段階が進む
七人の弟子が揃って、ジョンマンの前に集まっていた。
なにゆえかザンクの顔が赤くなっていて、あまり眠れていないようでもあった。
見て見ぬふりをしつつ、ジョンマンは他の弟子たちに話しかけた。
「オーシオちゃん、コエモちゃん、リョオマ君。君たちはティームの家に向かったはずだが、どうだった?」
「技術交流として、神域時間の試合を何度か行いました。当たり前ですが、リョオマさんよりも強い方が多くおり、とても勉強になりました」
「リョオマ君を通じて、効率的なトレーニングを学んだこともあって、皆さんが強かったです。ただ……」
「俺たちもそうでしたが、やはり速くなった体に感覚がついていかないのですわだぜ」
圧縮多重行動、あるいは神域時間は、一瞬で何回も行動できるスキルだ。
だが逆に言って、一瞬しか発動しないスキルでもある。
お互いに超高速で動きあった場合、共にまともな複数回行動はできなくなる。
普通なら『じゃあやめよう』という話になるが、誰もが既に解決法を体感していた。
「なので父上も『今度は浄玻璃眼をぜひ!』とおっしゃっていましただぜ。俺たちがジョンマンさんに『着色』をしてもらったように、父上もクラーノさんから着色された戦闘を体験したそうなのですわだぜ」
「……あの、オーシオちゃん。一応聞くけど、彼女は実家ではどうふるまってたんだ?」
「ルタオ冬国と同じで、『ここではリョオマと呼んでください』という感じでした」
「そうか……」
すこし話題を逸らした後で、ジョンマンは全員を見た。
「君たちも俺のところに来て、それなりに長くなった。オーシオちゃん、コエモちゃんは二つのスキルを。リョオマ君、マーガリッティちゃん、リンゾウ君は一つのスキルを……それぞれ習得した。ま、基本だけだがね」
ジョンマンは最初から、『五つの基本スキル』を基礎レベルで教える気しかなかった。
上を目指せばきりがないし、基礎以上というのは一人の指導者から習得できる段階ではない。
それぞれが実戦の中で、工夫して学んでいくものだからだ。
「奇しくもというべきだが……ザンク君以外の六人全員に、第三スキル『浄玻璃眼』を覚えてもらう」
申し訳なさそうな顔で、ジョンマンは『六人』を見ていた。
その『申し訳なさそう』な顔の意味が、六人にはわからない。
コエモ、オーシオ、リョオマは元々『一から順番に教える』と言われていた。
第一、第二スキルを習得したのだから、第三に進むのはおかしなことではない。
マーガリッティ、リンゾウはまず第四スキルを修練していた。
最近になってようやく『形』になってきたため、次に進むのが少し早い気もしたが、ジョンマンの決定に異を唱えることはない。
第四の次が第三というのは少しだけ意外だったが、その程度だった。
「なんかアンタ、悪いな~~とか思ってない?」
「まあな」
新しい弟子である魔獣が、無遠慮に突っ込んだ。
ジョンマンは少しぞんざいに、しかし素直に肯定した。
「はっきり言うが……この第三スキル、適性差がモロにでる。具体的に言うと、コエモちゃん、リンゾウ君、魔獣の習得は比較的早いだろう。一方でオーシオちゃん、リョオマ君、マーガリッティちゃんは習得が遅くなってしまう。ぶっちゃけ、別々に教えようかと思ったほどだが……」
やる前から『習得が早い子』と『習得が遅い子』が混ざっているとわかっているのに、一緒に教えるというのは、ハッキリ言ってよくないことに思えた。
習得の遅い子たちが腐ってしまうことも考えられるからだ。
だがそこまで『ヤワ』ではないと、ジョンマンは信じることにした。
むしろ対抗意識を燃やして、やる気を出してくれると判断したのだ。
とはいえ、苦しむことは確実である。
ジョンマンの申し訳なさは、そこにあった。
「もったいぶらずに、適性がなんなのか言いなさいよ」
「お前もうちょっと遠慮しろ。まあたしかに、話は早い方がいいな」
魔獣の物言いになんの抵抗もせず、ジョンマンは適性について語る。
「『浄玻璃眼』に限らず感知系スキルは、鍛えた観察力の先にあるものだ。だから何においても、『観察したい』という集中力が重要になる。ぶっちゃけて言えば……騎士のスキルでも、魔法使いのスキルでも、武術家のスキルでもない。純粋に、冒険者、斥候のスキルだ」
「なるほど!」
「ああ、そういう……」
「あの、僕も魔法使いで女王なんですけど!?」
「君は観察力というより、好奇心が強いからね。それで十分補えている」
向いていない、と言われたオーシオ、リョオマ、マーガリッティは互いの顔を見た。
なるほど、冒険者になりたいわけではないし、リンゾウのように好奇心旺盛というわけでもない。
「まあつまり……浄玻璃眼の特訓は、そのまんま『冒険者の特訓』に他ならない。冒険者になりたいわけじゃない君たちからすれば、退屈な修行だろう。そして最悪なことに……この修行は『やる気』がダイレクトに影響する」
子、曰く『之を知る者は之を好む者に如かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず』。
ざっくりいえば『好きこそものの上手なれ』である。
辛いことを真面目に頑張る者よりも、辛いことを辛いと思わず楽しむ者のほうが上達が早いということだ。
「第一スキルも第四スキルも、ぶっちゃけ無理矢理習得させられるんだよ。どっちも運動習慣を強いるだけだから、程度はともかくどこの軍隊でもやっている。だが第三スキル『浄玻璃眼』は、心を殺してなんとなくやっていたら、いつまで経っても習得できない。それがこのスキルの習得難易度を跳ね上げている原因だ」
ダンジョン内部のトラップを発見する。
森の中に隠れているモンスターを発見する。
価値の高い鉱物を発見する。
有害な毒キノコと、無害な食用キノコを判別する。
浄玻璃眼はそうした観察力の先にあるスキルであり、それらの訓練を抜きに習得できるものではない。
そこで試されるのは、集中力、好奇心……あるいは警戒心、危機感だ。
「正直言って、俺は苦労こそしたし大変だったが……停滞はしなかった。逆に普段から『間合いとは』とか『機とは』とか『相手の心を観る』とか言っていたムサシとかは逆に苦労していた。聞いた話じゃ、マゼランも難儀したらしい。つまりほかの分野で天才でも、習得が難しいわけだな。だが……君達には一つ、不適当な訓練に耐えるだけの『心因』がある」
第三スキル、浄玻璃眼。
感知系スキルの、最上位である。
逆に言って、感知系スキルに過ぎない。
冒険者以外が習得する意味は、そこまではない。
これを『何が何でも覚えたい』と思い続けるには、なにか理由が必要だった。
「君たちは、俺を目指している。違うかい?」
以前にサザンカが生徒達から尊敬を集め、落ちこぼれからやる気を引き出したことがあった。
同じ事が、この場でも起きている。
ジョンマンの研ぎ澄まされた観察力が、どれほど有用なのか。
経験とあわさったそれが、どれほど格好よく、頼もしいのか。
なんの隙もない、『完成形』の体現者。
いつだって彼女たちは、ジョンマンに憧れていた。
「はい、私は叔父上に憧れています。このスキルを覚えることで叔父上に近づけるのならば、必ず習得してみせます」
「俺は、貴方からすべての術理を学ぶためにきましただぜ。神域時間を完全な技術に昇華させるために必要ならば、どんな辛い特訓にも耐えてみせますわだぜ!」
「私の妹たちは、不向きな魔法を習得するために頑張っている、と聞いています。同じ特進クラスとして、負けていられません」
「君たちは、本当に、優秀だ」
やはり、腐らない、怖気づかない、満足しない。
優秀な人間とは、結局こういう者だ。
自分よりも優秀な人間に囲まれて腐る、落ちこぼれる者もいるだろう。
だが全員がそうなるわけではない。必死に頑張って食らいつくものも確実にいる。
それが、彼女たちだ。
「どうだい、ザンク君。彼女たちはただのお色気キャラで、君のお姉さん役に見えるかい?」
「いえ……みんな、真面目な修行者だと思います」
「そうだろう。だから君にとって、いい見本になる。とはいえ、君はまず強くならなければ」
末の弟子であり、一番の弱者。
ここに来たばかりの少年に、ジョンマンは第一歩を示す。
「筋トレしよっか」
「はい!」
三期生を加えて、七人となったジョンマンの弟子たち。
彼らの修行は、次の段階に進んでいた。
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