モチベーションの維持について
新章が書けたので。
教育機関では代表者の挨拶、というものがある。
学校で勉強することはたくさんある。
教科書を読み、先生から指導を受けることよりも大事なことはある。
その大事なことを学ばないまま大人になって、事件や事故を起こした人は大勢いる。
テストでいい点を取ることより、友達や先生と仲良くなることを大事にしてください。
そんな言葉を、入学式とかで言われることもあるだろう。
もちろん間違っているわけではない。実際『大事なこと』というのは本当に一番大事なことで、学校の勉強よりも重んじるべきだ。
表立ってそれは違う、とは言いにくいだろう。
だがこの教育機関が医大だったらどうだろうか?
医者には医療技術や医師免許より大事なことがある、と言われたらどうだろうか。
これが自動車運転訓練校だったらどうだろうか?
ドライバーには運転技術の習得や交通ルールを覚えるよりも大事なことがある、と言われたらどうだろうか。
これが調理師専門学校だったらどうだろうか?
調理師には調理の技術や栄養学、衛生観念よりも大事なことがある、と言われたらどうだろうか。
まあそうかもしれないけども、じゃあ俺たちは何をしに来たんだよ、となる。
医大に入ったら医師になる専門的な勉強をするべきだし、自動車運転訓練校だったらドライバーに必要な練習をするべきだし、調理師専門学校なら調理師に求められるものを習得するべきである。
パワハラをしないことは大事だが、医者としての腕がないと困る。
運賃をごまかさないことは確かに大事だが、タクシードライバーに運転技術がないと困る。
横領をしないことは確かに大事だが、調理師は料理が上手じゃないと困る。
それらが習得できない教育機関は、存在意義を疑われる。
専門的な教育機関だからこそ色濃いが、義務教育とて同じだろう。
入学して卒業するからには、最低限の学力が身についていなければならない。
教育者側からすれば、身につけさせなければならないのだ。
ジョンマンからすれば(そして弟子たちにしても)、それは五つのスキルを習得させることにある。
もっと突き詰めれば、『星命の維新を圧縮多重行動内で撃てるようにする』であった。
現在クラーノだけがその手前に来ている。あと一年ぐらい練習すれば、彼女は卒業基準に到達するだろう。
五つのスキルを習得し終えているのなら、あとは数をこなせばいい。もはや指導らしい指導は必要としていないだろう。
だがジョンマンからすれば、彼女だけ一人前にしても意味はない。
弟子にした七人全員がその水準に達してほしいと思っていたし、そのために最善を尽くすつもりだった。
だからこそ、であろう。
このままだとよくないと想い、少し別のアプローチをしようとしていた。
※
現在のジョンマンは、ミドルハマーの冒険者ギルドを訪れていた。応接室でギルド長と面談中である。
彼は一応ミドルハマー所属のFランク冒険者であり、気が向いた時だけ日雇いの薬草採集をしているので、訪れることに問題はない。
ギルド長と話すこともまた、そこまでおかしくはなかった。
とはいえFランク冒険者とギルド長が話すにしては、ジョンマンは自然体で、ギルド長は恐縮していた。立場を考えると普通逆であろうが、実際の取引からするとおかしくもないのである。
「いつも取引をしてくださり、ありがとうございます。本日はどのようなご用件でしょうか。まさか、納めている品に問題があったのでしょうか?」
「いえいえ、そのようなことはありません。とても良い質の品をいただいておりますよ。本日は別の要件で参上しました」
RPGでは『商品を○○という町まで運んでくれ』というクエストがある。
中ランクの冒険者がよくやる仕事であり、あんまり冒険じゃない気もするが立派な仕事である。
大抵トラブルが発生するのだが、本質はそこではない。
これを商人視点で見ると『○○という素材が欲しいが、遠くの街のダンジョンでしか採集できない』という問題を抱えているため、現地の冒険者に採集してもらいつつ、別の冒険者に運んでもらうのだ。
遠くまで運んでもらう分割増料金が発生し、現地へ買い付けに行くより高くつく。この割増料金が、ギルドや輸送を担当する冒険者の報酬になるのだ。
ジョンマンはこれを依頼している側である。
本人が強いのでやろうと思えば自分で現地に行って買って帰ってきた方が早いのだが、面倒なのでこの町のギルドを介して通信販売形式で購入している。
ぶっちゃけお得意様であり、現在のミドルハマー冒険者ギルドの主な収入源となっている。
「私の弟子……ご息女であるコエモさんたちへ、指導の一環としてダンジョンアタックをさせてほしいのです」
「それは、つまり……コエモたちが冒険者として一人前に……!」
「ああ、そういうのじゃないです。ダンジョンを体験してもらうだけです」
「ええぇ……」
現在の冒険者ギルドは、開店休業状態となっている。
活動している冒険者がほぼいない状態なのだ。
これによって冒険者ギルドは危機的な状況に陥っている。
はやく後釜を用意したい彼女からすれば、コエモ達にはすぐにでも冒険者として働いてほしいのだ。
「ヂュースやコエモさんから聞いていると思いますが、彼女たちは冒険者としてのスキルがない。巨大な人食い熊を殺すことができても、足元の毒蛇に気付くことができない。そんな状態でダンジョンに潜っていたら、まあ死にますね」
「娘たちをそんな状態でつっこませるんですか!?」
「浅い階層に踏み込んで、帰ってきてもらうだけですよ。深いところならともかく、浅いところなら最悪でも『事故』が起きるだけです。まあもっとも、その事故を俺は期待していますが……」
ギルド長もバカではない。ジョンマンが何を考えているのかは察している。
コントロールできる範囲で痛い目を見てもらって、緊張感や真剣さを得てほしいという考えなのだ。
いろいろな意味で、面白くない提案である。
しかし趣旨は分からないでもないし、ジョンマンの機嫌を損ねるのも得策ではない。
なによりジョンマン側には、強硬手段へ訴えるほどの理由がない。交渉の余地は十分にある。
「いくつか条件を出させていただきます。まずダンジョンはミドルハマーの公共物であり、ギルドの管理下に置かれています。端的に申し上げて、無償利用は許可できません。他の冒険者への迷惑も考えて、貸し切りという形になりますので、相応の代金をいただきます」
ギルド長は、自分で言っていて虚しかった。
通常時なら『他の冒険者』がいるのだろうが、現在は一人もいない。
その状況で『貸し切り』にする分代金をよこせというのは欺瞞も甚だしい。
しかし無料で貸し切りという前例を作ることも、好ましいことではなかった。
(前例、ねえ……以後あるのかしら……)
このミドルハマーに未来などあるのか。
ギルド長自身、自分の懸念が改めて虚しく思える。
しかしそれはそれとして、もう一つの条件は譲れなかった。
「ついで……冒険者ではないものがダンジョンに入る以上、救出係や案内係を用意していただきます。貴方一人ではなく、現役の、しっかりとした冒険者パーティーを雇用してください」
「おっしゃる通りですね。それではこのミドルハマーの冒険者ギルドを通じて、依頼を出させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです」
ジョンマンはさも「わたしはそんなことまで気が回りませんでした、さすがギルド長」と言わんばかりの態度をとっていた。だが実際には「まあそうだろうな」と察していた雰囲気である。
当然のことしか言っていないので、ギルド長自身もその雰囲気に異論はなかった。
とはいえ「あ、やっぱそんなもん?」だと失礼だし、ここで露骨に「そんなこと考えてなかった~~!」みたいな対応をするとそれはそれで失礼になるので、持ち上げ具合を調整していた様子である。
(やりにくい……)
ただ強いだけではなく、頭も舌も回る男。それもただ圧倒してくるだけではなく、こちらの顔も立ててくる。
自分の自尊心よりも仕事を円滑に進めることを優先できる、『仕事のできる男』だとわからされてしまう。
正直に言って、自分が無能だと気付かされるようで面白くなかった。しかしそういう男でもなければ、娘を預けることもできないわけで……。
※
その日の夜。
ジョンマンは豪邸の前で焚火をしていた。
彼の弟子たちも集まり、教育会議を開いていたのである。
「あの、ジョンマンさん。なんで豪邸の中で会議を開かないんですか?」
「君はまだいいけど、俺が一緒だと世間の目が痛いんだ……」
「そんなことを気にするのは男らしくないのでは?」
「君のお爺ちゃんも言っていたけど、このシチュエーションでは特に危険な発言だから気をつけてね。世間の目を気にしないのは、大人として問題なんだよ。さて……」
ジョンマンは少し申し訳なさそうに、オーシオ、リョオマ、マーガリッティを見た。
見つめられた三人は思うところがあるのか、目を伏せてしまう。
「わかっていたことではあったけども、やっぱり君たち三人は浄玻璃眼の習得に難航しているね。正直打ち切って、竜宮の秘法を習得する方向にもっていこうかと思ったほどだよ」
「そ、それは困ります! 時折行う組み手で、浄玻璃眼の重要性は痛いほどわかっています!」
「神域時間が高みに達するには、どうしても浄玻璃眼が必要です。他の何を諦めるとしても、これだけは諦められませんわ……だぜ!」
「ジョンマンさんの域は無理でも、習得はしたいのです!」
彼女たち三人も、浄玻璃眼を習得したいとは思っている。
ジョンマンの戦闘を見てきた彼女たちは、スキルビルド、戦闘スタイルの完成に浄玻璃眼が必要不可欠であることは理解していた。
そうでなかったら、とっくに音を上げているだろう。
「そうか……それじゃあ少し、修行を過激にしよう。あんまりいいことじゃないが、今の君達なら問題ないはずだ」
この場にいる七人の弟子で、ザンクを除く六人はかなり強い。
冒険者としての技能を習得していないというだけで、戦闘能力だけならこの街のダンジョンに入っても問題ないレベルだ。
とはいえ、大抵のダンジョンアタックでは『冒険者としての技能』こそが一番大事であり、それが欠けていれば事故に発展する。
その事故に耐えられる程度には強いと信じて、ジョンマンは弟子たちを虎口に放り込もうとしていた。
「君達にはこの町のダンジョンにアタックしてもらう。リーダーは魔獣、お前だ」
「え、アタシ? 仲間と報酬でもめて呪われたアタシがリーダー?」
「お前は現役の冒険者だ、他の子よりは適任だろう。もちろん救出部隊や案内役はつけるから、命にかかわる大事には至らないようにする。最悪の最悪の最悪の最悪の最悪の事態が発生しそうになった時は……」
一体何を想定しているのか、ジョンマンの顔は曇っていく。
「俺自身で、君たちを助けに……ダンジョンに入る!」
(どんだけ嫌なんだろう……)
世界最悪のダンジョンを踏破し生還した男にとって、ダンジョンに踏み込むことはトラウマであるらしい。
愛弟子のためであっても、ダンジョンに踏み込みたくないらしい。
なんなら、口にするのも嫌な様子だった。
(もしかしてこの人には、治療が必要なのでは?)
末弟子のザンクの心にある、両親から受け継いだやさしさが反応しかけたのだった。




