未完成の天才
魔法とスキルの区分けは難しいが、差異の一つとして修行のプロセスがあげられる。
魔法の修行というのは別系統でも基本的に同じものだが、スキルは系統ごとに修行法が全く異なっている。
ジョンマンは別系統のスキルを五つ習得している。
これらは文字通り、まったく別の修行を五回やる、ということを意味している。
ジョンマンの弟子たちがいままで体験した修行は、『筋トレ』と『武術』と『持久走』である。
大雑把に言えば『ボディビルダー』と『格闘家』と『マラソンランナー』のようなものだ。
どれもが別系統であるが、やはり大雑把に言えば『運動』に他ならない。
別系統のトレーニングではあるが、互換性がないわけではない。
そこに来て、『目利き』の修行である。
ジョンマンはあえて言わなかったが、この修行で大事なのは『ハングリー精神』である。
先日別の冒険者育成組織でも『目利き』の修行をしていたように、冒険者が『利益』を出すにはなによりも目利きが大事なのだ。
冒険者は危険地帯から価値の高いものを持ち帰る職業である。
単純な話として、一切戦う力を持っていなかったとしてもまったく問題ない。
モンスターから逃げて隠れて、トラップや危険地帯を回避して、『美味しいところ』で採集して帰還する……というのも王道の一種なのだ。
まあリスキーすぎるので、そんなには推奨されていないのだが。
つまりは登山家のようなものであり、原理原則として『荷物は最小限』となっている。
であれば持ち帰る荷物も軽くて小さくて、かつ高価なものがいい。
もちろん現地での目利きは短時間で済ませねばならず、目利きできる場所が広く明るいところとも限らない。
だからこそ、目利きの精度が問われる。
裏も表もない。儲かる、がとても重要なのだ。
儲けに余裕があれば、装備の整備ができ、更新もできる。さらに心にも余裕が生まれ、無理のない冒険ができ損切りもできる。
金のために命を賭けているからこそ、儲けが大事なのだ。
なんだかんだ言って魔獣は、金と命を天秤にかけている世界で生きていた。
そのあたりをないがしろにして破滅寸前までいった経験もあるが、それでも『目利き』の大事さは身に染みている。
コエモも実家の家業が冒険者ギルドであったため、採集された薬草の目利きなどは幼少期から手伝っていた。
もしも失敗すれば『これは商売なのよ!?』とマジ説教されたものである。
これがハングリー精神。
目の前にある大量の草や石の中から、価値のあるものと無いものを見極めようとする心。
対してオーシオ、リョオマ、マーガリッティ。
彼女たちは富裕層の生まれであり、余裕がありすぎて『追い詰められる』という精神がそこまでない。
目利きの修行によって得られる『価値のあるものを見出せる』という成果に、そこまでの価値を見出せない。
だからこそ、オスとメスを見分ける、という修行を苦痛に感じてしまうのだ。
なおリンゾウは子供っぽいところがあるので、宝探しや間違い探しの感覚で楽しんでいる模様。
この、第三スキル『浄玻璃眼』を先天的に習得している者がいる。
世界最強格を知るジョンマンやラックシップをして、『世界最高の天才』と言い切られる女性。
ドザー王国最高の冒険者、クラーノである。
※
ジョンマンの弟子のうち、六人が浄玻璃眼の修行に入ったころ。
ミドルハマーに、クラーノが訪れていた。
いつものように目を燃え盛らせながら、ジョンマンの元へ駆け寄ってきている。
「ジョンマン様~~!」
「お、おう……」
「強さに陰りナシ……とても頼もしいお姿ですぅうう!」
「君がそういうのなら、まあそうなんだろうが……」
「貴方こそ偉大なメンター! どうか愚かな私を、お導きください~~!」
「……うん」
過剰に崇拝してくるクラーノの姿に、ジョンマンはドン引きしていた。
少し遠くで二人を見ているジョンマンの弟子たちも、決して近づかないようにしている。
「え~~……アレがこの国の現役で最高の冒険者? うわあ、あんなのと同じ職業なのイヤ~~。転職してくんないかな」
魔獣は割と酷いことを言っているが、誰も否定できなかった。
なんなら、一緒にいることすらイヤで、見ているだけでもしんどい。
もう帰りたいところだが、ジョンマンの指示によりここを離れるわけにはいかなかった。
「それでジョンマン様、今回はどのようなご依頼ですか? なんでもお任せください!」
「ああ、うん。君にはいろいろと、面倒ごとを押し付けてきたね。ティーム家に出張して『着色』してもらったり、王家に出向いて『第五スキル』が使えることをアピールしてもらったり……」
「何をおっしゃいます! ティーム家では私も勉強をさせていただきましたし、元々王家とはつながりが有りましたから! それにジョンマン様は、事あるごとに私へ指導をしてくださるではありませんか!」
「そう、それだ」
ジョンマンはわずかに下がって、拳を構えた。
「今日は君へ直接稽古をつける。持てるすべてをぶつけてきなさい」
「……おおせのままに」
雰囲気が一気に切り替わり、殺伐とした雰囲気となった。
流石は現役最高峰の冒険者、構えに入れば実力が全員に伝わる。
ジョンマンに対して心酔しすぎる態度をとっているが、実力はラックシップに遭遇する以前よりも跳ね上がっている。
「ラグナ……ラグナ・ロロロ・ラグナ、ワルハラ……ヴォーダーン! アルフー・ライラー……ワー・ライラー! グリムグリム・イーソープ・ルルルセン! コキン・ココン・コンジャク・コライ!」
「ラグナ……ラグナ・ロロロ・ラグナ、ワルハラ……ヴォーダーン! タケット、メット、カーラット! コキン・ココン・コンジャク・コライ!」
両者同時にほぼ同じ呪文を唱え、同じスキルを発動させた状態に達した。
ただそれだけのことに、ジョンマンの弟子たちは改めて驚く。
クラーノは五つのスキルを習得している。
聞いていた情報だったが、目の当たりにするとやはり驚いてしまう。
「父上もおっしゃっていました。クラーノ様は、異様に習得が早い。一度動きを手本として見せれば、完全に理解できていた、と……だぜ」
浄玻璃眼の鍛え方を理解した彼女は、元々優れていた観察力が向上していた。
一瞬で盗み取る、一朝一夕で技が成る、ということはないが……それに近いといっても過言ではない。
元々鍛えていたこともあって、彼女が身に纏うエインヘリヤルの鎧も、ジョンマンに次ぐほどの豪華さだ。弟子の中では一番長じているオーシオも、彼女には劣るだろう。
おそらくは、他の分野も……。
「それじゃあやろうか」
「はいっ! 全力で行きます!」
両者ともに、目にも止まらぬ速さで駆けだした。
中間地点で、目にも止まる、理解できる動きに切り替わる。
「1、2、3!」
「1、……2!? さ……あああああぁ!」
強制的に理解させられる動き。
一撃目で、両者は攻撃と防御を同時に行った。
いつかコエモが見た、ジョンマンとラックシップの動きそのままであった。
しかし二撃目で、クラーノは純粋に受けへ回った。
ジョンマンは防御することなく、ただ攻撃をしたのだ。
そして三回目で、クラーノは弾かれた。
ジョンマンは相手に行動を許さず、殴り飛ばしたのである。
「く……ぐ!」
目にも止まらぬ速さで吹き飛んだクラーノは、地面を跳ねながら転がっていき、汚れながら立ち上がった。
彼女の鎧は明らかに歪んでおり、明らかにダメージを受けている。
「どうした、もうやめるか?」
「いいえ!」
再び、クラーノとジョンマンは衝突を繰り返す。
クラーノも必死に抵抗しているが、ジョンマンは確実にダメージを負わせてくる。
天才であるはずのクラーノは一方的にダメージを受け続け、ジョンマンはほぼ無傷のままだった。
劣勢である。
逆に言うと、瞬殺されていない。一応だが、試合になっている。
「凄い……これが人類最高の天才」
時間間隔が混乱するため、二人の攻防がどれだけ続いているのかわからない。
一つ確かなことがあるとすれば、オーシオたちだったらとっくに体力切れを起こしている、ということだ。
竜宮の秘法を習得しているので当然、と言えばそうかもしれない。
しかし現実の成果となれば、驚愕し嫉妬し、羨望してしまう。
ティガーザもサザンカも、ジョンマンにここまで食らいつくことはできなかった。
真面目に戦闘をしている彼に、抵抗らしい抵抗もできず、ただ叩きのめされたのだ。
それを想えば、彼女の実力は異常である。
「あ、ぐ、は、ああ……!」
ほどなくして限界が来たのか、クラーノは地面に倒れた。
コエモ達が体験した、身体強化と複数回行動の反動。急速なスタミナ消費である。
彼女は竜宮の秘法を習得してはいるが、ジョンマンの域にない。
だからこそ、先に息切れを起こしたのだ。
「良く持った方だ……俺が教えた『竜宮の秘法』の訓練法を真面目にやった成果だな」
「とう、ぜん……です! 私は強くなりたかった……貴方やラックシップに追いつくために、恐怖を克服するために!」
しかしそれも、しばらく休めば回復する。
竜宮の秘法は最大体力を向上させるだけではなく、回復量も向上する。
何もせず立っていれば、エインヘリヤルの鎧による消費を賄ったうえで回復するのだ。
「私は冒険者……自分を恃む者です!」
「そうだ、それでいい……」
しゃべっている間に、体力は回復しきっていた。
コエモ達ならば倒れたまま起き上がれず、次の日になっても疲れが残るというのに。
スキルビルドが完成している者。
ジョンマンに近づき、追い抜くもの。
もう驚くばかりだったが、次の瞬間に極まった。
「第五スキルを使いなさい、俺が受け止めよう」
「……はい、お願いします!」
マーガリッティがジョンマンに求めた、究極の禁呪。
人間が扱える最強の技、一国をも軽々と滅ぼす力。
アリババ40人隊とセサミ盗賊団では『通常攻撃』とされた、必須の奥義。
全身から汗が噴き出て、筋肉が強張る。
ジョンマンの弟子が緊張する中、クラーノもまた緊張していた。
如何に彼女が天才だとしても、分を超える力には慄いてしまうのだろう。
だが彼女の目は、ジョンマンの顔を見ていた。
精悍な表情の彼は、クラーノが失敗するとは思っていない。
(浄玻璃眼をお持ちのジョンマン様が、私を見ておられる……私のことを、深く理解しておられる。そのジョンマン様の期待を裏切るわけにはいかない……!)
ジョンマンのことを、誰よりも心酔している。
ジョンマンの眼力は、そのまま世界の真理だと思える。
縋りたい理想、そして現実はそれに従ってきた。
「ロング……ロング……アゴー……」
第五スキル、『星命の維新』の詠唱が始まった。
クラーノの体から、急速にエネルギーが抜けていく。
彼女の肉体はそれに負けぬようエネルギーを生み出しているが、消費の方が明らかに速い。
いや、それ以上に……。
「ああ、あの……いつ、発動するんですか? もうずいぶん、時間、たってますよね?」
緊張に疲れたザンクが言葉にするほど、スキルの発動までの間が長すぎた。
一分、二分、いやもっとだろうか。
クラーノがやっていることが技のチャージ段階であることはわかるのだが、それでも冗長に過ぎる。
「本来は術者以外のエネルギータンクを何人も用意したうえで、これぐらい時間をかけて発動させるもの……とされています。強大な敵の前で撃つため、時間稼ぎのための護衛が何十人と必要だったとか……」
クラーノの詠唱は続き、禍々しさがどんどん増していく。
強大な力が膨れ続け、隠そうとしても隠し切れまい。
強大なモンスターであっても危機感を受け、その術者を殺そうとするだろう。
「オルドビス……デボン……ペルム……サンジョウ……ハクア……!」
ジョンマン曰く、禁呪は習得や使用自体は容易、らしい。
だが全生命力を吸い取られつつあるクラーノを見ていると、とてもそうは見えない。
「来て、大ロック鳥!」
いよいよ発動寸前に達したクラーノの背後から、巨大な鳥が出現する。
「第五スキル……『星命の維新』!」
原始のロック鳥が、大いに羽ばたいた。
それだけで大嵐が起き、誰もが吹き飛びそうになる。
「ジョンマン様……お待たせしました! 行きます!」
「おう、とっとと来な」
クラーノにとって恐怖の象徴であり、だからこそ求めた強大なる力。
それがついに発動する。
「電誅……中心苦羅!」
巨大なロック鳥の翼は、放電を伴いながら羽ばたく。
その巨体は一瞬で飛翔し、嘴をジョンマンへ向けて急降下する。
何もかもを打ち壊すかに見えた、巨大な鳥の突撃。
それがジョンマンへ衝突する前に、時間が一気に停滞する。
「ロング……ロング……アゴー……」
「オルドビス……デボン……ペルム……サンジョウ……ハクア……!」
「来い、モビーディック!」
クラーノが長い時間をかけて行ったことを、ジョンマンは圧縮した時間の中で迅速に処理する。
そして巨大な鯨を呼び出し、その飛沫によって攻撃を受け止めた。
「打ち消せ! シルバーバリア卍桜!」
先日サザンカの大魔法五発をあっさりと消滅させた防御技だったが、今回はそうもいかなかった。
大威力同士の衝突により、膨大な衝撃波が発生する。
局地的に竜巻が起きたかのようで、ジョンマンの弟子たちはしりもちをついてしまっていた。
「あ……ああ、あ」
竜巻が収まった時、クラーノは完全に倒れていた。
エインヘリヤルの鎧は解除され、更に彼女の目から炎も消えている。
精魂を使い切って、わずかに痙攣するのみとなっていた。
「いやあ、大したものだ。流石だよ、クラーノちゃん」
そして、ジョンマンは平然としている。
少し疲れた様子はあるが、すたすたと歩いていた。
相変わらず圧倒的な強さを持っている。おそらくクラーノは、あと百回戦ってもジョンマンに勝てないだろう。
だがそれは、ようやく実力差が現実味を帯び始めたというだけのこと。
彼女はほんの三年ほどで、ジョンマンの足元に届いたのだ。
「は、はい……! おほめ、おほめにあずかり、きょうえつ……」
「無理をしなくていい。それに、不安に思う必要もない。君はまだまだ強くなれる……」
これが、正真正銘、本物の、この上ない天才。
性格がいいとか、向上心があるとか、何かの魔法の適性があるとかではなく……。
世界で一番強いものになり得る、絶対の才能の持ち主だった。
「そう、あと数百倍は伸びしろが残ってる」
(それは伸びしろというのか?)
そしてそれを極めた者たちがどれだけ強いのか想像して、ジョンマンの弟子たちはげんなりするのだった。
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