雌雄を決する
ミット魔法国一の学園にて、特進クラス、とされる名物学級がある。
そこには落第生たちが集められ、国一番の魔法使いから直接指導を受けている。
恐るべきは、国一番の魔法使いサザンカ。彼女は外国から持ち込んだ優れた技術により、落第生たちを『それぞれの分野』においてカノジョ自身以上に仕上げていった。
尖った才能は研ぎ澄まされていき、最強の『槍』となる。
一点突破の一芸は学園外部からも高く評価され、それぞれにスカウトの話も多く来ていた。
もうこうなると『学校の成績』がどうこうではない。一足飛びに偉大な魔法使いとしてのルートが開かれているかのようだった。
こうなると、『他のクラスの生徒』はたまったものではなかった。
落第生だと見下していた者たちが海外から来た最高の魔法使いの弟子になり、そのうえ『腐っていた才能』が開花して、サクセスストーリーを歩み始めた。
これで『特進クラスの生徒たちはすごいなあ、がんばってるなあ』と応援できるわけがない。
腐らずに頑張って成果が出たならまだしも、腐っていたところに都合よく『最高の先生』が来てくれただけなのだ。
俺だって頑張ってるけど、成果がでない。
私だって練習しているのに、評価されない。
僕だって才能があるのに、注目されない。
サザンカ先生のもとで指導を受ければ、自分達も大成できる。(実際そうだし、サザンカ自身もそう思ってる)
ゆえに特進クラスの生徒たちは、他の生徒から嫌われていた。
そんな状況で、特進クラス唯一の優等生、マーガリッティが学園を抜けた。
そのあと色々騒動があって、結果として特進クラスの指導方針も180度転換した。
他のクラスなら一年生の一学期で習い終えているような、基本魔法の授業が今更始まったのだ。
しかもささっと習得が終わるのではなく、だいぶ苦戦しているという。
その話を聞いて、他の生徒たちは楽しそうに馬鹿にしていた。
「なあ、聞いたか? あいつら今更基本魔法の習得を始めて、しかもまだ終わってないんだと!」
「しょせん落ちこぼれだ、現実を直視すればこんなもんだよな」
「ははは! バカにしちゃ悪いぜ! 一生懸命コツコツ、地道に頑張ってるんだからな!」
「そーそー! なんなら応援しに行こうよ! きっと、国一番の、最高の魔法使いの元で、基本魔法を地道に練習しているんだからさ!」
「ここは学校だもんな! 頑張る生徒を応援しないとな!」
愉快そうに笑う生徒たちを、『一般教師たち』は呆れた目で見ていた。
以前は特進クラスを『俺たちのことを無能呼ばわりとは良い身分だな』とか『特化型は凄いけどもさ、基本魔法を教えろよ!』とか『生徒どもも調子に乗りやがって、社会に出て苦労するのはお前たちだぞ』とか思っていた面々は、まさにその問題が改善されたことで見直していた。
そして正しい方向へ舵取りをしている特進クラスを笑う者たちを、呆れた目で見ていた。
「……指導の限界を感じますな」
「昔はよかった……ああいう生徒を体罰で黙らせられた」
「今はコンプライアンスがありますからね……それに、体罰を許可してしまうと、悪用する者も出ますから」
「しかしなあ……アレは目に余る。なまじ課題を真面目にやっているだけに、強く注意できないが……」
「放っておきましょう。いずれ分かりますよ……自分たちが習得している基本魔法が、どれほど恐ろしいのかをね」
「然り。生徒が真面目に授業を受けていれば、基本魔法の習得は一年もかからない。そうなれば、一対一ですら特進クラスの生徒たちに勝てなくなる。いずれ……正真正銘の、特進クラスになるだろう」
※
人は誰でも、理想の自分を描くもの。
それができないと知れば、それなりに傷つくものだ。
夢は原動力であるがゆえに、夢がついえると止まってしまう。
特進クラスの生徒たちも、その一人に過ぎなかった。
基本魔法を学び直そう、と思った彼らは、さっそく普通に壁にぶつかった。
真面目に頑張れば案外さくっと習得できるかも。昔と違って、今は凄い魔法を使えるようになったんだし……。
という甘い考えは、一瞬で座礁した。
元々基本魔法で挫折した彼らは、以前と同じように、同じ場所で躓いた。
基本魔法という初心者向けスターターキットが、なかなか習得できない。
サザンカという最高の指導者のもとであっても、習得は難航していた。
それでもあきらめなければ、必ず習得できる。基本魔法とは、つまりそういうものだからだ。
そして以前は挫折した特進クラスの生徒たちは、今度こそ挫折しなかった。
不器用なり、非才なりに、地道にコツコツと魔法の練習をしていった。
周りからどんなに笑われても、涙目になりながら自主練をこなしていた。
今の彼らの心の中には、ジョンマンの思考法が根付いている。
(基本魔法を全部覚えれば、私の魔法は一人でも活かせるようになる……。私には超強い、超凄い魔法がもうあるんだから!)
(何とでも言いやがれ、俺の魔法と基本魔法のコンボで、あっと言わせてやる! 一発芸とか言ってた奴らを全員のしてやる!)
(私はジョンマンさんに褒めてもらえた、あんな凄い人から褒めてもらえた、私は優秀、超凄い……ひひひひ!)
(私にはもうスカウトが来ている! 私にはもうスカウトが来ている! 私にはもうスカウトが来ている! ほかのクラスの奴らには来ていない、私の方が社会的に勝ち組! アイツらは負け組!)
(よく考えたら社会に出て『こんなこともできないの?』とか言われたら最悪だしな……! 周りもみんな落ちこぼれだから、俺が目立たないぜ!)
(あの試合の時……ああくそ、基本魔法でもいいから、攻撃魔法とか防御魔法でも覚えていれば、と思った……思ったんなら、実現しないと!)
つまりは、エビデンスを根拠にした思考である。
自分たちは現時点で凄い、もう世間から評価されている、特進クラスの魔法使いだ!
という、精神的な支柱であった。
自分は何のために努力しているのか。がんばったって、何の意味もないのではないか。凄い魔法使いになれないのなら、この修行に意味はあるのか。
腐る人間の陥る思考から、彼らはすでに脱却している。
自分たちは現時点で超凄い魔法使いであり、自分達の努力はその弱点を補うもの。あるいは超強い魔法を、より一層引き立たせるためのもの。
高潔、勤勉、真面目になったわけではない。
彼らはただ、頑張れる理由を見つけただけなのだ。
彼らはいい意味で、調子に乗っていたのである。
そんな中でも特に前向きになっていたのは、マーガリッティの妹、ノォミィであった。
大威力の攻撃魔法だけを異常に得意としている彼女は、まったく不得意な、『そこそこの威力、そこそこの連射速度、そこそこの射程』という基本的な攻撃魔法を学んでいた。
いちばんやさしい魔法であるにもかかわらず、十回に一回しか成功しない。十回に四回は明後日の方向に飛んで行って、十回に四回は途中で霧散し、十回に一回は発動することすらない。
それでも確実に、前進していた。
(大丈夫、前進してる。十回に一回は成功するようになった……前は百回やっても一回も上手くいかなかったんだから、成功率はちゃんと上がってる)
このあとも頑張らなければならないし、頑張っても『誰でも使ってる基本魔法』をマスターするだけだ。それに何の意味がある?
なんて思考は、今の彼女にはない。
超強い魔法を活かすサブウェポン。これさえあれば、あの試合で負けることはなかった。
そう思えば、魔法の習得にも身が入る。
(私の魔法は、禁呪を使った戦士にも大ダメージを与えられる。その上、二発三発撃っても余裕がある……私には凄いポテンシャルがある! この努力は無駄にならない!)
こうして今も、彼女は魔法の練習を続けている。
遠くの的へ魔法を当てるという、とてもしょぼい訓練だ。
それでも彼女は、全力で臨んでいる。
「お姉さまは……あんな辛く苦しい特訓に耐えていた。私も、負けていられない!」
マーガリッティの武勲は、この国にも届いていた。
遠いルタオの地で、魔法使いとして大活躍して、勲章までもらったらしい。
「女王様から直接評価されているお姉さま……負けていられないわ!」
自分も自分なりに努力をする。
それをダメな方向ではなく、良い方向へ舵を切っていた。
※
現在マーガリッティは、仲間と共にドザーの地にて浄玻璃眼の練習をしていた。
観察力の究極形である浄玻璃眼を習得するためには、とても地道な訓練を要する。
現在彼女がどんな『地道な努力』をしているのかと言えば……。
豪邸の中に設けられた訓練室の中で、大きな籠の中にいる『大量のひよこ』。
その雌雄を見分けて、自分のかごに入れていくのだ。
ぴよぴよとうるさい部屋の中で、逃げていくヒヨコを手に掴んで、教わった通りの方法で雄と雌を見分ける。
地道というか地味な仕事めいた環境の中で、マーガリッティの中のやる気はごりごりと削られていった。
(私は立派な魔法使いになりたくて……最強の禁呪を学ぶためにここにいて……今は浄玻璃眼の練習をしている……なんでひよこの雌雄を見分けているんだろう?)
真面目に頑張らないと習得が遅れる、とは言われていた。
しかしヒヨコがピーピー鳴いている中で雄雌を見分けてかごに入れていくのは、真面目にできるものではなかった。
「うわああ! 魔獣ちゃん、早~~い!」
「ふふん! オスとメスで値段の違うモンスターがたくさんいるのよ? 危険地帯でぱぱっと見分けて、高い方を選ぶ。冒険者として当然の技能だわ! この程度もできないのに、将来は一流の冒険者になりたいって言ってるの~~? 先輩、だっさい!」
「むむ! よし、負けてられないね!」
一番新人の魔獣が、六本の腕をフル活用してヒヨコを高速でさばいていく。
冒険者向けのスキル習得が、現役冒険者が一番進んでいるというのは当然だった。
コエモも負けてはならないと、奮起して雌雄を分けていく。
「マンマ・ミーヤ! やったわ! 十匹目だわ~~!」
(この子さっきから、オスばっかり選んで籠に入れてる……メスは元の大きな籠に戻してる……趣旨を理解してない。いやでも、それはそれで間違ってはないのだけども……)
リンゾウはまったく遅いのだが、根がバカなので楽しそうにオスとメスを分けていた。
集中力はある意味高いのかもしれない。なお、周囲の集中力は乱している模様。
「叔父上もこれをやったんだ、私もこれができるようにならないといけないんだ……どんなにつらくても、騎士になるためにはコレができないといけないんだ、いけないんだ、疑問を持ったら負けなんだ」
「俺は父上から浄玻璃眼を習えと言われたのですわだぜ、何があっても我慢ですわだぜ、コレが一年続くとしても我慢ですわだぜ、アレ、涙が流れてきましたわだぜ」
(二人とも、心が負けている……)
ジョンマンがあらかじめ説明したように、適性の差がモロに出ていた。
それでも頑張れるのは、彼女たちが優秀な人間で、心が強いからだった。
強い人間に負荷がのしかかる。強くてもダメージを受けないわけではない。
だがそれはそれとして、高みに登るとはこういうことだった。
「マンマ・ミーヤ! 十一匹目~~!」
「アンタうっさいのよ! 黙ってやりなさいよね! っていうか、遅いわよ! 自慢しないでよね! というか、そもそもやり方間違ってるじゃない! 雌を元のカゴに戻さないでよね!?」
「まあいいじゃん。それより自分のことだよ! まず自分!」
自分たちが涙ながらに耐えていることを楽しんでいる『優等生』側を見て、今まで優等生だった三人は心の中で見下していた者たちに謝っていた。
優等生の傍で頑張ることが、こんなにも辛いなんて……。
(ノォミィ……私、駄目なお姉ちゃんだったわ……でも、負けないわ!)
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