主人公(男)
男らしくなれ、がDVだと言われることがある。
ならば男らしくなるな、というのもDVだ。
祖父母のせいで母は歪んだが、死ぬ間際に父が歪みを取り除いた。
自分の意思で『男らしくなるぞ』と誓った少年は、祖父の友人であるジョンマンの元で修行を積むことになった。
唯一の血縁である祖父に会う日が来るとしても、それは彼が一人前になったあとである。
「さて……友人の孫である君を俺は預かるわけだが、当然弟子としてビシバシ鍛えていく」
「はい! お願いします!」
「まあ落ち着け。実はそこの魔獣以外にも、俺の弟子はいるんだ。もうすぐみんな帰ってくるから、挨拶をしなさい」
『あ~~、そうなの? てっきり愛想つかされたのかと思ったわ』
「心にもないことを言うな。そもそもお前も弟子入りさせてくださいって頭下げてきただろうが」
『そんな殊勝な女の子に『荒っぽく話せ』ってパワハラしてきたのはどの師匠かしら?』
「はあ……君は一番末の弟子……弟弟子ということになる。大変申し訳ないが、あの豪邸でみんなと一緒に暮らしてもらう」
「おお……」
他にも弟子がいる。
ひとつ屋根の下で暮らす。
豪邸。
(お母さんが生きていたら『なんですってぇ!?』って言って許してくれなかったであろう、ちょっと憧れのシチュエーションだ!)
ザンク少年の男子心は、もう爆発寸前であった。
(っていうかこの豪邸、ジョンマンさんの弟子の寮だったんだ……じゃあなんで、ジョンマンさんはこの家で住んでるんだろう)
ザンクが初めてこのミドルハマーに来た時、物凄い豪邸が建っていたので、てっきりそこがジョンマンの家かと思っていた。
ザンサンは一切迷わず小さい家に入っていったので、一周回って『この豪邸の主人は、なんでこの小さくて古い家の隣に建てたんだろう?』とさえ思っていた。
「正直、問題だらけの子もいるが……半分以上は問題がない子で、残り半分が大問題だが、まあ、うん。みんな強くて優秀な弟子たちだ。全員がそれぞれ、スキルや魔法を習得している」
「スキル! 魔法! それって、武芸舞踊とは違うんですよね? 俺の故郷だと見たことが無いので、楽しみです!」
「……話には聞いていたけども、君の故郷はこのミドルハマーと大差ないみたいだね」
スキル! 魔法!
田舎者の少年は、未知の出会いに胸を膨らませていた。
「お、来たぞ」
「え……ええぇ!?」
下品な言い回しだが、胸の膨らんでいる美少女たちが並んで現れた。
「叔父上、今戻りました」
一番弟子、オーシオ。
「あれ、知らない人が二人いる……」
二番弟子、コエモ。
「新しいお弟子さんかしらだぜ?」
三番弟子、リョオマ。
「多分そうだと思いますが……」
四番弟子、マーガリッティ。
「きっと、どっちかはあの魔獣ちゃんだよ!」
五番弟子、リンゾウ。
「改めてみると、全員美少女よね~~。呪われる前のアタシに比べたら、さすがに負けるけど。まあ、いまのアタシの呪われボディは! 絶世の美女と言って差し支えないんだけどね!」
六番弟子、魔獣。
「あ、あわわ……!」
七番弟子、ザンク。
ちょっと年上の、『健康的』なお姉さんたちが現れたことで、一気に顔を赤くしてしまう。
そんな彼を見て、ジョンマンは……。
(正直、この子がうらやましいな……俺の修行先も、こんなパラダイスであって欲しかった……)
心配よりも先に、嫉妬が出てしまうのであった。
「みんな、よく戻ったね。それじゃあ新しい子を紹介しようか」
※
「ということで、魔獣ちゃんとザンク君だ。仲良くしてあげてくれ」
「うわああ! 凄いよ、魔獣ちゃん! 人間に戻れたんだね!?」
「そうだけどもね! アンタのおかげじゃないことだけは確実だと言い切れるわね!」
「そんなこと気にしなくていいよ! 人間に戻れて、本当によかった!」
「アンタは気にしなさいよ!」
美少女ではなく、絶世の美女。
見た目の年齢は成人女性なのだが、その表情や振る舞いは落ち着きに欠けている。
そのギャップに面食らうべきなのだろうが、リンゾウとの言い合いによって気が逸れていた。
「こんな変な体になって一番最初に学んだのは、世の中には信用しちゃいけないバカがいるってことよ!」
結構酷いことを言っている魔獣だが、誰も否定できなかった。
すくなくとも彼女がまともなら、国を放り出してこんなところに来ていない。
彼女がここに居ること自体が、無責任であることの証明であった。
「おい……お前なあ」
「なによ、アタシ間違ったこと言ってないでしょ」
「いいことを学んだな……! 俺ももっと早く、その結論に達していれば……!」
「なんでアンタ、悔し涙流してんの? ドン引きなんだけど」
人生で大事なことを学んでいる魔獣を、ジョンマンは心から祝福していた。
世の中はカリスマでは回らない、むしろ悪化するだけだと肯定する。
そう、社会で一番尊いのは、いつだって『後始末』をする人間なのだ。
料理を作る彼氏ができたとしても、後片付けをしてくれなかったらドン引きする理屈である。
「リンゾウ君のことはともかくだぜ、武芸舞踊という術理には興味がありますわだぜ。ぜひ技術交流をお願いしたいわだぜ」
「え、えっと……その、俺は、男だから……」
「俺も男だから気にしなくていいわだぜ、それよりも貴方のお爺さんの……」
呪い、魔法、スキル。
そのいずれとも異なるらしい技術に、リョオマは興味津々すぎた。
そのため彼女は、その体を無意識に押し付けていた。
「そこまでだ、リョオマ君! セクハラだぞ!」
「な、何をおっしゃっているのかわかりませんわだぜ!? 俺とザンク君は、同性ですわだぜ!?」
「なに慌ててるんだ君は……ああ、いや、うん。同性でもセクハラは発生するから! 相手がそうだと思ったらセクハラだから!」
悪用されたり、あるいは軽く使われすぎる『セクシャルハラスメント』。
この場合は、完全に適用されるだろう。
「そうですか……ごめんなさいですわだぜ」
「い、いえ、いいんです! 俺は男だから!」
(この場合だと、意味が違って聞こえるな……)
気にしていません、我慢できます、という意味の『俺は男だから』なのだろうが、この場合だと『女性と濃厚接触できてうれしいです』という意味にとらえられかねなかった。
「ジョンマンさん……ありがとうございます……」
(そしてちょっと残念そう……わかるぜ。でもそれは少年だから許されることだからね! 俺がやったら完全に犯罪で、無知シチュだからね……! ……なんで向こうから近づいてくるのに、俺たちが悪いみたいな話なんだろうな)
こうして顔を合わせたザンクは、不安になりながらも新しい弟子として認められたのだった。
※
その日の夜。
ザンクは一人、豪邸の風呂に入っていた。
昨日も入ったので、場所は彼も把握している。
湯に浸かりながら、まあぶっちゃけ、さっきのことを思い出していた。
(はあ……柔らかかったなあ……)
一体だれが彼を咎められるだろうか。
というかリョオマ君を咎めるべきではないだろうか。
ザンク少年は少年であるため、素直な反応をしてしまっていた。
しかし父や母、祖父母を思い出して奮い立たせる。
「だ、駄目だ! 俺は男なんだから、ここで強くならないと!」
思春期であるため、性に対して潔癖でもある彼は、なんとか軌道修正を計ろうとしていた。
このままでは、いろいろと本来の目的からずれてしまう。
「そうだ、俺はここでつよくなるんだ! お爺ちゃんみたいに、頼られる男になるんだ!」
意気込む少年だが、彼のいるお風呂場のすぐ外では『バカ』が二人相談をしていた。
「どうしましょう。いままでは私とあなたしかいなかったので、一緒にお風呂に入らなくても問題なかったのに……彼が来たからには、私たちが一緒に入らないのは不自然!」
「そうですね……さすがにお風呂場ではバレてしまいますよね……!」
リョオマとリンゾウ……もといオリョオとリーンは、真剣に『自分たちの男装』がバレないのか心配していた。
今までは二人でお風呂に入っていたので問題にならなかったが、新しく『男児』が来たので一緒に入らないことを問題だと思っているのだ。
なお、ザンク君はそもそも、二人が男装していることにも気づいていない模様。
「どうにかバレずに、一緒にお風呂に入る方法を……」
「どうすれば……」
どうすればこのバカ二人の思考回路を正常にできるのかわからないが、二人はバカなので真剣に悩んでいた。
そもそも『同性だから一緒に風呂に入る』というのが一種の先入観で、一緒に入らなければいいだけなのだが、そんなことに二人は気付かない。
「待ってください、オリョオさん。もしかして私たちは、先入観にとらわれていたのでは?」
「……どういうこと?」
「こう、布で前を隠せば、勢いでごまかせるのでは?」
「確かに……! やればできるかもしれません!」
やって失敗した場合を考えないバカが、緊張しつつも勢いで風呂場に突入する。
いきなりの乱入に、ザンクは言葉を失った。
「!?」
「いや~~! いい風呂ですね~~!」
「そうですわだぜ~~!」
「あ、ザンク君いたんだ! 気付かなかった~~!」
「おほほほだぜ! それじゃあ一緒に入りましょうかだぜ!」
布一枚によってコンプライアンスが守られている、いや守られていないかもしれない状況で、ザンクは内心で叫んでいた。
(母さん、父さん! 俺は主人公になれそうにないよ! なんか流されちゃいそう!)
心配はいらない、ザンク君。
君はもう、立派な主人公だ。
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