男子足らんとする者へ
第一巻、好評発売中です!
クラーノとの試合の翌日、ジョンマンの弟子たちは普通の修行に戻った。
クラーノはまだ寝ており、回復にはしばらく時間がかかるだろう。
竜宮の秘法といえど、無限にエネルギーを生産できるわけではない。
一定以上の力を使い切れば、しばらくの間スキルの使用は困難になる。
当然の理屈ではある。しかし『あれだけの力』を見た後では、軽すぎるようにも思えた。
とはいえ、それ以上の力を発揮したジョンマンは、まったく疲れていないのだが。
コエモ達は今日も浄玻璃眼の訓練である。
森に入って、バッタやカマキリを捕まえる訓練だ。
保護色の昆虫を探すという子供の遊びみたいな訓練だが、やはり冒険者という仕事からすれば当然の訓練である。
昨日の戦いを見た後で、『なんでこんなしょぼい訓練してるんだろう』と思ってしまうかもしれないが、それを含めて修行と言えるのかもしれない。
一方でザンクは、屋外でジョンマンと向き合っていた。
「今日は戦闘訓練と行こうか。手加減はするから、遠慮なくかかってきなさい」
「……なんかその、えっと、俺だけそんな、楽しそうな特訓でいいんでしょうか?」
「ふむ……鉄は熱いうちに打て、ってやつか? そんな甘えは、よくないと思うぞ」
興奮が冷めない中で、地味な訓練に勤しむ。
それもまた、平常心を培う特訓と言えなくもない。
「特にコエモちゃんたちの特訓は、折り返し地点に来ている。そろそろ精神的な修行も積まなければならない」
「無我の境地、みたいな?」
「そんな上等なもんじゃない。ごく一般的な、ポジティブ思考だよ。まあ……リンゾウ君は、言われなくても普段からそうしているけどね」
アリババを思い出しているのか、ジョンマンは苦い顔をしていた。
「……ポジティブ思考は大事だけども、判断を見誤らない思考も教えた方がいい気がする。引き際とか、誤るからな」
無間地獄に突入したことを思い出したのか、ジョンマンはげんなりしていた。
「まあ、いい。やめやめ。それより君の特訓と行こうか。武芸舞踊の基本は習っているんだろう? それをぶつけてくるといい」
「……はい!」
ザンクは腰を下ろし、舞台の上で行われるような踊りを始めた。
ジョンマンはそれを静観し、険しい目で観察している。
(武芸舞踊は圧縮多重行動と同種の技……腐らせるには惜しい。使わせてあげないと、すぐに忘れてしまいそうだからな。さて……間合いはどれぐらいだ?)
ザンクは踊りながら、軽々と跳躍する。
「ワイヤー!」
真上に跳躍しながら、ジョンマンに届かない間合いで足を前に出した。
普通なら攻撃を空振りしたと思うところだが、実際にはまったく違う。
ザンクはワイヤーで吊られているかのように、姿勢と高度を維持しながら前へ移動していく。
結果としてジョンマンに接近し、その足が顔面にぶつかっていく。
「そうだ、遠慮しなくていいぞ」
その動きを予測していたジョンマンは、両手を交差させてしっかりと受け止めていた。
「それじゃあ……!」
蹴られても微動だにしなかったジョンマンだが、ザンクが強く睨むと不自然に上昇し、地面にたたきつけられた。ジョンマンはもろに食らい、受け身をとることもできずにいる。
周囲に砂など一切ないのに、砂煙まで起きている。
「うん、それでいい。思ったより、しっかりしてるじゃないか」
「お爺ちゃんから、教わりまし、た!」
むくりと起き上がったジョンマンに、やはり不自然な軌道で跳躍しながら殴りかかるザンク。
ジョンマンは無抵抗にそれを受け止めたが、それによって地面に深く埋まっていた。
「なんだアイツ、なんだかんだ言って教えてはいたんだな」
まったくダメージを負っていないジョンマンは、軽やかに地面から起き上がりつつ、ザンクの次の攻撃を待っていた。
「フォロワー!」
「むう!」
やはりザンクは、まったく拳が届かない距離でジョンマンを殴ろうとした。
しかしジョンマン自身がスライドするように移動して、ザンクの攻撃に当たりに行ってしまう。
ザンクの攻撃は、しっかりとジョンマンに命中していた。
「さて……防御はどうかな?」
直撃したが、まったく効いていないジョンマン。
むしろ大きく拳を振りかぶって、回避しろと言わんばかりに攻撃する。
「あ……す、スピン!」
猛烈な横回転をしつつ、ザンクは大きく距離をとっていた。
回転しながら距離をとっただけで、実際回避できていたかはわからないのだが、なんか回避できている雰囲気になっている。
「ちょっと、度胸が足りないかな? せっかくの武芸舞踊が泣いてるぞ?」
「はい、すみません!」
昨日のジョンマンの戦いぶりを見ていたため、今の攻撃を過剰に畏れてしまった。
もしもあと少しでも遅れていたら、技を出す間もなく倒されていたかもしれない。
「……行きます!」
だからこそ、ザンクは前に出た。
「キルゾーン!」
「むむ!」
どう考えても絶対に手が届いていない間合いで、ザンクは回転しながら裏拳を放った。
当たっていないはずなのに、ジョンマンは吹き飛んでしまう。
「むむ、殺陣も使えるのか……お?」
「た、た、たあああああ!」
一度吹き飛ばしただけでは終わらないとばかりに、何度も何度も『空振り』を行う。
そのたびにジョンマンは吹き飛び、転がり、体勢が崩されていく。
「ふぅ……はあ……おお……うん……バンク!」
(なんだ、形にはしているんだな)
ジョンマンが倒れている間に、ザンクはぎこちない踊りを始める。
何度かのステップを踏み終えると、『大技』が起動した。
視界が大幅に集中させられ、ザンクとその周囲だけに限定されてしまう。
他の一切が消えたかのような『舞台の上』で、ザンクは連続攻撃を叩き込んだ。
ジョンマンは無防備にそれを食らい、地面に倒れる。
そしてそのまま、動きを止めた。
「ど、どうだ、参ったか!」
「見え切りは、まあまあだな」
ザンクがしっかりとキメ台詞を言い終わるのをまって、ジョンマンは起き上がる。
不可思議な現象が何度も起きていたのだが、まったく驚いた様子はなかった。
武芸舞踊が成功した、という認識しかしていない。
武芸舞踊。
舞台の上の主役のように振る舞うことで現実を侵食し、舞台装置抜きで演出を実現する。
ジョンマンは基本的に抵抗をしなかったが、それは稽古だからではない。
一度技に入った演者の動きは、誰にも止めることができない。
それどころか、『やられ役』の動きすら変化が効かないのだ。
雑に言えば、理不尽に攻撃を当てることができ、理不尽に回避できる技術。
圧縮多重行動と、似て非なる系統の術と言っていいだろう。
もちろん無敵ではない、弱点はしっかりと存在する。
そのうちの一つ……というか当然の理屈として、『攻撃力』は据え置きである。
良くも悪くも見た目の動きと実際のダメージが、まったく一致しないのだ。
ザンサンが相手を海の彼方へ吹き飛ばす威力で殴った場合も、ザンクが子供の腕力で殴った場合も、ダメージが違っても動き自体はまったく変わらない。
よって、ザンクの武芸舞踊は今のところ見掛け倒しである。
「う、上手く行きましたか?」
「ああ、君がどれだけ頑張ってその技を得たのか……よく伝わってくるよ。君のお爺さんが、どれだけ君を大事に思っていたのかもね」
「……はい」
照れくさそうに笑うザンクの頭を、ジョンマンは撫でようとして、途中で止めた。
(いかん……なんか、俺の中でこの子が孫同然になっている……! ザンサンに悪いだろうが! そんなことはできない!)
距離感を間違えていた、と踏みとどまるジョンマンである。
同性でもセクハラになり得るのだ、警戒は正しい。
「お爺ちゃんのためにも……もっと、もっと稽古しないと!」
(……俺ですらこうなんだから、ザンサンだったら果てしなく甘やかしそうだな)
複雑な家庭環境や悲しい運命を背負っているが、本人は特に特徴のないひたむきな男の子。
既に年を取っているジョンマンやザンサンにとっては、教育しにくい相手であった。
(厳しくしないとなあ……この子のためにも)
だがそれでも、請け負ったからには全力を尽くす。
仲間から預かった大事な子供に、ジョンマンはあえて厳しい修行を課すのであった。
ストックが尽きましたので、しばらく更新をお休みさせていただきます。
どうか今後も、拙作をお願いします。




