかし彼女は、誰とも一晩を供にしない。
面白く思った男が一人、彼女の部屋に忍び込むと……。
『み~た~な~~!』
毛むくじゃらの魔獣が……!
※
「事情を隠して暮らしていると、そういうことにもなりかねない。だから普段から可変式だ、と明かしつつわずかに消費し続けるのが一番なんだよ」
流石は原始の呪いの被害。
昔話にたとえると一気に理解しやすくなる。
「面倒に思えるかもしれないが、そういうふうに『コスト』や『キャパシティ』を設定しておかないと呪いの反動がきかねない。使い過ぎたら強制的に変身が終了するとか、使わなかったら強制的に変身するとかに『設定』しておかないと、予期せぬデメリットにつながるんだ」
「冒険するならリスクコントロール、リスクマネジメントをしないとね。常識よ、常識」
こうもあっさり話すのは、二人が冒険者であり『対人戦闘』をそこまで重く考えていないからだろう。
むしろ自分たちの弱点や運用の問題を仲間に明かさない方が問題だ、と思っているのかもしれない。
「残り三人も、それなりです。とはいえあくまでも戦闘面であり、冒険面はさっぱり。指導、案内の方はよろしくお願いしますよ」
「……え、ええ。承知しました」
チョクシンを初めとしたベテラン冒険者たちは、自分達をはるかに越える戦闘能力を見て、今回の仕事が馬鹿馬鹿しく思えた。
自分達よりずっと強い、こんな田舎のダンジョンの低階層なんて……と思ってしまった。
(イヤ、そうでもないな)
脳裏によぎった思考を、彼らはすぐに棄却する。
戦いになれば強い方が勝つだろうが、冒険では戦いになるとは限らないのだ。
強さは必要だが、強さだけあればいいというものではない。
それをこの場の全員が理解しているからこそ、今回の修行は有用なのである。




