表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/87

出番

 ミドルハマーにある、ヂュースの家。

 コエモの生家であり、4人家族が暮らすには少々大きい(田舎の)豪邸である。

 ジョンマンの実家と違って街のど真ん中にあり、最高の立地と言っていいだろう。

 ヂュースの生家というわけではなく、彼自身の稼ぎによって建てられた『冒険御殿』。

 彼のサクセスストーリーを象徴する御殿なのだが、現在の家主はすっかりしょぼくれていた。

 今もリビングで酒をあおりながら、物凄く涙目になっている。


「アナタ、その体で飲酒は毒よ。少しは節制しなさいな」

「そうはいうが……飲まずにはいられねえよ」


 現役時代からすれば、飲酒の量は十分の一以下になっている。

 しかし冒険者を引退した彼にとって、十分の一でも飲みすぎであった。

 妻であるフデェノは、彼を強めに諫めている。


「なにがそんなに悲しいのよ。まさか、コエモがダンジョンに入ることが悲しいの? 娘が冒険者として、自分を越えようとしていることが悲しいの? 私が知っているヂュースは、そんなに狭量だったかしら?」

「それも、少しはある」


 ヂュースは元々この街一番の冒険者であり、腕っぷしに関してもこの街一番であった。

 しかし現在のコエモは、戦闘能力において現役時代のヂュースをはるかに凌駕している。スキルどうこうではなく、近づいて殴ってくるだけでも殺されてしまうだろう。それぐらいに身体能力に差があるのだ。


 だがそれでも、冒険者としての実力はヂュースの方がまだまだ上だった。

 今までは戦闘訓練だけをしていたこともあって、コエモはド素人も同然である。

 

『っていうか、やっぱりお父さんってすごいんだね。被弾無しで戦うのって、凄く神経使う。私やろうとしたけど無理だった』


 これは彼女自身も認める、客観的な事実であった。

 だがそれすら、もうすぐ抜かされようとしている。

 ヂュースの父親としてのよりどころも、もうすぐ失われるのだ。


「だけどな、嬉しい気持ちも本当だ。俺は結局この街を出ることはなかったが、出ていればよかったっていう未練はある。コエモが外に出て名を上げるのなら、父親としては誇らしい」

「それで死んだら元も子もないと思うんだけど……」

「それを言うなら、ここのダンジョンにアタックをかけても同じだろ。娘を死地に放り込もうとしているのは、お前も同じだろうが」

「だから、5つのスキルを習得すればそんな心配は……ああもう、この話も何度もしたわよね」

「そういうこった。まあとにかく、コエモが冒険者として大成するのは嬉しいんだよ……」

「コエモが勲章をもらったことも、ずっと酒の席で話しているものね……。前から思っていたけど、アナタはずっと同じ話をしていて飽きないの?」

「他に話したいことがねえんだよ……」


 ヂュースは既に引退していることもあって、コエモが自分をはるかに越えていくことも諦めがついていた。

 むしろ自分の未練を消化してくれている次女を、孝行娘だとすら思っていた。


「じゃあ何が悲しいのよ……」

「アイツの冒険者人生に、俺の影がない……無いんだよ!」


 ヂュースはコエモの実父であり、子育てにもかかわっている。

 彼女の人格形成、経済的な支えに関しては、彼なくしてありえない。

 同じ自慢話をずっと繰り返しているというしょうもない点を除けば、割と反抗的な彼女にとってすら自慢の父である。

 そのあたり、ザンサンとは大きく違うのだ。


「アイツが冒険者として大成して本を書いたら、俺は最初の一ページで出番が終わるんだ! あとは師匠であるジョンマンとの出会いとかで『父親は負けてしまったところを、ジョンマンが助けに来てくれたのです』とかで雑に流されるんだ! そのあとまったく出てこないんだ! こんな悲しい話があるか!?」

(なんてしょうもないことで泣いているのかしら……)


 ――人の幸せとはなにか。それはまったく難しい話ではない。


 第一に健康で、第二に安全な社会(あるいは家庭)で暮らしていて、第三に愛する家族や友人がいて、第四に社会から認められて、第五に自分の望む己になることである。

 現在のヂュースはお世辞にも健康ではないが、日常生活にそこまでの支障はない。この街が安全とは言い難いが、そこまで深刻に治安が悪化しているわけではない。家族から虐待されているわけでもない。愛する家族から今でも敬意を払われているし、彼自身も家族を愛している。町一番の冒険者として認められた過去があり、自分が引退したことを惜しむ声も多い。

 彼が現在不幸なのは『娘が自分と同じ職業に就くのに、まったく頼られていないこと』だけなのである。


 こんな悲しい話があるか、と本人は深刻に悩んでいるが、物凄くぜいたくな悩みだった。

 余人からすればスゲーどうでもいい悩みであり、そんなことで悩めることがうらやましいまであった。

 他にもっと悩むべきことがあるべきではないだろうかとも思うが、実際他にはないわけで……。


「アイツがこれからの冒険者人生で辛いことや悲しいことがあった時『こんな時ジョンマンさんだったら』とか『ジョンマンさんがこんなことをいっていた』とか『私はジョンマンさんの弟子なんだから』とかを回想するだけで、俺のことなんて全然思い出さないんだぞ? 思い出すとしても、お前やトーラと一緒で家族の一員、故郷の思い出要員の一人なんだぞ!?」

(私が冒険者ギルドの運営やこの町の存続に悩んでいるのに、この夫はそんなくだらないことを……)


 家族の一員に収まることを良しとしないため、家族から嫌われかけているヂュース。


「あいつが本を出版しても、一ページ目を指さして『ここに書いてある作者の父が俺!』とか、著者の名前を指さして『俺の娘!』とかで終わるんだぞ!? 俺の出番をもっと作ってくれ! コエモ~~!」

(この人のオカズ、一品減らそうかしら)


 出番が増えるどころかオカズが一品減りそうになっているヂュース。


「俺もアイツの本に出番が欲しい! 父さんからの助言で窮地を脱したとか書かれたい! ジョンマンだけじゃなくて、俺にもちょっとは師匠枠を譲ってくれないかなあ!?」


 ちなみにコエモはリンゾウの故郷を救う旅を本にするとき『私の影薄かったな、活躍シーンがほとんどないや』と言って気にしていたもよう。

 そのあたり、実に親子である。


「そうは言うけど、ジョンマンさんはアナタより冒険しているんでしょう? ジョンマンさんを差し置いて、アナタに聞くことなんてないでしょう」

「そうなんだよ……そうなんだよ……! お、俺は、俺は! 結局この街を出たこともない、名ばかりの冒険者なんだ……くそ~~!」


 ヂュースは未来を見ていた。

 娘は立派な冒険者になり、夢である執筆や出版をするのだろう。

 全方見聞録ほどではないが、それなりに売れるのだろう。

 コエモが有名になっても『え、コエモの父親って冒険者だったの? でも生まれた街を一歩も出てないの? ダッセ~~』とか言われるか『親父さんからずっと同じ自慢話を聞かされていたので、自分はたくさんの武勇伝を作ろうと思ったって? へ~~』とか言われるか、あるいはそもそも話題にならないのだ。


 娘が有名人になるのなら、もっと思い出を作っておけばよかった。

 自己実現欲求(他人任せ)に苦しむヂュースで会った。


「ただいま~~って、お酒臭い! お父さん、またお酒飲んでるの~~?」


 そんな中、ちょうど話題の娘が帰ってきた。

 どたどた、と妙に足音が多い気もするが、とにかくコエモが帰ってきたのである。

 第一声は『お酒臭い』であった。しかし今は昼なので、仕方ないことであろう。


「お母さんも注意してよ~~、今お昼だよ?」

「私も注意はしているわ。でもこの人が……あら?」


 コエモだけではなく、ジョンマンの元で修行している七人の弟子全員が入ってきた。

 特に目を引くのは、先頭を歩く『女性』だろう。


「お初にお目にかかります。ワタクシはコエモさんの同門、ジョンマン様の弟子であり、今回のダンジョンアタックで隊長を任された者です。どうぞ、魔獣とお呼びください」


 背中から第三、第四の腕が生えており、人間の目に加えて虫の単眼のような小さい目が六つほどある、明らかな異形。

 にもかかわらず、異様なほどの、それこそ呪いのような魅力のある『熟成した女性』だった。


「ギルド長、フデェノ様。この度は無理な依頼を飲んでくださり、ありがとうございます。この機会に学習をさせていただきます」

「え、ええ……」

「SSSSランク冒険者、ヂュース様。私どもが挑戦するダンジョンの、初の踏破者とお伺いしました。私どもも挑戦するにあたって、貴重なご意見をいただければと思い、参上した次第です」

「お、おお……」


 街で一番のお菓子を手土産に、礼儀正しくふるまう魔獣。上流階級のような気品を持ちながら平身低頭を地で行く彼女に、フデェノとヂュースはしばらく面食らった。

 しかしよく考えれば、そこまでおかしなことではない。浅い層とはいえダンジョンは危険地帯だ。事前に情報を仕入れようとするのは当然である。


「……あのさあ、魔獣ちゃん。さっきも言ったけど、お父さんから耳にタコができるぐらい自慢話を聞かされているから、ダンジョンの中を暗唱できるぐらい詳しいんだよ? いまさらお父さんにそんなことを聞かなくったっていいじゃん」


「なにいってんのよ、アンタ! 危険地帯に踏み込むなら、安全地帯にいる時の準備が大事なのよ! それに筋道を通す手間を惜しんでどうするの! こうなるわよ、こう!」


 コエモが反発するが、魔獣は自分の四肢……というか六肢を使って異形をアピールした。

 人間関係でトラブルを起こして呪われてしまったので、人間関係を大事にする方針に切り替えているらしい。


「こんなふうになりたいの、アンタ!」

「イヤ」

「……そんなに嫌がらなくてもいいじゃない」


 気分が下がったからか、魔獣の体は一気に人間味を増していく。

 異形が引っ込み、ダウナーな女性に早変わりしていた。


「ふぅ……とにかく、私たちはこの町のダンジョンに挑戦しますので、どうぞご指導をお願いします!」

「ん、ん~~! そうか、感心な奴だな! ははははは! よし、しっかり聞けよ?」

「メモを取らせていただきます! ホラ、アンタたちもメモ、メモ!」


 先頭の魔獣は極めて真面目だった。緊張感に欠けている他の弟子たちへ注意までしている。

 ヂュースは気を良くして、得意気に話始めようとしていた。


「はあ、仕方ないわねえ。アナタ、その酒臭い息のままマジメな話をしたくないでしょう? ちょっとまってなさい、水を持ってくるわ」

「お、おうそうだな! 頼む! 俺の人生の大一番になるかもしれないからな!」


 フデェノは柔らかく笑いながら、コップに水を注ぐ。

 悪い酒よりもおいしい水を飲む方が、家族はうれしいものなのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
呑んでねえで、再起しろや。 ハウランドと一緒にさ。
[一言] 魔獣さんの説得力が強過ぎるδ( ̄、 ̄;)ポリポリ つまらない諍いの果てに今の自分があるなぁ
[一言] おっさん贅沢な悩みやなw それ肴に酒飲んでられるんだから家族にもっと感謝せいよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ